無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜

あーもんど

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第三章

第94話『狂い行く歯車』

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 ライフポーションで傷を治した朝日は聖剣を両手で構える。聖剣の持ち方が完全にバッドのそれだが、親切に指摘してやる気は無い。
 朝日、お前は可哀想な奴だな····。剣術もまともに教えられなかった上、好きな女に裏切られるなんて····しかも、お前はまだそれを知らない。
なんて哀れで····なんて愚かな奴なんだろう?
 朝日、俺はお前のことを──────────心底可哀想な奴だと思っているよ。

「でも、悪いな·····俺はお前を救えない」

 敵であるお前に俺は手を差し伸べられない。いや、手を差し伸べたくないんだ····。
だって、お前はウリエルを人質に取った。こんな小さい子を泣かせた。俺の愛する女を傷つけた。
 もう無理なんだ····俺達はもう戻れないんだよ。ただのクラスメイトに戻るには俺もお前もこの世界に染まり過ぎた。
 お前は可哀想な奴だと思う。同情もする。
でも─────────助けようとは思わない。
だって、お前はウリエルを傷つけたから·····。
 だから、俺は───────────お前を倒す!
 俺は聖剣を構える朝日に向かって、一直線に突っ込んだ。

「来いやぁぁぁああ!!」

 気合い十分な朝日の力強い雄叫びがこの場に響いた。
 威勢は良いが、脇が甘い。剣を構えるときは脇を締めろ。
なんて、どうでもいいことを考えながら朝日の目の前に飛び込み、華麗なステップで背後を取る。見事俺のフェイントに騙された朝日はそのまま正面に剣を振るい落としていた。
 馬鹿だな、こいつ····思考回路が単純すぎる上、咄嗟の出来事に対応出来る処理能力がない。こんな分かりやすいフェイントにも騙されるようなら、命が幾つあっても足りなかった。
 簡単に敵に背後を取られる時点で、こいつの技量なんてたかが知れている。
────────そう油断したのは悪かったのかもしれない。

「────────オトハっ!あぶない!!」

 愛する少女の悲鳴にも似た甲高い声が何か叫んだかと思えば、視界の端に矢が見えた。その矢は真っ直ぐこちらに向かってきている。
 ─────────俺は今までで一番くだらないミスをした。
俺は朝日との戦いばかりに気を取られて、ユノの存在をすっかり忘れていたのだ。最も油断ならない相手はユノだと言うのに····。
俺はユノの存在を思考から排除し、朝日との戦いだけに集中していた。
 こ、れは····不味い!!
矢との距離が近すぎて、避けられる自信が無い。防御も同じ理由で不可能に近かった。
 っ·····!!俺の馬鹿野郎!!何でユノを警戒しなかった!?何でもっと早く矢に気づかなかった!?何でっ····!!
 目前まで迫る矢にどうすることも出来ず、立ち止まっていると───────────突然目の前が真っ赤に染まった。
彼岸花のように美しい紅蓮色のそれは妙に暖かい····。俺はそれをよく知っていた。
 ウリエルの····炎?
 矢が俺の体に刺さる前に紅蓮の炎が焼き払ってくれた。矢は跡形もなく、消えて無くなっている。
 相変わらず、凄まじいなドラゴンのブレスってのは····。でも、助かった!流石は俺のあいぼ····う?

「──────────ウリエル!!」

 お礼を言おうとウリエルの方に目を向ければ、口端から赤い液体を垂れ流す紫檀色の長髪幼女が目に入った。その小さな体には短剣が突き刺さっている。
 嘘、だろ····?ウリエルが刺されたなんて·····。だって、ウリエルは人族に遅れを取るような奴じゃ····刺されるなんて、そんな失態····!!何かアクシデントでもない限り····アクシデント?それって、まさか····。
─────────ウリエルは俺を矢から守るため、防御を捨てたんじゃないか?
ブレスを放つ際、ウリエルはその時だけ完全に無防備な状態になる。そこを狙われたんじゃないか····?もし、そうだとしたらウリエルの怪我は────────俺の責任だ。
 ユノをちゃんと警戒して動かなかった俺の落ち度。

