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1巻

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 明らかに酒井さんの筆跡だとわかる付箋ふせんを見ると、いつも胃が痛くなる。彼女はいつもこうだ。なんの件で電話がありました、とは書かない。ただ、電話があったことだけを付箋ふせんに記す。これは酒井さんの私に対する嫌がらせの一つなのだ。
 こういうことばかりされていると、うちの会社ってコンプラどうなってんの? って、いつも思う。それとなく上司に相談したけど、話は聞いてくれても、結局何かあればまた相談に乗るからって言われるだけで、一向に状況は改善されないままだ。
 ――まあね。いつもこんな感じだから慣れたけど……でも、毎回思うけど電話する相手に申し訳ないのよね……
 ため息をつきながらくだんの佐藤さんに電話をするため、受話器を持ち上げた。
 私と酒井さんの関係がこじれてしまったのは、ある出来事が原因だった。
 新入社員として本社経理課に配属になって間もない頃、私は酒井さんから、彼女が中心となっている女性グループの飲み会に誘われた。

『女性社員同士の親睦を深めるため、定期的に行ってる飲み会なの。是非参加してくれない?』

 先輩社員からそう言われて、新入社員の私は二つ返事で、参加を了承した。しかし、たまたま飲み会の前日辺りから体調を崩してしまった私は、結局その集まりに参加することができなかった。
 一度くらいなら、酒井さんもこれほど機嫌を損ねることはなかっただろう。けれど、その次の集まりも、私は体調不良で参加することができなかった。
 それが、酒井さんの機嫌を思い切り損ねてしまったのだ。
 彼女の言い分はこうだ。

『……部長主催の飲み会には参加したのに、私が主催する飲み会には参加できないっていうのね? しかも毎回ドタキャンってどういうこと? バカにしてんの?』

 そんなことは決してなく、本当にたまたま生理の時期と飲み会が重なってしまっただけなのだ。だけど、そんな弁明をさせてもらえる機会は全く与えられないまま今に至る……
 その時から、酒井さんは私に対して辛辣しんらつな態度で接してくるようになった。本気で酒井さんと仲よくしたければ、強引に説明することで誤解は解けたかもしれない。でも、彼女の主催する飲み会に参加するのは、彼女と年の近い女性がほとんどなのだ。いつも昼休みに集まって大きな声でランチ会をしている彼女達は、他の人を寄せつけない独特のオーラを放っており、当時新入社員だった私がその輪の中に入っていけるはずもない。というより、結束が固そうな彼女達の中に好んで入りたいとは思えなかった。
 結局私は、酒井さんの主催する飲み会に参加しないまま今日まできてしまったのだ。
 ――酒井さんがいない時は平和だったなー。
 彼女は途中、産休育休を取っていて、今年の春に復帰して現在は時短勤務だ。
 酒井さんのグループの女性達は単独だとそれほど嫌な人はいない。話しかければ普通に返してくれる。だけど、集まってしまうと、途端に近寄りがたい人種にカテゴライズされてしまうのだ。
 とはいえ、もう六年もこの状態でいると、酒井さんのことを除けば他に不満もないため、なかなか転職には踏み切れないのである。
 ――自分に与えられた仕事をきっちりやれば、毎月ちゃんとお給料がもらえるんだもの。簡単には辞められないよ。
 仕事にも慣れたし、酒井さん以外の社員との関係はまずまず良好。六年かけてつちかった今の関係を、彼女のせいで手放すのはやっぱり惜しいと思ってしまうのだ。
 少々居心地の悪さを感じながらも、私はこの会社で働く日々を送っているのだった。


 残業なんかしたら絶対に酒井さんに文句を言われそうだったので、死に物狂いで溜まっていた仕事を時間内に片付けた。
 ――酒井さんは四時で上がるけど、お仲間が見てると思うと気が抜けないわ……
 きっちり五時で仕事を終え、会社をあとにする。一階の支店でサービスフロントをしている女性と出くわしたので、最寄り駅まで話しながら一緒に帰った。
 ――各支店のサービスフロントさんとは仲がいいんだよね……いっそ、どこかの支店に異動願いでも出そうかなあ……
 酒井さんとのストレスフルな生活がなくなったら、毎月の体調不良も改善しそうだ……と考えていたら、バッグの中でスマホが震えた。

「ん? なんだろ」

 画面には、見たことのない番号が表示されている。
 ――この番号は……なんだっけ? どこかの業者さん? でも、直接連絡がくるような案件は何もないはずだけど……
 でも、万が一という可能性もある。私は応答をタップしてスマホを耳に当てた。

「も、もしもし……」
『宇津野です。鷹羽さんですか?』

 スマホから聞こえてきた明るい男性の声に、真っ正面を見たまま歩みを止めた。
 ――う……宇津野さん!? 昨日の今日で、どうして電話がかかってくるの?

「は、はい。鷹羽ですが……あの、昨日はありがとうございました」
『いえ、たいしたことはしてませんから。それより体調はどうですか?』
「おかげ様で、今日は出勤して、今、定時で仕事を終えたところです」

 状況を説明したら、スマホから聞こえる声のトーンが少し上がった。

『よかった……いや、ご迷惑かもしれないとは思ったのですが、あんな場面に遭遇したこともあって心配になってしまいまして。でも、一日仕事ができるまで回復しているのなら安心ですね』
「わざわざすみません。もう大丈夫です」

 そこまで話して、ふと彼に借りたハンカチのことを思い出した。
 ――ハンカチは洗ってアイロンをかけてある。くれるって言われたけど、やっぱり返した方がいいんじゃないのかな……?

「あ、あの!」
『はい、なんでしょう』
「お借りしたハンカチなんですけど! やっぱりお返しします。助けていただいた上にハンカチまでいただくのは申し訳ないので……」

 すると、スマホの向こうで、フッと宇津野さんが笑った気配がした。

『鷹羽さんは、真面目な方なんですね』
「え?」
『緊急事態だったし、気にすることなんてないのに。私が手渡した瞬間、あのハンカチはあなたのものになったんですよ』

 笑いまじりの宇津野さんに、どう返すか悩んだ。

「や、で、でも……なんだか高そうなハンカチだったので……」
『そんなことはないですよ。でも、鷹羽さんが気にされるようなら、ハンカチは引き取りましょうか』

 相変わらずクスクス笑っている宇津野さんからは、気分を害している感じは一切ない。むしろ、楽しんでいるような気がする。

「どのようにしてお返しすればいいですか? あ、名刺にある事務所に送ればいいですか」

 これなら相手をわずらわせることもないし、最良の方法だと思った。
 しかし。

『いえ、鷹羽さんがまだ持っていてください。できれば直接お目にかかりたいので』
「え? それはどういう……」
『日程を調整して、またご連絡します』
「え、あの……ちょっと」
『今、帰宅途中なんですよね? お電話して足を止めさせてしまい、申し訳ありませんでした。気を付けてお帰りくださいね』
「ありがとうございます……」
『では』

 静かなトーンで締めくくって、宇津野さんが通話を切った。
 スマホをバッグの中にしまいながら、軽く首を傾げる。
 ――できれば直接お目にかかりたいので――って、なんで……?
 言い方は柔らかかったけど、押し切られてしまった。
 疑問に思っているうちに、宇津野さんが医者一家の出身だということを思い出す。
 ――もしかして、めちゃくちゃ心配されてるのかな……
 だとしたら本気で申し訳ない。ハンカチを返すだけでなく、菓子折の一つでも用意した方がいいのだろうか。
 世の中には、本当に親切な人がいるんだなあ。彼みたいな弁護士さんなら、安心して仕事を任せられるに違いない……と、しみじみ思いながら帰路についた。


 真っ直ぐ帰宅した私は着替えて、財布やスマホなどの必需品を仕事とは別のバッグに入れ替え、再び外に出た。向かったのは、マイカーを停めている近所の駐車場だ。
 そもそも車の会社に就職したのも車が好きだからだった。そんな私のマイカーは排気量二リッターのSUVである。
 今住んでいるアパートはかなり古く、築年数が三十年は経過している。でも、大家さん所有の駐車場があるという条件に惹かれ、ここを選んだ。
 正直に言うと、今の給料で車の維持費を捻出ねんしゅつするのはなかなかキツい。日々の節約はもちろんだが、会社の社員特権を最大級に活かして、車を購入したり、車検を受けたり、タイヤを買ったりして、どうにか維持しているのである。
 ――ぶっちゃけこのために、酒井さんが嫌でも今の仕事を辞めたくないという……
 地方にある実家にも電車でなくマイカーで帰省する。そのたびに両親から、「車に乗りたいならこっちに帰ってくればいいのに」と言われ、毎度お決まりのように「そのうち帰るから今は自由にさせて」と誤魔化している。
 実家がある地方は田舎いなかで、生活に車は必需品だ。そんな環境で育ち、車好きの父の影響を受けた私は、車のない生活など考えられないのである。
 ――それにドライブは気分転換にもなるからね。
 好きなアーティストの曲を聴きながら車道を走っているだけで、気が付けば気分が上がっている。それに車の中なら歌だって歌い放題だ。カラオケに行くより手軽で、手っ取り早い。
 今日も、駐車場のある大型スーパーに食料品を買いに行く途中、ずっと歌を口ずさんでいた。
 でもなぜか、今日に限って頭の片隅にあるのは、アーティストではない別の人だった。
 ――宇津野さんって……どういう人なんだろう? なんか気になる。
 弁護士というお堅い仕事をしている人なのに、常に笑顔で話しやすい。うっかり出会ったばかりだということを忘れて気軽に話し続けてしまいそうになる。
 それに、駅でたまたま具合が悪いところに遭遇しただけの私を、いつまでも気にかけてくれるなんて、どんだけいい人なんだ。
 もしかしたら、普段酒井さんに冷遇されている私を不憫ふびんに思って、神様が特別に出会わせてくれた人かもしれない。
 ――……だったらいいな。
 そんなことを考えていたら、いつもよりもスーパーまでの道のりを短く感じた。


 それから三日後。
 仕事を終えて宇津野さんのお姉さんが院長を務めるクリニックを受診し、最寄り駅の薬局で薬をもらって帰路についていた時のこと。
 何気なくスマホを開くと、画面に不在着信の通知が残っていた。
 ――宇津野さんだ。
 番号をタップすると、何度かコール音が聞こえたあと、耳馴染みのいい低音が聞こえてきた。

『はい。鷹羽さん、お電話いただいてすみません。かけ直しますよ』
「えっ! いえ、そんな、いいですよ!」
『かけ直します。ちょっとお待ちください』

 そう言うと、宇津野さんは本当に通話を切った。
 ――ほ、本当にいいのに……! 律儀な人だな。
 彼の気遣いに驚いていると、すぐにスマホが震えた。

「はい」
『三日ぶりですね。体調にお変わりはないですか?』

 なんだか体調を心配されるのが挨拶あいさつのようになっていて、自然と顔が笑ってしまう。

「おかげ様で元気です。さっき、お姉様のクリニックに行ってきたんですが、前回の検査結果を踏まえて、これまでの漢方薬の処方を変えることになったんです。しばらくはそれで様子を見ることになりました」
『そうですか。治療方針が決まってよかったです。姉の診察はどうでしたか? 納得のいくものでしたか』

 なんだか宇津野さんの声がいつも以上に明るい。本気で喜んでくれてるっぽい。

「とっても。先生のしゃべり方はすごく優しいし、質問にもちゃんと答えてくれるので、ありがたかったです。これからも通おうと思ってます」

 私にしては若干鼻息荒めに宣言する。
 この件に関しては、本気で宇津野さんに感謝していた。あの場で彼があのクリニックの名前を出してくれなかったら、きっと受診しないままだったと思う。

『そうですか! いやあ、ありがとうございます。姉も患者さんにそんな風に言ってもらえたら喜ぶと思います』

 ――さて、そろそろ本題に入ろうかな。

「そういえば、ハンカチの件、調整できましたか?」

 そもそも宇津野さんが電話をかけてきた理由はこれだろうと、当たりをつける。

『ええ、それでなんですが……』
「はい、いつにしますか?」
『もしよければ、食事を一緒にどうかと思いまして』
「え。食事ですか?」
『ええ。知り合いがビストロを営んでいるので、よかったらそこで。まだ開店して半年ほどの店ですが、有名店で修業したシェフなので味は保証します。どの料理も美味おいしいですよ。私のお勧めは特製のオリジナルデミグラスソースがかかったふわふわ卵のオムライスです』

