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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜
抜刀
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……それで、ここが第4区訓練育成高等学校。
真っ白に塗られたが故に汚れが目立ちやすい校舎だったが、その校舎には汚れは何一つなかった。
……日頃の清掃作業の賜物だろう。
確か俺のクラスは……1年3組……か。
灰色と、日差しの熱に満ちた廊下を歩く。
教室からは、授業中だろうか、ガヤガヤと話すうるさい音が聞こえてくる。
……俺の事を見つめてるんだろうが、まあそりゃあ当然か。遅刻だからな。
……んで、ここが俺の教室、1年3組。
こいつ……ニトイを連れて入っていいのかは分からないが。
ドアを勢いよく開け、そのまま足を運ぶ。
ニトイは……まだ入っていないし、俺が遅れてきた、至ってそれだけのはずだったのに。
皆の視線は俺に釘付けだった。
そしてまたもやガヤガヤ話し声。
「なあ、アイツが転校生か?」
「転校初日で遅刻とか、アイツ大丈夫なのか……?」
「はいはい、男子うるさいわよ~」
そうしているうちに、先生らしき人が話しかけてくれた。
「君が……転校生のツバサくん……だよね?」
たわわな乳をぶら下げた、先生のお姉さん。
赤い縁取りがされたメガネと黒いタイツが、その色っぽさを増させているが。
1つ、たった1つ、俺は疑問に思った。
……何で、俺、転校生なんだ??
「あ、あともう1人の転校生知らない? ニトイちゃん、って言うんだけど」
……はい?
「……ニトイ、です」
「お前……転校生だったのか……??」
またまたガヤガヤ声が。
「お、あっちいいね、かわいいぞ!」
「清楚でかわいい……すごいわよあの子!」
……どういう事だ?
何がおこっている?
まず……俺は転校生だったのか……?
そして、コイツも、ニトイも転校生で。
そしてその転校生が、俺の家の押し入れに入っていた?!
「……えっと、とりあえずニトイちゃんとツバサくんは、あっちの端の方に座ってね」
言われた通りに端の席に座る……が、言われた通りにするしかできなかった。
何が起こっているのか、正直言って全く飲み込めていないからだ。
「はい! それじゃ、授業を再開……」
先生がそう発した瞬間、休み時間のチャイムが。
すると、1人の男子生徒が。
「きりーつ!」
言われた通りにして、皆が起立する。
「気をつけ、礼!」
「「「ありがとうございました!!」」」
……なぜか、このノリが……慣習が、分からないような気がした。
なぜだろうか。
……転校生。
俺は一体どこから、どのようにして編入できた、というんだ……?……自分でも分からないという事実が、不安を加速させる。
先生は何も無かったかの如く、当然のように教室を去ってゆく。
遅刻した俺たちを叱る訳でもなく、ただ無機質に……無機質に……?
いや、俺は今までこの学校で過ごしてきただろう?
今までそうしてて、友達だって———、
だなんてことを考えていると。
「ツバサ、こわい……!」
「ふあっ?!」
突然ニトイに抱きつかれ、心臓の鼓動が高まる。同時に……ふざけた声も出てしまう。
「な、何だよ急に……って」
ニトイの席の周りにはたくさんの生徒が。
……んで、そのニトイから抱きつかれている俺の方にも、皆の視線は向かう訳で。
「おい、行くぞニトイ……!」
「え、あ、まって……」
もはや授業など関係ない。
一刻も早く、この地獄から抜け出すことを最優先に考えた。
———なぜなら、俺自身この状況を全く理解できていないからだ。
屋上。
もう授業が始まってる頃合いだが、俺たちは屋上で今後について話し合っていた。
……否、俺が一方的に話していた。
「……なあ、これはお前が引き起こしたのか……?
俺は、俺は何もかもが分からない、俺が何者かも分からなくなってしまいそうで……自分の記憶も……曖昧なんだ、なあ、本当にお前は何なんだよ、いい加減教えてくれたって……」
「ニトイ……ツバサの、名前、知ってる」
「ツバサ、だろ、それがどうしたってんだよ……
なあ、どうすべきだ、俺は? お前に分かるなら教えてくれ、何で俺は転校生になっている?
