Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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断章Ⅰ〜アローサル:ラークシャサ・ラージャー〜

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*◆*◆*◆*◆

 それはもう、にとってはずっとずっと前のことだった。

「……はは、あれ、何……?」

 西大陸某所、獣人の村にて。
 列を成して歩く男の群れに、戦慄したのは、本当に数年も前の追憶。




 その時までは、何もかもが普通だった。
 アイ、は、普通の獣人で。魚を取ったり、木の実を採ったりして、普通に過ごしていた。ただただそれだけだった。



 それまでの人生は、「楽しかった」とも言い難かった。

 だがしかし「つまらない」訳でもなかった。

 要はごく普通の生活で、まあこんなことが続けばいいかな、と、心のどこかで思っていた矢先の事だった。




 眼前に広がる惨状に唖然とした。
 はは、に手を添えられ、視界が黒く染まった時、「まあなんとかなるだろう」などと謎の安堵を感じていた。




 外にて、ずり落ちる肉の音や、悲痛な叫び声を聞こうと「今までの人生、特に何もなかったから、これも放っておけば別になんとかなるだろう」などと思っていた。


 その目を開けた時、眼前に広がる惨状を目にした時も一瞬、「これは何かの夢だろう」と安堵してしまった。


 しかし、その安堵は、アイの頬に飛び散った……はは、の血により、今までの生活と共に崩れ去ることとなる。


『これで———全滅か。……抵抗しなければ、一瞬のうちに終わったものを』

 その声は、後に聞くことになってしまった。
 ———そう、それはあのの声だったのだから。



 アイ、は、押し入れの中に隠れていて、よく分からなかったが、どうやら見逃されたようだった。


 それまでは、今まで生きてきた日常は当たり前で。
 何の犠牲もなしに成り立ってて。

 アイも、このまま無機質に暮らしていれば、いずれ人生は終わるだろう、とおぼろげに、されど明確に分かりきっていた。

 だが、結局その定義はボロボロに崩れ落ちた。



 今まで自分を育てた母はもはやおらず。
 それどころか、自分を見てくれる人も、一緒に高めあう誰かもいやしないと。



 元より人生などというものにはあまり無頓着だった。

 ただただ生きて、それが過ぎ去るのなら、その流れに身を任せようと、そう思っていた。

 だからこそ、その時初めて、少女に「生きる意味」が生まれた。

 母の死を間近に感じた時、味わった感情は「怒り」だった。


「どうでもいい」などと、心の中ではそう思っていた母の存在が、失ってからどうしようもなく大切に思えてきたのだ。



 だからこそ、母の仇を討つ。とりあえずそれしか生きる意味はないし、それしか生きる理由はないのだから。

 そして、もう二度と「失う」想いをしないために。

 ……それは、とても胸が痛くなるものだということを、アイは既に知っていたから。


 そうして、ただひたすら自分の居場所を探し回った。

 人間の村に赴き———王都にも赴き。

 ……それでも、「魔王軍のスパイ」だと疑われ、迫害され、ひたすら追われる日々。




 そこでようやく、アイには居場所がないと、この世界において、アイは存在してはいけないモノなんだと、そんな当たり前の認識を、ようやくこの頭が認めてくれた。

 だからこそ、強くならねばならない。
 そのためにはどうすればよいのか、ちょうどいい人間がいるじゃないか。




「……勇者、セン、だよ、……ね?……アイ、も、連れてって……?」





「何すかコイツ、センに何か用でヤンスか?」
「……ねえヤンス、これって……獣人?」

「世界を救った救世主」ならば、なぜかアイを強くしてくれるかもしれない、と。

 吹き消せば儚く消える泡のような淡い希望を抱き、その人間の下で暮らすことを決めたのだ。




 修道服に身を包んだ男たちが口にしていたのは『殺生院』という名前。

 かなり調べて、それが人外討伐を生業とした殺し屋集団であることを知ってなお、その足はすくみきっていた。

 ……でも、でも今ならば。
 その足はすくまずに、その『殺生院ゴルゴダ機関』とも互角に戦えるのでは、と思ってしまった。



 それでも、やはりダメだった。
 アイ、1人では、あの化け物には勝てやしなかった。
 ……正直、もう確実に死んだ、と確信したのだが。


 その時、眼前にて立ち尽くしていたのは、紛れもないセンの、『救世主』の姿であり。

 その『救世主』は、世界を救ったとは思えないほど逃げ腰で。
 どこまでも、自分が生き残れる最善の道を探して、自分優先で生きているつもりに見えた。



 でも、ちがうんだ。
 センは、センはそんな生き方はしちゃいない。
 彼はどこまでも他人優先で、自分のことなど後回しの人間、だということはすぐに見て取れた。




 だって、そうでもなければ。
 こんなところに、アイを助けにくるはずがないのだから。
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