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新・二千兵戦争
漢の約束/白、死す…?
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黒と別れて半日、俺たちは、王都を目指してひたすら歩き続けた。
「……この岩邪魔ね」
「爆裂魔法とか使って吹き飛ばせば?」
できる訳ないだろ、だなんて笑いながら冗談半分で口にする。
「私にそんなの使えるわけ……いいえ、まずはイメージよ……1回だけなら見た事あるから……」
「お?もしかしてもしかするともしかしなくてもできるの……」
「エクス……プロージョンッ!!」
空に浮かぶは魔法陣。
……瞬間。俺の耳には轟音が。続けてきたのがあまりにも強すぎる突風。「爆裂魔法とか」だなんて言わなければよかったと後悔した。
……そんなこんなで王都に着くまでにサナがいくつか(エクスプロージョン、アーススプリット等)の魔法を習得(というよりやろうと思えば最初からできてた)。サナの才能に脱帽である。
んで、王都に着いて、人界王から幹部のリー討伐の報酬金をありったけむしり取って、屋根が赤く、瓦でできている日ノ國の建造方式を取り入れた一軒家を購入。
俺とサナは、今後その家で一生を暮らし、幸せに人生を終えました———。
◆◆◆◆◆◆◆◆
なんて事はなかった。なかったが、数日は平和そのものだった。だが住み始めて2日目。
慣れない王都での生活、慣れない家事……そんな中、とある友人ができた。
金もあるので美味い酒を飲む為にレストランに来た時の事だった。
レストランの内装は1つの木造のテーブルに4つの木造の椅子が囲むように置いてある配置が何セットかあり、俺はその1つに座った。
すると、「相席いいか?」と2人の男が話しかけてきた。仕方なく了承し、再び酒に口をつけようとした時、2人の男のうち、赤い服を着た赤髪の勇者が話しかけてきた。
「なあ、アンタ、白さん、だろう?」
「……ああ、そうだが?? 何か用か?」
「いや、アンタはこの街で唯一例のリスト、に入っていない男だからな」
「なんだその例のリスト、とは」
何かあった時の為に木刀を腰まで持ってくる。すると、
「アンタ、知らねえだろ?」
「何が?」
「サキュバスの…………サービス」
とても。とっても。とっっっても聞き捨てならない単語が飛び込んできた。
……サキュバス?
あの……魔族の中でも淫魔とか呼ばれたりしてる……いかがわしい種族ですか?
「KWSK」
「なあ、アンタも男なら、やっぱりナニ、するんだろう?」
そうだ。もちろん俺も年頃の男の子。宿に泊まっていた時と村で休んでいた時、そして黒の家に住んでいた時以外は毎日欠かさずナニを行っていた。
まあ、男としての宿命というか、性というか、俺だってするもんはするんだよ。
「……ああ、もちろんしてるが? それがどうした?」
「つまりは……好きな子とかいるんだろ??」
……コイツ、デキる! 確実に俺の心の隙を読んできているっ!!
そうだ、もちろんいる!! つい一昨日まで一緒に道を歩いていて、今に至っては同棲までしている好きな子、いる!!!!
「……それが……どうしたって言うんだ……」
「なあに、金さえ払えばお前もその子とデキるんだよ」
「おい……まさか、催眠なんてするんじゃ———」
……流石にそんな方法は論外だ、他人の意志を捻じ曲げてまで行為に至ろうとする人間なんかじゃ決してないからな。……そうだろう、白!
