Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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C・C・C(カーネイジ・クライシス・クラッシャー)

爆裂/贖罪/渇望

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◆◆◆◆◆◆◆◆

 ……センが王都を出ていった昨日より1日。
 俺は、というか俺たち人界軍は、カーネイジ襲来に向けた準備を進めていた。



 魔術の練習に励む者、



「……どうした、そんなものか、王直属の騎士というものは! そんな腕ではアレンには一生勝てんぞ!!」

「まだまだ、こんなんじゃ……人斬りの兄に負けるようじゃ……騎士としては失格よ……!」

 剣術の練習に励む者。







 その最中、白はというと……




 ある丘にて。
 修行に励む兵士たちを眺め、晴れ晴れとしたそよ風に吹かれながら、座り込む人影が2人。

「マスター、修行プロトコルを組ませていただきました、マスターがよろしければ、今すぐにでもこの私が修行を……」

「…………いや、修行は、いいんだ。というか、修行で俺が強くなると思ったその理由を聞かせてほしいところだ」

「こんな時に……何もしなくて、大丈夫……なのですか?」

「……俺は、ここ最近身体を使いすぎた。2年ぶりにサナと再会して、黒騎士っていう魔王軍の幹部も倒して、……んで、お前のマスター、リーとも戦って。


 そんな連戦続きだったもんだから、ここ数日だけは休めておきたいな、って」

「…………マスター、顔色が優れない様子で」

 まるで自分の死期を悟ったかのような、その虚な真紅の瞳には。


「………………ん、あ、ああ、すまん、考え事をしてたんだ」

「それは一体……どのような?」
「長くなるぞ」
「構いません」



「………俺は、また人との対決、命の奪い合いを目前にして、日和っちまってるんだ。

 ……また、また人を斬るのかと、それがどうしても、たまらなく怖くって」

「また、人を斬る……また……もしや、人を斬られた経験がおありで?」

「そんなに直球で聞くか……まあ、ある。何人も、何千人も」

「………………マスターがそんな方、だったなんて、意外でしたね……しかし、一体何の為に……」





「快楽だ」

 即答に一瞬、沈黙が流れる。

 ……まあ、そりゃあ見えないだろうな、こんな俺が、人を楽しみながら斬っていた、だなんて。

「……マスター、嘘をおっしゃられましても……」

「嘘じゃ……ないって、知ってるだろ、半分くらい」

 そう、おそらくコックは、またもや俺の心を読んだのだろう。

 ———最初から読んでいれば済む話だったのに。


 快楽、もあった。でも、それ以上に俺は……

「強制されていた、自分の中の、もう1人の自分に」

「でも、それは仕方ないことなのでは……」

「それでも、快楽の為に人を斬ったことは事実だし、俺はそんな理由で、自分の罪からは逃げられない。

 ……いや、逃げちゃダメなんだ、多分」



「変わろうと、したんですよね、その発言からして。贖罪を、その意思があったと、私は思いますが」

「意思はあった。変わろうともした。でもダメだった。2年前、サナにも背中を押され、ようやく俺は贖罪に向けて歩き出した。

 ……はずだったけど、やっぱりまた、斬っちまった。快楽に任せて」



「……だからこそ、願っていたのですね」
「そうだな、……また心読んだろ」

「ふふっ、とりあえず言ってみてください」





「……。師匠の掲げてた、くだらない理想論だ」


「くだらない………そうかも、しれません、ね……」

********


 コックは今まで幾度となく見てきたのだ。
『たった1つの願いを叶える』為に世界が殺し合った大戦を。

 大戦が終結してなお、自らの目的の為に殺し合いを続ける東側の大陸を。

 だからこそ、コック自身にも、白自身にも、そんなものは無理だと、そう分かっていた。それでも。



「……でも、いつかは来るはずだ。俺が、この刀を振らなくてもよくなる世界が」

「ならば、その時まで。私はあなたに、マスターに……」
「………ああ、頼む」




 そう、マスターは、迷っているのだと。
 ……人を、殺すことに。
 この、マスターらにとって史上最悪であろう戦いを前にして。



********



「な~にしてるのっ」

 黙り込んだ場の中に1つ、水を差す女が。

「……サナ、か。………いや、ただちょっと……話とか考え事とかしてただけだよ」

「そう? 話、話ねえ……」

 ……なんだ、この雰囲気?
「マスター、私は退いた方がよろしいのでは……」

「いや、いいよ。もうちょっと陽に当たってったらどうだ?」





「(誰にも聞かれないほどの小声で)普通は退かせるところでしょ?!」

「ですが、マスター……雰囲きいっ?!」
「(小声で)コック、気遣いはありがたいけど、それ以上は言わせないわよ……」



「…………なあ、何、やってんだ……?」

 コックの首を絞めるサナに恐る恐る質問する。


「あ、いや白、なんでもないのよ……?」
「マスター、やはり退きますね……」
「ちょ待てよコック、なに……」

 ……既に呼び止めようとしたコックは飛び立っており。


 場に残されたのは、俺とサナ。
 2年ぶりに再会したコンビのみであった。



「……んで、何のようだ。わざわざコックを帰らせておいて」

「なるほど、私がコックを帰らせたことになってるのね」

 ……間違ってないだろ。


「少し……ね。2人の時間が欲しかった……ただ、それだけよ」

「一緒に空でも見上げようってか」

