策士な紳士と極上お試し結婚

加地アヤメ

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1巻

1-3

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「申し訳ありません。久宝さん、私、勘違いしておりました……お試しデートくらいなら、と提案を了承しましたが、一緒に生活をするとなると話は別です。どう考えても私には無理です。なので、今回の話はなかったことにしてください」

 しかし、この思いは通じなかった。

生憎あいにくですが、なかったことにはできませんね。それに、勘違いでも構いません。謝らなくていいので、とにかく私と一緒に生活してみてください』

 その返答を聞いて体がふらつき、後ろに倒れそうになる。

「ちょっと待ってください。本当に無理です……」

 話の通じない相手を納得させるにはどうすればいいのか。私が必死で考えをめぐらせていると、スマホから優しい声が聞こえる。

『ああ、それとこれは払田社長からは内緒にしてほしいと言われていたのですが、実は宗守さんには、他にも数件縁談の申し込みが来ているそうですよ』
「…………は? な、なんですか、それは……私、そんなこと一言も聞いていませんけど……」
『払田社長のご友人の息子さん達らしいですが、今回私との縁談が浮上したことで、他の方々は諦めてくださったようですね。ですが、私との縁談を断れば、確実に次の縁談があなたに舞い込んでくることになるでしょうね』

 初めて聞く話に、更に頭が混乱する。けど、ここでひるんだら負けだ。私はなんとか気持ちをふるい立たせる。

「私は絶対に誰とも結婚しません。一生一人で生きていくと決めているんです。社長もそのことはご存じですので、たとえ縁談が来ていようと関係ありません。断っていただくだけです」
『それはどうでしょう? 払田社長は人がいいですからね、今までは断ることができたかもしれませんが、一度私との見合いを受けてしまった以上、他の方からの話を断るのは難しいのではないでしょうか』
「そ……それは……」
『ですが、ここで私との縁談を形だけでも進めておけば、あなたは当面の間、縁談を回避することができますよ。私とお試し結婚生活をするか、他の方とも見合いをするか。あなたの好きな方を選んでください』
「そんな……」

 ――何この久宝さんに都合のいい展開は……
 最初に彼に感じた、物腰の柔らかな紳士というイメージが、ガラガラと崩れていく気がした。
 この人、こういう流れになることをはなから分かっていたのでは? そんな疑念を抱かずにいられない。
 そもそも、見合い話からして断ってもいいという前提で引き受けたはずが、いつの間にか次の約束を取りつけられて、気づけば外堀を埋められている……

「久宝さん……あなた、最初から私との縁談について、引くおつもりはありませんね?」
『察しがいい女性は好きですよ。そうです。私は、なにがなんでもあなたと結婚したい。そのためには、策を惜しみません』
「ひ……卑怯ひきょうです! あなたのような立場の人にそんなことをされたら、私みたいな立場の人間は抵抗できないじゃないですか」
『抵抗してくださって大いに結構ですよ。宗守さん、私はね、三十二年の人生で女性を追いかけるというのが初めてなのです。ですので今、この状況にものすごく興奮していますし、楽しくて仕方がありません』

 なんてことだ。紳士なんてとんでもない。物腰の柔らかさにうっかりだまされてしまったけど、この人はとんだ食わせ者だ。

「あなたは社会的には地位のある人ですけど、男としては……最低ですね」

 精一杯の憎まれ口を叩いてみたものの、スマホの向こうからは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

『ええ。それは自分でも重々承知しています。でも、私はあなたを服従させたいのではない。あくまで、一緒に幸せになろう、という提案をしているのです。そこだけは間違えないでください』

 ――一緒に幸せになろう、ねえ……
 今更、何を言われても信じられないし、ため息しか出てこない。
 こうなったら、お試しでもなんでもして、早々に私と一緒では幸せになれないと気づいてもらうしかない。
 それしか、この人との結婚から逃れる方法はないのだと悟った。

「……分かりました。ですが、あくまでお試しですから。無理だと思ったら、遠慮なく終了させていただきますので、それだけはご理解ください」

 強めのトーンで断言すると、すぐに『分かりました』と返事があった。

『一緒に生活をしてみて合わないようであれば仕方がありません。その時は、約束通り諦めます。ですが、私は全力であなたを愛しますので、その覚悟だけはなさってきてくださいね』

