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番外編
吉村さんちにて
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「じゃ、夕飯までには帰りますから」
「うん。よろしく言っといて」
いってきます、と柊さんに軽く手を振り家を出た。
1か月ほど前、吉村さんが出産した。
産休に入って数週間。吉村さんが言っていた予定日辺りで私のスマホに
『無事生まれました~。男の子だよ』
というコメントが赤ちゃんの画像と共に送られてきた。
おお……無事生まれたんだ、よかったぁ~~。とひとまず安堵。
吉村さんが男の子のママかぁ。なんか……ぽい、なぁ。
吉村さんは出産後、この辺りから車で二時間位の場所にある実家に里帰りするということで、またこちらに戻り次第連絡を下さいと伝えておいたら先日こっちに戻ってきたと連絡があった。
吉村さんもおいでおいでと言ってくれているので、赤ちゃん見に行きましょうよ、と柊さんも誘ったのだけれど、
「行きたいのはやまやまだけどさ……日曜ってことは社長もいるんだろう?俺は遠慮しとくわ~」
と遠慮されてしまった。まあ、仕方ないか……。私も社長と二人きりとかになったら緊張で汗だくになりそうだし。
吉村さんが住むマンションは元々社長の持ち物で、結婚と同時に吉村さんが越してきたそう。
社長は亡くなった元奥様とは別のマンションに住んでいたらしいので、今のマンションにはずっと一人で住んでいたらしい。
ずっと一人で、てところに少々疑問を感じて、そこら辺を吉村さんにそれとなく聞いてみた時。
『そりゃさ、私だって今まで社長が一人っきりだったなんて思ってないわよ。あれだけ良い男なんだもん、何人か女は連れ込んでるとは思うけど、過去の事だからね。気にしないわよ』
と言ってのける吉村さんをかっこいいなぁなんて思っちゃったりして。
『ま、それもあるけど今からまた大きい買い物なんて大変じゃん?社長トシだし。少しでもお金は取っておきたいのよ』
うーん、こっちが本音かな。
マンションに到着し、テンキーで部屋番号を入力するとすぐに吉村さんが出てくれた。
「あ、こんにちは。み、未散です……」
『はーい、上がってきて~』
いつも吉村さん私の事横家さんて言うからなぁ。『笹森です』なんて恥ずかしくて言いづらいわ~
そんなことを考えながらエレベーターに乗り、高層階へ。エレベーターを降り、社長宅のインターホンを押すと、ややあってからヒョイ、と満面の笑みを浮かべた吉村さんが顔を出した。
「はぁ~い、久しぶり~」
「お久しぶりですー!おめでとうございます!」
「ありがと。まぁ入ってよ。ちなみに今貢君いないから安心して」
「社長、お出掛けですか?」
「うん、なんでもいいから美味しそうなケーキ買いに行ってきてってお使い頼んだの」
「……き、恐縮です」
社長にそんなこと頼めるの吉村さんくらいしかいないよ……
リビングに入ると、視界に飛び込んできたベビーベット。その中にはすやすやと気持ち良さそうに眠る赤ちゃんが~!
「わあ~、かっわいい!!男の子ですよね?」
「うん。まぁ早い段階で分かってたんだけどね。周りには秘密にしてたんだ。名前は虎太朗こたろうでーす」
「おお~、虎太朗君!社長が考えたんですか?」
「うん。なんか色々調べたりして『これなんてどう?』って。まぁ幾つか候補はあったけどなんとなくぴんときた名前にしちゃった。ほら、顔がさ『太朗』っぽくない?」
「ん~?どうですかね。可愛いことしかわからないです」
ふふっ。と笑う吉村さんは何となく今までの吉村さんではなくて、やっぱりお母さんになってそれっぽくなったというか……落ち着きが凄い。
「吉村さん、すっかりママの顔ですね。凄いな……」
「えー、そう?私的には何も変わったつもりないけど……でもやっぱり母性って凄いよね。病院でも自分の子の泣き声は分かるしさ、夜中だって『ふぇ』ってグズりだす瞬間に目が覚めたりして。不思議よねぇ……ちゃんと母になるんだよねえ」
「そうなんですね……。社長はどうですか?お父さんって感じになってきました?」
「うーん、一緒に生活始めたの最近だからね。初めての経験だしまだ色々戸惑ってるよね。でも貢君なりに協力してくれてるから今のところは問題なしかな。これから色々出てくるんじゃない?不満とか要望とか」
そんな話を聞いていると、つい自分と柊さんに当てはめて考えてしまう。
パパになった柊さんてどんな感じになるんだろう。
そんな私の思考を読み取ったのか、私を見ながら吉村さんが不敵に笑う。
「ふふふー、横家さんもそのうち経験するわよ。笹森君なんかマメだから良いお父さんになるんじゃないの?」
「そうかなー。でもそんな気がします」
むしろ心配なのは私の方だったりして……はは……
しばらく吉村さんとたわいもない話で盛り上がっていたら、玄関の方から音が聞こえた。これは……もしや……
「お、いらっしゃい」
社長キタ――――!
