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第三章

第97話『勝敗は決する』

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 魔力銃の火力を最大に設定した俺はユノが何か策を講じてくる前に、と動き出した。
マモンやベルゼとの訓練で培ったスピードを最大限活かし、ユノの背後を取る。
 よしっ!捉えた!
 俺は銃口をユノの左肩に向けると、躊躇いもなく引き金を引く─────────────銃口から飛び出した弾は真っ直ぐ飛んでいき、やがて····透明な壁に小さなヒビを残して消滅した。

「なっ····!?」

「あらあら····どうやら、私の結界を突き破ることは出来なかったみたいですね」

 ゆったりとした動作でこちらを振り返ったユノはゆるりと口角を上げた。今度は強がりで作った嘘の笑顔じゃない····ちゃんと心から笑っている笑顔だ。どうやら、俺の弾を結界で防ぐことが出来て余裕が出来たらしい。
心からの安堵を表したその笑みは心底ホッとしているようだった。
 う、嘘だろ!?魔力銃の最大火力だぞ!?それを防ぐって·····一体どうなってんだよ!?ユノの結界の強度って、こんなに強いのか!?
 変に動揺を示してはいけないと頭では分かっていても、心が追いつかない。俺はこの想定外の事態に完全に動揺していた。

「うふふふっ。オトハさん、残念でしたね?その復讐の牙が私に届かなくて····ふふふっ!」

「チッ·····!!」

 結界に阻まれ、手も足も出ない俺に対し、ユノは心底愉快そうに笑い声を上げている。苛立ちを煽るその笑い声はやけに脳に響く。正直不愉快極まりなかった。
 魔力銃の最大火力が通じない結界とか····!!そんなのありかよ!?つーか、このクソ女!!すげぇムカつくんだけど!?

『落ち着いてください、音羽。ここで冷静さを失っては彼女の思うツボです。それに攻撃が通じないのは彼女も同じこと。方法は違えど、私達は互いに防御手段を持っています』

 脳に直接語りかけてくるビアンカの冷静な声と的確な指摘に俺は幾分か落ち着きを取り戻す。
 確かに言われてみれば、俺達は互いに有効な防御方法を持っているだけで攻撃はどちらも受けていない。
 ユノの攻撃はクロスボウと短剣。そのどちらとも俺には通用しない。単純な戦闘能力だけなら、俺が圧倒的に上だからだ。
スピードも無ければ芸もない矢など俺には通じないし、剣術だって俺には遠く及ばない。
 客観的にこの状況を考えてみると、そこまで俺が不利って訳じゃなかった。
この結界のせいで多少ユノが有利になっただけで、あいつの勝利が決まった訳じゃない。まあ、だからと言って俺の勝利が揺るぎないか?と言われれば、そうでもないが····。
 でも、俺にはまだ幾つか切り札がある。その切り札を合わせて考えれば、有利なのは俺と言えた。
 一番確実な方法はユノの魔力が尽きるのを待つことだが、俺にそんな時間はない。ここでの一分、一秒が外で戦っているルシファー達にとって命取りになる。悠長にしていられる時間は一秒たりとも無かった。
 なら、仕方ない───────────少し手荒な方法になるが、切り札を使わせてもらおう。
 ───────────なあ、ビアンカ。
お前、言ったよな?『その拳銃の限界魔力消費量は一度に1000ですね。それを上回る魔力を込めると壊れてしまいます』って····。

『確かに言いましたけど····って、まさか!?』

 ああ、その『まさか』だ!
お前はあの時、『直ぐに壊れる』とは言わなかった。てことは数発····いや、一発は何とか耐えられるって事だろ?

