猫かぶり御曹司の契約恋人

加地アヤメ

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1巻

1-3

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「ちょ、ちょっと待ってください……お友達も知らない!? じゃあ彼女とかにはどうやって接してたんですか!?」
「もちろんあのキャラで」

 両角さんがしれっと言うので、こっちは唖然とするしかない。

「嘘でしょ!? 好きな人の前でもキャラって……なんでそこまで?」

 驚きすぎて敬語がどっかいってしまった。でもそのことに、私も両角さんもまったく気づいていない。

「これまで付き合った女性は、みんな表向きの俺を気に入って近づいてきたんだ。素なんか出せるか。まあ、そのせいで誰とも長く続かなかったけどな」

 そう言って両角さんが肩をすくめる。

「ならもう、一生王子様キャラで通せばいいじゃないですか。そうすれば、こうやって私に口止めする必要もなくなるわけだし……」
「それは無理だ。適度に息抜きしないと、表情筋が保てない」
「ええ~~」

 キラキラ王子様とはほど遠いしかめっつらの両角さんに、私は開いた口がふさがらない。

「だから最近は、たまたま酔って本性を出してしまったあのバーで、定期的にストレスを発散させてもらってたんだ」
「……そんなに昔から周囲に気を遣っていた人が、なんでこんな初対面の人間の前で素を出したりしたんですか~」

 ――家族と親しい親族の他に、マスターと私しか知らないなんて……そんな特別重すぎる。
 つい恨み事の一つも言いたくなるというものだ。
 すると、両角さんは私に視線を送って、ハアーとため息をついた。

「あの日は、一人でバーに入ったら、後をつけてきた勘違い女が押しかけてきたんだ。せっかくの時間を潰されてイライラしてたところに、わけ分からないこと言われるわ、酒ぶっかけられるわで、我慢の限界を超えてたらしい。気がついたら君の前で素を出してた。こんなこと今までなかったから、自分でも驚いた」

 後をつけられるのも、酒をかけられるのも、どっちもすごい経験だと思う。そう考えたら、動揺してキャラを忘れてしまうのも仕方がないように思えた。
 お互いに黙り込んでいたら、注文していた焼き鳥の盛り合わせが運ばれてくる。
 それぞれの前に置かれた皿には、モモ肉のタレと塩が三本ずつ載っていた。

「……とりあえず食べるか」
「そうですね」

 炭火で焼いたお肉は、ジューシーで柔らかくてとても美味おいしい。

「んー、美味おいしいです」
「だろ。ここの焼き鳥は旨いんだよ。昔から好きでね」
「そういえば、このお店の店主さんかな、両角さんのことを『両角のぼうず』って言ってましたけど、そんなに昔から来てるんですか?」
「ああ。祖父の代から世話になってる……俺が最初に来たのは小学生の頃だったな。あの頃からずっと、おやじさんには『両角のぼうず』って呼ばれてる」
「へー、そうなんですね。ここ、カウンターだけかと思ったら、奥に個室があって驚きました。人に聞かれたくない話をする時とかにいいですね」
「そういう意図で作られたらしいぞ。密会用って」

 え、本当にそうなんだ。

「俺もおやじさんから聞いただけだが、この辺りにある企業の重役達が情報交換の場として利用しているらしい」
「なんか私の日常とは、別の世界の話みたいですね……」
「そんなことないだろ。現に今、ここで人に聞かれたらマズい話をしてるんだし」

 そして両角さんは、急に真剣な表情を浮かべた。たちまち場の空気が引き締まる。

「俺の人生がかかっている。キャラをいつわっていることは内密に頼む」

 真顔でお願いされてしまうと、こっちもついつられて真顔になる。
 私は食べる手を止めて居住まいを正すと、真っ直ぐ両角さんを見て言った。

「約束します、誰にも言いません。……それに私、会社で親しい人はそんなにいないので」
「親しい人がいない……? それはそれで大丈夫なのか?」

 彼の心配を払拭ふっしょくしようと思って言ったのに、逆に心配されて苦笑いだ。

「こっちに戻ってきてからまだ日が浅いからです。ご心配いただかなくても大丈夫です」

 念のため言っておくが、私にだってちゃんと友人はいる。
 ただ会社では、仲のよかった同期は私が研修に行っている間に会社を去っており、今は親しい付き合いをするような同僚がほとんどいないというだけだ。
 焼き鳥を食べながら膨れる私に、両角さんがニヤリと笑った。