どうしてお前も転校生なんだ、どうして転校生のお前が、俺の家にいたんだよ?」
「…………知らない」
「なんなんだよ、もう……!」
「それより、も、授業、始まって……」
ニトイは今にも泣き出しそうな、細々とした声で語りかけてくる。
……やめてくれ、今は考え事をしてるんだ……!
「アイ、して?」
瞬間。
視界が完全に固定される。
背を裂くような強烈な悪寒と。
身体を奥から捻じ切るような威圧で、今にも死にそうになる。
……何を、何をした?
……いいや、何が起こった? 何をされた?
「アイ、して」
自身の身体に絡みつく細い指が、その強烈な悪寒を加速させる。
「アイ、して……?」
現実乖離。
意識が体と切り離されるような、そんな感覚が。
「ニトイを、ぜんぶ、アイして。
こころも、からだも、この肌も、この指も、この足も、この……心臓も。
ニトイの全てを……アイして?」
どう、するべきなんだ。
声は出ない。
声を出そうと必死になるが、声帯はおろか口すら微動だにしない。
ぜんぶ愛する……?
分からない、本当に、本当に何なんだよ、コイツは……!
と、次の瞬間。
その苦悶に満ちた時間は、学校中に響き渡った轟音によって終わりを告げた。
「……ぁ……」
「うぉああっ?!……おい、大丈夫か、ニトイ? 大丈夫か?!」
その瞬間、自身に絡みつくようにして覆いかぶさっていた、ニトイの動きが全て完全に停止する。
「……くそ、一体今度は何なんだ、何で学校から……爆発音がするんだよっ……!」
揺れる校舎。
一体この学校で、何が起きている、なんで校舎の下から爆発が起こったのだ……?
……すると。
何者かの足音が聞こえる。
最初は屋上への階段か、とも思ったが、どうやら違うらしく、もう一度耳を澄ます。
……来る……!
次の瞬間、屋上の柵の外から、何かが飛び上がる。
……ヒト、だった。
「見つ、け、たあっ……!」
その正体は、赤髪の少女。
身に纏っているのは、黒の修道服。
……つまり。
「ゴルゴダ機関……か……!」
……それが表すのは、アイツは、ここにいる俺かニトイを捕らえに来た、もしくは殺しに来たって事……
俺は……そもそも、狙われるような事はしてないからにして、コイツ……ニトイにはやっぱり、何か隠された事実がある……?
「……ニトイ、立てるか……?」
ゴルゴダ機関。
それは類い稀なる身体能力を身に付けた者が、「ヒトならざるモノ」を殺す為に発足した機関のこと……だろう、何で知ってるかは分からないけど。
であるからして、はっきり言って俺がヤツに勝てるような勝算は少ない。なんたってこっちはただの一般人だ。
一か八か、このニトイに任せてみるってのもアリだが、やはりそれは気が許せないし、どっちにしろ同じ結果に転がるのは明白だ。
「それ、じゃあ……死んでくれない?」
女は2丁の銃を構える。
思考がまとまらない。
次の瞬間、自分が死ぬかもしれない、という事実を脳が否定したがっている。
間違いなく、終わりだ。
なぜか———理由など分からず、ただ理不尽に殺される。
死ぬ、死ぬんだ、俺。
……でも、まだ———生きていたい。そう思っている、俺の魂がある。
このままあの弾丸を回避する事は不可能だ。
どうする、どうあるべきだ。
今迫り来る「死」を回避する為には。
今ここで死なない為には。
コイツを、ニトイを守るにはどうすればいいのか、ただただそれらのことだけに脳をフル稼働させる。
……そして、最終的にとった判断はというと。
「飛び降りるぞ……!」
すぐさまニトイの手を引っ張り、飛び降りる覚悟を決めた。
「……ちくしょう、足の1、2本、どうなったって構いやしない……ニトイ、跳べ!」
俺が柵を飛び越えたのに続いて、ニトイも柵を飛び越え、そのまま地面に真っ逆さま。
後ろで銃声がしたが、ニトイが当たってないようで何よりだ……!
