181 / 256
断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜
Side-黒(ヒノカグツチ): 待機命令
しおりを挟む
『総員、第二種戦闘配置へ移行。繰り返す、総員第二種戦闘配置に移行。機神の動きに変化は認められない、よって第三次真珠海作戦は未だ第二段階を維持するものとする。繰り返す~~』
その音声に、少女の姿をした天使は揺り起こされる。
「……ここ……は……」
正しくは、少女の姿と魂を持った天使の自我、だが。
「作戦は……以前変わらず第二段階、動きは無し、ですか……」
「白が心配か?」
「———?!」
コック1人のみが搭乗する部屋、エンジェルユニット専用魔力変換室、そのドアが1人でに開く。
コックの背後より聞こえた声は、黒のものだった。
「何の、よう……でしょう」
「———いや、お前を1度、使ってしまったものでな。……体調は良好か?」
「ええ、優れない箇所はございません。残存魔力は以前、80%以上をキープしております」
「今は艦の設備のほとんどを、お前の魔力生成器官に頼ってしまっているからな、何も異常がないならそれで何よりだ」
コックは一度呆然とし、今の黒の言葉の意味について考え伏す。
なぜ黒は私のことを心配したのか、このような兵器に、マスターら意外の誰かが、わざわざ体調の心配をするとは、と。
「しかし———それにしても顔色が悪いな……そんなに白が心配か?……まあ、アイツなら大丈夫だろう、そんなに心配することでも……」
「…………心配、せずには……いられないのです。…………マスターの心の中を覗いてしまいました。……その際見えた記憶、及び感情は、全て『喪失』で埋め尽くされていたのです」
「喪失……やはりそうか、人界軍のヤツらは……」
「そういうことではございません。……先程の報告で伝えた『雪斬ツバサ』の件に関係のある……」
「つまり……アイツが『雪斬ツバサ』に成り代わってから、そこで出会った人についての『喪失』、と」
「……そうです、そして、今のマスターの心は———非常に不安定です。……詳細は不明ですが、形はどうあれ、マスターは直近に『2つの喪失』を経験しています。ですが、マスターはそれらの喪失を乗り切ってはおられませんでした。
口や表、表層意識では平静を装ってはいるものの、深層意識の中では、『自分が弱かったから守れなかったんだ』となって、自分を自分で追い詰めているばかりで……
このまま、もう一度マスターの周りに、何か不幸なことが———それこそ、『雪斬ツバサ』に成り代わったマスターにも、『白』として私が付き添ってきたマスターとしても看過できない———喪失が降りかかったのならば……そう考えてしまい、心配で心配で仕方がないのです」
「…………それでも、俺は大丈夫だと信じる。……それがアイツだ、今までだって———何度だって乗り越えてここまで来たんだ、だから……」
「っ違います!……マスターは……マスターは……もう『雪斬ツバサ』として、その名を冠した、たった1人の新たな少年として生まれ変わってしまわれたのです!