 言われた途端、頭の中に茶色いデミグラスソースがかかった真っ黄色のオムライスという、劇的に食欲をそそるビジュアルが浮かんだ。
 ――やばっ。想像しただけでもう唾液が……

「お……美味おいしそうですね」
『はい。美味おいしいです。ご馳走しますので、どうですか?』

 ご馳走するとダメ押しされて、私の心は大いに揺らいだ。神様云々うんぬんは冗談のつもりだったのに、まさかここまでいい人が現れるなんて。
 ――ほ……本当にこんなことってあるの?
 弁護士でイケメンの宇津野さんからの食事の誘いに、私の胸がドキドキと早鐘を打ち始める。
 でも、一度しか会ったことのない男性と、二人きりで食事なんてしてもいいのだろうか。
 子どもの頃から体が弱くて学校を休みがちだったせいなのか、それとも元々の性格なのか、どちらかというと私は積極的に人と関わることが苦手である。
 酒井さん達に言われ放題なのは、毅然きぜんと言い返せない自分自身にも問題があると思っていた。
 だけど、宇津野さんは私を助けてくれた人だ。それにハンカチも返さなくてはいけない。本来なら会ったばかりの人、それも異性と二人の食事は丁重にお断りするところだけど、今回は特例だと自分に言い聞かせた。

「わ、わかりました。では、ご一緒させてください」

 堅苦しい返事になってしまったが、スマホからは穏やかな声が聞こえてくる。

『よかった。では、日時と場所なのですが』

 宇津野さんの説明を聞き逃さないよう、しっかり確認していたら、心配だからと電話のあとに場所をメッセージで送ると言われて恐縮する。

「何から何まですみません……でも大丈夫です。お店の名前と住所も伺いましたし。もしわからなかったらお電話しますね」

 宇津野さんには謝ってばかりだ。

『かしこまりました。なんというか、念には念を入れておかないと、私が不安なんですよ。仕事柄、一方的に話す癖があるので、鷹羽さんがわかっていないのに私だけが突っ走っていたら言ってください』
「そんなことはないですよ。宇津野さんの声って聞き取りやすいし、話し方もわかりやすいと思います」

 言われると、確かに彼は早口かもしれない。
 でも、低すぎず高すぎない声の大きさがちょうどよく、滑舌がよく通る声なので電話でも聞き取りやすかった。
 簡単に言えば、イケボなのでいくらでも聞いていられる。そんな声だ。

『そう言ってもらえると嬉しいですね。親に感謝しないと』

 クスクス笑っている宇津野さんに、こっちの気持ちもなごむ。
 知り合って間もない人なのに不思議。なんだか前から知ってる人みたい。

「そうだ。あの、よければ食事は、是非私にご馳走させてください」

 お礼をするいいタイミングだと思い、こう申し出た。

『いえ、いいですよ。誘ったのはこっちですし』
「いいえ、先日助けてもらったお礼をさせてほしいんです。これくらいしか思いつかなくて」
『気を遣わせてしまい申し訳ない。でも、電話したのも食事に誘ったのも、私が好きでやっていることなので気にしなくていいですよ』
「……え? それは……」
『言葉通りの意味です。あなたと話がしたいから電話をかけているんです。男が、何も用事がないのに女性に電話をかけるって、理由は一つしかありませんよ』

 ど直球な宇津野さんの言葉に面食らってしまう。

「え……?」
『私は、あなたを口説きたくて電話したんです、鷹羽さん』

 続けて剛速球がやってきて、言葉が出ない。
 しばらく無言でいたら、スマホの向こうで吐息が漏れた気配がした。

『驚かせてしまってすみません。私は性格的に隠し事ができないので、さっさと気持ちを伝えた方がいいかなと。その方が鷹羽さんにとってもいいでしょう? きっと、なんでこいつ何度も電話してくるんだろうって疑問に思っていたでしょうし』
「い、いえいえ! そんなことは思ってません! どちらかというと……一度しか会ったことのない私を気にかけてくれるなんて、とてもいい人だなって……」

 ――び……びっくりした。
 神様が特別に出会わせてくれた人かも、なんて考えたりもしたけれど、それはあくまで希望であって本気じゃなかった。
 だからか、言われたことが未だに信じられない。心臓の音がドッ、ドッ、とあり得ないくらい大きく脈打っていて、自分の体ながら不安になる。