「……うああ……っ!!」
せめて、せめて胴体と頭だけでも守らねば……!
意識が動転し、今にもプチっと、電源の抜かれたテレビのように真っ暗になりそうになる、が。
上、直上から響き渡る銃声に、俺の思考はいくらか冷静になった。
普通は頭がおかしくなるような状況なのだが、逆にいくらか思考がまとまることもあるらしい。
「……っ!!」
足に一発、すり抜けるように弾がめり込む。
接地まで残り2秒、痛みの衝撃に備える……!
落ちたのは、建物の影によって薄暗くなった路地裏のような場所。
なんせ学校のすぐ隣にビルがあるもんだから、このような路地裏があるのも仕方ないよな。
……足から着地、した瞬間。
骨の髄まで振動が響き渡る。
当然の如く、接地した足はもはや機能しなくなる。
もはや感覚すら無くなった。
足に力が入らない。崩れ去る砂の城の如く、その場に力無く倒れ込む。
「ツバサ、足……だいじょう、ぶ?」
「大丈夫なワケ……ないだろう……!」
「だいじょばない?」
……と言うか、なんでニトイは大丈夫そうなんだよ……っ!
直上より聞こえる声。
その赤髪の女の声は、俺の脳内に更なる絶望を叩き込む。
「逃げ、ないで、私が、殺して、あげるからぁっ!!」
「……バケモンかよ……何でテメェも頭から着地したくせに、そんなにピンピンしてんだよ……」
「ばけもんかよ……」
「……さあ、死んで? それじゃあ、死んで? 最後に……死んで?
貴方たちは邪魔なの、排除しろ———って言われたから、貴方たちにはちゃあんと……死んでもらうからっ!!!!」
その銃口が向けられる。
もう奇策はない。
思いついても、この足じゃどうしようもない。
だったら、どうすべきだ?
抗うべきか、ここで甘く死を待つのみか。
……いいや、まだだ。
こんなところで、何も知らずに死ぬ、だなんて、そんな惨めなコト、あるか?
そんな判断を、今までの俺はしてきたか……?
覚悟は決まった。
今こそ、使う時だ。
「来い、██ッ!!!!」
無意識に、それでいてはっきりと覚醒した意識で、その刀の名を呼ぶ。
瞬間、伸ばした手には———
俺の生命が、握られていた。
何が何だか全くもって分からないが。
何が何でも、この状況だけは切り抜けなきゃならない。
たとえ足が動かなくとも。
絶対にこんなところでは、死ぬわけにはいかないのだ。
1秒後、差し向けられた銃口より、無数の弾丸が放たれる。
避けられない、逃げられない、見捨てられない。
ないない尽くしだが、できることと言えば1つだけ存在していた。
「ニトイ、お前だけでも逃げてくれ」
刀を構える。
決してそんなことできやしないのだが、それでも脳が、頭ができると錯覚する。
死の恐怖、痛みへの絶望、アイへの渇望、だがそんなものは関係ない。
ただひたすらに、諦めないことだけが、俺の原動力だった。
がむしゃらに、されど冷静に。
その刀は、迫り来る弾丸を全て弾いてみせた。
「刀……神、威……!」
……が、その光景を目の当たりにした眼前の少女は、頭を抱えうずくまる。
「ア……テ……アテ、ナ……様……あ、ああ、ああああああっ!!」
まるで、それ自体が、この神威自体が嫌悪の対象のような、苦悶に満ちた顔だった。
足に力を込める。
立てない、などとうの昔に分かっている。
それでも諦めない。
まるでこの身体が、その足が動く事を分かっているかのように。
……すると、その足はごく自然に、それまでもきちんと立っていたかのように自立する。
骨折、すらしてなかった、とでも言うのか?