『い、いや···確かに一発程度なら耐えられますが、魔力を込めて弾を撃ったあと直ぐに拳銃が暴発ぼうはつして音羽が怪我をしてしまいます!』

 拳銃が暴発、ねぇ····。その程度のリスクは承知の上だ。大体なぁ····リスクなしにユノに勝とうとしている時点で可笑しいんだよ。リスクを負ってこそ、ユノラスボスを倒せるってもんだ。
 俺はビアンカの警告を軽く受け流し、魔力を高める。

「────────────行くぞ」

「無駄な足掻きですね」

 ブォンッと音を立てて、走り出した俺をユノは『無駄な足掻き』だと罵る。その目が俺を捉えることはないが、確かな余裕が感じられた。
どこから襲い掛かってきても結界が防いでくれる、という安心感があるのだろう。その安心感と自信はさっき俺の最大火力の魔力弾を防いだことで、更に向上していた。
 だが、残念だったな?ユノ····。お前の結界は今ここで破れることになる。何故なら─────────この弾に俺の全魔力を注ぎ込むからだ!!
 俺はユノの意識を撹乱させるため、暫くユノの周りをぐるぐる走り回り───────────そして、ユノの背後を回ったタイミングで自分の全魔力を魔力銃に込めた。
キキキッと魔力銃が悲鳴を上げる。
 悪いな、魔力銃····。

「お前とはここでおさらばだ」

 俺は愛用していた拳銃に目一杯の感謝を込めて、その弾を解き放った。俺の全魔力を乗せた魔力弾はバチバチと静電気のようなものを空中に撒き散らしながら、結界に直撃する。そして─────────パキンッと結界が割れる音がした。
 次の瞬間────────────全体にヒビが入った結界がガシャン!と勢いよく崩壊していく。

「なっ!?嘘でしょ!?」

 結界の強度に絶対的自信があったユノは感情のまま叫んだ。床に散らばる結界の破片を呆然と見つめている。
さっきまでの余裕そうな笑みが嘘のように崩れ去っていた。
 残念だったな、クソ女!!お前の結界は俺の全魔力を注いだ魔力弾には敵わねぇーよ!!

『音羽、魔力銃を·····!!』

「分かってる!!」

 俺は急に熱を上げた魔力銃を野球ボールのように思い切り投げた─────────ユノ目掛けて。
 暴発するって言うなら、それすらも利用して敵を倒す!これが俺の流儀だ!

「あたっ!?」

 俺の投げた魔力銃は緩いカーブを描いて、ユノの頭に衝突した。金髪美女は突然投げ付けられた魔力銃にポカンと口を開けている。
 もうそろそろか?
 熱のせいで変色した拳銃を見て、そう感じた時─────────俺の愛用武器であった魔力銃は暴発という名の爆発を引き起こした。
もちろん、ユノの至近距離で。
 言葉では表現出来ない爆発音が鳴り響き、物凄い熱と爆風がここら一帯を包み込んだ。
でも、それは一瞬の出来事で直ぐに爆発は止む。熱は多少残っているものの、許容範囲内だった。
 ふぅー····ちゃんと鎧着てきて、正解だったな。おかげで無傷だぜ。

『いや、『無傷だぜ』じゃないですよ!なんて無茶苦茶な作戦を考えるんですか····!!一歩間違えたら、死んでましたよ!?』

 へいへい。悪かったって。
でも、転職ジョブチェンジを使わずにユノを倒す方法がこれしか思い付かなかったんだよ。それに結果的には上手くいったし!

『····確かにそうですが、あまりにも危険過ぎます。今度から、こんな無茶は····』

 はぁ····お前なぁ?無茶するのが戦争なんだよ。お前こそ、慎重になり過ぎだ。もう少し大胆になれよ。
 俺はああでもないこうでもないと説教を垂れるビアンカを軽いあしらい、爆発の影響で黒焦げになったユノの死体に歩み寄った。髪も皮膚も全て焼けている。服に関しては際どいところまで焼き切っていた。
 爆風の影響で部屋の端まで吹っ飛んだユノの死体は無惨なもので、殺した本人でなければ相手が誰なのかも分からないほどだ。

「──────────まあ、お似合いの死に方だけどな」

 神のお告げとやらに踊らされて、多くの人間の命を奪った罰····。まあ、俺も多くの人間を殺してきた身の上だから、偉そうなことは言えないがな····。
でも、これだけは言わせてくれ。