「まあ、うちの社員にバレたのは想定外だったけど、バレたのが浅香さんでよかったよ」

 そんなことを言われて、私の胸が小さくうずく。

「そ、それはどういう意味で……?」
「バーで一人、心底旨そうに日本酒と焼き鳥を食べる人なら、俺としても接しやすい」

 両角さんが笑いを噛み殺しながらしみじみと言う。
 められているのかけなされているのか実に微妙なところだ。
 でも、仕事帰りの一杯が至福という干物生活を送る私に、色気など皆無かいむ。自分でも、彼の言葉に納得だ。
 ――普段女性からキャーキャー言われているような人だからね、私みたいな色気のない女の方が気を遣わなくて楽ってことなんだろう。
 でも、私も同じかもしれない。
 初めて両角さんに会った時、すごく話しやすかった。居酒屋で顔見知りができるのは珍しくないけど、彼とはまた一緒に飲みたいと心から思った。

「まあ、お互い様ですね」

 こうして両角さんのことを知った後も、最初の印象は変わらない。やっぱり話しやすくて、飲み仲間としては最高だ。

「だが……もしバラしたら、その時は……分かるよな?」

 急に雰囲気を変えた両角さんに、私は思わず息を呑んだ。

「……ど、どうなるんでしょう……」

 おっかなびっくり尋ねると、両角さんがあごに手を当てて私を見る。

「……襲うかな」

 想定外の答えに、私の顔が引きる。

「なんてな。冗談だよ」
「…………心臓に悪い冗談はやめてください……」

 とはいえ、私は次期社長の秘密を知ってしまったわけなのだ。こうして、本人が直々じきじきに釘を刺しに来るくらい、重大な秘密を。
 ――絶対にないけど……万が一、秘密を誰かに話したりなんかしたら、私、クビ……?
 その可能性に、内心恐々とする。
 本社に戻ってようやく仕事にも慣れてきたところだし、家の近所にお気に入りのお店も見つけて充実した毎日を送っているのだ。
 私は、何があってもこの生活を手放したくない!

「絶対に口外しません!!」
「どうもありがとう。助かるよ」

 両角さんがそう言って深々と頭を下げてくる。
 その顔は王子様のようにキラキラしていて美しい。なのに、その綺麗な顔を怖いと思ってしまったのは何故だろう。
 ――本社に戻った早々、とんでもない面倒事を抱え込んでしまった……
 背中にでっかい重りを乗っけられたような気分のまま、拒否権のない連絡先交換をして、密会はお開きとなった。おまけに今夜も両角さんにご馳走ちそうになってしまい、こっちは恐縮しきりだ。

「今夜はこの後、用があるから家まで送れないんだけど、大丈夫か?」

 店を出たところで、両角さんが私に尋ねてくる。

「大丈夫です、すぐそこが駅ですし」
「じゃあ……気をつけて」
「はい。ご馳走ちそう様でした」

 一瞬だけ口元に笑みを浮かべた両角さんは私に背を向け歩き出す。
 ――えらいことになってしまった……
 私はハアーと大きくため息をついて、とぼとぼと家路についたのだった。



   三


 我が社の王子様は両角さん。だけど思いっきりキャラを作っていたことが発覚。
 私がその秘密を知ってしまってから、数日が経過した。
 最初こそ、うっかり漏らしたらどうしようと戦々せんせん恐々きょうきょうとしていたけど、よくよく考えたら両角さんは常務だ。平社員の私とはフロアも違うし、よほどのことがない限り会社でからむことはない。
 つまり、会社で彼の話題を出さなければ何も問題ないということだ。
 そのことに気づいてからは特に気負うことなく、平常心で仕事ができた。
 ――そうだよ、顔を合わさなければキャラの違いに戸惑うこともないじゃない。
 現に、あれから会社で両角さんの姿を見ていない。噂はガンガン耳に入ってくるけれど。
 王子様がどこどこの定食屋で食事していたとか、いつも飲んでいるコーヒーはどこの店のものだとか、みんなよく見ている。
 ――ほんと、改めて両角さんの人気のすごさにおののくわ。
 会社帰りに、最寄り駅近くのスーパーの夜市で、私は値引きされたアジの干物をカゴに入れながら深く頷く。そして、会計を済ませて自宅マンションに向かった。
 私が住んでいるのは、女性専用のワンルームマンション。ペットも飼えるので、たまにエレベーターでペットを抱えた女性と会ったりする。
 ちなみにこのマンションは男性のお泊まりは禁止。たとえ親兄弟でも男性がこのマンションに泊まることはできない決まりだ。
 三階でエレベーターを降りて、中ほどにある自分の部屋に入り電気をける。まだ引っ越して一ヶ月くらいなので家具があまり揃っていないが、とりあえず生活はできている。
 元々持っていた家具類は、研修時の転居先が家具付きだったので実家に送ってしまった。そしてそれらはちょうど進学で実家を出る弟のものになってしまったのだ。
 なので、また一通り家具を買わなくてはいけないのだが、なくても意外と生活はできている。テーブルは段ボールをひっくり返して布を掛ければなんとかなるし、ベッドがなくても布団で充分。
 むしろ物の少ない生活に慣れてしまうと、これ以上物を増やしたくなくなってしまった。
 ――それに家具はなくても、私にはこれがある……
 ちらりと視線を送った先には、地方で買ってきた日本酒。
 部屋着に着替えて、アジの干物を焼く。その間に冷凍しておいたご飯を温めてさらりとお茶漬けを食べた。そうこうするうちにアジがいい感じに焼けたので、お楽しみの家飲みタイム。
 今日は農薬を一切使っていない水田で収穫した酒米で仕込んだお酒だ。
 やや甘口だが、ほどよく酸味もあるすっきりとした味わい。

