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番外編

笹森兄、お見合い? をする

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「ただいまー」
「おかえ……」

 帰宅した兄の顔を見て思わずギョッとした。朝見た顔と違い、頬が真っ赤になっている。
「兄貴……その顔何?」
「思いっきり叩かれた上にフラれた」
 俺の質問に対して何事も無いようにさらりと答え、兄はダイニングテーブルの席についていた俺の背後を通り過ぎた。
「フラれたって、付き合いだしてまだ三ヵ月位じゃなかった?しかも向こうから告ってきたって……」
「だよな。俺もいまいち腑に落ちない」

 兄は冷蔵庫から500mlのミネラルウォーターが入ったペットボトルを取り出すと、直接口をつけて飲みだした。

「叩かれるまでにどんなやり取りがあったの」

 兄は水を飲み終えて手の甲で口元を拭うと、不可解そうに首を傾げた。

「いや何も。彼女脚が綺麗だったからさ、褒めたんだよ。そしたら急に怒り出して……女心はわからん」

 嫌な予感がする。

「何て言って褒めたの?」
「青首大根のようだね、と」

 ……

「兄貴、それはダメだと思う……」

 項垂れる俺を不思議そうに眺めながら、兄は理解できないとばかりに早口でまくし立てる。

「なんで?? 青首大根のあのラインの美しさは芸術品だろう!? 桜島じゃないんだぞ、青首だぞ!?」

 必死な兄を前にして、俺は大きく溜息をついた。

 俺の名は笹森柊ささもりしゅう兄の名は笹森輝ささもりてる
 兄は現在某国立大学在学中の大学生だ。俺は現在高校在学中。

 兄の輝は弟の俺から見ても良い男だ。勉強も出来るし、運動神経だっていい。見てくれだって整った顔立ちは身内から見てもイケメンだと思うし、優しく色んな事を教えてくれる頼りになる兄だ。
 兄は幼少期から、わりと物事にどっぷりハマるタイプだった。ある時は鉄道に、ある時は日本の城に。
 大学の頃からだろうか。俺達の祖父母が農業をやっている関係もあって、少しづつ農業に興味を持ちだした兄は、気付けばそれにどっぷりハマっていった。
 そんなわけで、兄貴の言動は弟の俺から見てもたまに不可解だ。

「兄貴さ……、せめて彼女に対しては普通に接しないと。これでフラれるの何回目だよ……」
「もう数えてない。俺は普通に接してるつもりだが」
 ……ダメだ、本人に自覚がない。
 折角素材は良くても中身がこれじゃあ……。兄貴が結婚する日なんて来るんだろうか。
 ニンジンをスティック状に切って、ポリポリかじる兄貴を見ながら大きなため息をついた。



****


 かこーーーーん。

 私……笹森未散(旧姓横家)は今、鹿威ししおどしの音が響く、ちょっとした日本庭園がある割烹の一室にいる。
 柊さんと二人で並んで座り、私達の斜め前にはスーツを着た柊さんのお兄さんである輝さんがいる。
 柊さんもスーツだし、私の至近距離にスーツのイケメンが二人……。ちょっと幸せ。

「柊さん。何故私達がこの場に呼ばれたんでしょうか……」
「うちの家族、今日田植えでさ……。他に誰もいなかったんだよ。本当は兄貴も田植えしなきゃなんだけど先方の都合で今日になったんで仕方なく……」
「まったくだ。本当なら今日は俺が華麗にさ○え(田植え機)を操る予定だったのに……」
 ブツブツと呟く輝さんはここに居るのが不本意な様子。

 今日は、輝さんのお見合いです。
 輝さんが全く女っ気が無いのを心配した笹森家のお義母さんがセッティングをしたそうだ。輝さんは誰が来るのかまったく知らされていないらしい。
 私達はどうやら見届け人といった立場で、お義母さん直々の命を受けてここに座らされている。
 腕時計を見て、柊さんが輝さんに視線を送る。

「……そろそろ時間だな。兄貴、しっかりやれよ」
「わかってるよ」

 輝さんがネクタイをいじりながら「ハイハイ」という感じで返事をした。
 すると、部屋の襖ふすまがスッと開いた。
 部屋の中の3人が皆ビクッとすると、開いた襖の向こうに佇む薄いピンク地に花柄の訪問着を着て、髪を左右編み込みに綺麗に結ってアップにした女性が、真っ直ぐ輝さんを見据えていた。

「お久しぶりです」

 声の主の方を見て輝さんが目を見開いた。

「……操みさお?」

 輝さんの反応に、私も柊さんも「え、知り合い?」といった顔をしてお互いを見る。

「えーと、申し訳ありませんが、兄とは……」

 柊さんが困惑気味に切り出すと、和服の女性はハッとしてすかさず正座をした。

「ご挨拶が遅れました。私、堀居ほりいみさおと申します。今日はこのような席を設けていただき、ありがとうございます」
 深々と丁寧に頭を下げられ、私も柊さんも自己紹介をして頭を下げた。
 頭を上げた操さんが気持ちを落ち着けるようにふぅ、と一息つくと、今度は心なしか遠い目で空を見つめる。

