Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

文字の大きさ
上 下
156 / 256
断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜

白きアイの花

しおりを挟む
 白を抱き抱えたままのアテナが、その空より降り立ったのは、庭園だった残骸であった。

 そう、残骸。
 



********


 どれほど時間が経ったろうか。
 ようやく頭が冴え、身体は動かなくとも意識は芽生え始めた頃。

 そばにいたのは、地にぺたりと素肌の足をつけて座り込むアテナだけであった。


「———そ、う……か、セン…………は……」

 はっきりと声に出したつもりだったが、意識より遅れて口に出される。



「しろ、目を覚ました……!」

「…………おう、起き……たぞ……」

 その次に視界に入ったのが、全てが焼け落ちた草の園。
 赤く黒く染まり、枯れ果てた最果ての地。


 しかし、その中でも———アテナがちぎったのだろうか、その手に持っていたその1本の花だけは違っていた。

 アテナがその枯れた花を持った瞬間———その花は、


 まるで、大火傷を負いながらも水を飲んだ人間が、最後に少しばかり生き生きとするように———『風前の灯火』だなんて言葉が一番似合うくらいに———その花は一瞬にして蘇った。




「…………しろ……い、花……?」

 白色をした花でありながら、その花弁の中心には———威風堂々と立ってみせる、塔のような部分が。

「……おはな。…………かわいい」
「あ……お、そう……だな、小さくて、どこか可愛気が———」


「それに……
「は……?」

 この花が?
 俺みたい———だと?

「お……おおいおいおい、んなわけねえだろ、こんな花と俺が結びつくわけ———つーか臭え!……その花くっせえよ、何なんだその臭い?!」


「…………でも、白に……にてる。……この、芯と、この…………、だけは…………ずっと、残ってる、から」


「は、はあ、似てるか……その、臭い花にか……」

 芯だけはずっと残ってる、か。


 そうだといいんだけどな。
 いつまでも、『自分は救世主』だなんて信念しか残っちゃいなければ、俺はここまで苦悩することはなかったってのに。


「…………どうか、したの?」

「悔しいんだ、俺が———戦えないってのが。……カレンさんの死は何だったのか、隊長の死は何だったのか、そもそも俺はなぜ———ここにいるのか、って」



 沈黙。
 互いにかける言葉すら見つからず、ただただ———俺はその場に座り尽くしたまでであった。

 ———が、それは意外な一言により破られることとなる。





「…………………ここ、も、きれいな……花ばかり、だったのに」

 そんな、アテナの発言だった。

 ポトッと、白い花がその小さな手より落ちる。

 まるで自然を慈しむ、女神のような———本当に女神なのだが、その話し方には、思わず心も安まる暖かさがあったのだ。


「……すべて、焼け落ちた。……機神の、せいで。…………ひとも、たてものも、動物も、しぜんも」

 焼け野原となった黒き大地を見つめ、涙を堪えながらもアテナは呟く。

 遠くに有る紺碧の空を見つめ続けた白も、その地平に目線を落とす。

「………………なんで、みんな、たたかうの?」
 
 唐突の問い。
 誰に向けても投げかけられたモノでもないそれを、真剣に考える。









 そう言えばどうしてだろうか、何で俺は、何でみんなは戦ってるんだろうか。

『エターナルの不可逆的阻止』、それもある。……けど、本当に大事な物事の芯は、そんなところにはないと、そう思いながら———。


「……みんなが、みんなをアイせば、ぜんぶ、ぜんぶ———しあわせなのに」

 そんな世界が来れば、それで全て終わるはずなのに。
 不意にその発言が、師匠の意志と重なる。

 
「………………の、国なのに。……お父様、は、なにも……分かって、ない」

 静かに、その俺にとっての星が、涙を浮かべる姿を見つめる。



 ———と。
「……アテナ、お前……いつの間にか、花落としてたぞ」

 その独白にかけるべき言葉が見つからなかった俺が、ようやくかけることのできた言葉だった。
 ……これじゃ、あまりにも薄情か———、




「あ…………花———えへへ…………あり……がとう」

 その可愛らしい頬が赤く染まり、ほろ甘くとろける。
 思わずその表情に、俺自身の顔も少しばかり綻びそうになる。



「……でも、この花は……、だから……白が———」

「………………いいや、アテナ。……お前が大切に持っててくれ。……俺がいなくなってしまった時の、形見として」

「いなくなる……なんて、させない。……しろのいるところに、私もいく」



 ———ダメだろ。
 俺のこれから行くところなんて———棺桶の中でしかないというのに。









「なあ、アテナ」

 ふと、聞きたかったことを思い出した。

「…………俺は、お前に———何かしてやれたか?」




 俺と共に行く、ということは。
 即ち、俺と共にということだ。
 どう足掻いても、俺の人生にはと。

 この心が、それを否定しきれないからこその———質問だった。




「……お前がアイしてくれた俺は、お前に———何をしてやれた?……何を———お前に与えた?…………俺には、それが———まるで何もないような気がして……」




「アイスクリーム、買って……くれた」

 意外だった。
 そんな些細なことでも覚えてくれてるのかと。

「……あと———」








「……あれ、もしかしてそこにいるのって……ツバサちゃん??」

 そのアテナの声を遮り、俺の耳に聞こえてきた男の声は。
 それはもう、見覚えがなければおかしいぐらいには、あまりにも個性的な声だった———。
しおりを挟む
感想 203

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

グレイス・サガ ~ルーフェイア/戦場で育った少女の、夢と学園と運命の物語~

こっこ
ファンタジー
◇街角で、その少女は泣いていた……。出会った少年は、夢への入り口か。◇ 戦いの中で育った少女、ルーフェイア。彼女は用があって立ち寄った町で、少年イマドと出会う。 そしてルーフェイアはイマドに連れられ、シエラ学園へ。ついに念願の学園生活が始まる。 ◇◇第16回ファンタジー大賞、応募中です。応援していただけたら嬉しいです ◇◇一人称(たまに三人称)ですが、語り手が変わります。  誰の視点かは「◇(名前)」という形で書かれていますので、参考にしてください ◇◇コンテスト期間中(9月末まで)は、このペースで更新していると思います  しおり機能で、読んだ場所までジャンプするのを推奨です…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

噂(うわさ)―誰よりも近くにいるのは私だと思ってたのに―

日室千種・ちぐ
ファンタジー
身に覚えのない噂で、知らぬ間に婚約者を失いそうになった男が挽回するお話。男主人公です。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...