カタブツ上司の溺愛本能

加地アヤメ

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1巻

1-2

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 でも、運良くというかなんというか、そのうちの何人かはすでに結婚して退社してるし、異動で地方の支社に行った人もいる。今は同期の女性で本社に残っているのは私だけになった。
 陰口は同期以外の人にも言われるけど、それをいちいち覚えてたら精神がもたないので、聞いてもすぐに忘れるようにしている。しかし、久しぶりにああいうことを言われると、どうしたってやるせなくなる。
 そういうのが嫌だから、目立たないように地味にして、極力人と関わらないようにしているのに。
 ――いっそのこと髪を短く切って刈り上げとかにしてみる……? そうすれば印象変わるかな。
 どんなにへこんでも、淡々と毎日を過ごすしかないことは分かっている。今までだってそうだった。
 ――上松さんには、次に会ったらはっきり言おう。申し訳ないけど、迷惑なのでやめてほしいって……
 少し気持ちが上向いたところで、私は仕事を再開した。
 だけど、そんな私のことを知ってか知らずか、上松さんは想像以上に厄介だった。
 お昼休みに私が自分の席でお弁当を食べようとしていると、いきなりうちの部署に上松さんが現れた。

「漆瀬さん‼ よかったらお昼、一緒に食べませんか」

 彼の手にはどこかで買ってきたとみられる、お弁当の入った袋が提げられている。
 いきなり現れた上松さんにものすごく驚いたのと同時に、今日は向井さんがお休みなので一人でお弁当を食べる予定だった私は、タイミングの悪さに青ざめた。

「……あの、ご、ごめんなさい私、今日は、ちょっと……」
「え? でも、デスクにお弁当箱広げてますよね。そこで食べるんじゃないんですか」
「そうですけど、上松さんと二人で食べるのは……」
「なんでです?」

 けろりとした顔で聞かれて、本当にもう勘弁してください、という心境で項垂うなだれた。

「すぐそこに部長もおりますので……」

 私が少し離れた席で黙々とお弁当を食べている部長に視線をやると、私達のやりとりに気がついた五十代後半のロマンスグレーな部長が、困ったように笑っていた。

「上松君……元気なのはいいことだけど、困っている女性を無理矢理誘うのはあまり好ましくないなあ」

 さすがに部長にそう言われると、上松さんもマズいという顔をする。

「す、すみません。じゃあ……次はちゃんと承諾をもらってから来ますね。漆瀬さん、すみませんでした」
「はい……」

 部長の機転でどうにかこの場を回避することができた。そのことにホッとした私は、すぐに部長へお礼を言った。

「お昼時に騒がしくしてしまって、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだけどね。でも、そろそろ上松君にはっきり迷惑だって言ったら? あの子、絶対漆瀬さんが困っていることに気がついてないよ」
「……そうですね……はい、そうします……」
「なかなか大変そうだけど、頑張って」

 部長はそう言って微笑むと、愛妻弁当に再びはしを付けた。
 この部署に配属になった時から、ずっと私の上司である部長は、たまに私が困ったことになっているとそっと助け船を出してくれる。そんな部長に、いつも本当に感謝していた。
 でも、部長が言う通り、本当に早くどうにかしなくては。
 昔、散々嫌な思いをした陰口の数々を思い出すと気が重い。頼むからそっとしておいてほしいという気持ちは、どうやったら彼に伝わるのだろう。
 ぐるぐる考えながら仕事を終えた私だが、なんと上松さんが帰り支度を済ませた格好でエントランスに立っているのを見つけてしまった。
 それを見た瞬間、真っ先に嫌だな、と思ってしまう。
 ――どうしよう……でも、言わないと……
 躊躇ちゅうちょしつつも、私は意を決して彼の元へ歩み寄った。

「あの、上松さん……」
「あ! 漆瀬さん!」

 私を見るなり嬉しそうな顔をする上松さんに、胸がモヤつく。

「お疲れ様です。今日は早いんですね、もうお帰りですか」
「はい。実は今日、俺の歓迎会を開いてくれることになっていまして。うちの部署の社員は、全員強制参加なんですよ。なんつって、嘘です。任意です」
「そうでしたか……」

 やっぱりこんなこと言いたくないな、という気持ちがまた湧き上がってくる。でも、今言っておかないと、また困ることになる。

「あの、上松さん。ずっと言おうと思っていたんですけど、今日の昼みたいなことは今後やめていただけませんか? はっきり言って、め……迷惑なんです。本当に申し訳ないのですが……」
「え。迷惑なんですか? どういうところがでしょう」