 全力であなたを愛する。
 そんな漫画みたいな台詞せりふを現実で言ってくる男性がいるなんて思わなかった。
 途端に耳や顔が熱を持ち、熱くてたまらなくなる。

「……ぜ、全力でって……どんなですか……」
『そのまま受け取っていただいて結構です。こう見えて私の愛は重いと自負しておりますので』
「それは……あまりいいことではない……」
『ふふ。では、準備が整い次第またご連絡いたします。……楽しみにしててくださいね』

 意味ありげな最後の言葉に、心臓がどくん、と跳ねた。
 通話が切れ、私はスマホを持っていた腕をだらりとさせる。
 ――な……なんなの。この人……
 物腰柔らかな紳士の仮面を被った、とんだ策士、久宝公章。
 私は、とんでもない男に好かれてしまったのかもしれない。そう思った。



   三


 久宝さんとのお見合いから二週間ほど経過した週末。
 私は十年間住んでいるアパートでスーツケースを前に時計とにらめっこしていた。というのも、つい先日、久宝さんからお試し結婚生活をする住居の準備が整ったと連絡があったからだ。
 私が住んでいるのは、築年数の古い二階建てのアパート。十年前、就職が決まり祖父母に保証人になってもらいここに住み始めてからは、ここが唯一私の心安まる場所だった。
 そんな場所から一時的とはいえ、離れる日がやってこようとは。
 部屋の中を見回しながら、私は急激に変化した状況にため息をついた。
 本当なら数回デートをしてからお試しの結婚生活に入る予定だったらしい。
 しかし、のんきにデートなんかしている時間がもったいないと、私から同居を申し出た。私としては、一刻も早く久宝さんにこの縁談を諦めてもらいたいのだ。
 その一心でお試しデートをすっとばし、お試し同居生活を始めることにしたのである。

『生活に必要な物はほとんど揃っているので、あなたが必要な物だけ持ってきてください』

 久宝さんの言葉を信じ、昨夜のうちに着替えや化粧品などの最低限必要な物だけをスーツケースに詰め込んだ。
 大家さんには、しばらく部屋を留守にすることを報告してある。全ての準備を終えた私は、こうして久宝さんが迎えに来てくれるのを待っているのだった。
 ぼんやりと床に座り込んだ私は、水筒に入れたお茶を口に含む。
 ――それにしても、まさかこんなことになるなんて……
 自分で決めたこととはいえ、私が結婚生活を体験することになるとは。こんなこと社長や香山さんが知ったら、本気で腰を抜かしそうだ。二人にはなんとしてもこの事実は隠し通さなければ。
 それともう一つ、気がかりなのは母だ。
 別々に暮らして十年になるが、母はごくたまになんの連絡もなくふらりとアパートにやって来る。その時、私がアパートにいれば問題はないが、もしいなかった場合、あの人はアパートの隣にある大家さんの自宅へ行ってしまうのだ。一応大家さんには、母が来ても何も言わないようにお願いしたが、母が私の行動を怪しんで、毎日のようにアパートに来るかもしれない。そうなると、私がしばらくアパートを留守にしているのがバレてしまう。
 もちろん実の親なのだからバレても問題はない。しかし、とにかく恋愛至上主義な母のことだ。私が久宝さんという高スペックな男性と見合いした上、一つ屋根の下で暮らしているなどと知った日には、きっと今すぐ結婚しろとものすごい圧をかけてくるに違いない。
 それはもう、息をつかせぬほどの猛烈な圧を。
 それが分かっているから、母には久宝さんとのことを知られたくないし、知らせない方がいいと思っている。
 ――なんせ昔から私に、結婚はいいわよー! とか恋しないなんて勿体ない、とか熱弁を振るってたからな……
 ため息をつきつつ、スマホにメッセージがきていないかをチェックしていると、時刻はもうじき午後一時。久宝さんが迎えに来ることになっている時間だ。
 スーツケースを玄関まで運び、外に出ようと靴を履いていると、約束の時間ぴったりに久宝さんからの着信があった。
 画面に出た名前を見つめ、ひと呼吸置いてから、通話をタップした。

