上 下
6 / 8

『勇者』の指し示す道

しおりを挟む
『……あ、なんで触ってんのよ!! 死ぬ! 死ぬから!! 私の言ったことは本当! 
 

 ソイツだからっ!』

『兄貴ぃぃぃぃぃぃっ!!!!』


 そんな声は、取り込まれていく俺の意志の中からはとても小さく聞こえた。



「…………嘘、ついてたんだな」
『はい、貴方を連れて行くために』



『待っててガス! 今私とジェールズで引きづり出しに行くから!』
『待っててくれ兄貴ぃ! 今助けに行くから———』










「……………………待ってくれ!」

 声が出た。俺の本当の気持ちに反応してだろうか、ここでようやく声が出てくれた。
 ……声が出るとは思えなかったが、俺は今発声してみせた。その証拠に、サナとジェールズの動きが一瞬鈍ったのが分かった。

「待って、とりあえずみんな待ってくれ! いやほんのちょっと! 数秒、1秒でもいい、とりあえず待ってくれっ!」
『待ってくれもクソもないです、兄貴!』
『そうよ! 安心しなさい、今私が助けだして———』

「だから待ってくれって言ってるだろ!!
 ……コイツを殺すな!……コレはパーティリーダーからの命令だ!」

 



『貴方は……私のの元へ連れて行きます。……そしてそこで、私の主の養分となるのです』

『って敵さんも言ってるから! 私たちが待つ理由なんてないでしょ?!』
『俺、兄貴が養分にされる姿なんて見たくないです~っ!』



 ……みんなはそう言う。俺だって、確かに死にたくはない。
 でもさ、俺の本当の気持ちはそこにはない。そんな生存本能なんかに、俺の本当の気持ちは眠っちゃいないんだ。


「コイツは……俺におっぱいを揉ませてくれたんだ、こんな俺に、たったの1秒で、胸を揉むことを了承してくれたんだよ!

 ……俺はそんな優しさを信じたい、ソレが本物であると信じたい! 例えコイツが敵でも、俺は殺したくはない!

 だから頼む、コイツを見逃してやってくれ! コイツの主に食われるぐらいだったら……俺は本望だっっっっ!!!!」


 ……何を隠そう、この気持ちは本当の俺の本心だったのだ。なんせ、本心を隠せない謎の呪いにかかった俺。……だからこそ、俺の言ったことはその全てが本当になる。

 ……今俺を取り込んでいるコイツみたいに、嘘をつけるような状況に俺は置かれていなかった。だからコレは本音、俺の嘘偽りのない、本心だった。


『アンタほんとにバッカじゃないの?! 自分の命より、胸ぇ揉ませてくれた女の方が大事かっ!!』

『兄貴……まさかそんな人だったなんて……!』

「バカで何が悪い、そんな人間で何が悪いっ! 俺は今呪いにかかっている、俺の言うことは全部本当だ、だから———」

『だからこうして言ってるんでしょうがっっ!』
『……俺は兄貴を助ける、例え兄貴が何と言おうと助けるんだ……!』


「やめ———っ?!」

 声を出そうとした瞬間、轟音が耳に響く。
 何があった、と振り向こうとしても振り向けない。今の俺の体は、このスライムの中に取り込まれているからだ。

 ……とはいえ、俺を取り込んだスライムが後ろを向いてくれた。……同時に、俺は後ろにいた何者かの存在を見てしまった。


『なに……あれ、まさかドラゴン……?!』
『ひえぇ……流石に俺はあんなのには勝てっこないっすよ~……』

 後ろにいたのは、黒い鱗を纏った巨大な龍だった。……まさか、壁を突き破ってまで出てくるとは……!

『来た……私の、
「おおうぇえ、あんなのがお前の主なのかよっ?!」




「……ドラゴン、喋らないけど?」
『主とは言え、ドラゴンなので喋りはしません。人間の言葉で話せはしますが、そんなことをしなくとも…………私とは、魔力を用いた念力的な何かで交信しています』

「あぁなるほど、わざわざ親切に教えてくれてありがとう~……って感謝してる場合じゃねえっっっっ!!!!」

 そう、俺は捧げられる。その『主』と呼ばれたドラゴンに。
 ……でもまあ、死んでもいい、って言っちゃったしな……






「もういいかな、諦めても。おっぱいは揉んだし、もう俺のやり残したことは何もない、きっと。

 そうだろ、ジェールズ……?」

『んなわけねえよ、兄貴! アンタ前に言ってたじゃねえか! 結婚するなら胸の大きいお姉さんがいいって!

 兄貴、アンタはまだ……できてねえ!……ソレでもいいのか、兄貴ぃっ!!!!』


 


「俺、は…………」


 どうすべき、か。
 本当の自分———例え今ソレが出来上がったものだとしても、俺はソレを隠しておくべきじゃない。


 そのはずだ。



「スゥーーーーッ」

 息を大きく吸って。
 心の芯を強く持って、俺は叫んだ。





「おたくのスライム娘、ウチにくださいっっっっっっっっ!!!!!!!!」
 
しおりを挟む

処理中です...