休日ということもあって、いつもと違い柔らかい雰囲気の社長ではあるが、悲しいかな平社員の習性で思わず立ち上がり深々と頭を下げている私……
「お休みのところ申し訳ありませんっ、お邪魔しておりますっ」
「横家さん、気使わなくて良いって。ほら、いつも通りでいいから」
吉村さんにそう言われてストン、と座り込む私を笑いながら見ていた社長はそのままキッチンに移動すると、買ってきたケーキを出してくれた。
「ほら。このケーキなら間違いないだろ?」
「あ!あの店まで行ってくれたの?ありがとう~」
吉村さんお墨付きのケーキは周りをチョコでコーティングしてあるロールケーキだった。
「ん!美味しい~!」
「でしょ~。私が一番好きなケーキなの。貢君何度も買いに行ったから覚えてたみたい」
「そりゃ覚えるでしょ。君と付き合いだしてから何度も行ったからね。覚えてなきゃまた君に叱られる」
「これ。横家さんの前で余計なこと言わない」
いかんと思いつつソファーに座り込んだ社長をついまじまじと見てしまう。
いつもセットしている髪も今日は軽く整えただけのラフな感じに、ポロシャツにチノパンといったカジュアルな出で立ちはとても五十代には見えない……
吉村さんも落ち着いてるから、すごくお似合いな二人。
と、そんなことをぼんやり思っていたら、虎太朗君がほにゃほにゃ泣き出した。
「あら。おむつかな~、ミルクかな~」
吉村さんが虎太朗君の様子を見に立ち上がる。
「あ、オムツだ。よしよし、すぐ替えるからね~。ごめん横家さん、ちょっと失礼しまーす」
そう言って吉村さんがリビングの隣の部屋に虎太朗君を連れて移動した。
……ま、待って吉村さん。私を社長と二人きりにしないで~
緊張のあまりタラタラ汗が吹き出る私をチラリと見ながら、社長は表情を変えず
「未散さん、でいいのかな?」
と話しかけてきた。
「は、はい。好きに呼んでいただいて結構です」
「笹森君と君との事は彼女が……恵美里が君達のことをかなり気に掛けていて、君達がお付き合いをしている頃からよく話には聞いていたんだ。結婚すると聞いたときは嬉しかったね」
「えっ。そうなんですかっ。ありがとうございます」
「はは。笹森君みたいなモテ男は大変だろう。ほかの女子社員の目が」
「はい……でも最近は落ち着いてきましたね。他にも独身で素敵な男性は沢山いますから」
「そうか。それは何より」
「……私からすれば社長と吉村さんみたいな夫婦素敵です。憧れます。なんていうか落ち着きがあって、お互いを信頼してる感じが身体からにじみ出てる感じがして。こんなふうになれたらいいなあって思います」
お世辞じゃなくて。本当に本心からそう言ったら、社長はちょっと照れ臭そうにはにかんだ。
社長もこんな顔もするんだ。ちょっと新鮮。
「……落ち着き……というか、彼女が年の割りには落ち着いてるから、私は特に彼女に合わせることなくいつも通りでいられるんだな。彼女には感謝しっぱなしだよ。こんなおじさんと結婚してくれたうえに子どもまで生んでくれた。本当に頭が上がらない」
「吉村さんしっかりしてますもんね。私も色々お世話になりっぱなしです」
「誰がババ臭いって~??」
虎太朗君を抱っこした吉村さんがニヤニヤしながらリビングに戻ってきた。
「そんなこと言ってないですってば~。吉村さんはしっかり者だって話ですよ」
「ふふっ。わかってるよ。 でも言っておくけど私だって最初は貢君とどう接していいか分かんなかったわよ?結構必死だったんだから」
「……そうなの?」
吉村さんの告白に社長は意外そうに目を見開いた。
お二人には悪いけどコーヒーを飲みながら二人のやり取りを見させてもらった。ちょっと興味深いし。
「そうよ!それなのに告白したら『こんなおっさん止めとけ』って言われちゃって。もうどうしたらいいか分かんなかったわよ」