「違う違う、催眠じゃない。サキュバスが俺たち人間の心を読み取って、俺たちの好きな子に化けてくれて、それでサキュバスと……一線を越えるんだよ」
「……ゴクリ」
「お前、顔からして童貞だろ?」
「っおい、やめろよ、顔からしては流石にしつれーだぞ」
「まあいい、お前だって……体験してみたいだろ?一晩レメル50枚だが……」
「ごじゅ……50枚だと?!あまりにも高すぎやしないか」
「コレ……分かるか?」
その男は赤い紙切れをテーブルに差し出す。
「こいつは……割引券だ」
「いいんすか兄貴ぃ! コイツに渡しても!」
さっきまでは黙っていた、青のシャツを着た肌の黒い大男が口を出す。
「いいんだよ、サキュバスの店は魔王討伐の為に建てられた勇者のモチベーションを上げる為の店だ。俺には分かるぜ……! この白が世界を救うってよ!」
「兄貴ぃ……!」
「……つまりこれは……俺がもらってもいい、と?」
「もらってくれ。アンタは魔王軍幹部を2人討伐したとの事で有名だ。あの店に行ってもかなりの高待遇が待ってるだろうな。場所はこの地図に記しておいた」
……2人、ではなく実際には1人だが。
男は茶色の地図を俺に差し出す。
「ありがとう、で、名前は?」
「俺がガス、そしてコイツがジェールズ」
「ジェールズだ、よろしくぅ」
「でも……いいのか?」
「ああ、俺はお前みたいなヤツが現れるのを待っていたんだ。そのかわり、魔王討伐に励んでくれよ!」
……魔王討伐をしてほしいがために……そのサービスを受けさせる……何の目的で?
「もちろん、約束するさ。ところで、なんでそんなに魔王討伐に執着するんだ?」
「俺とジェールズは、大切な人を魔王軍に殺されたんだ……だから、お前みたいな男の勇者で強いヤツを見つけては、この割引券を渡してモチベーションを上げてもらってるんだよ」
「……なるほどな、倒してみせるさ、この割引券にかけて!」
なるほど、で納得できるような理由ではなかったが、悪いヤツじゃなさそうだな、っていうのは雰囲気で伝わってきた。この好意は素直に受け取ることとしよう。
……こうして、漢と漢の(くだらない)約束が交わされた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
その日の夜。
「サナ、ごめんけど今日の夜はちょっと行くところがあるんだ……じゃあな!」
そう言って、白は勢いよくドアを閉める。
いかにももう一線越えてそうな台詞だが、実際のところ関係には何の進展もないのである。しかし……
「……流石に怪しいでしょ、夜に出歩くなんて、絶対何かあるに違いないわ」
今まさに、その関係が進展しようとしていた!!
……悪い方向に。
◇◇◇◇◇◇◇◇
家を出てはや6分ほど。
目的地まではさほど遠くはないが、後ろの追っ手が心配である。
……そう、見られる訳にはいかない。
俺がそういう店に行く事、サナに化けてもらったサキュバスと一線を越える事……!
見られたら爆裂魔法1発じゃすまないだろう。多分口に小型の魔力障壁でも放り込まれて、窒息するまで俺を苦しめ続けてくる……そんな感じがする。
だからこそ、最大限の注意を払って行かなくちゃならない。
今はまだ家と家の間の細い通路だが、音を立てないように、前屈みになりながら小走りで向かう。
浮遊法で行ったらどうだ? とも思ったが、魔力を追跡されてバレるのがオチだろう。
横の通路と歩いてる通路が合流し、十字路になっている地点で一度横の通路に身を隠す。
……ビンゴ。
先程まで歩いていた通路に人影が見える。
おそらくサナだろう、見つかる訳にはいかない。
息を殺して、サナが通り過ぎるのを待つ。
ただ物音を立てず、息を殺して隠れるのみだ……なに、今までの戦闘に比べればかんた……
立ちくらみ。
一瞬体勢を崩す。足が後ろの木箱にぶつかってしまった!