「はい……宗守です……」
『久宝です。出発の準備はできていますか?』

 スマホから聞こえてきた穏やかな声に、つい顔が引きる。
 なんでもないような口調で尋ねられたが、こっちは昨夜から緊張してろくに眠れていない。
 そんな私の心情を、この人は分かっているのだろうか。
 私は久宝さんに悟られないようため息をついて、通勤で使っているバッグを肩に掛ける。

「準備できてますよ。どうすればいいですか? アパートの外に出てお待ちしていればいいですか?」
『いえ。今あなたの部屋の前にいますので、ドアを開けてくだされば』

 それを聞いて、ひゅっとのどが鳴った。

「ま、前!?」

 慌ててドアを開けると、耳にスマホを当てて微笑む久宝さんがいた。

「こんにちは宗守さん。今日は良いお天気で何よりですね」

 お見合いで会った時と同じように三つ揃いのスーツをパリッと着こなし、美しい顔で微笑む紳士……いや、策士の登場だ。
 ――い、いつの間に……足音とか何も聞こえなかったよね? 気配を消せるのか、この人は……
 ひるみそうになりながらも、どうにか背筋を伸ばす。

「こんにちは……もしかして時間になるまでずっとここで待ってたんですか?」

 スーツケースを部屋の外に出しながら久宝さんを軽くにらむと、クスッと笑われる。

「来たのはほんの二、三分前ですよ。さ、荷物をこちらに」

 四、五日の旅行に適した大きさのスーツケースを、言われるまま彼に渡した。

「……しばらくの間、お世話になります」

 しっかり頭を下げると、久宝さんはこちらこそ、と小さく首を傾げた。

「もっと肩の力を抜いてください。なにせ私達はこれから夫婦になるのですから」

 サラッと言われ慌てて周囲を確認した。とりあえず、周囲に人はいない。

「ちょっ……!! こっ、こんなところでそういうこと言うのやめてください!! 誰かに聞かれたらどうするんですか!!」

 たしなめると、一歩踏み出した久宝さんが立ち止まって振り返り、肩越しに視線を送ってくる。

「聞かれたら聞かれたで、事実にしてしまえばいいので私としては好都合なのですが」
「……そ、それは……」
「まあ、それはひとまず置いておきますか。では、行きましょう」
「……はい」

 もう文句すら言う気になれない。
 私はひっそりとため息をつき、彼の後に続いた。
 外付け階段をカンカンと音を立てながら下りると、アパートの前に黒塗りの国産高級車が駐まっていた。これはこの前、料亭で見たあの車だ。
 ――やっぱりアレ、久宝さんの車だったんだ。
 我が社も部品を製造している国産自動車メーカーの高級SUV。広々としたラゲッジスペースにスーツケースを入れ、私は彼にうながされて助手席に乗り込んだ。

「お邪魔します……」
「どうぞ。座席はお好きなように調整していただいて結構です」

 と言われても、こんな高級車に乗るのは初めてで、どこをどういじったらいいのか分からない。うちの会社の社用車についている座席の位置やリクライニングを調整するレバーも見当たらないし。
 仕方なく、運転席に座った久宝さんに声をかけた。

「あの、これってどこをどうすれば……」
「ああ。これはですね」

 久宝さんが一度装着したシートベルトを外す。

「少々失礼します」
「えっ……」

 戸惑う間もなく、久宝さんが身を乗り出してくる。そして長い腕が私の体の上を超えて座席の横にある何かをいじると、座席が前にゆっくりと動き出した。

「位置はこれくらい? もっと前?」
「あっ、は、はい。これで、大丈夫です……」
「リクライニングはここです」

 久宝さんが実際操作をしながら教えてくれる。だけど、今の私はそれどころではなかった。
 男性が滅茶苦茶近くにいることに体が強張こわばり、顔を上げることができない。
 ――ひー、近い近い……っ!! しかもなんかいい匂いがするっ……!!