「いやだってさ……普通はそう言うだろ、年の差二十二あるわけだし。流石に戸惑うよ」
まあ、そうだよねえ……私が吉村さんの立場だったら好きでも年の差考えて憧れにとどめておきそうな気がするな。
「……で、どうやってお付き合いまで持っていったんですか……?」
ついつい気になって聞いちゃった。
「ひたすら説得よ。年の差なんて関係無い、とかどれだけ私が貢君と結婚したいかとか財産目当てじゃないよとか説いて。あの時私凄く頑張ったわ……」
吉村さんが遠い目を。
「あの時の勢いは凄かったからな。もう何を言ってもダメだなって最後は半ば諦め」
「あの、社長も吉村さんの事好きだったって事ですよね……?」
私が口を挟んだら、社長の口角がくっ、と上がった。
「まぁね。だからこそこんなおっさんとなんて申し訳ないと思ってたんだけど。でも彼女がそこまで自分が良いって言ってくれるなら、精一杯それに応えようと気持ちが変わったんだよ。それで決心した」
「……そうなんですね……凄いなぁ吉村さん……」
……社長、かっこいいわ……社長の考え方を変えた吉村さんもかっこいいわ……
「横家さんだって笹森君の心変えたじゃない。凄いわよ」
「いや~……私は変えたっていうかたまたまっていうか……自分でもよくわかりません……」
「同じよ同じ。横家さんと笹森君も周りが羨む夫婦になってきてるわよ。少なくとも私にはそう見えてるよ~。ね、虎太朗!」
「そ、そっかな……」
なんか照れる。
それからもう少しおしゃべりして、社長が家まで送ってくれると言ってくれたので、お言葉に甘える事にして吉村さんと虎太郎君に見送られ吉村さんちを後にした。
車内ではちょっとだけ柊さんの話になって。
「笹森は結婚してから丸くなったって評判だ」
なんて言われてちょっと嬉しくなった。
「でも俺に会うとなんかよそよそしいんだよな。怯えてんのかな」
……うん、怖いって言ってたけど言えないや。
帰り際、さりげなくお茶菓子に頂いたケーキと同じものを社長が手土産に持たせてくれた。柊さん、喜ぶかな。
家のドアを開けたらふわりとカレーの匂いがした。
「ただいまー。今晩はカレー?」
リビングの扉を開け、キッチンを覗き込むとカレーを味見している柊さんとちょうど目があった。
「おう、おかえり。なんだか無性にカレーが食いたくなって作ってた」
「美味しそう。お土産いただいちゃいました。そんで社長に車で送ってもらっちゃいました」
すると柊さんが眉間に皺を寄せ目を細めた。
「お前……あの人と二人っきりになっても怖くなかったのか」
「う、うん……社長、プライベートは普通に穏やかな感じでしたよ」
「へー。想像つかねー。普段ピリピリして人を寄せ付けない感じの社長がねえ……」
「その社長を良き家庭人にしてしまうのは吉村さんの人柄なんじゃないですかね。はい、これお土産」
「おっ。コレ知ってる。雑誌で見たことあるわ」
「社長が買ってきてくれたんですよ」
「……イメージが……」
柊さんの中の社長のイメージは相当お堅い感じみたい。
「赤ちゃん可愛かったですよ。虎太朗君って言ってね、ちっちゃくてほにゃほにゃ泣いててそりゃもう……」
「ん?欲しくなった?」
虎太朗君の事を思い出しながら話していたら、柊さんがニヤニヤしながら聞いてきた。
「そうだなー、まだいいかななんて思ってたんだけど、実際赤ちゃん見たらママになるのもいいなって思っちゃった」
私達付き合いだして半年で結婚しちゃったから、赤ちゃんはゆっくりでいいかな~って思ってたんだけど。ママの顔した吉村さん見てたらちょっと羨ましくなっちゃった。
カレーの味見を終えてこちらにやってきた柊さんが、後ろから私を抱きしめて耳元で囁いた。
「そういうことならいくらでも協力しますけど」
「よ……よろしくお願いします……」
ママになる日もそう遠くない、かな?