「ニトイ、逃げるぞ……っていない?!」
どうやら、絶世の美少女とやらは、目を離すとすぐにいなくなるらしい。
……まあ数十秒前に逃げろと言ったばかりだしな、そうなるのも仕方ない。
……にしても、状況に反して逃げるのが早過ぎないか……?
ヤツにトドメを刺しに行くべきじゃ……ないな、流石にあんな化け物とこれ以上やり合う気はない。
ならば逃げるのみ、だが。
どこに?
どこに逃げ、どこに隠れ、どう過ごせばいい?
そんなことを考えながらも、走る。
遠くへ。できるだけ遠くへ。
なぜか動く足を、いや、とっくの昔にその理由は分かっているような錯覚も起きるが、その足を押し進める。
まだ死ぬ訳にはいかないから、などと言う、ヘンな義務感と共に。
見つからない、殺されない、なんて保証はない。けど、あのニトイがいなくなるだけでも、俺が狙われる可能性はグッと減るはずだ……!
帰り道、密かにガッツポーズをしながら、刀を片手に家の鍵を開け、自身の家に転がり込む。
……やっぱり、家が1番落ち着くな。
とりあえずの凌ぎ場所を見つけた俺は、その事実からくる安堵感に揉まれ続けていた。
2階建てのアパートで、正直言って味気なかったが、今となってはこの鉄の床も、ほとんど何も入ってない押し入れも、あんなことがあった後じゃ全てが落ち着く。
朝顔を洗った洗面台も、部屋の中央に佇む美少女も……あれ??
美少女??
部屋の中央に佇む??
「……なんで、お前、ここにいるんだよ」
「逃げた。……そして、かえってきた。ここ、家、でしょ? ニトイ、の、家……でしょ?」
……なんで?
どうして、こんなことになるんだ?
……なるほど、どうやら、俺はもう、普通の生活はできないらしい。
「もう、ホントになんなんだよ、おまえ……」
「ほんとになんなんだよ、おまえ」
「真似しなくていいから」
真っ白に塗られたが故に汚れが目立ちやすい校舎だったが、その校舎には汚れは何一つなかった。
……日頃の清掃作業の賜物だろう。
確か俺のクラスは……1年3組……か。
灰色と、日差しの熱に満ちた廊下を歩く。
教室からは、授業中だろうか、ガヤガヤと話すうるさい音が聞こえてくる。
……俺の事を見つめてるんだろうが、まあそりゃあ当然か。遅刻だからな。
……んで、ここが俺の教室、1年3組。
こいつ……ニトイを連れて入っていいのかは分からないが。
ドアを勢いよく開け、そのまま足を運ぶ。
ニトイは……まだ入っていないし、俺が遅れてきた、至ってそれだけのはずだったのに。
皆の視線は俺に釘付けだった。
そしてまたもやガヤガヤ話し声。
「なあ、アイツが転校生か?」
「転校初日で遅刻とか、アイツ大丈夫なのか……?」
「はいはい、男子うるさいわよ~」
そうしているうちに、先生らしき人が話しかけてくれた。
「君が……転校生のツバサくん……だよね?」
たわわな乳をぶら下げた、先生のお姉さん。
赤い縁取りがされたメガネと黒いタイツが、その色っぽさを増させているが。
1つ、たった1つ、俺は疑問に思った。
……何で、俺、転校生なんだ??
「あ、あともう1人の転校生知らない? ニトイちゃん、って言うんだけど」
……はい?
「……ニトイ、です」
「お前……転校生だったのか……??」
またまたガヤガヤ声が。
「お、あっちいいね、かわいいぞ!」
「清楚でかわいい……すごいわよあの子!」
……どういう事だ?
何がおこっている?
まず……俺は転校生だったのか……?
そして、コイツも、ニトイも転校生で。
そしてその転校生が、俺の家の押し入れに入っていた?!