「輝さんとは同じ大学で、私が一年後輩に当たります。……10年以上前になりますが、サークルが一緒だったのがきっかけで、輝さんとお付き合いをさせていただいた事があります」

「え!!」
「ええっ!」

 柊さんと私が各々驚くと、輝さんが顎に親指と人差し指を当てて操さんをまじまじと見つめる。

「久しぶりだなぁ。だが、操……昔に比べたら何かが、何かが違うな……」
「太ったのよ!!」

 操さんがイラッとしたのか若干被せ気味に声を荒げた。

 ……まぁ、和服だから体の線はよく分からないけど、ちょっとぽっちゃりしてる……かな? でも顔のつくりは凄く綺麗な人だなー。きりっとした眉に涼しげな目元、スッとして高めの鼻筋。なんていうの、こう、凛として和服がよく似合う感じの……

「久しぶり。元気だった?」

 輝さんが優しい微笑みを操さんに向ける。その笑顔を向けられた操さんは、少し照れた様子で下を向いた。

「うん……凄く」
「で、その様子だと相手が俺って分かってて来たんだろ?」
「うん……昔の事、謝りたくて」

 話が全く分からない私と柊さんは、ただ二人の会話に耳を傾ける。

「昔? なんかあったっけ?」
 
 輝さんも何のことかわかってないみたい。眉根を寄せて考え込んでいる。

「……ひっぱたいて、別れるって言ったこと……」

 操さんが俯きながら絞り出すように言うと、彼女の言葉に輝さんが何かを思い出した様子。

「ああ! あれか! あれはなかなかの威力だった。地味に腫れた」
「……あ、それ俺も憶えてるかも……」

 柊さんが記憶の糸をたどる様に何かを考えだした。

「あ、あの時は輝が私の足を大根呼ばわりするから、てっきり馬鹿にされたと思ってカっとなって思わず叩いちゃったんだけど、私本当は別れるつもりなんてなかったの。でも売り言葉に買い言葉というか勢いというか、本意じゃないのにあんなこと言っちゃって……」

 その時のことを悔やんでいるのか、操さんは眉間に皺を寄せてギュッと目を瞑った。

 ………大根??
 私が意味が分からず柊さんに目で訴えかけると、小さな声で「後で説明する」と言われた。

「それからしばらくの間反省して、落ち着いたところで謝ろうと思ってたら輝ってばもう別の人と付き合い始めてて……すごくショックでした」
「「……」」

 私と柊さんの冷たい視線が輝さんに注がれる。輝さんはバツが悪そうに少し肩を竦めた。

「その頃は来る者拒まずだったんだよ。今は違うぞ?」

 操さんが「いいんです、私がいけないんですから」と項垂れた。

「それから数年経って、風の噂で輝がご実家の農業を継いだって聞きました。そこで少し農業に興味が出て、私も普通のOLやってたんですけど、一念発起して退職して遠方の親類の伝手で農業の手伝いを始めてみたんです」
「え、マジで?」

 輝さんが少し前のめりになった。

「そしたらハマっちゃって。採れたての野菜は美味しいし、お米は美味しいし……で、ばっくばく食べてたら太っちゃいましたが……。本当はもっと早く輝に会って謝りたかったんですけど、田舎で夢中になって毎日を過ごしていたら、こんなに時間がかかってしまいました。というわけで輝、あの時は本当にごめんなさい。青首大根のラインは確かに芸術品よ、今ならわかるわ。誉めてくれてありがとう」

 そう言って操さんは深々と頭を下げた。

「だろ?わかってくれるなんて嬉しいね~、さすが操!」

 眩しい位の笑顔で輝さんが言うと、操さんもはにかんだ笑みを浮かべた。
 だがしかし。
 こんな場面で申し訳ないのだが、少し疑問に思ったことがあったので僭越ながら少し口を挟ませてもらった。

「あのう、質問ですが。普通に会って謝ればよかったのでは?何もこんな席を設けずとも……」
「そこなんですが」

 操さんが私に向きなおる。

「10年以上前にあんな別れ方をした上に、連絡先も分からず。輝の実家は知っていましたが、流石に押し掛けるなんて図々しい真似は私にはできませんでした」
「そ、そうですか……」
「そうしたらですね……、この前私が帰省した時にスーパーで偶然輝のお母様にお会いしたのです。お母様とは、輝と付き合っていた時に何回か話をしたことがあったのでよく覚えていました。そこで話に花が咲いて、輝が未だに独り身で彼女もいないってお母様嘆いてらして。なんとなく、これは良い機会なんじゃないかと思いまして。それでお母様に相談したら、折角だからってこんな感じに……」
「ま、何だっていいけどさ。俺全然気にしてないし」