木箱からはコンッ、なんて響きのいい音が鳴りながら、俺の脳内では非常アラートが鳴り響いていた。
「……っっ……マズいっっ!」
木箱に被せてあったシートをテーブルクロスの様に勢いよく引き、自分自身に被せる。
こんなもんでバレないのか……などと思いながら、足音が徐々に近づいて来るのを感じた。
人影が十字路の交差点に立つ。
……そう、あの人影は、やっぱりサナだった。サナはこっちに近づいて来たが、一度こちらの様子を伺った後、そのまま十字路の縦の道に戻っていった。
なんだかその場で立ち止まってこちらを見つめてきたりと、やたら機械的だなーなんて思いながらシートから出る。
———安堵した瞬間。
上の方で、屋根を踏み割った音がした。
少し高く、それでいて鈍く、明らかに何かが割れたような音。
そう、人影は上にもいた。
というか、そっちが「本体」だった。
杖を構え、こちらに振ってくるその人影こそ、サナそのものだった。
「嘘だろ?!」
あまりの出来事に頭がついていかない。
上から降ってくるサナ、握りしめた割引券。
その刹那、一瞬のうちに脳をフル稼働させ、浮かび上がった選択肢は2つ。
1、しらばっくれて逃げる(多分後で殺される)
2、今ここでプライドも意地も割引券も童貞卒業チャンスも投げ捨て土下座で謝って正直に話す(多分殺される)
ダメだ、どっちも殺されるじゃねえか!
そんな中、第3の選択肢。
3、土下座するけど適当な事言って逃れる。
……よし、これだ! 一番殺される可能性が低いのはこれだ!
空を仰ぐ。もう既に影はそこまで迫っていた。
だけど、影を見た瞬間。
『……あ、やっぱり逃げないとこの場で殺される』
だなんて思考が脳裏をよぎり、反射的に足を動かす。
もう後は走るのみ!! 背水の陣、背水の陣……
「背水の陣、脚ノ項……!」
絶望的な状況をイメージする。
……いや、今まさに今世紀史上1番の絶望的な状況だ。
後は走る。例の店まで。風を斬り、地を蹴り、血と汗と水を垂らしながら大地を全力疾走。
大通りに出て、分かりやすい道から店に向かう。
結果。サナに見つかってから僅か十秒足らずで店に到着。そのままドアを開けて入る。
「あら、どうされたんですか?」
わがままな乳をぶら下げ話しかけてきたのは、サキュバスの店員さんだった。
「え……えっと…………一晩、させてほしいんですけど……ヒュー、ヒュー」
呼吸は未だ整わない。おまけに息を吸う度変な音も出る。
「お金は……」
「だ……大丈夫……です、ちゃんとあり……ます……ヒュー、ヒュー」
若干掠れ気味の声で返事をする。
「えっと……水、浴びますか?」
店員さんは汗まみれの俺を気遣ってくれたのか、水を浴びさせてくれる様だ。
「浴び……ます……」
そのまま風呂場へ直行した。
———風呂なんで久しぶりだな。……つかなんで風呂場なんてあるんだ?
********
一方その頃。サナはちゃんと白について行っており、白が入った店も突き止めていた。
サナは万年の笑みで店のドアを開ける。
「いらっしゃい……ませ?」
あまりの笑みに怖気付いたのか店員も少し弱気になっている。
「あのー、ここに……白って方、来ませんでした?」
「いいえ、うちの店のリストには載ってないみたいですけど……先程、店を訪れた汗まみれの白髪の少年なら知って……」
「出して」
「え?」
「いいから、引っ張り出、し、て!」
万年の笑みから繰り出されるロートーンの声。
「は……はい、すぐにお連れ……いたしますね……!」
その頃。白の方はというと。
********
俺は完全に逃げ切ったと、ようやく罪から解放された囚人の様な清々しい気持ちでお湯を体にかけていた。
……すると、
バンッ!と、唐突に、ドアを叩く力強い音が聞こえてきた。
ドアの向こうにはドス黒い魔気が。
大体、白は察しがついていた。
「ああ、俺、死んだ」
勢いよくドアが開く。
目の前にいたのは、既に杖に魔力を込めているサナの姿だった。
まあ、あとは……言わなくても分かるよな。
「白さ~ん? こんなところで何してらっしゃるんですか~?」
サナの話し方も声のトーンもいつもよりドス黒い。ドス黒いんだ、低いなんて程度じゃない。
「いっ……いやあ……マッサージに行こうかと……あははははは」
「受付に、露出度高めのサキュバスがいたのですけれど~」
「うっ」
「そ、れ、に~、マッサージ店に行くなら、隠れる必要、ないですわよね?」
「あえ」
何とも間抜けな声である。と自分で思う。
……よし、でも、サナがこっちに来たことで決意は固まった。もうどうにでもなれ!!