 まるでどのことを言われているか分からない、といった表情を浮かべる上松さんに、めまいがしそうになった。
 ――嘘でしょ。

「どういうところって……今日みたいなことですよ。申し訳ないんですけど、私、上松さんと、お仕事以外での個人的な交流は望んでおりませんので……」

 ものすごく言いにくいことだけど仕方がない。気分を害するかもしれないけど、はっきり言わないとこの人にはきっと通じなさそうだったから。
 なんとか気持ちを伝えた私に、上松さんが一瞬だけ目を泳がせた。

「それって、俺のことが嫌いってことですか?」
「へ? ……いえ、別に嫌いではありませんけれど……」

 実際苦手なのは本当だけど、嫌いと断言できるほど、この人のことを知らない。

「よかった。じゃあまだ気持ちが変わる可能性はあるわけですね?」

 そう言って、上松さんが私に一歩近づいた。

「上松洋、二十六歳です。まだ漆瀬さんと知り合って日が浅いですが、あなたにひと目惚れしてしまいました。どうか俺とお付き合いしてください!」

 よろしくおねがいします! と元気な声で手が差し伸べられる。ちなみに今は、仕事を終えた社員がポツポツ私達の横を抜けてエントランスから外に出て行っている状態だ。こんな場所でこんなことをされたら、すぐに告白されたことが社内中に広まってしまうかもしれない。
 渋い顔をする諫山さんや、陰口をたたく女性社員のことが頭に浮かんだ。
 ――か……勘弁して……‼
 周囲の目を気にしつつ、私は彼に向かって思いっきり頭を下げた。

「ごめんなさい‼ 私には無理です!」
「え……無理って、どこが……」

 上松さんがこう言いながら眉をひそめた。その時、こちらに向かって歩いてきた男性社員が「おい、上松!」と彼に声をかけた。

「お前、主役なのに何やってんだ? 早く行くぞ!」
「すみません。今行きます」

 どうやら上松さんにとって先輩に当たる社員だったらしい。彼は動揺したように、何度か私とその先輩社員に視線を送った。

「ん~~……今日はもう無理か……漆瀬さん、この件についてはまた日を改めて話しましょう。では、お先です」
「イヤちょっと待って、改めるも何もお断りしたんですが」
「とりあえずそれも保留で! じゃっ」

 さわやかな笑顔で去って行く上松さんの背中を、私はただ呆然と見つめることしかできない。
 ――保留って、何……!
 なんですんなり分かりました、と言ってくれないのだろう。がっくりと肩を落とし、とぼとぼと歩き出す。
 この先のことを考えたらますます気が重くなってきた。
 いつもなら真っ直ぐ最寄りのバス停から帰宅するけど、今日はどこかに寄り道して帰りたい気分だった。

「……美味おいしいスイーツでも買って帰ろうかなあ……」

 誰に言うわけでもなくぼそっと呟きながら、バス停とは反対にある商店街へ足を向けた時。ちょうど私の前を歩いていた男性が信号で立ち止まり、こちらを見た。
 上松さんの上司の斎賀さんだ。

「……お疲れ様です」

 会釈えしゃくをすると、斎賀さんも「お疲れ様です」と挨拶あいさつを返してくれた。
 まだ数回しか顔を合わせたことがない男性社員と、こういう自然なやりとりができたことを新鮮に思う。
 ほんの少し、胸にポッと灯がともったみたいな気持ちになった。
 なんとなく距離をあけて一緒に信号待ちをする。無言なのは気まずいけれど、特に話すこともない。仕方なく自分のつま先に視線を落としていると、右斜め上から話しかけられた。

「上松のこと、大丈夫ですか?」
「えっ……?」

 まさか斎賀さんからこの話題が出るとは思わず、弾かれたように彼を見上げる。

「どうして? ……あ、もしかして、上松さんが何か言ってましたか」
「いえ、そうではなく……実は先ほど、上松があなたに告白していたのを目撃してしまいまして」

 言われた瞬間、羞恥しゅうちで顔がカッ! と熱くなった。

「……そう、でしたか。すみません……」

 あんな公衆の面前で告白されたのだから、たまたま通りかかった斎賀さんが見ていたとしても不思議ではない。そう分かっていても、やはり恥ずかしさで居たたまれない。
 ここで赤だった信号が青に変わった。私も斎賀さんも反射的に歩き出す。

