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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜
白きアイの花
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白を抱き抱えたままのアテナが、その空より降り立ったのは、元は庭園だった残骸であった。
そう、残骸。
********
どれほど時間が経ったろうか。
ようやく頭が冴え、身体は動かなくとも意識は芽生え始めた頃。
そばにいたのは、地にぺたりと素肌の足をつけて座り込むアテナだけであった。
「———そ、う……か、セン…………は……」
はっきりと声に出したつもりだったが、意識より遅れて口に出される。
「しろ、目を覚ました……!」
「…………おう、起き……たぞ……」
その次に視界に入ったのが、全てが焼け落ちた草の園。
赤く黒く染まり、枯れ果てた最果ての地。
しかし、その中でも———アテナがちぎったのだろうか、その手に持っていたその1本の花だけは違っていた。
アテナがその枯れた花を持った瞬間———その花は、蘇った。
まるで、大火傷を負いながらも水を飲んだ人間が、最後に少しばかり生き生きとするように———『風前の灯火』だなんて言葉が一番似合うくらいに———その花は一瞬にして蘇った。
「…………しろ……い、花……?」
白色をした花でありながら、その花弁の中心には———威風堂々と立ってみせる、塔のような部分が。
「……おはな。…………かわいい」
「あ……お、そう……だな、小さくて、どこか可愛気が———」
「それに……白みたい」
「は……?」
この花が?
俺みたい———だと?
「お……おおいおいおい、んなわけねえだろ、こんな花と俺が結びつくわけ———つーか臭え!……その花くっせえよ、何なんだその臭い?!」
「…………でも、白に……にてる。……この、芯と、この…………匂い、だけは…………ずっと、残ってる、から」
「は、はあ、似てるか……その、臭い花にか……」
芯だけはずっと残ってる、か。
そうだといいんだけどな。
いつまでも、『自分は救世主』だなんて信念しか残っちゃいなければ、俺はここまで苦悩することはなかったってのに。
「…………どうか、したの?」
「悔しいんだ、俺が———戦えないってのが。……カレンさんの死は何だったのか、隊長の死は何だったのか、そもそも俺はなぜ———ここにいるのか、って」
沈黙。
互いにかける言葉すら見つからず、ただただ———俺はその場に座り尽くしたまでであった。
———が、それは意外な一言により破られることとなる。
「…………………ここ、も、きれいな……花ばかり、だったのに」
そんな、アテナの発言だった。
ポトッと、白い花がその小さな手より落ちる。
まるで自然を慈しむ、女神のような———本当に女神なのだが、その話し方には、思わず心も安まる暖かさがあったのだ。
「……すべて、焼け落ちた。……機神の、せいで。…………ひとも、たてものも、動物も、しぜんも」
焼け野原となった黒き大地を見つめ、涙を堪えながらもアテナは呟く。
遠くに有る紺碧の空を見つめ続けた白も、その地平に目線を落とす。
「………………なんで、みんな、たたかうの?」
唐突の問い。
誰に向けても投げかけられたモノでもないそれを、真剣に考える。
そう言えばどうしてだろうか、何で俺は、何でみんなは戦ってるんだろうか。
『エターナルの不可逆的阻止』、それもある。……けど、本当に大事な物事の芯は、そんなところにはないと、そう思いながら———。
「……みんなが、みんなをアイせば、ぜんぶ、ぜんぶ———しあわせなのに」
そんな世界が来れば、それで全て終わるはずなのに。
不意にその発言が、師匠の意志と重なる。
「………………私のための、国なのに。……お父様、は、なにも……分かって、ない」
静かに、その俺にとっての星が、涙を浮かべる姿を見つめる。
———と。
「……アテナ、お前……いつの間にか、花落としてたぞ」
その独白にかけるべき言葉が見つからなかった俺が、ようやくかけることのできた言葉だった。
……これじゃ、あまりにも薄情か———、
「あ…………花———えへへ…………あり……がとう」
その可愛らしい頬が赤く染まり、ほろ甘くとろける。
思わずその表情に、俺自身の顔も少しばかり綻びそうになる。
「……でも、この花は……白のためにあるお花、だから……白が———」
「………………いいや、アテナ。……お前が大切に持っててくれ。……俺がいなくなってしまった時の、形見として」
「いなくなる……なんて、させない。……しろのいるところに、私もいく」
———ダメだろ。
俺のこれから行くところなんて———棺桶の中でしかないというのに。
「なあ、アテナ」
ふと、聞きたかったことを思い出した。
「…………俺は、お前に———何かしてやれたか?」
俺と共に行く、ということは。
即ち、俺と共に死ぬということだ。
どう足掻いても、俺の人生にはそんな結末しか待っていないと。
この心が、それを否定しきれないからこその———質問だった。
「……お前がアイしてくれた俺は、お前に———何をしてやれた?……何を———お前に与えた?…………俺には、それが———まるで何もないような気がして……」
「アイスクリーム、買って……くれた」
意外だった。
そんな些細なことでも覚えてくれてるのかと。
「……あと———」
「……あれ、もしかしてそこにいるのって……ツバサちゃん??」
そのアテナの声を遮り、俺の耳に聞こえてきた男の声は。
それはもう、見覚えがなければおかしいぐらいには、あまりにも個性的な声だった———。
そう、残骸。
********
どれほど時間が経ったろうか。
ようやく頭が冴え、身体は動かなくとも意識は芽生え始めた頃。
そばにいたのは、地にぺたりと素肌の足をつけて座り込むアテナだけであった。
「———そ、う……か、セン…………は……」
はっきりと声に出したつもりだったが、意識より遅れて口に出される。
「しろ、目を覚ました……!」
「…………おう、起き……たぞ……」
その次に視界に入ったのが、全てが焼け落ちた草の園。
赤く黒く染まり、枯れ果てた最果ての地。
しかし、その中でも———アテナがちぎったのだろうか、その手に持っていたその1本の花だけは違っていた。
アテナがその枯れた花を持った瞬間———その花は、蘇った。
まるで、大火傷を負いながらも水を飲んだ人間が、最後に少しばかり生き生きとするように———『風前の灯火』だなんて言葉が一番似合うくらいに———その花は一瞬にして蘇った。
「…………しろ……い、花……?」
白色をした花でありながら、その花弁の中心には———威風堂々と立ってみせる、塔のような部分が。
「……おはな。…………かわいい」
「あ……お、そう……だな、小さくて、どこか可愛気が———」
「それに……白みたい」
「は……?」
この花が?