……だから、もうマスターにとっての記憶は、『白』として生きた頃ではなく、『雪斬ツバサ』としての側面が強く出ています。もちろん、記憶によって構成された人格にも、です。
『雪斬ツバサ』としてのマスターにとって、あの喪失こそが初めての———経験だったのです。
……だから、もう一度———世界を救った救世主でも、その身にそぐわぬ重過ぎる十字架を背負った罪人でもない、ただの少年として歩み出したマスターが……それで壊れてしまわないかが……私は……私は……っ!」
「それでも、アイツを信じるしかないだろうさ。……今のアイツは、『白』として生きた時の記憶もあるんだろう?……ならば、本当に……この世界に存在し得ない『究極の戦士』の誕生だ」
「戦士……戦士、と……今のマスターを、貴方は戦士と呼称されるのですか?!」
「そうだ」
「マスターが戦いに出向かれるのを……承諾すると、そうおっしゃるのですか……!」
「そうだ。…………アイツが、自分の活躍次第で世界が終末に向かうと知ってなお、それでも戦うと言うのなら———ならば俺は迷わずそうしろと口にする。
……アイツの人生はアイツに決めさせるべきものだ。こちらから口を出すなど、それこそ野暮だろう、機巧天使」
「あ……」
コックは頭を抱え、今の自分はどうすべきなのかと自問を続ける。
いや、それ以前の問題でもあった。
********
そもそもマスターは、今の私を『忠実なる下僕』———または『仲間』として認識しておられるのか、今まで共に旅をしてきた我々を『仲間』として認識しているのか、我々のことなど、他人事としか捉えられていないのでは、自らの助けなど必要としていないのでは、と。
実際、前者に関しては心配する必要などなかった。マスターは———私に対する態度を変えてはいなかったのだから。
しかし、後者は———おそらくそうなのだろう。
新たな仲間。
新たな友。
新たな愛人。
新たな名前。
新たな暮らし。
新たな喪失。
———そして、唐突に『それまで歩んできたと押し付けられた』現実。救世主としての責務、雪斬白郎としての罪の重荷。
それらが、既に成り代わったマスターと混ざり合った時、マスターはどちらを信じたか———。
それはもう明白になっていた。
そうか、だからなのか。
だから司令はそう口にした、と。
「……確かに、そう、ですね……『雪斬ツバサ』、その名が示す、マスターの未来は……」
「ああ、全てはアイツの人生、アイツに俺は全て任せるつもりだ。……と言っても、俺の読みが正しければ、アイツは後に『雪斬白郎』としての自分と、そして過去と対峙することになるだろうな。
……紛れもない、本人の選択によって、だが」
その音声に、少女の姿をした天使は揺り起こされる。
「……ここ……は……」
正しくは、少女の姿と魂を持った天使の自我、だが。
「作戦は……以前変わらず第二段階、動きは無し、ですか……」
「白が心配か?」
「———?!」
コック1人のみが搭乗する部屋、エンジェルユニット専用魔力変換室、そのドアが1人でに開く。
コックの背後より聞こえた声は、黒のものだった。
「何の、よう……でしょう」
「———いや、お前を1度、使ってしまったものでな。……体調は良好か?」
「ええ、優れない箇所はございません。残存魔力は以前、80%以上をキープしております」
「今は艦の設備のほとんどを、お前の魔力生成器官に頼ってしまっているからな、何も異常がないならそれで何よりだ」
コックは一度呆然とし、今の黒の言葉の意味について考え伏す。
なぜ黒は私のことを心配したのか、このような兵器に、マスターら意外の誰かが、わざわざ体調の心配をするとは、と。
「しかし———それにしても顔色が悪いな……そんなに白が心配か?……まあ、アイツなら大丈夫だろう、そんなに心配することでも……」
「…………心配、せずには……いられないのです。…………マスターの心の中を覗いてしまいました。……その際見えた記憶、及び感情は、全て『喪失』で埋め尽くされていたのです」
「喪失……やはりそうか、人界軍のヤツらは……」
「そういうことではございません。……先程の報告で伝えた『雪斬ツバサ』の件に関係のある……」
「つまり……アイツが『雪斬ツバサ』に成り代わってから、そこで出会った人についての『喪失』、と」
「……そうです、そして、今のマスターの心は———非常に不安定です。……詳細は不明ですが、形はどうあれ、マスターは直近に『2つの喪失』を経験しています。ですが、マスターはそれらの喪失を乗り切ってはおられませんでした。
口や表、表層意識では平静を装ってはいるものの、深層意識の中では、『自分が弱かったから守れなかったんだ』となって、自分を自分で追い詰めているばかりで……
このまま、もう一度マスターの周りに、何か不幸なことが———それこそ、『雪斬ツバサ』に成り代わったマスターにも、『白』として私が付き添ってきたマスターとしても看過できない———喪失が降りかかったのならば……そう考えてしまい、心配で心配で仕方がないのです」
「…………それでも、俺は大丈夫だと信じる。……それがアイツだ、今までだって———何度だって乗り越えてここまで来たんだ、だから……」
「っ違います!……マスターは……マスターは……もう『雪斬ツバサ』として、その名を冠した、たった1人の新たな少年として生まれ変わってしまわれたのです!