「このクソ女!!ざまぁみろ!!」

 俺はそう言って、黒焦げになったユノの焼死体を踏みつけた──────────何度も何度も。
憎しみや怒りをぶつけるように何度も俺はユノの死体を踏みつけた。
 でも──────────それで怒りや憎しみは晴れても、失った虚無感と虚しさは消えない。
どんなに手を伸ばしても、もうウリエルは帰って来ないんだ。それが堪らなく悲しかった。

『·····オトハ、もう良いでしょう?早く依代を壊してしまいましょう····ねっ?』

「····ああ、そうだな」

 これ以上ユノの死体を踏みつけても、虚しくなるだけだ。それにもう──────────復讐は果たされた。
 俺は死体にかけていた足を戻すと、純白に輝く白い岩に近づく。見た目はこんなにも神々しいのに中にあるドロドロとした気持ち悪いものが垣間見える。ヘラの恩恵が閉じ込められた依代はただ静かに鎮座していた。
 ビアンカ、転職ジョブチェンジだ。職業を勇者に····。

「かはっ····!?」

 俺はいきなり喉に駆け上がってきた液体をその場で吐き出す。手で口元を覆う余裕もなかったため、その吐き出した液体は依代にかかってしまった。白い岩の上にベットリと付く──────────赤い液体。
それは言うまでもなく、俺の血だった。
 何で血が····!?いきなり吐血するなんて、そんな····!!

「うっ····!!」

 吐血に動揺する間もなく、今度は腹部に痛みが走る。ギューと胃や腸が急激に萎んでいく感覚が俺を襲った。
 なんだ!?これ·····!!体がいきなり変に····!?それになんか目眩や頭痛もっ·····!!
一体俺の体に何が····!?

『恐らく、それはポーションの副作用です。ホルモンバランスが崩れ、各器官に負担が掛かっているようです。徐々にですが、HPも減っていますし····』

 ポーション副作用だと!?チッ!何でこんなときに····!!タイミング悪過ぎだろ!!
 俺は『はぁはぁ』と息を乱しながら、ガクッとその場に膝を着く。全身の穴という穴から汗が吹き出し、目眩のせいで目に映る全てが歪んで見える。未だかつて感じたことの無い疲労感と倦怠感が俺を襲った。

「はぁはぁ·····ビアンカ、転職ジョブチェンジを使え····はぁはぁ····」

『なっ!?何言ってるんですか!?今、転職ジョブチェンジを使ったら音羽の体が·····』

「そんなことは分かってる!!でも、ここまで····やっとここまで来たんだ!!このチャンスを逃したら、多分もう次はない!!だから、使え!!俺を勇者にしろ!!」

『っ·····!!分かりました。

職業“無職”の特殊能力発動──────職業を“勇者”に変更しました。身体能力及び攻撃力が1000アップ。全てを切り裂く聖剣を獲得。バトルモードON!戦闘態勢に入ってください』

 今ではもう聞きなれた定型文が脳を横切り、俺の体を淡い光が包み込む。その光の粒子はやがて一点に集まり、聖剣を形成した。
 頼むから····あともう少しだけだから····!!動いてくれよ、俺の体!!
 俺は静まり返った脳内に苦笑を浮かべながら、最後の力を振り絞って聖剣を持ち上げた。朝日が軽そうに振り回していた剣が今、とてつもなく重く感じる。ズッシリとした重さを感じる清らかな剣。
 俺はそれを震える手で天高く振り上げた。

「はぁはぁ·····ブス女神のクソッタレ!!」

 ──────────俺はヘラに対する精一杯の悪口を述べ、振り上げた剣を重力に任せて振り下ろす。サクッと·····いや、スーッと空気を斬るみたいに簡単に依代が真っ二つに斬れた。
今までの苦労は何だったんだ?と問いたくなるほど、簡単に依代は破壊出来たのだ。

「はぁはぁ·····これで、終わり···なのか?」

 ─────────俺がそう呟いた瞬間、聖剣が崩壊を始めた。
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