「宗守さん? どうかしましたか」

 体勢を戻しながら、久宝さんが私の顔を覗き込んでくる。
 ――思いっきり体が逃げているの、バレたかな……

「いえ……ありがとうございます」
「はい」

 私がシートベルトを装着したことを確認すると、久宝さんは静かに車を発進させた。
 幹線道路に入り車が流れに乗ると、さっきの動揺が多少は治まってくる。
 それにしても、急に体が近づいてきたのには驚いてしまった。
 ――久宝さん、すごくいい匂いがしたな……なんの匂いだろう。香水? それともシャンプーとかだろうか……?
 決して彼を異性として意識しているわけじゃない。だけど、あまり男性との接触に慣れていないからか、どうしても距離が近いと緊張して体がガチガチになってしまう。それは久宝さんがイケメンだからとかではなく、男性なら誰に対してもそうなってしまうのだ。
 ――最近男性と接触することがほぼなかったから忘れてたけど、やっぱり私、何年経っても男性が近くに来るとダメだな……
 やはり私は結婚に向いていない。そう、つくづく思い知らされた。

「宗守さん」
「はっ! はい!!」

 ふいに声をかけられ、弾かれたように久宝さんを見る。

「これから向かうのは私の自宅ですが、先日ご説明申し上げたように、住んでいるのは私だけです」

 久宝さんが片手でハンドルを握りながら、淡々と説明を始めた。

「あと、通いの家政婦さんがいらっしゃるんでしたっけ?」
「ええ。佐々木ささきさんという年配の女性です。お世話になってもう十年近くになります」

 頭の中で家政婦さんの姿をイメージする。十年も通い続けているということは、久宝家の皆さんから相当信頼されている方に違いない。
 だけど、どうして久宝さんは一人で住んでいるのだろう? ご両親は健在のはずだけど……

「あの、一つお伺いしてもいいですか」
「はい。なんなりと」
「一緒に住んでいない、ということは久宝さんのご両親はどちらにいらっしゃるんですか?」
「近くに住んでいますよ。私が今住んでいるのは別宅の一つなんです。久宝家には本宅以外に別宅が三つと、別荘が国内に四つほどあるので。現当主である父が住む本宅は、私が住む別宅から数キロ離れた場所にあります」

 なんでもないことのように話す久宝さんを前に、私は口を開けたまま呆然とする。
 ――次元が違いすぎる……

「す、すごい……ですね、さすが……」
「でも私は、そんなに必要ないと思ってるんですけどね。両親の許可が出れば、いくつか処分したいくらいなんです」
「えっ、なんでです? どのお宅も歴史のある立派な建物なのでは?」
「そうですが、ただ置いておくくらいなら、市や町に寄贈するなり、建物を何かに利用してもらった方がいいような気がして」

 なるほど。それは確かに。貧乏人の私もそう思う。

「確かに、そういう考え方もありますね。今は古い建物を利用した古民家カフェとかも流行はやっていますし……」
「ええ。一度そういう場所に行ったことがありまして、うちの別宅もこういう風に使ってもらえたらいいんじゃないかなと。ですので、私の代になったら実行しようと思っています」
「久宝さんって、ご兄弟はいらっしゃるんですか? あっ、すみません。質問は一つ……と言ったのに……私ったら図々しいですね……」

 何気なく質問した後に、さっき自分が言ったことを思い出した。しかし久宝さんは、ちらっと私を見ると、楽しそうに頬を緩めた。

「いくつ聞いてくださっても構いませんよ。兄妹は、妹が一人おります。もう嫁に行きましたが」
「そうなんですか。おいくつでご結婚を?」
「えーと、二十二……か三、だったかな? 大学を卒業してすぐ、学生時代からお付き合いしていた方とあっさり結婚してしまいました。その時は、父が随分落ち込んでいたのを覚えていますよ。で、宗守さんはご兄弟は?」

 私は前を見たまま、静かに首を横に振る。

「いません。一人っ子です。母は何度も結婚したのに、子供は私だけなんですよね……」
「それは、もしかしたらお母様なりに宗守さんに配慮されたのでは……?」
「いえ、それはないかと……私に配慮してたなら、あんなにホイホイ結婚と離婚を繰り返したりしないと思いますし……」
「そうでしょうか。まあ、その辺りはいつか宗守さんのお母様に直接聞いてみたいところではありますが……あ、もうすぐ到着します」

 思い出したように言われて、背もたれから体を起こす。
 窓から久宝邸らしき建物を探していると、車は幹線道路から住宅街に入っていく。一軒一軒の敷地がやけに大きな家が建ち並ぶ中、久宝さんはある建物の前でハザードランプを点滅させながら車を駐めた。塀の奥にチラッと見えているのは要塞のようなコンクリートの建物で、家の前には私の身長くらいの高さはあろうゲートがある。