「上松は勤務態度や仕事に対する姿勢は問題ないのですが、どうも、あなたに関することでは周りが見えなくなっているようですね。先ほどの件も、あんなに大勢の人が行き交う場所ですべきことではないのに」
「……やめてくださいってお願いしたんですけど、何故か……あまり通じてないみたいで」

 斎賀さんに、つい本心が漏れる。

「私から上松に注意しましょうか」

 不意にかけられた言葉に、斎賀さんを見上げる。横断歩道を渡り終え前を向いていた彼が、横目で私をとらえる。

「え……」
「一応、上松の上司でもあるので」

 そういえばと、この前、エレベーターの前で上松さんに会った時のことを思い出した。この人がいいタイミングで、上松さんを連れて行ってくれたんだった。
 ――そっか。上司である斎賀さんの言うことなら、上松さんも聞いてくれるかもしれない。
 だけど、業務とはまったく関係ないところで、この人を頼ってもいいものか。それに、このことがきっかけで斎賀さんと上松さんの関係が悪くなったら、仕事に支障が出るのでは……
 となると、おのずと答えは決まってくる。

「いえ、大丈夫です。自分のことなので自分でなんとかしてみます」

 人に頼る前に、まずは自分で行動してから。そう思ったので、気持ちだけありがたくいただいて丁重に申し出をお断りした。

「すみません、気を遣ってくださったのに。でも、お気持ち嬉しかったです。ありがとうございました」

 気持ちを込めて斎賀さんに頭を下げた。そんな私に、斎賀さんは静かに頷いてくれた。

「分かりました。それでももし、上松のことで困ったことがあったら、いつでも相談してください。では、私はここで失礼します」
「え」

 隣を歩いていた斎賀さんが、ある店の前でピタリと立ち止まった。

「上松の歓迎会があるので、顔だけは出そうかと」

 どうやら宴会が行われるのはビルの一階にある、小料理屋らしい。木製の引き戸の向こうからは人の話し声が微かに聞こえてくる。

「そうでしたか。では、私はこれで……お疲れ様でした」
「お疲れ様です」

 どうやら私がこの場を去るまで、斎賀さんは小料理屋に入る気配がない。それを悟り、私は軽く会釈えしゃくをして歩き出した。その後、背後からドアを開くカラカラという音が聞こえてきた。
 少し気が抜けた状態のまま、私は最寄り駅にある商業ビルに向かった。そこに入っている洋菓子店で自分と家族が食べるケーキを買い、駅から出ているバスに乗って帰路に就いた。
 ケーキを食べて気分を上げて、今度こそちゃんと上松さんに気持ちは受け入れられないとお断りしよう。

【困ったことがあったら、いつでも相談してください】

 バスの窓から見える夜景をぼんやり見つめながら、私は斎賀さんが言ってくれた言葉を何度も思い返していた。



   二


 私の想定以上に【エントランスでの告白】の話が社内に広がるのは早かった。
 顔見知りの社員に遭遇する度に「上松君とどうなったの⁉」と聞かれる始末。もちろん、その都度なんともなっていないと説明するが、相手の顔を見る限りでは、信じてくれたかどうかはいまいち分からない。

「最近、部署の外に出るのが怖くて仕方ないです……」

 お弁当を食べながら、がっくりと項垂うなだれる。
 唯一気を許せる向井さんの前でだけは、本音を出すことができる。そんな私に、彼女も本気で同情の顔を見せた。

「ほんと、こういう情報って広まるのが早いわよね……きっとみんな他人事ひとごとだと思って面白がっているのよ。で、その上松さんはどうしたの? あれから漆瀬さんのところに来た?」
「それが最近姿を見かけないんです。まあ、その方がこっちは気が楽でいいんですけど」

 彼に会うことがないと、気持ちが恐ろしく楽だ。やはり自分は、改めてあの人が苦手なのだと確信した。

「あのね? 本当にどうしようもなかったら、私が漆瀬さんの代わりに上松さんに言ってもいいのよ?」

 向井さんの言葉がありがたくて、胸が温かくなった。本当に彼女はとても優しい先輩なのだ。

「ありがとうございます……実はこの前、上松さんの上司の斎賀さんも、困ったら相談するようにって言ってくださったんです。だから、最悪の場合はお願いしようかなって思ってるんです」
「そうなの? それならよかった! ああ、そうだ。この前社内報の編集作業をしている時に思い出したんだけど、過去の社内報に斎賀さんの記事があってね。ちょっと参考にしたいからって、借りてきた。ほら」

 向井さんがデスクの上に斎賀さんの載っているページを広げた。
 それは、今から六年前の社内報で、当時営業部に所属していた斎賀さんが、写真付きでインタビューに答えていた。インタビューと言っても、プライベートなことを聞かれて答えるようなものではなく、業務に関する取り組みや、今後の仕事の展望について語るといったたぐいのものだ。
 六年前の斎賀さんの顔は、今とそんなに変わらない。ただ髪が少し短いくらい。もちろんシルバーフレームの眼鏡も健在だ。

「六年前か……私、この号が出た時は、まだ入社して間もない頃で、研修だけでいっぱいいっぱいだったから、社内報の内容なんか全然覚えていませんでした」
「まあ、そうよね。私もこの部署に異動になって間もなかったから、先輩に教えてもらいながらなんとか作業をこなしてたって感じだったな。でも、この写真に見覚えはあるんだよね。あ、この人かっこいい! って思ったから」

 ふふっ、と当時のことを思い返しながら、向井さんが微笑む。

「この頃の斎賀さんって、すごく女性から人気ありそうですよね。今も素敵ですけど……」

 写真を見つめながら思っていたことがぽろっと口から零れる。すると、何故か向井さんが驚いたような顔をして「えっ」と声を上げた。

「漆瀬さんがそんなこと言うなんて、珍しいわね」
「そうですか? でも、本当に素敵だと思ったんで……」

 向井さんは不思議そうな顔をして、手元の社内報に視線を落とす。

「確かに斎賀さんって、イケメンだし長身だしでモテる要素はばっちりなんだけど、なんせ仕事以外で人と関わらないから。むしろ、いつも無表情でそれが怒っているように見えるせいか、女性からの人気はないみたいなのよね……」
「……え? 斎賀さんがですか?」

 あのルックスで人気がないだなんて、にわかに信じがたい。

「うん。でも、できる人には違いないんだけどね」
「そうなんですか……」

 向井さんがマグカップに入ったお茶を飲み、話を続けた。

「本社から異動になっちゃった間のことは知らないけど、前よりもぴりついた感じはなくなってたかも。もしかしたら異動先での仕事は大変だったのかもしれないわね」

 向井さんの話を聞きながら、社内報の中の斎賀さんを見つめる。
 ――無表情……でも、怒っているようには見えないけど……
 私はこの前の、数メートルだけ斎賀さんと並んで歩いた時のことを思い出す。
 確かに口数は少なかったが、言葉の端々はしばしに気遣いを感じた。だから私も、一緒に歩いていて変に構えることもなかったのだ。
 それだけで判断するのは難しいかもしれないけど、決して怖い人ではなかった。むしろ、いい人だと思う。
 この時の私は、斎賀さんに対してそんな印象を抱いていた。


 それから数日後。昼休みを狙って、上松さんが私の元へやって来た。
 両手いっぱいに紙袋をたずさえて。

「漆瀬さん! 数日ぶりです‼ お元気でしたか」
「元気です……。それよりも、上松さんその荷物は……?」

 彼の手にある紙袋へ視線を移すと、それに気がついた上松さんの顔がパッと明るくなる。

「あ、これはお土産みやげです。出張で名古屋に行っていたので、名物を買いあさってきました。この中に漆瀬さんの好きなものがあればいいなと……」

 ガサガサと紙袋から買ってきた物を見せようとする上松さんに、私は慌てて待ったをかけた。

「あの! それよりもお話があるんです。ちょっといいですか?」
「もしかして、この前保留した話の続きですか?」

 ズバリ言われて、私は周囲を見回し、近くに誰もいないことを確認してから頷いた。

「すみません……私、あなたとお付き合いはできません。ですので、こういったことは困ります」
「うわ、また振られた。俺、この短期間で二回も振られてますね」

 こたえているのかいないのか。まったくその表情からは読み取ることができない。
 だけど、上松さんの目が笑っていないことだけは分かった。

「……じゃあ、教えてくださいよ。漆瀬さんはどういった男性ならお付き合いするんです?」
「え?」

 上松さんは私の横をスタスタと歩いて行き、デスクの上に紙袋を置いた。

「聞きましたよ。漆瀬さん、入社以来何人にも告られているのに、誰とも付き合わないって。それは何故なんです? もしかして、もう決まった人でもいるんですか? 婚約者とか」

