無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜

あーもんど

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第三章

第95話『勇者は退場を選択する』

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 ユノは俺の唯一の希望だった。
いきなり可笑しな世界に放り込まれた上、唯一の知り合いである音羽と引き離されたとき····心細かった俺にユノは優しく話し掛けてくれた····。俺の不安を取り除くように優しく····そして、穏やかに微笑んでくれた。
当初はユノのことを警戒して、お前の話なんて全く聞かなかったが、音羽と再会を果たした夜····お前は優しく俺を抱き締めてくれた。唯一の知り合いである音羽が敵側についた事実に動揺を隠せずにいた俺をユノは優しく包み込んでくれたんだ····。『大丈夫です。私がいます。勇者様のことは私が必ずお守りしますわ』って····言ってくれたんだ。なあ?覚えてるか?

「ユ、ノ·····かはっ!」

「うふふふっ!ごめんなさい、勇者様。これも神のお告げなのです。どうか、お許し下さい」

 ドラゴンの娘を刺したときと同じ短剣で、俺の胸を突き刺したユノ。サラリと自慢の金髪を揺らし、最愛の女は悪びれる様子もなくニッコリ微笑んだ。自分の行いは全て善行であると言わんばかりの笑顔だ。
 お、れは·····最愛の女に裏切られたのか?あんなに愛し合っていたのに····?互いに相手のことを守ると誓い合った仲なのに····?
お前は俺を裏切るのか·····?
 呆然とする俺の前でユノは海にも似たブルーサファイアの瞳をうっそりと細めた。
その笑みは普段の穏やかな笑みとは違い、身の毛もよだつような不気味な笑み····。自然と体が震えた。
 し、知らない····!!こんな奴、知らない!!俺の知っているユノじゃない!!俺の愛するユノはこんな表情かおをする奴じゃない!!

「お、まえ·····!!誰だ!?俺のユノは·····」

「うふふっ。私はユノですよ、勇者様。貴方の愛する女です」

「ち、がう····!!ユノは俺を裏切ったりしな····」

「そうですね。私は貴方を裏切ったりしません。だって───────────そもそも、勇者様と私は仲間でもなければ、恋人でもないんですから」

「·····はっ?何言っ、て····」

 俺の言葉を肯定したかと思えば、胸を抉るような辛辣な言葉が飛んできた。表情は相変わらず、笑顔なのに飛んでくる言葉はどれも毒がある。
 お前、俺に言ったじゃねぇーか!この戦いが終わったら結婚しましょうって!!二人で幸せになりましょうって·····言ったじゃねぇーかよ!!あれは嘘だったのか!?
いや、その事だけじゃない!!
俺に言ってきた甘く優しい言葉の数々·····!!二人で思い描いた未来····!!それら全部嘘だったって言うのかよ!?
 そんな俺の心情を察したのか、ユノはニッコリ笑ったまま真相を語り出した。

「最初は本当に勇者様のことが好きだったんです。ちょっと情けない一面もあるけど、男らしくて真っ直ぐな貴方が好きでした。でも────────神が私に命令したんです。『勇者アサヒを使い、もう一人の召喚者オトハを排除せよ』と····神のお告げなら仕方ないと思い、私は──────────貴方を利用しました」

 利用····?俺が?俺はその神のお告げとやらに沿って、操られていただけ····なのか?
じゃあ、本当に·····今までの全部····嘘、だったのか?俺は嘘で塗り固められたユノを愛し、求めたって事だよな····?
 そう考えた途端、急に目の前が真っ暗になった。今までしてきたこと全部無駄なように思えて····一生懸命だった自分がアホらしくて····ウソに気づけなかった自分が情けなくて····『俺』という人間がどうしようもなく無価値に思えた。
 急に体に力が入らなくなった俺はその場に膝をつく。絶望に染まる俺の顔をわざわざしゃがんで覗き込んできたユノはやっぱり笑顔で·····辛辣な言葉を吐いた。

「そして、神はこうも仰りました。『召喚者オトハを殺し次第、勇者アサヒも始末しろ』と····。ヘラ様・・・の依代を破壊する可能性があるものは全て排除しなくてはいけないのです。貴方の持つその聖剣はとても危険です。だから─────────殺すんです」

「ぐはっ·····!!」

 俺の胸に突き刺さった短剣を更にグッと奥に押し込んだユノ。ニコニコと微笑みながら、残虐な行為を平然とこなす彼女。
神を盲信的に愛し、どんな神のお告げでも完遂する彼女は狂信者と呼ぶべき異端者だった。
 俺は胸に広がる痛みに意識を奪われつつも、確かに愛した女の顔を見つめる。
 嗚呼、そうか───────────俺は最初から愛されちゃいなかった。
確かに違和感はあったんだ。こいつは俺に必要以上のことは教えようとしなかったし、人との交流も最小限に留めてきた。俺の耳に余計な情報が入らないよう、情報規制していたように思える。
 でも、俺はその違和感を追求しようとはしなかった。
だって、ユノに嫌われたくなかったから····愛していたからこそ、変に身動きが取れなかった。今、思えばそれが間違いだったんだと思う。
 そして、ふと俺の脳内に音羽が思い浮かんだ。
後ろから不意をついて、殺した俺の元クラスメイト。多分、俺よりずっと強くて賢い奴····。
────────何故だか分からないけど、このまま音羽を死なせてはいけないと思った。
 理由は分からない。急に人殺しが怖くなったとか、そういう自分勝手な理由かもしれない。
でも、俺の胸に確かにあったのは『音羽には生きて欲しい』という強い気持ち。
 俺は最後の力を振り絞って、目の前でニコニコ笑うユノを力一杯突き飛ばした。

「きゃっ!?」

 女らしい高い悲鳴を上げながら、ドンッと尻もちをついたユノ。まさか、俺が反撃してくるとは思わなかったのか、その綺麗な顔から笑みが消し去っていた。呆然とした表情で大きく目を見開き、そのブルーサファイアの瞳で俺を凝視している。
 チャンスは1回きり。
そして、この場で生き残れるのは一人だけ。その一人を─────────音羽、お前にする。
 俺は呆然とするユノに背を向け、血を流して倒れる音羽に駆け寄った。懐から急いでポーションを取り出す。
 これが最後のポーションだ。

「有り難く受け取れよ、陰キャ野郎·····!!」

 俺はまだ暖かい音羽の体を確認し、ポーションの蓋を開ける。背後でユノが動き出す気配を感じ取りながら、俺は小瓶の中身を音羽の口内に一気に流し込んだ。
 音羽····俺はもう何がなんだか分からねぇーからさ、ここら辺で退場するぜ。
 俺はピクッと反応を示した睫毛に安心し、ゆるりと口角を上げる。

「────────幕引きはお前がしろ、音羽」

 俺がそう呟いた瞬間──────────頭に鈍い痛みと振動が走った。
どうやら、ユノが俺を後ろから鈍器か何かで殴り付けたらしい。
 俺は軽い脳震盪と目眩を覚えながら、倒れる。惚れた女に殺されるなんて無様な死に方だが、俺は妙に満足していた。
 嗚呼、俺の人生って本当にクソだったな····。でも、すげぇ充実してた。
 薄れ行く意識の中、倒れていく感覚だけが脳に残る。痛覚なんて、とっくに消え去っていた。
 音羽、俺のクソみたいな人生に関わらせて、ごめんな。

「──────────朝日、ありがとう」

 意識がプツンと途切れる寸前────────誰かが俺の体を受け止めて、お礼を口にした·····気がする。
──────────俺 朝日翔陽のクソみたいな人生はここで終わりを迎えた。
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