「……えっと、とりあえずニトイちゃんとツバサくんは、あっちの端の方に座ってね」
言われた通りに端の席に座る……が、言われた通りにするしかできなかった。
何が起こっているのか、正直言って全く飲み込めていないからだ。
「はい! それじゃ、授業を再開……」
先生がそう発した瞬間、休み時間のチャイムが。
すると、1人の男子生徒が。
「きりーつ!」
言われた通りにして、皆が起立する。
「気をつけ、礼!」
「「「ありがとうございました!!」」」
……なぜか、このノリが……慣習が、分からないような気がした。
なぜだろうか。
……転校生。
俺は一体どこから、どのようにして編入できた、というんだ……?……自分でも分からないという事実が、不安を加速させる。
先生は何も無かったかの如く、当然のように教室を去ってゆく。
遅刻した俺たちを叱る訳でもなく、ただ無機質に……無機質に……?
いや、俺は今までこの学校で過ごしてきただろう?
今までそうしてて、友達だって———、
だなんてことを考えていると。
「ツバサ、こわい……!」
「ふあっ?!」
突然ニトイに抱きつかれ、心臓の鼓動が高まる。同時に……ふざけた声も出てしまう。
「な、何だよ急に……って」
ニトイの席の周りにはたくさんの生徒が。
……んで、そのニトイから抱きつかれている俺の方にも、皆の視線は向かう訳で。
「おい、行くぞニトイ……!」
「え、あ、まって……」
もはや授業など関係ない。
一刻も早く、この地獄から抜け出すことを最優先に考えた。
———なぜなら、俺自身この状況を全く理解できていないからだ。
屋上。
もう授業が始まってる頃合いだが、俺たちは屋上で今後について話し合っていた。
……否、俺が一方的に話していた。
「……なあ、これはお前が引き起こしたのか……?
俺は、俺は何もかもが分からない、俺が何者かも分からなくなってしまいそうで……自分の記憶も……曖昧なんだ、なあ、本当にお前は何なんだよ、いい加減教えてくれたって……」
「ニトイ……ツバサの、名前、知ってる」
「ツバサ、だろ、それがどうしたってんだよ……
なあ、どうすべきだ、俺は? お前に分かるなら教えてくれ、何で俺は転校生になっている?
どうしてお前も転校生なんだ、どうして転校生のお前が、俺の家にいたんだよ?」
「…………知らない」
「なんなんだよ、もう……!」
「それより、も、授業、始まって……」
ニトイは今にも泣き出しそうな、細々とした声で語りかけてくる。
……やめてくれ、今は考え事をしてるんだ……!
「アイ、して?」
瞬間。
視界が完全に固定される。
背を裂くような強烈な悪寒と。
身体を奥から捻じ切るような威圧で、今にも死にそうになる。
……何を、何をした?
……いいや、何が起こった? 何をされた?
「アイ、して」
自身の身体に絡みつく細い指が、その強烈な悪寒を加速させる。
「アイ、して……?」
現実乖離。
意識が体と切り離されるような、そんな感覚が。
「ニトイを、ぜんぶ、アイして。
こころも、からだも、この肌も、この指も、この足も、この……心臓も。
ニトイの全てを……アイして?」
どう、するべきなんだ。
声は出ない。
声を出そうと必死になるが、声帯はおろか口すら微動だにしない。
ぜんぶ愛する……?
分からない、本当に、本当に何なんだよ、コイツは……!
と、次の瞬間。
その苦悶に満ちた時間は、学校中に響き渡った轟音によって終わりを告げた。
「……ぁ……」
「うぉああっ?!……おい、大丈夫か、ニトイ? 大丈夫か?!」
その瞬間、自身に絡みつくようにして覆いかぶさっていた、ニトイの動きが全て完全に停止する。
「……くそ、一体今度は何なんだ、何で学校から……爆発音がするんだよっ……!」
揺れる校舎。
一体この学校で、何が起きている、なんで校舎の下から爆発が起こったのだ……?
……すると。
何者かの足音が聞こえる。
最初は屋上への階段か、とも思ったが、どうやら違うらしく、もう一度耳を澄ます。
……来る……!
次の瞬間、屋上の柵の外から、何かが飛び上がる。
……ヒト、だった。
「見つ、け、たあっ……!」
その正体は、赤髪の少女。
身に纏っているのは、黒の修道服。
……つまり。
「ゴルゴダ機関……か……!」
……それが表すのは、アイツは、ここにいる俺かニトイを捕らえに来た、もしくは殺しに来たって事……
俺は……そもそも、狙われるような事はしてないからにして、コイツ……ニトイにはやっぱり、何か隠された事実がある……?
「……ニトイ、立てるか……?」
ゴルゴダ機関。
それは類い稀なる身体能力を身に付けた者が、「ヒトならざるモノ」を殺す為に発足した機関のこと……だろう、何で知ってるかは分からないけど。
であるからして、はっきり言って俺がヤツに勝てるような勝算は少ない。なんたってこっちはただの一般人だ。
一か八か、このニトイに任せてみるってのもアリだが、やはりそれは気が許せないし、どっちにしろ同じ結果に転がるのは明白だ。
「それ、じゃあ……死んでくれない?」
女は2丁の銃を構える。
思考がまとまらない。
次の瞬間、自分が死ぬかもしれない、という事実を脳が否定したがっている。
間違いなく、終わりだ。
なぜか———理由など分からず、ただ理不尽に殺される。
死ぬ、死ぬんだ、俺。
……でも、まだ———生きていたい。そう思っている、俺の魂がある。
このままあの弾丸を回避する事は不可能だ。
どうする、どうあるべきだ。
今迫り来る「死」を回避する為には。
今ここで死なない為には。
コイツを、ニトイを守るにはどうすればいいのか、ただただそれらのことだけに脳をフル稼働させる。
……そして、最終的にとった判断はというと。
「飛び降りるぞ……!」
すぐさまニトイの手を引っ張り、飛び降りる覚悟を決めた。
「……ちくしょう、足の1、2本、どうなったって構いやしない……ニトイ、跳べ!」
俺が柵を飛び越えたのに続いて、ニトイも柵を飛び越え、そのまま地面に真っ逆さま。
後ろで銃声がしたが、ニトイが当たってないようで何よりだ……!
「……うああ……っ!!」
せめて、せめて胴体と頭だけでも守らねば……!
意識が動転し、今にもプチっと、電源の抜かれたテレビのように真っ暗になりそうになる、が。
上、直上から響き渡る銃声に、俺の思考はいくらか冷静になった。
普通は頭がおかしくなるような状況なのだが、逆にいくらか思考がまとまることもあるらしい。
「……っ!!」
足に一発、すり抜けるように弾がめり込む。
接地まで残り2秒、痛みの衝撃に備える……!
落ちたのは、建物の影によって薄暗くなった路地裏のような場所。
なんせ学校のすぐ隣にビルがあるもんだから、このような路地裏があるのも仕方ないよな。
……足から着地、した瞬間。
骨の髄まで振動が響き渡る。
当然の如く、接地した足はもはや機能しなくなる。
もはや感覚すら無くなった。
足に力が入らない。崩れ去る砂の城の如く、その場に力無く倒れ込む。
「ツバサ、足……だいじょう、ぶ?」
「大丈夫なワケ……ないだろう……!」
「だいじょばない?」
……と言うか、なんでニトイは大丈夫そうなんだよ……っ!
直上より聞こえる声。
その赤髪の女の声は、俺の脳内に更なる絶望を叩き込む。
「逃げ、ないで、私が、殺して、あげるからぁっ!!」
「……バケモンかよ……何でテメェも頭から着地したくせに、そんなにピンピンしてんだよ……」
「ばけもんかよ……」
「……さあ、死んで? それじゃあ、死んで? 最後に……死んで?
貴方たちは邪魔なの、排除しろ———って言われたから、貴方たちにはちゃあんと……死んでもらうからっ!!!!」
その銃口が向けられる。
もう奇策はない。
思いついても、この足じゃどうしようもない。
だったら、どうすべきだ?