「本っっっっっっっっっっっ当にっ! 申し訳ございませんでしたあああっ!」
風呂場に滑り込んで土下座する。
「……いや、あの、お前と一緒に生活し始めて数日経つのに、お前全く誘ってこないじゃん?! そうなると、男は溜まってくる生き物なんです!!」
そう。俺たちは一緒に生活し始めたくせして、まだ全然そういう事には至っていないんだ!!
「……へえ」
怖い怖い、めちゃくちゃトーン下がってるぞ。
「だから……つい魔が差して……っ!」
「あっ、そう」
だからやめてよその低い声。殺意丸出しじゃねえか!!
「……何でも、何でもしますっ許してくださぁい!」
プライドもクソもない。
「じゃあ、とりあえず……」
「痛あっ!」
サナは持ってた杖で俺を1発叩……ブン殴る。そして、
「とりあえず、死んでください」
心底失望したんだな、との心情が伺える声で、にっこり笑いながらそう発した。
……こうして、俺の童貞卒業は阻止された。
んで、帰り道。
サナはただ1発杖で殴るだけで済ませてくれたが、人によっては殴り殺すぐらいの問題なんだよな、だなんとか思いながら帰っていた。
……でも。なんだかんだこんなくだらなくてどうしようもない問題も、なかなか楽しいもんだなとも思って。
別に2人の距離がとかじゃなくて、こんな馬鹿でアホな関係でも、いつまでも続けばいいな、と。そう思っていた。
「………………もう、妙なことしないでよ」
「……ごめんってばよ……でも俺だって男なんだってばよ……」
束の間の休息。
なんだかんだで1番、楽しいと思える時間であった。
———この時は。
「……この岩邪魔ね」
「爆裂魔法とか使って吹き飛ばせば?」
できる訳ないだろ、だなんて笑いながら冗談半分で口にする。
「私にそんなの使えるわけ……いいえ、まずはイメージよ……1回だけなら見た事あるから……」
「お?もしかしてもしかするともしかしなくてもできるの……」
「エクス……プロージョンッ!!」
空に浮かぶは魔法陣。
……瞬間。俺の耳には轟音が。続けてきたのがあまりにも強すぎる突風。「爆裂魔法とか」だなんて言わなければよかったと後悔した。
……そんなこんなで王都に着くまでにサナがいくつか(エクスプロージョン、アーススプリット等)の魔法を習得(というよりやろうと思えば最初からできてた)。サナの才能に脱帽である。
んで、王都に着いて、人界王から幹部のリー討伐の報酬金をありったけむしり取って、屋根が赤く、瓦でできている日ノ國の建造方式を取り入れた一軒家を購入。
俺とサナは、今後その家で一生を暮らし、幸せに人生を終えました———。
◆◆◆◆◆◆◆◆
なんて事はなかった。なかったが、数日は平和そのものだった。だが住み始めて2日目。
慣れない王都での生活、慣れない家事……そんな中、とある友人ができた。
金もあるので美味い酒を飲む為にレストランに来た時の事だった。
レストランの内装は1つの木造のテーブルに4つの木造の椅子が囲むように置いてある配置が何セットかあり、俺はその1つに座った。
すると、「相席いいか?」と2人の男が話しかけてきた。仕方なく了承し、再び酒に口をつけようとした時、2人の男のうち、赤い服を着た赤髪の勇者が話しかけてきた。
「なあ、アンタ、白さん、だろう?」
「……ああ、そうだが?? 何か用か?」
「いや、アンタはこの街で唯一例のリスト、に入っていない男だからな」
「なんだその例のリスト、とは」
何かあった時の為に木刀を腰まで持ってくる。すると、
「アンタ、知らねえだろ?」
「何が?」
「サキュバスの…………サービス」
とても。とっても。とっっっても聞き捨てならない単語が飛び込んできた。
……サキュバス?