「あら?この子は自分より、オトハさんの命を優先したんですね。私が後ろから攻撃するのは分かっていたでしょうに·····命を懸けて仲間の命を守るなんて、素敵ですわ」

「ぐはっ····!!」

 ユノはウリエルの自己犠牲を素晴らしいと評価し、ニコニコ笑っている。目の前で小さな子供が苦しんでいるのにこいつは気にせず笑っていた。その笑顔からは狂気すら感じる。
 ユノはウリエルに突き刺した短剣をグイッと引き抜くと、口や傷口から大量の血を吐き出すウリエルを愉快げに眺めていた。そこに慈悲と言った言葉ない。
 紫檀色の長髪幼女は他には目もくれず、俺だけをじっと見つめると──────────苦しそうに顔を歪めながら、言葉を紡いだ。

「オ、トハ····この世界を····救っ、て····」

「ウリエル!!」

 ウリエルはそれだけ言い残すと、糸が切れたマリオネットのようにパタッと倒れた。じわじわと床にウリエルの血が広がっていく。
 ウリ、エル····?嘘だろ····?おいっ!!目開けろよ!!お前は俺の相棒だろ!?頼むから、居なくならないでくれよ!!ウリエルは俺の····大切な女の子なんだ!!
 自分の命よりも、この世界の未来よりも大切な少女が今──────────死んだ。
俺の目の前で····俺を庇ったせいで····!!

「ウリエル!!行くな!!生き····」

『音羽!後ろっ!!』

「───────────えっ?」

 ウリエルの方へ歩き出そうとした俺の脳内に切羽詰まったビアンカの声が響く。焦りを滲ませた声につられるまま、後ろを振り返ればそこには聖剣を構える朝日の姿が····。聖剣を後ろに引いた朝日は勢いよくそれを前に突き出した。
 『あっ』と思った時にはもう遅くて····俺の腹には聖剣が突き刺さっていた。
あっ────────────これは死ぬ。
 聖剣での攻撃は全て貫通ダメージになっている。防御力は意味をなさない。その聖剣で腹を貫かれれば、さすがの俺も死ぬ。

「あははははっ!!やった!!やったぞ!!やってやった!!オトハに勝った!!」

 格ゲーで見事勝利した子供のようにはしゃぐ朝日。そこに人を殺したという罪悪感はなく、ただただ勝利を喜んでいた。
 全身の力がスッと抜けた俺は霞んでいく視界の中、バタッとその場に倒れる。その際、聖剣が自動的に腹から抜けてしまったため、更なる出血が俺を襲った。
 でも──────────不思議と痛みはない。
腹を刺されたと言うのに痛みがないのだ。俺の痛覚は死んでしまったんだろうか?
 冷たい床に転がった俺は広がっていく血溜まりを眺めながら、ぼんやりと考える。
 俺、ウリエルを守れなかったんだな····そんで、救われた命も即行で無駄にした。
俺って、こんな弱かったっけ?情けなかったっけ?
あんなに一生懸命訓練に励んで、ウリエルを守るために鍛えたのに·····結局守られたのは俺の方だったな。
 自分の不甲斐なさに絶望する俺の前でこの戦いを制した彼らは嬉しそうに笑い合っていた。

「ははははっ!!見たか!?ユノ!!俺が音羽を倒したんだ!この世界を滅ぼそうとする悪者をやっつけたんだ!!どうだ!?凄いだろう!?」

「うふふっ。そうですね。とっても格好良かったです。だから──────────お疲れ様でした」

「へっ····?かはっ····!?」

 薄れいく意識の中、俺が最後に見たのは─────────金髪碧眼の美女が朝日の胸を突き刺すところだった。
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