Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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断章Ⅰ〜アローサル:ラークシャサ・ラージャー〜

完勝の瞬間を———

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「敗者には、死あるのみだ……ヴォレイ!」


 血と砂と、岩の破片が舞い散る閃光の最中。

「そんなこと……あり得ないんだ……この、このオレが、負けるなど……」




 背から聞こえてくる負け惜しみは、それはそれは随分と惨めなものであり。

「……お前の、負けだ。残った時間を、せいぜい懺悔の時間に費やすといい」


「何だと……この、このガキ、が……!」


 倒れ込む。
 力無く。その崩れかけのイデアの身体は地に伏し、屈辱を得る。

「負けるはずがないんだ……ゴルゴダ機関トップ2の、このオレが……!」




「……くだらない」


 生まれて初めての、敗北で。
 生まれて初めての、屈辱なのだろうか。

「許さん、許さん……キサマ、キサマにだけは……このオレが……」

「このオレが、負けるわけが、ないんだああああああああああっ!!!」



 負け惜しみの如く、至近距離で———その死にかけの身体より放たれる、空気の断裂層。

 ただ。それすらも、僕は読んでいた。
 指に触れるや否や、一瞬にして弾け飛ぶ断裂層。





「…………だからキサマはトップ2のまま、死に行くんだ」



 その言葉の意味を、ソイツは終ぞ理解することはなく。
 その身体は球体と共に、灰となり散っていった。

 同時に、身体を覆っていた返り血も、全て灰と化し消えてゆく。




「終わっ、た……」

 ツノが急激に小さくなる。
 高まった心臓の鼓動は治まり、ほとばしる魔力もすぐに掻き消えていった。



 ……その中でも、やっぱり悔しかった。
 イデアさんが、くいなが、ヤンスが、死んだ事が。



 どうしても、悔やむしかなかった。
 失意に呑まれながら、後頭部から倒れかかる。
 力が抜けて、立ち上がる力さえ起きなくて……





 そして、何か柔らかく、生暖かいものの上に、その頭は着いた。
 肌……?
 人の、肌……?







「……流石に今回は、素直に誉めざるを得ないな」

「イデア……さん……でも、何で生きて……」

 目からこぼれ落ちた涙は頬を伝い、全て抱きついたイデアさんの服へと吸い込まれてゆく。



「生きて……生きてたんですね……!!」


「……ああ、ヤツに貸したのは、幻術で作り出した偽りの身体だ。……まあ、幻術体と現実体をからこそ、気付かれなかった訳だし、はっきり言って、俺が生きているかは……賭けだった。

 前にも……時も、この術は使った事はあったが、流石に……こたえるな……!」



「よかった……本当によかった……!!」

「……少し癪、だぜ、貴様に……強さで先を越される、だなんてな……
 しかし———よかったぞ、お前は本当に……よくやった」

 優しく———とてもこの人には似つかないが、花のようにさわやかな笑顔で、イデアさんは微笑をこぼした。

 珍しいな、この人がこんな風に笑うなんて。



 

「それと、お前が連れてたヘンな魔族だが———微弱ながらもまだ魔力を発している、早めに手当てしておいた方がいいんじゃないのか」

 それ、ってつまり、ヤンスとくいなは……


「……は———はい……っ!!!!」








「……? アイ、生きて、……る……?」

「俺も生きてる……でヤンス、……なるほど、鎧の魔力障壁が、俺たちを守ってくれたでヤンスね……」


「…………あ……!」

 目覚めたその2人を、涙したままに見つめる。

 思わずその涙に濡れた声を漏らしてしまい、すぐそばにいたことがバレてしまったが。


「セ……ン……?」
「まさ……まさか、あの化け物は、センが倒した……でヤンスか……?」


「……うん。僕が……やっつけた。めちゃくちゃかっこいい……最強のパワーで」

 自分で言いはしたのだが、実際には僕にも一体何だったのかは分からなかった。
『鬼の血』、イデアさんの口にしていた、その言葉が鍵なのだろうか。




「ありがとうでヤンス~っ! 何やったか知らないけど本当にありがとうでヤンス~っ!」

「ははっ、恥ずかしい、からやめて……くれよ……!」

 ヤンスに抱き付かれ、力無くも後ろに押し倒されてしまう。




「……あり、がとう」

「……へ?」

 唐突に、くいなより飛び出した異質な一言は、だがしかしそれでよかったと、言葉の衝撃とは正反対の安堵を与えてくれた。


「あり…………がとう、セン……!……アイツを———をとってくれて、ありがとう……!」



「———僕も、君を守れて……よかったよ……!」





 そうだ、僕は勝ったんだ。
 文字通り、最高の勝利。

 今までこんな事はなかった。
 いつだって、決着をつけるのは白さんとかイデアさんとかで。

 僕には何もできないのかと、自分の無力さを嘆いてばかりだったけど。

 それでも、今の僕は手にして、そしてこの目で見たんだ。

 完勝の、瞬間を———!
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