……だから、もうマスターにとっての記憶は、『白』として生きた頃ではなく、『雪斬ツバサ』としての側面が強く出ています。もちろん、記憶によって構成された人格にも、です。
『雪斬ツバサ』としてのマスターにとって、あの喪失こそが初めての———経験だったのです。
……だから、もう一度———世界を救った救世主でも、その身にそぐわぬ重過ぎる十字架を背負った罪人でもない、ただの少年として歩み出したマスターが……それで壊れてしまわないかが……私は……私は……っ!」
「それでも、アイツを信じるしかないだろうさ。……今のアイツは、『白』として生きた時の記憶もあるんだろう?……ならば、本当に……この世界に存在し得ない『究極の戦士』の誕生だ」
「戦士……戦士、と……今のマスターを、貴方は戦士と呼称されるのですか?!」
「そうだ」
「マスターが戦いに出向かれるのを……承諾すると、そうおっしゃるのですか……!」
「そうだ。…………アイツが、自分の活躍次第で世界が終末に向かうと知ってなお、それでも戦うと言うのなら———ならば俺は迷わずそうしろと口にする。
……アイツの人生はアイツに決めさせるべきものだ。こちらから口を出すなど、それこそ野暮だろう、機巧天使」
「あ……」
コックは頭を抱え、今の自分はどうすべきなのかと自問を続ける。
いや、それ以前の問題でもあった。
********
そもそもマスターは、今の私を『忠実なる下僕』———または『仲間』として認識しておられるのか、今まで共に旅をしてきた我々を『仲間』として認識しているのか、我々のことなど、他人事としか捉えられていないのでは、自らの助けなど必要としていないのでは、と。
実際、前者に関しては心配する必要などなかった。マスターは———私に対する態度を変えてはいなかったのだから。
しかし、後者は———おそらくそうなのだろう。
新たな仲間。
新たな友。
新たな愛人。
新たな名前。
新たな暮らし。
新たな喪失。
———そして、唐突に『それまで歩んできたと押し付けられた』現実。救世主としての責務、雪斬白郎としての罪の重荷。
それらが、既に成り代わったマスターと混ざり合った時、マスターはどちらを信じたか———。
それはもう明白になっていた。
そうか、だからなのか。
だから司令はそう口にした、と。
「……確かに、そう、ですね……『雪斬ツバサ』、その名が示す、マスターの未来は……」
「ああ、全てはアイツの人生、アイツに俺は全て任せるつもりだ。……と言っても、俺の読みが正しければ、アイツは後に『雪斬白郎』としての自分と、そして過去と対峙することになるだろうな。
……紛れもない、本人の選択によって、だが」
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
グレイス・サガ ~ルーフェイア/戦場で育った少女の、夢と学園と運命の物語~
こっこ
ファンタジー
◇街角で、その少女は泣いていた……。出会った少年は、夢への入り口か。◇
戦いの中で育った少女、ルーフェイア。彼女は用があって立ち寄った町で、少年イマドと出会う。
そしてルーフェイアはイマドに連れられ、シエラ学園へ。ついに念願の学園生活が始まる。
◇◇第16回ファンタジー大賞、応募中です。応援していただけたら嬉しいです
◇◇一人称(たまに三人称)ですが、語り手が変わります。
誰の視点かは「◇(名前)」という形で書かれていますので、参考にしてください
◇◇コンテスト期間中(9月末まで)は、このペースで更新していると思います
しおり機能で、読んだ場所までジャンプするのを推奨です…



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる