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為すべき事
———もしも、願いが叶うなら。
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上空。降り注ぐ岩盤と共に着地を試みる。
岩盤が割れる直前に跳び上がる。
「……大丈夫か? ケガとか無かったか?」
「大丈夫よ、特に何も」
さっきまで泣きじゃくっていたサナは、今となっては完全に立ち直っている様子だった。
「……で、アイツどうするの?」
サナはスライムを指差し質問する。
俺は後ろを振り向き、
「何言ってんだ。逃げるに決まってるだろ」
と先程の問いに答える。
「でっ、でも、生き残った人達は」
……焦るのも分かる。……でも。
「見捨てる」
「っ……!」
「当たり前だ。……まさか、助けるとか言うんじゃないだろうな?」
半笑いで問う。お前は正気なのかと。
「……でも、見捨てたくは……!」
「お前だって、死にたくないって言っていなかったか」
「ん~……そっちだって! 村を見る事を特に引き止めもしなかったじゃない!!」
「……お前の親父さんは、ジェーンさんは、お前に広大な世界を見てほしくて旅に出したんだ。だからこそ、同伴している俺にはお前を守る義務がある……と思うから」
「でも、それでも、私には私しかできない事があるのだから、だからここまで踏み込んでおいて退く———だなんて、私にはでき……」
「だから何の恩もない、接点のない、情もない奴らを助けるって言うのか? ハイリスクで、命を懸けて、それがしたい事なのか? それが、お前の本当にしたい事だってのか?」
「……そう、そうよ。私が旅に出たいって言った理由はまだ誰にも言ってないけど、白にだけは言うわ。
私が旅に出たがった理由は、広大な世界を見て回る事でもない、誰かとの出会いを楽しむ事でもない、ましてや魔王軍を倒す事でもない」
「だったら……何なんだ、その理由ってのは」
「私は私にしかない類い稀なる魔術の才能がある。この力を、世の為人の為、そして誰かを救う事に使いたかったからよ」
自分で類い稀なるって言っちゃうのかよ…………でも。
でも、やっぱり俺はそうは思えない。
「子供じみた幻想は捨てろ。これは生きるか死ぬかの選択なんだぞ、それがお前にとって本当に為すべき事でも、それに命をなげうつ理由があるとでも言うのかよ?」
……師匠の発言が思い出される。
『明日を必死に生きるのが人間の生き方です』と師匠は、確かにそう言っていた。
だからこそ、自分が生きてなきゃ意味がないんだ、自分優先のその生き方こそが人間の生き方なら、その生き方以外……俺には価値などなくって……
「じゃあ、じゃあ白は、何かやりたい事はあるの?自分の命を懸けてでも、やりたいと思う事は?」
……以外な質問だった。
質問を質問で返されるのが予想外だった、なんて訳じゃあない。
ああ、そうだ。ただ———。
「……俺には、昔から戦う事しか教えられてこなかった。
国を継ぐ者として、剣術を極限まで鍛え抜かれ、兄と同じ、ただ戦う為だけに生まれ、ただ戦う為だけに存在していた時があった。
……神殿国———祖国を出た後、師匠に出会い、それまでやってきた戦うなんて行動や生きる意味を全否定された。お前はもう戦う必要はない、自分のしたい事をして、自分の思うように生きろ、って。
その時、俺は自分の生きる意味なんて物も、全部失ってしまった。俺には最初から自分らしさなんてモノ、無かったから」
夢、などもとより俺にはなかった。
「……」
「なあ、戦う為の機械が、その行動の根幹となる戦うなんて行動をもうしなくていいと言われた時、どう動くと思う?
……別に答えなくてもいい、実に単純明快だからだ。
答えは何もしない……いいや、できない。だって戦う以外の事は何1つ教わっていないのだから」
ため息をつきながら。今までの、苦難と苦痛に満ちた生涯を、淡々と……無機質に語ってゆく。
「……ごめんなさい、変なこと聞いちゃって———」
「いや、いいんだよ。それにしてもお笑いだよな、くだらない正論ばかり並べて、他人の気持ちも考えず、ただ合理的な行動をとらせて。
これのどこに説得力があるって言うんだ、自分自身、自分らしさも、自分がしたい事も、本当は何も無いってのに。でもその方が、遥かに楽……だし、」
「……だったら、他人のやりたい事を自分に置き換えてみるといいんじゃない……かな」
今まで聞き続けていただけのサナが、ようやくそっと意見する。
「ようは借り物の夢。たとえ誰の夢だろうと、白がそれをしたいと思えば、それは白の夢じゃない?
やりたい事なんて、そんなモノでも誰も叱りはしないわ。もちろん私も」
そうだ、俺には。
「例えば……貴方のお師匠さんのやりたかった事とか」
俺には、戦う事しか知らない機械に必要だったのは。
「師匠の……やりたかった事……」
◆◆◆◆◆◆◆◆
『白郎、私はね、もう誰も苦しむ事のない、みんなが楽しく生きられる世界を望んでいます』
『みんなが……楽しく?』
『そうです、私たちの力で、世界は変えられる。戦争続きの東の大地でも、いつかみんなが手を取り合える時がきっと来るはずです。だから……』
◆◆◆◆◆◆◆◆
……それも、師匠の言葉だったから。
「みんなが苦しむ事のない……楽しく生きられる世界……」
「それを作るのが、お師匠さんがやりたかった事?」
「……そう、だ」
「だったら、目の前の敵を倒すしかないわね……! ちょうど現在進行形でみんなを苦しめている、アイツを!」
「……ああ、…………そうだな」
そうか、それが俺が本当に為すべき事だった。
何かが吹っ切れたんだ。俺の中で。
俺の様な何も知らない機械に必要だったのは。
自分の知らない事をインプットしてくれる、大切な「誰か」の存在だった。
「我の名は……」
その名を口にした瞬間。
その場にいたほとんどの者が恐怖で震え上がった。
「我の名は、魔王軍幹部スライム大隊隊長、エレキポイズンスライムのリーである、震えよ! 恐怖せよ! 絶望せよ!!」
そんな言葉を発する山吹の巨体を見つめながら。
「……で、アレにはどうやって勝てと言うんだ。俺にはスライムの倒し方なんて分からない」
「普通のスライムなら、魔力を相手の中に送り込み、その魔力量で中からオーバーヒートを起こすやり方が普通。でもアイツは普通じゃない」
「大きいしな」
「ざっと見たところ、アイツは高密度の魔力障壁が張ってある。だからどんなに中に送り込もうとしても、中の細胞に直接届く穴を開ける事は困難。もし開いたとしても、魔力障壁はすぐ修復するから、倒すのは至難の業だわ」
「じゃあ凍らせればどうなんだ? スライムは液体だろ?」
「スライムは液体だけど、邪魔なのがあの魔力障壁。例え外から氷漬けにしようが、凍るのは魔力障壁の表面だけ。
そのまま氷を破られて魔力の無駄遣いになってしまう。さっき私が無自覚で凍らせた時みたいにね」
「……それじゃあ倒せないじゃないか!」
だって俺の刀だって……多分アレは斬れないぞ?
「一か八かの戦法ならあるけど」
「……あるのなら教えてくれ」
「さっき、例えだけど穴が開いた時の話をしたでしょ、まず白が刀で斬るなりなんなりして、この杖が少しでも入るくらいの穴を開ける。そこに杖を差し込んで、私が氷魔法をヤツの体内にブチ込む」
「なあ、今サラッと魔法とか口にしなかったか? さっきあんだけ氷漬けにさせといて、魔力残ってるのか?」
サナはため息を吐きながらも言葉を続ける。
「正直、魔法が1発打てるくらいの魔力が残っているかは賭けよ。残存魔力量なんてあんまり分かるものでもないから」
「は、はあ……所で、そんなこと出来るんだったら魔力を流し込むだけで済むんじゃ……」
「私1人じゃ、ヤツをオーバーヒートさせる為の魔力量なんて持ち合わせていないから! ヤツをオーバーヒートさせたいなら魔法を10発でも撃てるぐらい魔力量がないと到底無理!
あーあ、他のウィザードとかも来てくれてれば、勝率はグンと上がったってのに……っ!!」
運命の理不尽さに憤慨するサナを横目に、最終確認を済ませようと質問する。
「とりあえず、俺はヤツの身体に風穴を開ければいいと」
「……そうなるわね」
「正直言って俺もヤツの強固な魔力障壁に穴を開けれるかは賭けになってくるけど、それでもいいのか?」
「だから一か八かって言ったでしょ!!」
「すんません」
戦略を練り終え、目標を見定め、走り出す準備をする。
「ヤツはどんな攻撃をしてくるんだ?」
「基本的な攻撃は触手で敵を捕らえ、そこに電流やら毒やらを流す。触手ごと切っちゃえば楽勝よ」
「ところでサナ、攻撃はお前が防いでくれるのか?」
「魔法を撃てる魔力量が残っているかも不明なのに、そんな事できるわけないでしょ!」
「じゃあ……サナ自身に攻撃が来た時は」
「もちろん防ぐわよ」
「あっ、すんません、聞かない方が良かったな……ところで、サナは俺の走るスピードについてこられるのか?」
「身体強化魔術を使えば多分ついてけると思う」
「…………それじゃあ俺は行くからな、死ぬんじゃねーぞ!」
足に力を込め、刀を引き、地を蹴り走り出す。
「概念封印、解除」
刀がその真体を晒す。鋭い鉄が、木造のカバーの中より出でる。
「ほお……我に向かってくる人間がいるとは……蛮勇だが反吐が出る」
もちろん敵には気付かれる。
だがここからが勝負だ……!
触手が伸び出てくる。目を割くような蛍光色の黄色い触手が2本……6本……16本?!
……マズい、どう触手を斬ろうと確実に捕らえられる……!
———と。
触手が俺の身体に触れる直前、突然触手が燃え、枯れ始める。
「人界軍め、こざかしい事をしおって!」
そこに響く全力の叫び声。
「勇者ーーーっ! 攻撃は俺たちがガードするから、お前は走り続けてくれーーっ!」
少しばかり横に振り向いた先、そこにいたのは、生き残った人界軍の兵士たちで。
「ありがとう、恩に着る!」
こちらも全力で返し、再び走り出す。
下以外の全方向から触手が押し掛けてくるが、大抵の触手は俺に辿り着く前に燃え落ちる。
走る。全力で。筋肉がどうなろうと気にするものか。
そして今、ついにスライムの眼前まで辿り着く、が。
———直下から響く轟音。気付いた時には遅かった。
飲み込まれる。ヌメヌメとした、気色の悪い感触が伝わる。瞬間、想像を絶する痛みが襲う。
「あああああっ!」
身体が芯から焼き切れていく様な痛み。……だけど、諦めるわけにはいかない……!
「白ーーーっ!」
「大切な人」の声が響く。声を聞いた瞬間、俺の身体は瞬時に動き出していた……!
「そりゃあああっ!」
身を焦がす激痛に耐えながら触手の膜を切断する。
「何だと、我が触手を抜け出すとは……」
スライムの液体で窒息し、乱れた息を整える。
「ごばっ! ハアッ、ハアッ、勝機、見えたぜ……!」
飲み込まれてから、触手を切断した刹那の間に分かったモノ。
触手と本体の間。
本体から液体を送り込んでいるからなのか、そこだけは魔力障壁が薄い!
刀を引く。腰を落とし、突の構え———刀を突き出す前の構えを取る。
またしても上から数十本の触手が襲い掛かる。だが、
「遅いな、俺の勝ちだ!」
先程切断した触手の中に刀を思いっきり突き刺し、そこから、
「でりゃああああっ!」
上に刀をスライドさせ、斬撃で縦数メートルに及ぶ斬撃跡を残す!
あまりの衝撃に、数十本の触手も掻き消える……!
「なぜえ、我が最強の魔力障壁が……!」
「薄い所から崩せば簡単に斬れるんだよ!」
「ナイスよ白! それじゃあ……」
サナは俺の直上まで舞い上がっていた。
そこから着地するまでにスライムに杖を差し出し……さっき俺が斬った傷跡に杖を突き立て、そのまま抉りながら着地する。そして、
「錬成開始……グレイシアフリーズクリスタル!!」
スライムの中から緑がかった透明な結晶ができ始める。
「まさか……これは……魔法か?!」
「そうよ、凍結系上位魔法! 侵食凍結グレイシアフリーズクリスタル! 自分の行いを悔いながら、じっくりと凍え死ぬ事ね!」
「まさか、まさかまさかまさか、この我がこんな小娘に……! 許さん、許さん許さん許さ…………」
中からできた氷はそのままスライムの膜を突き破り、中の細胞から外側の膜まで完全に氷に閉ざされる。
……そうだ、信じられない事だが勝ったんだ、俺たちは、魔王軍幹部相手に……!
「か……か……勝ったぞ……あれ、目眩が」
眼前が、異色に歪む。
それもそうだろう、魔王軍幹部のスライムの毒を、例え一瞬と言えどもまともに食らったのだから。
「白、勝ったよ! 私達、魔王軍の幹部に……白?」
********
各地から歓喜の声が上がり始める。
自分達は助かったんだと。まるで奇跡の様な事実に安堵した声が上がる。
だが、誰かを、何かを救うのなら、何かを犠牲にしないといけない。世の中の当然の摂理だ。
今回はたまたま、それに白が選ばれただけで。
「……ぁ、サ……ナ……何か、変なんだ……頭が痛くて、身体が熱くて、」
私が変な事言わなければ。
「白、しっかり、しっかりして!!」
私が白の戦う理由なんて暴かなければ。
「白っ! 白っっ!!」
私1人で行っていれば。
こんな事にはならなかったのに、って、
自分を責める。
誰かを救いたい、だなんて綺麗事言わなければ。
そんな偽善、捨ててしまえば。
こうはならなかったのに。
……結局、私は強くなかった。
類い稀なる才を持って生を受けたとしても。
私には、結局守れなかった。
『子供じみた幻想は捨てろ。これは生きるか死ぬかの選択なんだぞ。それがしたい事でも、それに命を擲つ理由があるとでも言うのか』
その言葉はちゃんとした正論だった。正にその通りだった。それに命を擲つ理由なんて、多分どこにもなかった。
結局、私の描いていた夢は幻想で。
子供じみてて。
叶える価値もない夢だった。
それでも。それでも、まだ私が、白と一緒にいれる資格があると言うのなら。
嗚呼、神様。
もしも、もしも願いが叶うなら。
もうしばらく、白といさせてください。
もうしばらく、白と笑える時間を。白と喧嘩したり歪み合ったりする様な、そんなどうでもいい時間をください。
そんなくだらなくて、どうでもいい時間を。もう少しだけでもいいから、ください。
———だって、今まで白といた時間が。
とてもかけがえのないものに思えてきたのだから。
岩盤が割れる直前に跳び上がる。
「……大丈夫か? ケガとか無かったか?」
「大丈夫よ、特に何も」
さっきまで泣きじゃくっていたサナは、今となっては完全に立ち直っている様子だった。
「……で、アイツどうするの?」
サナはスライムを指差し質問する。
俺は後ろを振り向き、
「何言ってんだ。逃げるに決まってるだろ」
と先程の問いに答える。
「でっ、でも、生き残った人達は」
……焦るのも分かる。……でも。
「見捨てる」
「っ……!」
「当たり前だ。……まさか、助けるとか言うんじゃないだろうな?」
半笑いで問う。お前は正気なのかと。
「……でも、見捨てたくは……!」
「お前だって、死にたくないって言っていなかったか」
「ん~……そっちだって! 村を見る事を特に引き止めもしなかったじゃない!!」
「……お前の親父さんは、ジェーンさんは、お前に広大な世界を見てほしくて旅に出したんだ。だからこそ、同伴している俺にはお前を守る義務がある……と思うから」
「でも、それでも、私には私しかできない事があるのだから、だからここまで踏み込んでおいて退く———だなんて、私にはでき……」
「だから何の恩もない、接点のない、情もない奴らを助けるって言うのか? ハイリスクで、命を懸けて、それがしたい事なのか? それが、お前の本当にしたい事だってのか?」
「……そう、そうよ。私が旅に出たいって言った理由はまだ誰にも言ってないけど、白にだけは言うわ。
私が旅に出たがった理由は、広大な世界を見て回る事でもない、誰かとの出会いを楽しむ事でもない、ましてや魔王軍を倒す事でもない」
「だったら……何なんだ、その理由ってのは」
「私は私にしかない類い稀なる魔術の才能がある。この力を、世の為人の為、そして誰かを救う事に使いたかったからよ」
自分で類い稀なるって言っちゃうのかよ…………でも。
でも、やっぱり俺はそうは思えない。
「子供じみた幻想は捨てろ。これは生きるか死ぬかの選択なんだぞ、それがお前にとって本当に為すべき事でも、それに命をなげうつ理由があるとでも言うのかよ?」
……師匠の発言が思い出される。
『明日を必死に生きるのが人間の生き方です』と師匠は、確かにそう言っていた。
だからこそ、自分が生きてなきゃ意味がないんだ、自分優先のその生き方こそが人間の生き方なら、その生き方以外……俺には価値などなくって……
「じゃあ、じゃあ白は、何かやりたい事はあるの?自分の命を懸けてでも、やりたいと思う事は?」
……以外な質問だった。
質問を質問で返されるのが予想外だった、なんて訳じゃあない。
ああ、そうだ。ただ———。
「……俺には、昔から戦う事しか教えられてこなかった。
国を継ぐ者として、剣術を極限まで鍛え抜かれ、兄と同じ、ただ戦う為だけに生まれ、ただ戦う為だけに存在していた時があった。
……神殿国———祖国を出た後、師匠に出会い、それまでやってきた戦うなんて行動や生きる意味を全否定された。お前はもう戦う必要はない、自分のしたい事をして、自分の思うように生きろ、って。
その時、俺は自分の生きる意味なんて物も、全部失ってしまった。俺には最初から自分らしさなんてモノ、無かったから」
夢、などもとより俺にはなかった。
「……」
「なあ、戦う為の機械が、その行動の根幹となる戦うなんて行動をもうしなくていいと言われた時、どう動くと思う?
……別に答えなくてもいい、実に単純明快だからだ。
答えは何もしない……いいや、できない。だって戦う以外の事は何1つ教わっていないのだから」
ため息をつきながら。今までの、苦難と苦痛に満ちた生涯を、淡々と……無機質に語ってゆく。
「……ごめんなさい、変なこと聞いちゃって———」
「いや、いいんだよ。それにしてもお笑いだよな、くだらない正論ばかり並べて、他人の気持ちも考えず、ただ合理的な行動をとらせて。
これのどこに説得力があるって言うんだ、自分自身、自分らしさも、自分がしたい事も、本当は何も無いってのに。でもその方が、遥かに楽……だし、」
「……だったら、他人のやりたい事を自分に置き換えてみるといいんじゃない……かな」
今まで聞き続けていただけのサナが、ようやくそっと意見する。
「ようは借り物の夢。たとえ誰の夢だろうと、白がそれをしたいと思えば、それは白の夢じゃない?
やりたい事なんて、そんなモノでも誰も叱りはしないわ。もちろん私も」
そうだ、俺には。
「例えば……貴方のお師匠さんのやりたかった事とか」
俺には、戦う事しか知らない機械に必要だったのは。
「師匠の……やりたかった事……」
◆◆◆◆◆◆◆◆
『白郎、私はね、もう誰も苦しむ事のない、みんなが楽しく生きられる世界を望んでいます』
『みんなが……楽しく?』
『そうです、私たちの力で、世界は変えられる。戦争続きの東の大地でも、いつかみんなが手を取り合える時がきっと来るはずです。だから……』
◆◆◆◆◆◆◆◆
……それも、師匠の言葉だったから。
「みんなが苦しむ事のない……楽しく生きられる世界……」
「それを作るのが、お師匠さんがやりたかった事?」
「……そう、だ」
「だったら、目の前の敵を倒すしかないわね……! ちょうど現在進行形でみんなを苦しめている、アイツを!」
「……ああ、…………そうだな」
そうか、それが俺が本当に為すべき事だった。
何かが吹っ切れたんだ。俺の中で。
俺の様な何も知らない機械に必要だったのは。
自分の知らない事をインプットしてくれる、大切な「誰か」の存在だった。
「我の名は……」
その名を口にした瞬間。
その場にいたほとんどの者が恐怖で震え上がった。
「我の名は、魔王軍幹部スライム大隊隊長、エレキポイズンスライムのリーである、震えよ! 恐怖せよ! 絶望せよ!!」
そんな言葉を発する山吹の巨体を見つめながら。
「……で、アレにはどうやって勝てと言うんだ。俺にはスライムの倒し方なんて分からない」
「普通のスライムなら、魔力を相手の中に送り込み、その魔力量で中からオーバーヒートを起こすやり方が普通。でもアイツは普通じゃない」
「大きいしな」
「ざっと見たところ、アイツは高密度の魔力障壁が張ってある。だからどんなに中に送り込もうとしても、中の細胞に直接届く穴を開ける事は困難。もし開いたとしても、魔力障壁はすぐ修復するから、倒すのは至難の業だわ」
「じゃあ凍らせればどうなんだ? スライムは液体だろ?」
「スライムは液体だけど、邪魔なのがあの魔力障壁。例え外から氷漬けにしようが、凍るのは魔力障壁の表面だけ。
そのまま氷を破られて魔力の無駄遣いになってしまう。さっき私が無自覚で凍らせた時みたいにね」
「……それじゃあ倒せないじゃないか!」
だって俺の刀だって……多分アレは斬れないぞ?
「一か八かの戦法ならあるけど」
「……あるのなら教えてくれ」
「さっき、例えだけど穴が開いた時の話をしたでしょ、まず白が刀で斬るなりなんなりして、この杖が少しでも入るくらいの穴を開ける。そこに杖を差し込んで、私が氷魔法をヤツの体内にブチ込む」
「なあ、今サラッと魔法とか口にしなかったか? さっきあんだけ氷漬けにさせといて、魔力残ってるのか?」
サナはため息を吐きながらも言葉を続ける。
「正直、魔法が1発打てるくらいの魔力が残っているかは賭けよ。残存魔力量なんてあんまり分かるものでもないから」
「は、はあ……所で、そんなこと出来るんだったら魔力を流し込むだけで済むんじゃ……」
「私1人じゃ、ヤツをオーバーヒートさせる為の魔力量なんて持ち合わせていないから! ヤツをオーバーヒートさせたいなら魔法を10発でも撃てるぐらい魔力量がないと到底無理!
あーあ、他のウィザードとかも来てくれてれば、勝率はグンと上がったってのに……っ!!」
運命の理不尽さに憤慨するサナを横目に、最終確認を済ませようと質問する。
「とりあえず、俺はヤツの身体に風穴を開ければいいと」
「……そうなるわね」
「正直言って俺もヤツの強固な魔力障壁に穴を開けれるかは賭けになってくるけど、それでもいいのか?」
「だから一か八かって言ったでしょ!!」
「すんません」
戦略を練り終え、目標を見定め、走り出す準備をする。
「ヤツはどんな攻撃をしてくるんだ?」
「基本的な攻撃は触手で敵を捕らえ、そこに電流やら毒やらを流す。触手ごと切っちゃえば楽勝よ」
「ところでサナ、攻撃はお前が防いでくれるのか?」
「魔法を撃てる魔力量が残っているかも不明なのに、そんな事できるわけないでしょ!」
「じゃあ……サナ自身に攻撃が来た時は」
「もちろん防ぐわよ」
「あっ、すんません、聞かない方が良かったな……ところで、サナは俺の走るスピードについてこられるのか?」
「身体強化魔術を使えば多分ついてけると思う」
「…………それじゃあ俺は行くからな、死ぬんじゃねーぞ!」
足に力を込め、刀を引き、地を蹴り走り出す。
「概念封印、解除」
刀がその真体を晒す。鋭い鉄が、木造のカバーの中より出でる。
「ほお……我に向かってくる人間がいるとは……蛮勇だが反吐が出る」
もちろん敵には気付かれる。
だがここからが勝負だ……!
触手が伸び出てくる。目を割くような蛍光色の黄色い触手が2本……6本……16本?!
……マズい、どう触手を斬ろうと確実に捕らえられる……!
———と。
触手が俺の身体に触れる直前、突然触手が燃え、枯れ始める。
「人界軍め、こざかしい事をしおって!」
そこに響く全力の叫び声。
「勇者ーーーっ! 攻撃は俺たちがガードするから、お前は走り続けてくれーーっ!」
少しばかり横に振り向いた先、そこにいたのは、生き残った人界軍の兵士たちで。
「ありがとう、恩に着る!」
こちらも全力で返し、再び走り出す。
下以外の全方向から触手が押し掛けてくるが、大抵の触手は俺に辿り着く前に燃え落ちる。
走る。全力で。筋肉がどうなろうと気にするものか。
そして今、ついにスライムの眼前まで辿り着く、が。
———直下から響く轟音。気付いた時には遅かった。
飲み込まれる。ヌメヌメとした、気色の悪い感触が伝わる。瞬間、想像を絶する痛みが襲う。
「あああああっ!」
身体が芯から焼き切れていく様な痛み。……だけど、諦めるわけにはいかない……!
「白ーーーっ!」
「大切な人」の声が響く。声を聞いた瞬間、俺の身体は瞬時に動き出していた……!
「そりゃあああっ!」
身を焦がす激痛に耐えながら触手の膜を切断する。
「何だと、我が触手を抜け出すとは……」
スライムの液体で窒息し、乱れた息を整える。
「ごばっ! ハアッ、ハアッ、勝機、見えたぜ……!」
飲み込まれてから、触手を切断した刹那の間に分かったモノ。
触手と本体の間。
本体から液体を送り込んでいるからなのか、そこだけは魔力障壁が薄い!
刀を引く。腰を落とし、突の構え———刀を突き出す前の構えを取る。
またしても上から数十本の触手が襲い掛かる。だが、
「遅いな、俺の勝ちだ!」
先程切断した触手の中に刀を思いっきり突き刺し、そこから、
「でりゃああああっ!」
上に刀をスライドさせ、斬撃で縦数メートルに及ぶ斬撃跡を残す!
あまりの衝撃に、数十本の触手も掻き消える……!
「なぜえ、我が最強の魔力障壁が……!」
「薄い所から崩せば簡単に斬れるんだよ!」
「ナイスよ白! それじゃあ……」
サナは俺の直上まで舞い上がっていた。
そこから着地するまでにスライムに杖を差し出し……さっき俺が斬った傷跡に杖を突き立て、そのまま抉りながら着地する。そして、
「錬成開始……グレイシアフリーズクリスタル!!」
スライムの中から緑がかった透明な結晶ができ始める。
「まさか……これは……魔法か?!」
「そうよ、凍結系上位魔法! 侵食凍結グレイシアフリーズクリスタル! 自分の行いを悔いながら、じっくりと凍え死ぬ事ね!」
「まさか、まさかまさかまさか、この我がこんな小娘に……! 許さん、許さん許さん許さ…………」
中からできた氷はそのままスライムの膜を突き破り、中の細胞から外側の膜まで完全に氷に閉ざされる。
……そうだ、信じられない事だが勝ったんだ、俺たちは、魔王軍幹部相手に……!
「か……か……勝ったぞ……あれ、目眩が」
眼前が、異色に歪む。
それもそうだろう、魔王軍幹部のスライムの毒を、例え一瞬と言えどもまともに食らったのだから。
「白、勝ったよ! 私達、魔王軍の幹部に……白?」
********
各地から歓喜の声が上がり始める。
自分達は助かったんだと。まるで奇跡の様な事実に安堵した声が上がる。
だが、誰かを、何かを救うのなら、何かを犠牲にしないといけない。世の中の当然の摂理だ。
今回はたまたま、それに白が選ばれただけで。
「……ぁ、サ……ナ……何か、変なんだ……頭が痛くて、身体が熱くて、」
私が変な事言わなければ。
「白、しっかり、しっかりして!!」
私が白の戦う理由なんて暴かなければ。
「白っ! 白っっ!!」
私1人で行っていれば。
こんな事にはならなかったのに、って、
自分を責める。
誰かを救いたい、だなんて綺麗事言わなければ。
そんな偽善、捨ててしまえば。
こうはならなかったのに。
……結局、私は強くなかった。
類い稀なる才を持って生を受けたとしても。
私には、結局守れなかった。
『子供じみた幻想は捨てろ。これは生きるか死ぬかの選択なんだぞ。それがしたい事でも、それに命を擲つ理由があるとでも言うのか』
その言葉はちゃんとした正論だった。正にその通りだった。それに命を擲つ理由なんて、多分どこにもなかった。
結局、私の描いていた夢は幻想で。
子供じみてて。
叶える価値もない夢だった。
それでも。それでも、まだ私が、白と一緒にいれる資格があると言うのなら。
嗚呼、神様。
もしも、もしも願いが叶うなら。
もうしばらく、白といさせてください。
もうしばらく、白と笑える時間を。白と喧嘩したり歪み合ったりする様な、そんなどうでもいい時間をください。
そんなくだらなくて、どうでもいい時間を。もう少しだけでもいいから、ください。
———だって、今まで白といた時間が。
とてもかけがえのないものに思えてきたのだから。
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トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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