「うまあ!」

 今日もお酒が体に染みる。アジの干物も旨い。
 テレビを見ながらちびちびお酒を飲んで、まったりと過ごすのが至福の時間なのだ。
 ちなみに私の就寝時間は夜十時頃と、割と早い。遅くても十一時には寝てしまうことがほとんど。こんな感じの日常をもう何年過ごしていることだろう。
 ――色気がないのは自分でも分かっている。
 過去に色っぽいことがまったくなかったわけではないが、残念ながらあまりいい思い出ではない。だから今は一人でこうやってのんびり過ごすのが最高に落ち着くし、楽しい。
 なんて考えていると、ふと、両角さんと飲んだ時の楽しさを思い出す。
 これまでも居酒屋の顔見知りと一緒に飲むことはあった。でも、両角さんとは、家で飲んでる時みたいなまったりとした心地よさがある。
 お酒の好みも結構似ていて、あまり異性だとか気にせず楽しめた。
 叶うならまた一緒に飲みたいと思うけど、相手は会社の常務で御曹司様だ。そんな相手と気軽な飲み友達になんてなれないだろう。なんせ相手は自分とは住む世界が違うのだから。
 そう考えたら、何故かさみしさが込み上げてきた。
 ――考えるの、やめよ。
 一人でいる時に両角さんのことなど考えるからこんな気持ちになるんだ。ここは会社じゃないんだし、楽しいことだけ考えよっと。
 気持ちを切り替えて、両角さんを頭から追い出した私。しかしこの後、衝撃的な出来事が待っていることを、私はまだ知らなかったのである。


 それは、ある勤務中の休憩時間のことだった。
 私がいつものごとく自動販売機でミルク増量コーヒーを買っていると、別の課の若い女性社員三人組が話をしながらこちらへ歩いてきた。

「ええーーっ、お見合いって……それ本当に?」
「らしいよー。どうやら相手は取引先の重役の娘みたい」
「じゃあ何、そのお見合い相手もいいとこのお嬢様ってこと?」
「そうみたい……はあー、ショック……私達の王子様が……」

 この会社で王子様とくれば、両角さんの話題でほぼ間違いないだろう。
 ――へー、両角さんお見合いするんだ……
 コーヒーの入ったカップを手に、私は休憩スペースの端っこへ移動した。そしてそのまま、彼女達の会話に思いっきり聞き耳を立てる。

「そのお見合い潰せないかなー、ほら、相手の弱みを見つけ出してそれを王子様にリークするとかさ」
「うわー、腹黒! それよりも、お見合い前に王子様に彼女ができちゃえばいいんじゃない? 彼、今特定の人いないはずだし」
「えー、じゃあ今がチャンスじゃん! お見合いっていつだろ? それまでに告白して……」

 話し続けながら三人はそれぞれ飲み物を購入し、来た道を戻って行った。

「……王子様も大変なんだな……」

 コーヒーを飲みながら、しみじみと思った。
 常に噂のまとの両角さんは、少しも気を抜くことができないのだろう。心の底からお疲れ様ですとしか言えない。
 その日の夕方、自分の席でパソコンに向かっていると、引き出しの中に入れているスマホが震えた。メルマガか何かかなと思いながら引き出しを開けると、受信したばかりのメッセージがスマホ画面に表示されていた。
 送り主の名前は両角とある。
 ――え、両角さん!?
 私は急いでメッセージを開く。