俺みたい———だと?
「お……おおいおいおい、んなわけねえだろ、こんな花と俺が結びつくわけ———つーか臭え!……その花くっせえよ、何なんだその臭い?!」
「…………でも、白に……にてる。……この、芯と、この…………匂い、だけは…………ずっと、残ってる、から」
「は、はあ、似てるか……その、臭い花にか……」
芯だけはずっと残ってる、か。
そうだといいんだけどな。
いつまでも、『自分は救世主』だなんて信念しか残っちゃいなければ、俺はここまで苦悩することはなかったってのに。
「…………どうか、したの?」
「悔しいんだ、俺が———戦えないってのが。……カレンさんの死は何だったのか、隊長の死は何だったのか、そもそも俺はなぜ———ここにいるのか、って」
沈黙。
互いにかける言葉すら見つからず、ただただ———俺はその場に座り尽くしたまでであった。
———が、それは意外な一言により破られることとなる。
「…………………ここ、も、きれいな……花ばかり、だったのに」
そんな、アテナの発言だった。
ポトッと、白い花がその小さな手より落ちる。
まるで自然を慈しむ、女神のような———本当に女神なのだが、その話し方には、思わず心も安まる暖かさがあったのだ。
「……すべて、焼け落ちた。……機神の、せいで。…………ひとも、たてものも、動物も、しぜんも」
焼け野原となった黒き大地を見つめ、涙を堪えながらもアテナは呟く。
遠くに有る紺碧の空を見つめ続けた白も、その地平に目線を落とす。
「………………なんで、みんな、たたかうの?」
唐突の問い。
誰に向けても投げかけられたモノでもないそれを、真剣に考える。
そう言えばどうしてだろうか、何で俺は、何でみんなは戦ってるんだろうか。
『エターナルの不可逆的阻止』、それもある。……けど、本当に大事な物事の芯は、そんなところにはないと、そう思いながら———。
「……みんなが、みんなをアイせば、ぜんぶ、ぜんぶ———しあわせなのに」
そんな世界が来れば、それで全て終わるはずなのに。
不意にその発言が、師匠の意志と重なる。
「………………私のための、国なのに。……お父様、は、なにも……分かって、ない」
静かに、その俺にとっての星が、涙を浮かべる姿を見つめる。
———と。
「……アテナ、お前……いつの間にか、花落としてたぞ」
その独白にかけるべき言葉が見つからなかった俺が、ようやくかけることのできた言葉だった。
……これじゃ、あまりにも薄情か———、
「あ…………花———えへへ…………あり……がとう」
その可愛らしい頬が赤く染まり、ほろ甘くとろける。
思わずその表情に、俺自身の顔も少しばかり綻びそうになる。
「……でも、この花は……白のためにあるお花、だから……白が———」
「………………いいや、アテナ。……お前が大切に持っててくれ。……俺がいなくなってしまった時の、形見として」
「いなくなる……なんて、させない。……しろのいるところに、私もいく」
———ダメだろ。
俺のこれから行くところなんて———棺桶の中でしかないというのに。
「なあ、アテナ」
ふと、聞きたかったことを思い出した。
「…………俺は、お前に———何かしてやれたか?」
俺と共に行く、ということは。
即ち、俺と共に死ぬということだ。
どう足掻いても、俺の人生にはそんな結末しか待っていないと。
この心が、それを否定しきれないからこその———質問だった。
「……お前がアイしてくれた俺は、お前に———何をしてやれた?……何を———お前に与えた?…………俺には、それが———まるで何もないような気がして……」
「アイスクリーム、買って……くれた」
意外だった。
そんな些細なことでも覚えてくれてるのかと。
「……あと———」
「……あれ、もしかしてそこにいるのって……ツバサちゃん??」
そのアテナの声を遮り、俺の耳に聞こえてきた男の声は。
それはもう、見覚えがなければおかしいぐらいには、あまりにも個性的な声だった———。
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