「うん。よろしく言っといて」
いってきます、と柊さんに軽く手を振り家を出た。
1か月ほど前、吉村さんが出産した。
産休に入って数週間。吉村さんが言っていた予定日辺りで私のスマホに
『無事生まれました~。男の子だよ』
というコメントが赤ちゃんの画像と共に送られてきた。
おお……無事生まれたんだ、よかったぁ~~。とひとまず安堵。
吉村さんが男の子のママかぁ。なんか……ぽい、なぁ。
吉村さんは出産後、この辺りから車で二時間位の場所にある実家に里帰りするということで、またこちらに戻り次第連絡を下さいと伝えておいたら先日こっちに戻ってきたと連絡があった。
吉村さんもおいでおいでと言ってくれているので、赤ちゃん見に行きましょうよ、と柊さんも誘ったのだけれど、
「行きたいのはやまやまだけどさ……日曜ってことは社長もいるんだろう?俺は遠慮しとくわ~」
と遠慮されてしまった。まあ、仕方ないか……。私も社長と二人きりとかになったら緊張で汗だくになりそうだし。
吉村さんが住むマンションは元々社長の持ち物で、結婚と同時に吉村さんが越してきたそう。
社長は亡くなった元奥様とは別のマンションに住んでいたらしいので、今のマンションにはずっと一人で住んでいたらしい。
ずっと一人で、てところに少々疑問を感じて、そこら辺を吉村さんにそれとなく聞いてみた時。
『そりゃさ、私だって今まで社長が一人っきりだったなんて思ってないわよ。あれだけ良い男なんだもん、何人か女は連れ込んでるとは思うけど、過去の事だからね。気にしないわよ』
と言ってのける吉村さんをかっこいいなぁなんて思っちゃったりして。
『ま、それもあるけど今からまた大きい買い物なんて大変じゃん?社長トシだし。少しでもお金は取っておきたいのよ』
うーん、こっちが本音かな。
マンションに到着し、テンキーで部屋番号を入力するとすぐに吉村さんが出てくれた。
「あ、こんにちは。み、未散です……」
『はーい、上がってきて~』
いつも吉村さん私の事横家さんて言うからなぁ。『笹森です』なんて恥ずかしくて言いづらいわ~
そんなことを考えながらエレベーターに乗り、高層階へ。エレベーターを降り、社長宅のインターホンを押すと、ややあってからヒョイ、と満面の笑みを浮かべた吉村さんが顔を出した。
「はぁ~い、久しぶり~」
「お久しぶりですー!おめでとうございます!」
「ありがと。まぁ入ってよ。ちなみに今貢君いないから安心して」
「社長、お出掛けですか?」
「うん、なんでもいいから美味しそうなケーキ買いに行ってきてってお使い頼んだの」
「……き、恐縮です」
社長にそんなこと頼めるの吉村さんくらいしかいないよ……
リビングに入ると、視界に飛び込んできたベビーベット。その中にはすやすやと気持ち良さそうに眠る赤ちゃんが~!
「わあ~、かっわいい!!男の子ですよね?」
「うん。まぁ早い段階で分かってたんだけどね。周りには秘密にしてたんだ。名前は虎太朗こたろうでーす」
「おお~、虎太朗君!社長が考えたんですか?」
「うん。なんか色々調べたりして『これなんてどう?』って。まぁ幾つか候補はあったけどなんとなくぴんときた名前にしちゃった。ほら、顔がさ『太朗』っぽくない?」
「ん~?どうですかね。可愛いことしかわからないです」
ふふっ。と笑う吉村さんは何となく今までの吉村さんではなくて、やっぱりお母さんになってそれっぽくなったというか……落ち着きが凄い。
「吉村さん、すっかりママの顔ですね。凄いな……」
「えー、そう?私的には何も変わったつもりないけど……でもやっぱり母性って凄いよね。病院でも自分の子の泣き声は分かるしさ、夜中だって『ふぇ』ってグズりだす瞬間に目が覚めたりして。不思議よねぇ……ちゃんと母になるんだよねえ」
「そうなんですね……。社長はどうですか?お父さんって感じになってきました?」
「うーん、一緒に生活始めたの最近だからね。初めての経験だしまだ色々戸惑ってるよね。でも貢君なりに協力してくれてるから今のところは問題なしかな。これから色々出てくるんじゃない?不満とか要望とか」
そんな話を聞いていると、つい自分と柊さんに当てはめて考えてしまう。
パパになった柊さんてどんな感じになるんだろう。
そんな私の思考を読み取ったのか、私を見ながら吉村さんが不敵に笑う。
「ふふふー、横家さんもそのうち経験するわよ。笹森君なんかマメだから良いお父さんになるんじゃないの?」
「そうかなー。でもそんな気がします」
むしろ心配なのは私の方だったりして……はは……
しばらく吉村さんとたわいもない話で盛り上がっていたら、玄関の方から音が聞こえた。これは……もしや……
「お、いらっしゃい」
社長キタ――――!