『いい人ですか……よかったです。次回、会ってゆっくりお話ししましょう』
「わかりました……」

 わかったと口では言っているけれど、半分くらいはなんでこうなったのかよくわかっていない。
 なんだか夢の中にいるみたいだ。

『では、お目にかかるのを楽しみにしています』
「はい……」

 通話を終え、ゆっくりとスマホをバッグに入れた。
 彼の電話に出るまでは、いいクリニックを紹介してもらえて気持ちがホクホクしていた。それが今は、クリニックのことなどすっかりどこかに消え失せ、頭の中は宇津野さん一色になっている。
 最後に恋をしたのは学生時代。
 友人の紹介でなんとなく付き合い始めたけれど、好きになり切れずにお別れした。恋とも言えないような経験しかない。
 これは……私にもやっと春が来たということなのだろうか。
 ――待て、私……。落ち着いて考えてみよう。
 相手は弁護士だ。しかも、あんなにイケメンで、見ず知らずの私を助けてくれるような優しい人。そんな人が、果たして本当にフリーなのか? きっと周りには彼に想いを寄せる女性が、いくらでもいるだろうに、なんで私?
 そう思ったら、一気に頭が冷えてきた。
 ――だ、だよね……あんなイケメン、黙ってたって女が寄ってくるよ……もしかして私、チョロそうだって思われて、声をかけられたのかも……
 世の中には、本命がいても軽い気持ちで他の女に手を出す男が本当にいるのだ。

『彼ったら、私という女がいながら、会社の後輩にも手え出してたのよ!? クソ野郎でしょ!?』

 これはつい数年前、学生時代からの友人が言っていたことだ。
 友人の彼氏は、高校時代のクラスメイト。当時からずっと交際し晴れて婚約したのだが、なんと彼が友人に内緒で会社の後輩に手を出しているのが発覚し、大変な修羅場になった。
 私はその話を聞いて、絶対に浮気をする男性とは結婚したくないと強く思ったのを覚えている。
 結局友人は、文字通り相手に泣きつかれて、婚約解消はせずに結婚した。
 けれど、両親の仲がいい私にとっては思った以上に衝撃だったのか、それ以後、男女交際に慎重になりすぎてしまい、全くご縁がないのである。
 ――だって、世の中にはごまんと男性がいるのに、わざわざ浮気するような男性を選ぶ必要なんか、絶対ない。
 そう、私はどんなに相手がイケメンでも、立派な職業に就いていても、遊び相手は絶対に無理なのだ。
 果たして彼はどうだろう?
 期待する心と相反するように、私は傷つかないよう心に予防線を張るのだった。



   二


 宇津野さんと食事の約束をした日。
 私の体調を気遣ってくれたのか、土曜日の昼に予定を組んでくれた。それは、正直とてもありがたかった。
 ――なんかほんと、できる男って感じなんだよなあ、宇津野さんって……
 普段よりだいぶ遅い時間に起きた私は、ベッドの端っこに腰を下ろして宇津野さんとの電話のやりとりを思い出した。

『鷹羽さんのお住まいの近くまで車で迎えに行きますよ。どの辺りですか?』

 彼はアパートの近くまで迎えに来てくれると言った。
 その提案は普通にありがたいことなのだが、相手が宇津野さんなので悩んでしまう。
 そもそも異性と二人きりの食事っていうのがもう久しぶりすぎて緊張するし、口説きたいとはっきり言われたのも初めてだし。
 目的地までは最低でも車で三十分はかかる。その間、ずっと狭い車内で彼と二人きりっていうのは、恋愛初心者の私には荷が重い。

『ドライブがてら自分で運転していきますので、大丈夫です。お気持ちだけいただきます……』

 調べたら店の近くにコインパーキングがあったので、自分で運転していくことにした。

『あ、車の運転お好きなんですか? それもそうか、自動車の会社にお勤めですもんね。なんか……いいですね。運転している姿を見てみたいです』

 せっかくの申し出を断ったら気を悪くするだろうかと心配したが、意図せず好印象を与えたようで調子が狂う。
 困惑しながらも、ぼちぼち出かける準備を始めることにした。


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