抗うべきか、ここで甘く死を待つのみか。
……いいや、まだだ。
こんなところで、何も知らずに死ぬ、だなんて、そんな惨めなコト、あるか?
そんな判断を、今までの俺はしてきたか……?
覚悟は決まった。
今こそ、使う時だ。
「来い、██ッ!!!!」
無意識に、それでいてはっきりと覚醒した意識で、その刀の名を呼ぶ。
瞬間、伸ばした手には———
俺の生命が、握られていた。
何が何だか全くもって分からないが。
何が何でも、この状況だけは切り抜けなきゃならない。
たとえ足が動かなくとも。
絶対にこんなところでは、死ぬわけにはいかないのだ。
1秒後、差し向けられた銃口より、無数の弾丸が放たれる。
避けられない、逃げられない、見捨てられない。
ないない尽くしだが、できることと言えば1つだけ存在していた。
「ニトイ、お前だけでも逃げてくれ」
刀を構える。
決してそんなことできやしないのだが、それでも脳が、頭ができると錯覚する。
死の恐怖、痛みへの絶望、アイへの渇望、だがそんなものは関係ない。
ただひたすらに、諦めないことだけが、俺の原動力だった。
がむしゃらに、されど冷静に。
その刀は、迫り来る弾丸を全て弾いてみせた。
「刀……神、威……!」
……が、その光景を目の当たりにした眼前の少女は、頭を抱えうずくまる。
「ア……テ……アテ、ナ……様……あ、ああ、ああああああっ!!」
まるで、それ自体が、この神威自体が嫌悪の対象のような、苦悶に満ちた顔だった。
足に力を込める。
立てない、などとうの昔に分かっている。
それでも諦めない。
まるでこの身体が、その足が動く事を分かっているかのように。
……すると、その足はごく自然に、それまでもきちんと立っていたかのように自立する。
骨折、すらしてなかった、とでも言うのか?
「ニトイ、逃げるぞ……っていない?!」
どうやら、絶世の美少女とやらは、目を離すとすぐにいなくなるらしい。
……まあ数十秒前に逃げろと言ったばかりだしな、そうなるのも仕方ない。
……にしても、状況に反して逃げるのが早過ぎないか……?
ヤツにトドメを刺しに行くべきじゃ……ないな、流石にあんな化け物とこれ以上やり合う気はない。
ならば逃げるのみ、だが。
どこに?
どこに逃げ、どこに隠れ、どう過ごせばいい?
そんなことを考えながらも、走る。
遠くへ。できるだけ遠くへ。
なぜか動く足を、いや、とっくの昔にその理由は分かっているような錯覚も起きるが、その足を押し進める。
まだ死ぬ訳にはいかないから、などと言う、ヘンな義務感と共に。
見つからない、殺されない、なんて保証はない。けど、あのニトイがいなくなるだけでも、俺が狙われる可能性はグッと減るはずだ……!
帰り道、密かにガッツポーズをしながら、刀を片手に家の鍵を開け、自身の家に転がり込む。
……やっぱり、家が1番落ち着くな。
とりあえずの凌ぎ場所を見つけた俺は、その事実からくる安堵感に揉まれ続けていた。
2階建てのアパートで、正直言って味気なかったが、今となってはこの鉄の床も、ほとんど何も入ってない押し入れも、あんなことがあった後じゃ全てが落ち着く。
朝顔を洗った洗面台も、部屋の中央に佇む美少女も……あれ??
美少女??
部屋の中央に佇む??
「……なんで、お前、ここにいるんだよ」
「逃げた。……そして、かえってきた。ここ、家、でしょ? ニトイ、の、家……でしょ?」
……なんで?
どうして、こんなことになるんだ?
……なるほど、どうやら、俺はもう、普通の生活はできないらしい。
「もう、ホントになんなんだよ、おまえ……」
「ほんとになんなんだよ、おまえ」
「真似しなくていいから」
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