休日ということもあって、いつもと違い柔らかい雰囲気の社長ではあるが、悲しいかな平社員の習性で思わず立ち上がり深々と頭を下げている私……
「お休みのところ申し訳ありませんっ、お邪魔しておりますっ」
「横家さん、気使わなくて良いって。ほら、いつも通りでいいから」
吉村さんにそう言われてストン、と座り込む私を笑いながら見ていた社長はそのままキッチンに移動すると、買ってきたケーキを出してくれた。
「ほら。このケーキなら間違いないだろ?」
「あ!あの店まで行ってくれたの?ありがとう~」
吉村さんお墨付きのケーキは周りをチョコでコーティングしてあるロールケーキだった。
「ん!美味しい~!」
「でしょ~。私が一番好きなケーキなの。貢君何度も買いに行ったから覚えてたみたい」
「そりゃ覚えるでしょ。君と付き合いだしてから何度も行ったからね。覚えてなきゃまた君に叱られる」
「これ。横家さんの前で余計なこと言わない」
いかんと思いつつソファーに座り込んだ社長をついまじまじと見てしまう。
いつもセットしている髪も今日は軽く整えただけのラフな感じに、ポロシャツにチノパンといったカジュアルな出で立ちはとても五十代には見えない……
吉村さんも落ち着いてるから、すごくお似合いな二人。
と、そんなことをぼんやり思っていたら、虎太朗君がほにゃほにゃ泣き出した。
「あら。おむつかな~、ミルクかな~」
吉村さんが虎太朗君の様子を見に立ち上がる。
「あ、オムツだ。よしよし、すぐ替えるからね~。ごめん横家さん、ちょっと失礼しまーす」
そう言って吉村さんがリビングの隣の部屋に虎太朗君を連れて移動した。
……ま、待って吉村さん。私を社長と二人きりにしないで~
緊張のあまりタラタラ汗が吹き出る私をチラリと見ながら、社長は表情を変えず
「未散さん、でいいのかな?」
と話しかけてきた。
「は、はい。好きに呼んでいただいて結構です」
「笹森君と君との事は彼女が……恵美里が君達のことをかなり気に掛けていて、君達がお付き合いをしている頃からよく話には聞いていたんだ。結婚すると聞いたときは嬉しかったね」
「えっ。そうなんですかっ。ありがとうございます」
「はは。笹森君みたいなモテ男は大変だろう。ほかの女子社員の目が」
「はい……でも最近は落ち着いてきましたね。他にも独身で素敵な男性は沢山いますから」
「そうか。それは何より」
「……私からすれば社長と吉村さんみたいな夫婦素敵です。憧れます。なんていうか落ち着きがあって、お互いを信頼してる感じが身体からにじみ出てる感じがして。こんなふうになれたらいいなあって思います」
お世辞じゃなくて。本当に本心からそう言ったら、社長はちょっと照れ臭そうにはにかんだ。
社長もこんな顔もするんだ。ちょっと新鮮。
「……落ち着き……というか、彼女が年の割りには落ち着いてるから、私は特に彼女に合わせることなくいつも通りでいられるんだな。彼女には感謝しっぱなしだよ。こんなおじさんと結婚してくれたうえに子どもまで生んでくれた。本当に頭が上がらない」
「吉村さんしっかりしてますもんね。私も色々お世話になりっぱなしです」
「誰がババ臭いって~??」
虎太朗君を抱っこした吉村さんがニヤニヤしながらリビングに戻ってきた。
「そんなこと言ってないですってば~。吉村さんはしっかり者だって話ですよ」
「ふふっ。わかってるよ。 でも言っておくけど私だって最初は貢君とどう接していいか分かんなかったわよ?結構必死だったんだから」
「……そうなの?」
吉村さんの告白に社長は意外そうに目を見開いた。
お二人には悪いけどコーヒーを飲みながら二人のやり取りを見させてもらった。ちょっと興味深いし。
「そうよ!それなのに告白したら『こんなおっさん止めとけ』って言われちゃって。もうどうしたらいいか分かんなかったわよ」
「いやだってさ……普通はそう言うだろ、年の差二十二あるわけだし。流石に戸惑うよ」