 輝さんが足を崩してネクタイを緩めた。

「……輝、結婚する気、とかないの?今年33よ?まぁ私も32だから人の事言えないけど……」

 操さんは少し神妙な面持ちで、輝さんを見つめた。

「いつかはしたいけど、今は頭の中作物の事で一杯なんだよな。今すぐ帰ってビニールハウスに飛び込みたい心境だ。俺の愛しのトマト達が待っている」

 輝さんの言葉に操さんがはあ~、とため息をついた。

「相変わらずハマるとそれしか見えないのね……大学時代も鉄道とか、城跡巡りとか色々ハマってたけど……でも、勿体無いよ。昔と変わらずそんなルックスしてるくせに」

 操さんの言葉に、しばし操さんを見つめる輝さん。

「じゃ、お前嫁に来るか?」
「「「えっ」」」

 その場にいた輝さん以外の3人の声が、驚きのあまりハモる。

「そうだよなぁ、よく考えたらピッタリじゃん? 農業の経験はあるし、俺の事も多少分かってる。今のところ操以上に俺に合う嫁はいないんじゃないか?」
「ばっ!! なっ、何言ってんのっ、わ、わたっ……」

 途端に何故か慌て始めた操さんは、手元のおしぼりタオルで額を拭き始めた。化粧、落ちちゃうけどいいのかな……それより操さん顔真っ赤なんですけど、これは……。

「はは。操顔真っ赤だぞ。さてはお前俺の事好きだな?」
「なっっっ!! そ、そんなわけないでしょおおおおおぉっ!!」

 楽しそうに言う輝さんに対して、顔を真っ赤にして反論する操さん。

 いや、これどうみても輝さんの事好きでしょ、操さん。
 そんな事をぼんやり考えていたら、柊さんが立ち上がった。

「行こう、未散。あとは二人だけにしても大丈夫だろう」
「そ、そうですね……」

 まだなんやかんやと言い争いをしている二人を見て、意外とお似合いだな、と思いながら挨拶をして部屋を後にした。

***

「あー―――。つっかれた!!」

 柊さんが家に着くなりジャケットを脱いでネクタイを外し、ソファーにどす、と座り込んだ。

「結局私達いなくてもよかったですね。輝さん楽しそうだったし、意外とこのまま結婚までいっちゃったりして」
「そうだなあ~、あの様子だと兄貴の事よくわかってるみたいだし、第一あのひと兄貴の事すげえ好きだろ。10年以上前の事をわざわざ謝りに、なんて多分口実でさ、実際は忘れられなくて会いに来てくれたんじゃないかな」

 コーヒーメーカーで入れたエスプレッソに、氷をたっぷり入れてアイスコーヒーを作り、柊さんの前に置いた。

「でも、10年も一人の人を思い続けてるって、凄くエネルギーが要る事だと思いますよ。ここまで来たら操さんの気持ちが報われるといいなあ」

 アイスコーヒーを飲んでいた柊さんが、私の顔を凝視する。

「な、なんですか? なんか顔についてますか?」
「未散……お前良い奴だな」
「え、そうですか? でも操さん見てたらそう思いませんか?」
「思うけどさ……」

 コップをテーブルに置いた柊さんの手が、近くに立っていた私の腕を掴むと自分の身体に引き寄せる。そのまま座っている柊さんに覆い被さるようになった私の身体を、柊さんにギュッと抱きしめられた。

「ほんと、未散は可愛い」
「え、な、なんですか急に」
「俺、未散と結婚してよかった」
「えっ」

 改まってそんなこと言われると、こっちが恥ずかしい。

「しゅ、柊さんたら……そんなこと言ってもこの前買ったアニメのDVD-BOXは絶対一人で観ますからねっ」
「ちっ、まだダメかっ」

 今頃、輝さんと操さんはどうしているだろうか。ほんとに結婚する方向で話が進んでたりして。
 柊さんに抱きしめられながら、頭の中はそのことでいっぱいだった。

 後日。

 「あれからどうなりました?」
 実家のお義母さんと電話で話をした後、柊さんがソファーで腕を組んで軽く項垂れた。
「あのままずっと平行線のまましばらく話してたみたいだけど、兄貴が『田植えがあるから』って話切り上げちゃったらしい……。一言、『うん』って言えばいいのに、操さん素直じゃないなあ……」
「そ、そうなんですか……」
 流石に無理だったか……。

「まあでも、あの二人うまくいくといいな」
「はい!」

 なかなか、前途多難なお二人にこれからも注目。
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