Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜

拉致

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「ただいまー。ニトイー、戻った……」

 外から戻った俺が、目にした光景には。

 そこにいたはずの、ニトイは、影も形もいなくなっていた。

 まるで太陽のような輝きを放っていた彼女がいたはずの部屋は、ただ街並みが写す黒に飲まれていた。

 割れた窓。散らかった部屋。散乱する数々の食料品。


「……ああ、ようやく、この生活から解放されたのか……」

 吐いた息は、安堵の息であり。

「正直嫌なんだよ、俺だって年頃の男だし、家にあんな美少女いられたら、集中するもんもできないってもんだ。あーあ、いなくなってよかったー」

「いなくなって、よかったな」




「いなくなって……それで……」






『その子、大切にしてあげてくださいね』

 ふと、つい数時間前の言葉が思い出される。
 ……ダメだな、俺。
 いなくなって、いい訳がないだろ。




『私を、アイして?』





 ダメだよな、このまんまじゃ。

 アイツはきっと———俺に何かしてほしかったんだ。アイツが俺と一緒にいる理由は何なのかは分からないし、何をしてほしいのか、いまだに分からないけれど。



 それでも、その瞳は———まるで俺に、と運命付けているようで。

「…………行くか」

 一度床に置いた木刀を手に取る。
 既に暗黒に落ちた鉄の街にて。
 月明かりの照らす直下、俺は戦う事を心に決めた。





「……それで、……心当たりは……アイツしか、いないよな」

 そう、ゴルゴダ機関、と思わしき少女。
 2日前、学校で出会った化け物。
 ソイツだ。しかし、何の目的で……?
 ニトイを奪って、一体何をするつもりなんだ……?


 考えながらも足を進める。
 本当は真実を知ることが怖かった、のかもしれないけど。

 それでも行くしかない、取り戻すしかないと、義務感に囚われた足は飛躍する。




 あった。
 既に廃れた地下鉄のような、ツタの絡まった地下への入り口。

 暗くて薄気味悪くて、正直入りたくもない、のだが。

 それでも、ニトイを取り戻す為に。
 行くしかない、怖くとも。
 1歩、1歩。歩みを進める足は、どこかすくんでいた。


 重たい鉄の扉をこじ開ける。
 中は薄暗く、朝のそことは……まるで雰囲気の違う廃墟のような場所、だった。

 その中で、1人、電気もついていない中、懐中電灯片手に……何かを物色する女が1人。

 ……扉の軋む音を聞いた途端、その女は———シスター・カレンは、「ひゃあ?!」だなんて情けない声を上げ、その場に倒れ込んだのだが。







「ツバサさん……でしたか、お騒がせしてすみませんでした」

「いえ、こちらこそそっちの邪魔をしてしまったようで……」



「ここに来た、という事は、やはり何か用件があるのですか?」

「………………ニトイが、拐……われて……っ……」

「……そんなに、早くなんて、迂闊……でした、私の責任……ですね……」

「いや、これは1人にした俺の責任……」

「……ツバサさん、ここから先は私にお任せください。……あの子を守れなかったのも、私ですので」



「やっぱりカレンさん、何か知って……」
「ふふ、内緒、です。子供は家に帰る時間ですよ」

「え、いや、一体何を……」
「…………もう、———では、いけませんからね」





 ふと、まばたきをした瞬間、そこには元より何もいなかったかのような、虚無が流れていた。
 ……先程まで、カレンさんが持っていた懐中電灯を除いては。

「うわあううわあああっ?!」

 そりゃあそうなるだろう。
 目の前にそれまでいたはずの人が、突然消えてしまったのだから。
 ……幽霊、と思われても、仕方がないだろう。


 ……その後は———疲れたのかそこで寝てしまったらしい。

 ———なんせ、その後の記憶がすっぽりと、抜け落ちているのだから。
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