「まあ、そうよね。……綺麗じゃない。雲1つない、晴天ってのは」

「…………白は、嫌いなのか」
「っっ……ん?!」



「何……なに……なんなの……?!
 今の、今の発言何……? プロポーズかなんかなの?! さっきまで、あんなに何も無さげな感じだったのに?!」


「…………俺は、雲が好きだ。暗雲は嫌いだが、晴天の中に紛れる、純粋な白だけじゃなく影の入った雲が、そんな不完全の白が、好きなんだ」


 白って、色の方の白か、とサナも気付いたらしい。


「…………それは、どうして……?」

「自分の姿と重ねたから……だな。どうしても、完全に白に染まりきれない自分を見て…………

 そして、雲を見てなんかその……自分を客観視できたというか、そんな不完全なモノでも、存在していいんだ、って、勇気を貰えた」


「不思議ね。そう言った弱い自分を表すモノは、大抵の人は嫌いになる……ことが多いのに」

「……白、ってさ、見てると清々しい気持ちになるんだよな。何にも染まりきってなくて、まるで赤ちゃんみたいで、純真でさ。

 だから嫌いじゃない……のかもな。感覚だから、こんなちゃんとした理由かどうかなんて、自分にすら分からないが」








 話が途切れ、しばしの沈黙。
 このままある程度空を見上げて、そのまま王都に帰るか、と思ったその時に。

「雲……作ってあげよっか」

 無意識に、俺が空に伸ばした手を見上げたサナが口にした一言。

「お得意の……爆裂魔法でか?」

「だって、なんか欲しそうだったじゃない。今の白は……なんていうか……渇望……って言葉が似合うって言うか……」

「…………渇望、か……」


 俺の、願い……か。

 文字通り喉から手が出るほど欲しくなるモノ……?
 そんなモノ、今の俺にはあるのか……





 ———一瞬だが。


 手を、伸ばした?


 この俺が?
 一瞬、見えたような気がした———夜の月に……?

 ……そんなただの幻覚に、俺は手を伸ばした……ってか。

 何の為に?
 何を求めて?

「……どう……? 白、毎日は……楽しい?」
「楽しいかって?……まあ、楽しい……かな。未だに血に塗れてるけど」




「…………贖罪。……貴方は、できてると思う……?」

「分かんない。……まだ、俺は幸せじゃないのかな……分からないって事は」

「そう。……そっか。幸せに……まだできてないのね……」

「ん、ああ、幸せなのは幸せなんだろうな、……でも、やっぱり疑問に感じてきた。こんなのが贖罪だと、に」

「いつかはそうなるとも思ってた……けど」

「…………俺や、お前にとっての贖罪ってのは……こういう事なんだろうけど、……やっぱりどうしても、他人にとってはそんなモノは贖罪とは言えなくて……

 二千兵戦争———レイだって、そうだっただろ。

 ならば俺は……今死ぬべきなのかと何度も何度も考えて……んで、結局……ここまで来ちまった」


「いつかは結論を出して、決着を付けるべき……よね。人生の命題。そう言っても差し支えのない十字架……だもの。私には、とてもそんなの……背負えない」



「……なあ、魔王を倒したとしたら、……その後俺はどうすればいいんだろうか。

 そうなると、『救世主セイバー』として生きてきた自分すらもいなくなって、本当に自分がなくなって……しまいそうでさ」


「いいじゃない、何者でなくたって、幸せなら、それで———、

 ……ああもう、やめよやめ! 嫌よこんな話、なんか別の話題ない訳?! 今までこんな暗い話題に流され続けた自分が馬鹿みたいだわ!」

「…………すまん、……別の、話題……か。

 だったらさ……魔法、とか、使ってみたいかな……って」

「雲が作れるような?」

「じゃあ、それで。あれから2年も経ってるんだ、教え方も上手くなってる……はずだろ?」





「……スプロージョン!」

 宙を裂く爆裂。
 あまりの風速。木も反り返るほどの。
「やっぱすげえな……そっか、俺の使いたかった魔法って、こんなのだったなぁ……」



********




 ……ああ、それか。
『渇望』それが似合う顔に、もう一度白は成り果てる。

 憧れ、だったのかな、白にとって。
 そんなモノ、もう白にはないのかと、そう思い込んでいた。……でも、あったんだ。まだそんな、少年らしい……感情が。



「……ねえ待って、よく考えたらさ……いつ攻めて来るか分からない今、撃つのヤバくない?」

「……馬鹿野郎、バカヤロウッ!!!!」

 ……と、あっけない理由で魔法習得は終わってしまいましたとさ。


「まあいいじゃない。全てが終わったら……また教えてあげるから」
「全てが終わったらもうそんなモノ、使う機会もなくなるだろ」

「……確かに……そうね! ふふっ、私ったら何言ってんだか!」
「…………そんなモノ、使う機会のない世界、か……」



********

 それは、おそらくの———宗呪羅の言っていた世界、なんだろう。

 もう誰も苦しむことのない、みんなが楽しく生きられる世界。



「———師匠、俺は……」




「……さ、帰りましょ、こうしてる間にでも来たらヤバいわよ」
「ん、あ、ああ、そう、だな……」

 しばしの休息。
 決意は……まだ固まっちゃ……いないかもしれない、けど。



『全てが終わったら……』

 ……その言葉、信じていいん、だよな。





********


 結局、2人の時間も、意味はなかった。
 私には、私には、何かよからぬ直感がしてならない。

 このまま、放っておくと、白の姿がもっと遠く、どこまで行っても追いつけない地平線の彼方、その暗黒に消えてしまいそうな、そんな不安が。

 当たらないと、いいけどなあ……。
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