【話がある。今晩七時、初めて会ったあのバーで】
「……っ!?」

 就業中ということを忘れて、声が出そうになってしまった。
 ――また!? 今度は何……?
 どうもいやな予感しかしない。
 かといって私の立場上、拒否するわけにもいかないし。
 ――はあ……気が重い……
 これがただの飲みのお誘いだったらどんなにいいか。
 渋々了解の旨を送信し、深いため息をついた。
 そうして終業後、私は重い足取りで例のバーに向かう。路地の奥にある重厚なドアの前に立ち、躊躇ためらいながらドアの取っ手に手を掛ける。

「……よし、行くか」

 考えたってしょうがない。ここまで来たら、さっさと行こう。
 意を決してドアを開けると、この前と同じようにマスターが私に微笑みかける。

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

 その笑顔に少しホッとした。

「いえ……両角さんと待ち合わせです」
「かしこまりました。では、お好きな席へどうぞ」

 そう言って微笑むマスター。そういえば、この人も両角さんの本性を知ってるんだよね……
 なんてことを考えながらカウンターの椅子に座ると、マスターが日本酒のメニューを差し出してきた。

美味おいしい日本酒が新しく入ったんです。よろしければ」
「えっ、そうなんですか……わ、すごい。知らないやつがたくさんある」

 前回も思ったけど、ここは日本酒の品揃えがいい。バーでこんなに日本酒があるところ、他に知らないかも。
 もっとも、噂では日本酒しか扱っていないサケ・バーなるものもあるらしいのだが。
 熱心に日本酒のメニューを見ていると、マスターが話しかけてきた。

「日本酒がお好きなんですね。以前いらした時も、日本酒だけを注文されてたので、よほどお好きなのだと思いました」
「そうなんです……お酒はどれも好きなんですけど、今は自然と日本酒に目がいってしまって……他のお酒を飲むより日本酒を飲みたいと思うんです……」
「知り合いに酒蔵を経営している者がいるんですが、それを聞いたらすごく喜びますよ」

 ニコニコしながらそう話してくれるマスター。どうやら、このバーにいろんな種類の日本酒がおろされているのは、その友人が協力してくれているからなのだとか。
 両角さんが来るまで、私はマスターにお勧めの日本酒を聞いたりして待つことにする。それからしばらくして、店のドアが開き両角さんが現れた。
 両角さんは私の隣に腰を下ろすなり、手元をのぞき込んでくる。

「待たせたな……って、今日も飲まずに待ってたのか?」
「……やっぱり先に飲むのは、ちょっと……」

 言いながら、隣にいる両角さんをチラ見する。
 相変わらず整った目鼻立ちに、綺麗なあごのライン。確かに王子様と称されるのがぴったりの容姿だと頷ける。
 ――そりゃあ、女子達がお見合いを阻止したくなるわけだな……
 昼間、両角さんのことを話していた女性社員のことを思い出す。
 そんなことを考えながら眺めていたら、王子様がこっちを見た。

「ブランデーをロックで。浅香さんは?」
「あ……じゃあ、私はお勧めの日本酒を冷やで」

 さっきマスターからお勧めされた銘柄にする。
 一息ついた両角さんが、躊躇ためらいがちに口を開いた。

「今日は急に呼び出して悪かったな」
「いやな予感しかしないんですけど……なんですか話って?」

 おずおずと尋ねた私に、両角さんはマスターに渡されたおしぼりで手をきながら、重苦しいため息をつく。

「実は厄介な問題が起きてね。ぜひとも君に助けてもらいたいんだ」

 そう言って両角さんが私を見る。
 その意味ありげな視線も気になるけど、言われたことの方が気になった。

「助ける……?」

 両角さんはフッと息を吐いてから、体ごと私の方を向いてきた。

「俺の恋人になってもらえないか」

 ――…………ん?
 彼の言ったことがよく理解できない。

「……すみません、もう一回いいですか?」
「俺の恋人になって欲しい、と言った」
「無理です」

 即断ったら、両角さんの顔が引きった。

「おい、少しは考えろよ……傷つくだろうが……」
「えっ……だって、両角さんが急に変なこと言うから!」
「変なことじゃない、こっちは真剣に頼んでるんだ」

 ――真剣って……恋人になれってことを? ますます分からない……
 動揺と困惑から、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。

「俺だってこんなことを頼むのはさすがに心苦しいが、今すぐ恋人を作らないといけない事情があるんだよ! とりあえず話を聞け!」

 ――うわ、逆ギレされた……
 やっぱりいやな予感は的中した。またもや面倒事の予感しかしない。
 ちなみに、今このバーにいるのは私達とマスターだけ。
 マスターは、さっきから私達の会話に苦笑しっぱなしだ。

「まあまあ、ちょっと飲んで落ち着いて。はい、どうぞ」

 笑顔のマスターがブランデーと日本酒をカウンターに置く。私達はそれを手に取り、お互いを見て軽くかかげてから一口飲んだ。

「「はあ……」」

 そして、同時にため息をつく。
 マスターにお勧めされたのは、中部地方の酒蔵が造る純米吟醸。
 ほんのりにごりがあるこのお酒は、フルーティで後味がすっきりしていてとっても美味おいしい。
 滅入めいりそうな気持ちをお酒でまぎらわせていると、両角さんが口を開いた。

「……実は見合いの話が持ち上がってるんだ」

 参ったと言わんばかりに項垂うなだれる両角さんに、昼間聞いた女子社員の話が脳裏によみがえる。

「私、今日その話聞きましたよ」
「もう広まってんのか!?」

 心底いやそうに綺麗な顔をゆがめる両角さん。

「お見合い相手が、取引先のお嬢様だとかなんとか」
「ああ……取引先の重役の娘で、どこかで俺を見て気に入ったらしい。うちの親を通して話がきたけど、正直困ってる」

 御曹司ともなると、やっぱりお見合いの話が来るんだ、と妙に納得してしまった。
 よく分からないが、その気がないならお見合いなんてしなければいいと思うんだけど……

「だったら、お断りしたらいいのでは?」

 首をかしげながら両角さんをうかがう。でも彼は顔をゆがませたまま首を横に振った。

「以前は、仕事に集中したいからといって全て断っていたんだ」
「……全て? お見合い相手の写真を見て気になる人とかいなかったんですか?」
「さあ。顔も覚えてないから、いなかったんじゃないか」
「酷っ」

 つい思ったことが口から出てしまい、ハッと口をつぐむ。
 でも両角さんはそんな私に構わず話を続けた。

「ただ、どうしても断り切れず見合いを受けたことがあったんだ。そうしたら、他が断りにくくなってさ。海外や地方に行っている間は平穏だったのに、本社に戻った途端、山ほど縁談が舞い込んできて……本当に面倒なんだ。さすがに毎度毎度断るのはもう限界。素が出そう」
「それは、お疲れ様です……」

 ひたいに手を当てて、項垂うなだれる王子様……いや、両角さん。
 モテない人からすると贅沢ぜいたくだって反感買いそう。でも、本人にとっては切実な問題に違いない。断るのだって、仕事の関係者だったら気を遣うだろうし……
 でも、それなら逆に、今の状況を利用してしまえばいいのではないだろうか。

「あの、だったらいっそのこと、お見合いをして相手を決めてしまえばいいのではないでしょうか。いわゆる婚約者というやつですね。相手が決まっていれば、もうお見合い話はこなくなるのではないかと……」
「……俺に見合いの話があると、何故か女性社員からのアプローチが増えるんだ」

 私の提案に対し、両角さんが半眼になる。
 ――そういや、そんなこと言ってたな……
 私は昼間会社で聞いた女性達の会話を思い出す。

「一時期、出勤時と退勤時に毎日待ち伏せされたことがあって、メンタルを相当削られた。あのキャラだから寄ってきやすいのかもしれないが、どんなに断っても言い寄ってこられるのは恐怖でしかない」
「こ、こわ……」

 それは私でも怖いと思う。
 両角さんはブランデーを一口飲むと、はーと息を吐いた。

「今の俺には結婚や恋愛について考えている暇はない。ましてや名家の令嬢とか本当に無理。素はこれだからな。そんなことで悩む時間すら勿体ない」
「お、おお……」

 きっぱりと言い放つ両角さんに若干おののく。
 でも……結婚も恋愛もしたくないのに、なんで私に恋人になれとか頼んでくるんだろう?
 なんて考えていたら、彼が真剣な顔で私を見る。

「そこで、君だ」
「私?」
「君は家族や親族以外で俺の本性を知る、唯一の女性だ。言い換えれば、俺が気を遣わずに素でいられる相手でもある」

 ――は……?
 両角さんを見ると、彼はカウンターに腕をのせこちらに身を乗り出してくる。
 その動きにますますいやな予感がしてたじろぐ。

「いや、ちょっと。待ってくださいよ」

 彼から逃げるように体をらせると、両角さんがさらに私に詰め寄ってきた。

「だから。君に俺の恋人を頼みたい」

 ――ん?

「恋人……役?」

 思わず私は眉をひそめる。


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