あの……魔族の中でも淫魔とか呼ばれたりしてる……いかがわしい種族ですか?
「KWSK」
「なあ、アンタも男なら、やっぱりナニ、するんだろう?」
そうだ。もちろん俺も年頃の男の子。宿に泊まっていた時と村で休んでいた時、そして黒の家に住んでいた時以外は毎日欠かさずナニを行っていた。
まあ、男としての宿命というか、性というか、俺だってするもんはするんだよ。
「……ああ、もちろんしてるが? それがどうした?」
「つまりは……好きな子とかいるんだろ??」
……コイツ、デキる! 確実に俺の心の隙を読んできているっ!!
そうだ、もちろんいる!! つい一昨日まで一緒に道を歩いていて、今に至っては同棲までしている好きな子、いる!!!!
「……それが……どうしたって言うんだ……」
「なあに、金さえ払えばお前もその子とデキるんだよ」
「おい……まさか、催眠なんてするんじゃ———」
……流石にそんな方法は論外だ、他人の意志を捻じ曲げてまで行為に至ろうとする人間なんかじゃ決してないからな。……そうだろう、白!
「違う違う、催眠じゃない。サキュバスが俺たち人間の心を読み取って、俺たちの好きな子に化けてくれて、それでサキュバスと……一線を越えるんだよ」
「……ゴクリ」
「お前、顔からして童貞だろ?」
「っおい、やめろよ、顔からしては流石にしつれーだぞ」
「まあいい、お前だって……体験してみたいだろ?一晩レメル50枚だが……」
「ごじゅ……50枚だと?!あまりにも高すぎやしないか」
「コレ……分かるか?」
その男は赤い紙切れをテーブルに差し出す。
「こいつは……割引券だ」
「いいんすか兄貴ぃ! コイツに渡しても!」
さっきまでは黙っていた、青のシャツを着た肌の黒い大男が口を出す。
「いいんだよ、サキュバスの店は魔王討伐の為に建てられた勇者のモチベーションを上げる為の店だ。俺には分かるぜ……! この白が世界を救うってよ!」
「兄貴ぃ……!」
「……つまりこれは……俺がもらってもいい、と?」
「もらってくれ。アンタは魔王軍幹部を2人討伐したとの事で有名だ。あの店に行ってもかなりの高待遇が待ってるだろうな。場所はこの地図に記しておいた」
……2人、ではなく実際には1人だが。
男は茶色の地図を俺に差し出す。
「ありがとう、で、名前は?」
「俺がガス、そしてコイツがジェールズ」
「ジェールズだ、よろしくぅ」
「でも……いいのか?」
「ああ、俺はお前みたいなヤツが現れるのを待っていたんだ。そのかわり、魔王討伐に励んでくれよ!」
……魔王討伐をしてほしいがために……そのサービスを受けさせる……何の目的で?
「もちろん、約束するさ。ところで、なんでそんなに魔王討伐に執着するんだ?」
「俺とジェールズは、大切な人を魔王軍に殺されたんだ……だから、お前みたいな男の勇者で強いヤツを見つけては、この割引券を渡してモチベーションを上げてもらってるんだよ」
「……なるほどな、倒してみせるさ、この割引券にかけて!」
なるほど、で納得できるような理由ではなかったが、悪いヤツじゃなさそうだな、っていうのは雰囲気で伝わってきた。この好意は素直に受け取ることとしよう。
……こうして、漢と漢の(くだらない)約束が交わされた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
その日の夜。
「サナ、ごめんけど今日の夜はちょっと行くところがあるんだ……じゃあな!」
そう言って、白は勢いよくドアを閉める。
いかにももう一線越えてそうな台詞だが、実際のところ関係には何の進展もないのである。しかし……
「……流石に怪しいでしょ、夜に出歩くなんて、絶対何かあるに違いないわ」
今まさに、その関係が進展しようとしていた!!
……悪い方向に。
◇◇◇◇◇◇◇◇
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……そう、見られる訳にはいかない。
俺がそういう店に行く事、サナに化けてもらったサキュバスと一線を越える事……!
見られたら爆裂魔法1発じゃすまないだろう。多分口に小型の魔力障壁でも放り込まれて、窒息するまで俺を苦しめ続けてくる……そんな感じがする。
だからこそ、最大限の注意を払って行かなくちゃならない。
今はまだ家と家の間の細い通路だが、音を立てないように、前屈みになりながら小走りで向かう。
浮遊法で行ったらどうだ? とも思ったが、魔力を追跡されてバレるのがオチだろう。
横の通路と歩いてる通路が合流し、十字路になっている地点で一度横の通路に身を隠す。
……ビンゴ。
先程まで歩いていた通路に人影が見える。
おそらくサナだろう、見つかる訳にはいかない。
息を殺して、サナが通り過ぎるのを待つ。
ただ物音を立てず、息を殺して隠れるのみだ……なに、今までの戦闘に比べればかんた……
立ちくらみ。
一瞬体勢を崩す。足が後ろの木箱にぶつかってしまった!
木箱からはコンッ、なんて響きのいい音が鳴りながら、俺の脳内では非常アラートが鳴り響いていた。
「……っっ……マズいっっ!」
木箱に被せてあったシートをテーブルクロスの様に勢いよく引き、自分自身に被せる。
こんなもんでバレないのか……などと思いながら、足音が徐々に近づいて来るのを感じた。
人影が十字路の交差点に立つ。
……そう、あの人影は、やっぱりサナだった。サナはこっちに近づいて来たが、一度こちらの様子を伺った後、そのまま十字路の縦の道に戻っていった。
なんだかその場で立ち止まってこちらを見つめてきたりと、やたら機械的だなーなんて思いながらシートから出る。
———安堵した瞬間。
上の方で、屋根を踏み割った音がした。
少し高く、それでいて鈍く、明らかに何かが割れたような音。
そう、人影は上にもいた。
というか、そっちが「本体」だった。
杖を構え、こちらに振ってくるその人影こそ、サナそのものだった。
「嘘だろ?!」
あまりの出来事に頭がついていかない。
上から降ってくるサナ、握りしめた割引券。
その刹那、一瞬のうちに脳をフル稼働させ、浮かび上がった選択肢は2つ。
1、しらばっくれて逃げる(多分後で殺される)
2、今ここでプライドも意地も割引券も童貞卒業チャンスも投げ捨て土下座で謝って正直に話す(多分殺される)
ダメだ、どっちも殺されるじゃねえか!
そんな中、第3の選択肢。
3、土下座するけど適当な事言って逃れる。
……よし、これだ! 一番殺される可能性が低いのはこれだ!
空を仰ぐ。もう既に影はそこまで迫っていた。
だけど、影を見た瞬間。
『……あ、やっぱり逃げないとこの場で殺される』
だなんて思考が脳裏をよぎり、反射的に足を動かす。
もう後は走るのみ!! 背水の陣、背水の陣……
「背水の陣、脚ノ項……!」
絶望的な状況をイメージする。
……いや、今まさに今世紀史上1番の絶望的な状況だ。
後は走る。例の店まで。風を斬り、地を蹴り、血と汗と水を垂らしながら大地を全力疾走。
大通りに出て、分かりやすい道から店に向かう。
結果。サナに見つかってから僅か十秒足らずで店に到着。そのままドアを開けて入る。
「あら、どうされたんですか?」
わがままな乳をぶら下げ話しかけてきたのは、サキュバスの店員さんだった。
「え……えっと…………一晩、させてほしいんですけど……ヒュー、ヒュー」
呼吸は未だ整わない。おまけに息を吸う度変な音も出る。
「お金は……」
「だ……大丈夫……です、ちゃんとあり……ます……ヒュー、ヒュー」
若干掠れ気味の声で返事をする。
「えっと……水、浴びますか?」
店員さんは汗まみれの俺を気遣ってくれたのか、水を浴びさせてくれる様だ。
「浴び……ます……」
そのまま風呂場へ直行した。
———風呂なんで久しぶりだな。……つかなんで風呂場なんてあるんだ?
********
一方その頃。サナはちゃんと白について行っており、白が入った店も突き止めていた。
サナは万年の笑みで店のドアを開ける。
「いらっしゃい……ませ?」
あまりの笑みに怖気付いたのか店員も少し弱気になっている。
「あのー、ここに……白って方、来ませんでした?」
「いいえ、うちの店のリストには載ってないみたいですけど……先程、店を訪れた汗まみれの白髪の少年なら知って……」
「出して」
「え?」
「いいから、引っ張り出、し、て!」
万年の笑みから繰り出されるロートーンの声。
「は……はい、すぐにお連れ……いたしますね……!」
その頃。白の方はというと。
********
俺は完全に逃げ切ったと、ようやく罪から解放された囚人の様な清々しい気持ちでお湯を体にかけていた。
……すると、
バンッ!と、唐突に、ドアを叩く力強い音が聞こえてきた。
ドアの向こうにはドス黒い魔気が。
大体、白は察しがついていた。
「ああ、俺、死んだ」
勢いよくドアが開く。
目の前にいたのは、既に杖に魔力を込めているサナの姿だった。
まあ、あとは……言わなくても分かるよな。
「白さ~ん? こんなところで何してらっしゃるんですか~?」
サナの話し方も声のトーンもいつもよりドス黒い。ドス黒いんだ、低いなんて程度じゃない。
「いっ……いやあ……マッサージに行こうかと……あははははは」
「受付に、露出度高めのサキュバスがいたのですけれど~」
「うっ」
「そ、れ、に~、マッサージ店に行くなら、隠れる必要、ないですわよね?」
「あえ」
何とも間抜けな声である。と自分で思う。
……よし、でも、サナがこっちに来たことで決意は固まった。もうどうにでもなれ!!
「本っっっっっっっっっっっ当にっ! 申し訳ございませんでしたあああっ!」
風呂場に滑り込んで土下座する。
「……いや、あの、お前と一緒に生活し始めて数日経つのに、お前全く誘ってこないじゃん?! そうなると、男は溜まってくる生き物なんです!!」
そう。俺たちは一緒に生活し始めたくせして、まだ全然そういう事には至っていないんだ!!
「……へえ」
怖い怖い、めちゃくちゃトーン下がってるぞ。
「だから……つい魔が差して……っ!」
「あっ、そう」
だからやめてよその低い声。殺意丸出しじゃねえか!!
「……何でも、何でもしますっ許してくださぁい!」
プライドもクソもない。
「じゃあ、とりあえず……」
「痛あっ!」
サナは持ってた杖で俺を1発叩……ブン殴る。そして、
「とりあえず、死んでください」
心底失望したんだな、との心情が伺える声で、にっこり笑いながらそう発した。
……こうして、俺の童貞卒業は阻止された。
んで、帰り道。
サナはただ1発杖で殴るだけで済ませてくれたが、人によっては殴り殺すぐらいの問題なんだよな、だなんとか思いながら帰っていた。
……でも。なんだかんだこんなくだらなくてどうしようもない問題も、なかなか楽しいもんだなとも思って。
別に2人の距離がとかじゃなくて、こんな馬鹿でアホな関係でも、いつまでも続けばいいな、と。そう思っていた。
「………………もう、妙なことしないでよ」
「……ごめんってばよ……でも俺だって男なんだってばよ……」
束の間の休息。
なんだかんだで1番、楽しいと思える時間であった。
———この時は。
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