56 / 256
C・C・C(カーネイジ・クライシス・クラッシャー)
爆裂/贖罪/渇望
しおりを挟む◆◆◆◆◆◆◆◆
……センが王都を出ていった昨日より1日。
俺は、というか俺たち人界軍は、カーネイジ襲来に向けた準備を進めていた。
魔術の練習に励む者、
「……どうした、そんなものか、王直属の騎士というものは! そんな腕ではアレンには一生勝てんぞ!!」
「まだまだ、こんなんじゃ……人斬りの兄に負けるようじゃ……騎士としては失格よ……!」
剣術の練習に励む者。
その最中、白はというと……
ある丘にて。
修行に励む兵士たちを眺め、晴れ晴れとしたそよ風に吹かれながら、座り込む人影が2人。
「マスター、修行プロトコルを組ませていただきました、マスターがよろしければ、今すぐにでもこの私が修行を……」
「…………いや、修行は、いいんだ。というか、修行で俺が強くなると思ったその理由を聞かせてほしいところだ」
「こんな時に……何もしなくて、大丈夫……なのですか?」
「……俺は、ここ最近身体を使いすぎた。2年ぶりにサナと再会して、黒騎士っていう魔王軍の幹部も倒して、……んで、お前のマスター、リーとも戦って。
そんな連戦続きだったもんだから、ここ数日だけは休めておきたいな、って」
「…………マスター、顔色が優れない様子で」
まるで自分の死期を悟ったかのような、その虚な真紅の瞳には。
「………………ん、あ、ああ、すまん、考え事をしてたんだ」
「それは一体……どのような?」
「長くなるぞ」
「構いません」
「………俺は、また人との対決、命の奪い合いを目前にして、日和っちまってるんだ。
……また、また人を斬るのかと、それがどうしても、たまらなく怖くって」
「また、人を斬る……また……もしや、人を斬られた経験がおありで?」
「そんなに直球で聞くか……まあ、ある。何人も、何千人も」
「………………マスターがそんな方、だったなんて、意外でしたね……しかし、一体何の為に……」
「快楽だ」
即答に一瞬、沈黙が流れる。
……まあ、そりゃあ見えないだろうな、こんな俺が、人を楽しみながら斬っていた、だなんて。
「……マスター、嘘をおっしゃられましても……」
「嘘じゃ……ないって、知ってるだろ、半分くらい」
そう、おそらくコックは、またもや俺の心を読んだのだろう。
———最初から読んでいれば済む話だったのに。
快楽、もあった。でも、それ以上に俺は……
「強制されていた、自分の中の、もう1人の自分に」
「でも、それは仕方ないことなのでは……」
「それでも、快楽の為に人を斬ったことは事実だし、俺はそんな理由で、自分の罪からは逃げられない。
……いや、逃げちゃダメなんだ、多分」
「変わろうと、したんですよね、その発言からして。贖罪を、その意思があったと、私は思いますが」
「意思はあった。変わろうともした。でもダメだった。2年前、サナにも背中を押され、ようやく俺は贖罪に向けて歩き出した。
……はずだったけど、やっぱりまた、斬っちまった。快楽に任せて」
「……だからこそ、願っていたのですね」
「そうだな、……また心読んだろ」
「ふふっ、とりあえず言ってみてください」
「……もう誰も傷つかない世界。師匠の掲げてた、くだらない理想論だ」
「くだらない………そうかも、しれません、ね……」
********
コックは今まで幾度となく見てきたのだ。
『たった1つの願いを叶える』為に世界が殺し合った大戦を。
大戦が終結してなお、自らの目的の為に殺し合いを続ける東側の大陸を。
だからこそ、コック自身にも、白自身にも、そんなものは無理だと、そう分かっていた。それでも。
「……でも、いつかは来るはずだ。俺が、この刀を振らなくてもよくなる世界が」
「ならば、その時まで。私はあなたに、マスターに……」
「………ああ、頼む」
そう、マスターは、迷っているのだと。
……人を、殺すことに。
この、マスターらにとって史上最悪であろう戦いを前にして。
********
「な~にしてるのっ」
黙り込んだ場の中に1つ、水を差す女が。
「……サナ、か。………いや、ただちょっと……話とか考え事とかしてただけだよ」
「そう? 話、話ねえ……」
……なんだ、この雰囲気?