「今、ゲートを開けますね」

 彼がどこからか取り出した小さなリモコンを操作すると、ガタンという音と共にモーターの動き出す音がして、ゲートがゆっくりと開き始めた。
 全て開いたところで久宝さんが再び車を発進させ、家のポーチ付近に車を横付けにした。
 家自体もこんなに大きいのに、更にもう一軒家が建てられそうなほど大きな庭もある。別邸ということだけど、敷地だけでも相当の広さがあるに違いない。
 あまりのすごさに呆気にとられていると、久宝さんがシートベルトを外した音が聞こえた。

「着きましたよ。今、荷物を下ろしますね」
「あ、ありがとうございます」

 先に車を降りた久宝さんにならって私も車を降り、今自分の目の前にある大きな邸宅を見上げる。コンクリート打ちっぱなしの硬質な外観に、細く横長な窓と縦長の窓がいくつか。
 色味はシンプルだけど、モダンでスタイリッシュな外観に、胸がときめく。
 ――わ……素敵な家……
 社会人になってからは、ほとんど友達と呼べる人がいないので、誰かの家に行くというのがそもそも十年以上ぶり。しかも、こんなに大きくてお洒落しゃれな家は初めてだ。
 ラゲッジスペースから下ろした私のスーツケースを持ち、久宝さんが玄関に向かって歩き出す。

「さあ、どうぞ宗守さん、ようこそ久宝家へ」

 私が住んでいたアパートのドア二枚分はある大きなドアを開けると、その向こうに広々とした空間が広がっていた。

「お邪魔いたします……」
「靴はどこでも好きな場所に置いていただいて結構です。ブーツなどがありましたら、こちらにあるクローゼットへ入れてください」
「は、はい。っていうか、持ってきてませんけどね……」

 長く滞在するつもりがないので、靴は今履いているローファーだけだ。
 私の呟きは運良くスルーされたようで、久宝さんが家の中へ入っていく。
 辺りを見回しているうちに、久宝さんはすでにスリッパを履いて部屋の中に進んでいる。私は急いでその後に続いた。
 これってやっぱり、著名な建築家やデザイナーの手がけた家なのかな。
 三十……いや、四十畳はあろうかという広いリビングにつれて来られた私は、ただただ圧倒される。中庭に面した大きな窓に暖炉、存在感たっぷりのソファーと、床に敷かれたふかふかの白いラグ、そして大画面テレビ。
 なんだかモデルルームに足を踏み入れたみたい。そんなことを思っていると、久宝さんがスーツケースを持ったままリビングの階段をのぼっていく。

「先に宗守さんに使っていただく部屋へご案内しますね、こちらです」
「部屋、ですか? 私用のお部屋があるのですか?」

 素直に思ったことを口にしたのだが、何故か階段をのぼっていた久宝さんが立ち止まり、私を振り返った。

「部屋を使わなかったら、一体どこで生活をするのです?」

 ちょっと何を言われたか分からない、という顔をされた。

「いやあの、私、どこでもいいっていうか……最悪、リビングの一角とかでも全然生活できるので」
「着替えはどうするんです」
「それは……私、服を着たまま早着替えとかできますんで……」
「お試しとはいえ、新婚生活を始めるんです。つまり、その間この家はあなたの家ということです。そこにあなたの部屋があるのは当たり前でしょう。この家にいる間は、好きに使ってくださって構いませんよ」

 笑顔で諭され、思わず素直に頷いてしまった。

「……わ、分かりました……」

 笑顔なのに有無うむを言わせぬ迫力があった。ここは大人しく彼に従うことにする。
 連れてこられた二階は、一階と同様にフローリングとコンクリートでできていた。一階部分の吹き抜けを囲むように、いくつかあるドアのどれかが久宝さんの部屋ということだろうか。

「手前から書斎、寝室です。宗守さんに使っていただくのは、こちらの部屋になります」

 廊下の突き当たりの壁にあるドアを開き、久宝さんがどうぞ、と中へ入るよううながす。

「……え、ここが……私の部屋」


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