 私のデスクに片手をつきながら、上松さんが尋ねてくる。その目はこれまで見たことがないくらい、感情がもっていない。
 初めて見る人のようで、少し怖く感じた。

「そ……そんな人は、いません」
「じゃあ、好みの人ってどんなタイプなんです? アレですか、御曹司みたいな金持ちじゃないと相手として見ないってことですか? ただの平社員にはまったく気持ちが動かない?」

 小馬鹿にしたような物言いに、全身から血の気が引いていく。
 ――私は今、何を言われて……

「そんなことはありません! 私は肩書きで相手を見たりなんかしません」
「じゃあ、俺でもいいじゃないですか。今は好きじゃなくても構いません。ものは試しで付き合ってくださいよ。そうすれば、そのうち気持ちも動くはずです。いえ、動かしてみせますから」

 上松さんはきっと自信があるのだろう。だけど、私の心は動かない。それどころか、どんどん気持ちが離れていくのが手に取るように分かる。
 ――やっぱり私、この人無理……!

「無理です。ごめんなさい」

 もう一度お断りしたら、上松さんの表情が曇った。

「……漆瀬さんは、俺を馬鹿にしている?」

 いきなりこんなことを言われて、口がポカンと開いてしまう。

「何を言って……」
「だってそうでしょう? 俺がこんなに頼んでいるのに、まったく考える素振りも見せずにすぐ断る。まるではなからお前なんかお呼びじゃないって感じで、取り付く島もない。せめてもう少し考える姿勢を見せてくれたってよくないですか」
「姿勢って……付き合う気持ちがないのにそんな気を持たせるようなことできません! そっちの方が相手に対して失礼じゃないですか」

 正直な気持ちを伝えたつもりだった。なのに、反論するように間髪かんはつれずに言葉が返ってくる。

「いいえ、俺にとっては今の方が残酷ですね。恋人になる以前に、男としても見てもらえていない。こんなのひどすぎますよ。きっとあなたみたいにモテる女性には分からないでしょうけど」

 吐き捨てるように言われた言葉がぐさりと胸に刺さる。

「あなたみたいな人、好きになって時間の無駄でした」

 ただでさえショックを受けていたところに、ダメ押しの一言を食らう。それは、想像以上に私の心をえぐっていった。
 ――時間の……無駄……
 呆然としていると、今まで見たこともないような冷たい表情で、上松さんが口を開く。

「こんなもん俺いらないんで、差し上げます。いらなかったら捨ててください」

 そう言うなり、上松さんが私の横を通り過ぎる。すれ違いざま、肩にドン! と彼の二の腕がぶつかったが、上松さんは何も言わずに部署を出て行った。

「いたっ……」

 ぶつかった衝撃で顔をしかめる。だけどそれ以上に、彼の言葉が私の心を傷つけていた。そのせいで、この場から一歩も動くことができない。

「あれ? 今、上松さんとすれ違ったけど。もしかして来てたの?」

 コンビニに昼食を買いに行っていた向井さんが戻ってきた。彼女は買ってきた昼食をデスクに置くと、すぐに私のデスクにある紙袋の存在に気がついたようだった。

「あら、何これ? 名古屋名物……ういろう? もしかしてこれって上松さんのおみや……げっ⁉」

 向井さんが驚き、私を見て固まった。

「漆瀬さん……‼ 何があったの……⁉」
「え……?」

 慌てて駆け寄ってきた向井さんが、私をその胸に引き寄せ抱き締めた。彼女の温もりに包み込まれた途端、気が緩んだせいか目に涙があふれてくる。
 ――やばい、泣きそう……
 向井さんに何があったのか説明しようとしたけど、上手く言葉が出てこない。

「上松ね? 上松がなんか言ったのね⁉」

 私を強く抱き締めながら背中をさすってくれる。向井さんの声音には怒りが含まれていた。
 ――どうしよう、向井さん怒ってる。
 確かに上松さんが原因ではあるけれど、これ以上、事を荒立てたくない。

「だ、大丈夫です。ごめんなさい……」

 向井さんの胸から顔を上げると、いつのまにか近くに部長が来ていた。ずっと自分の席にいた部長は、話の内容は分からないまでも私と上松さんのやりとりを一部始終見ていたのかもしれない。
 ――うっ……恥ずかしい。あんなの見られてたなんて……

「漆瀬さん、まだ休憩時間あるから、どこかで休んでおいで。そんな顔をしていたら昼食を食べて戻ってきた社員達がびっくりするから」


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