「マスター、私は退いた方がよろしいのでは……」
「いや、いいよ。もうちょっと陽に当たってったらどうだ?」
「(誰にも聞かれないほどの小声で)普通は退かせるところでしょ?!」
「ですが、マスター……雰囲きいっ?!」
「(小声で)コック、気遣いはありがたいけど、それ以上は言わせないわよ……」
「…………なあ、何、やってんだ……?」
コックの首を絞めるサナに恐る恐る質問する。
「あ、いや白、なんでもないのよ……?」
「マスター、やはり退きますね……」
「ちょ待てよコック、なに……」
……既に呼び止めようとしたコックは飛び立っており。
場に残されたのは、俺とサナ。
2年ぶりに再会したコンビのみであった。
「……んで、何のようだ。わざわざコックを帰らせておいて」
「なるほど、私がコックを帰らせたことになってるのね」
……間違ってないだろ。
「少し……ね。2人の時間が欲しかった……ただ、それだけよ」
「一緒に空でも見上げようってか」
「まあ、そうよね。……綺麗じゃない。雲1つない、晴天ってのは」
「…………白は、嫌いなのか」
「っっ……ん?!」
「何……なに……なんなの……?!
今の、今の発言何……? プロポーズかなんかなの?! さっきまで、あんなに何も無さげな感じだったのに?!」
「…………俺は、雲が好きだ。暗雲は嫌いだが、晴天の中に紛れる、純粋な白だけじゃなく影の入った雲が、そんな不完全の白が、好きなんだ」
白って、色の方の白か、とサナも気付いたらしい。
「…………それは、どうして……?」
「自分の姿と重ねたから……だな。どうしても、完全に白に染まりきれない自分を見て…………
そして、雲を見てなんかその……自分を客観視できたというか、そんな不完全なモノでも、存在していいんだ、って、勇気を貰えた」
「不思議ね。そう言った弱い自分を表すモノは、大抵の人は嫌いになる……ことが多いのに」
「……白、ってさ、見てると清々しい気持ちになるんだよな。何にも染まりきってなくて、まるで赤ちゃんみたいで、純真でさ。
だから嫌いじゃない……のかもな。感覚だから、こんなちゃんとした理由かどうかなんて、自分にすら分からないが」
話が途切れ、しばしの沈黙。
このままある程度空を見上げて、そのまま王都に帰るか、と思ったその時に。
「雲……作ってあげよっか」
無意識に、俺が空に伸ばした手を見上げたサナが口にした一言。
「お得意の……爆裂魔法でか?」
「だって、なんか欲しそうだったじゃない。今の白は……なんていうか……渇望……って言葉が似合うって言うか……」
「…………渇望、か……」
俺の、願い……か。
文字通り喉から手が出るほど欲しくなるモノ……?
そんなモノ、今の俺にはあるのか……
———一瞬だが。
手を、伸ばした?
この俺が?
一瞬、見えたような気がした———夜の月に……?
……そんなただの幻覚に、俺は手を伸ばした……ってか。
何の為に?
何を求めて?