まあ、そうだよねえ……私が吉村さんの立場だったら好きでも年の差考えて憧れにとどめておきそうな気がするな。
「……で、どうやってお付き合いまで持っていったんですか……?」
ついつい気になって聞いちゃった。
「ひたすら説得よ。年の差なんて関係無い、とかどれだけ私が貢君と結婚したいかとか財産目当てじゃないよとか説いて。あの時私凄く頑張ったわ……」
吉村さんが遠い目を。
「あの時の勢いは凄かったからな。もう何を言ってもダメだなって最後は半ば諦め」
「あの、社長も吉村さんの事好きだったって事ですよね……?」
私が口を挟んだら、社長の口角がくっ、と上がった。
「まぁね。だからこそこんなおっさんとなんて申し訳ないと思ってたんだけど。でも彼女がそこまで自分が良いって言ってくれるなら、精一杯それに応えようと気持ちが変わったんだよ。それで決心した」
「……そうなんですね……凄いなぁ吉村さん……」
……社長、かっこいいわ……社長の考え方を変えた吉村さんもかっこいいわ……
「横家さんだって笹森君の心変えたじゃない。凄いわよ」
「いや~……私は変えたっていうかたまたまっていうか……自分でもよくわかりません……」
「同じよ同じ。横家さんと笹森君も周りが羨む夫婦になってきてるわよ。少なくとも私にはそう見えてるよ~。ね、虎太朗!」
「そ、そっかな……」
なんか照れる。
それからもう少しおしゃべりして、社長が家まで送ってくれると言ってくれたので、お言葉に甘える事にして吉村さんと虎太郎君に見送られ吉村さんちを後にした。
車内ではちょっとだけ柊さんの話になって。
「笹森は結婚してから丸くなったって評判だ」
なんて言われてちょっと嬉しくなった。
「でも俺に会うとなんかよそよそしいんだよな。怯えてんのかな」
……うん、怖いって言ってたけど言えないや。
帰り際、さりげなくお茶菓子に頂いたケーキと同じものを社長が手土産に持たせてくれた。柊さん、喜ぶかな。
家のドアを開けたらふわりとカレーの匂いがした。
「ただいまー。今晩はカレー?」
リビングの扉を開け、キッチンを覗き込むとカレーを味見している柊さんとちょうど目があった。
「おう、おかえり。なんだか無性にカレーが食いたくなって作ってた」
「美味しそう。お土産いただいちゃいました。そんで社長に車で送ってもらっちゃいました」
すると柊さんが眉間に皺を寄せ目を細めた。
「お前……あの人と二人っきりになっても怖くなかったのか」
「う、うん……社長、プライベートは普通に穏やかな感じでしたよ」
「へー。想像つかねー。普段ピリピリして人を寄せ付けない感じの社長がねえ……」
「その社長を良き家庭人にしてしまうのは吉村さんの人柄なんじゃないですかね。はい、これお土産」
「おっ。コレ知ってる。雑誌で見たことあるわ」
「社長が買ってきてくれたんですよ」
「……イメージが……」
柊さんの中の社長のイメージは相当お堅い感じみたい。
「赤ちゃん可愛かったですよ。虎太朗君って言ってね、ちっちゃくてほにゃほにゃ泣いててそりゃもう……」
「ん?欲しくなった?」
虎太朗君の事を思い出しながら話していたら、柊さんがニヤニヤしながら聞いてきた。
「そうだなー、まだいいかななんて思ってたんだけど、実際赤ちゃん見たらママになるのもいいなって思っちゃった」
私達付き合いだして半年で結婚しちゃったから、赤ちゃんはゆっくりでいいかな~って思ってたんだけど。ママの顔した吉村さん見てたらちょっと羨ましくなっちゃった。
カレーの味見を終えてこちらにやってきた柊さんが、後ろから私を抱きしめて耳元で囁いた。
「そういうことならいくらでも協力しますけど」
「よ……よろしくお願いします……」
ママになる日もそう遠くない、かな?
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