「……どう……? 白、毎日は……楽しい?」
「楽しいかって?……まあ、楽しい……かな。未だに血に塗れてるけど」
「…………贖罪。……貴方は、できてると思う……?」
「分かんない。……まだ、俺は幸せじゃないのかな……分からないって事は」
「そう。……そっか。幸せに……まだできてないのね……」
「ん、ああ、幸せなのは幸せなんだろうな、……でも、やっぱり疑問に感じてきた。こんなのが贖罪だと、納得することに」
「いつかはそうなるとも思ってた……けど」
「…………俺や、お前にとっての贖罪ってのは……こういう事なんだろうけど、……やっぱりどうしても、他人にとってはそんなモノは贖罪とは言えなくて……
二千兵戦争———レイだって、そうだっただろ。
ならば俺は……今死ぬべきなのかと何度も何度も考えて……んで、結局……ここまで来ちまった」
「いつかは結論を出して、決着を付けるべき……よね。人生の命題。そう言っても差し支えのない十字架……だもの。私には、とてもそんなの……背負えない」
「……なあ、魔王を倒したとしたら、……その後俺はどうすればいいんだろうか。
そうなると、『救世主』として生きてきた自分すらもいなくなって、本当に自分がなくなって……しまいそうでさ」
「いいじゃない、何者でなくたって、幸せなら、それで———、
……ああもう、やめよやめ! 嫌よこんな話、なんか別の話題ない訳?! 今までこんな暗い話題に流され続けた自分が馬鹿みたいだわ!」
「…………すまん、……別の、話題……か。
だったらさ……魔法、とか、使ってみたいかな……って」
「雲が作れるような?」
「じゃあ、それで。あれから2年も経ってるんだ、教え方も上手くなってる……はずだろ?」
「……スプロージョン!」
宙を裂く爆裂。
あまりの風速。木も反り返るほどの。
「やっぱすげえな……そっか、俺の使いたかった魔法って、こんなのだったなぁ……」
********
……ああ、それか。
『渇望』それが似合う顔に、もう一度白は成り果てる。
憧れ、だったのかな、白にとって。
そんなモノ、もう白にはないのかと、そう思い込んでいた。……でも、あったんだ。まだそんな、少年らしい……感情が。
「……ねえ待って、よく考えたらさ……いつ攻めて来るか分からない今、撃つのヤバくない?」
「……馬鹿野郎、バカヤロウッ!!!!」
……と、あっけない理由で魔法習得は終わってしまいましたとさ。
「まあいいじゃない。全てが終わったら……また教えてあげるから」
「全てが終わったらもうそんなモノ、使う機会もなくなるだろ」
「……確かに……そうね! ふふっ、私ったら何言ってんだか!」
「…………そんなモノ、使う機会のない世界、か……」
********
それは、おそらく師匠の———宗呪羅の言っていた世界、なんだろう。
もう誰も苦しむことのない、みんなが楽しく生きられる世界。
「———師匠、俺は……」
「……さ、帰りましょ、こうしてる間にでも来たらヤバいわよ」
「ん、あ、ああ、そう、だな……」
しばしの休息。
決意は……まだ固まっちゃ……いないかもしれない、けど。
『全てが終わったら……』
……その言葉、信じていいん、だよな。
********
結局、2人の時間も、意味はなかった。
私には、私には、何かよからぬ直感がしてならない。
このまま、放っておくと、白の姿がもっと遠く、どこまで行っても追いつけない地平線の彼方、その暗黒に消えてしまいそうな、そんな不安が。
当たらないと、いいけどなあ……。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
グレイス・サガ ~ルーフェイア/戦場で育った少女の、夢と学園と運命の物語~
こっこ
ファンタジー
◇街角で、その少女は泣いていた……。出会った少年は、夢への入り口か。◇
戦いの中で育った少女、ルーフェイア。彼女は用があって立ち寄った町で、少年イマドと出会う。
そしてルーフェイアはイマドに連れられ、シエラ学園へ。ついに念願の学園生活が始まる。
◇◇第16回ファンタジー大賞、応募中です。応援していただけたら嬉しいです
◇◇一人称(たまに三人称)ですが、語り手が変わります。
誰の視点かは「◇(名前)」という形で書かれていますので、参考にしてください
◇◇コンテスト期間中(9月末まで)は、このペースで更新していると思います
しおり機能で、読んだ場所までジャンプするのを推奨です…



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる