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第三章

第91話『愛弟子との再会』

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 オトハが特別棟の警備兵を一掃している頃、国境付近に待機していたアスモはと言うと····?

「っ·····!!何で貴方がここに居るのよ····!?」

 スターリ国とセレスティア王国の国境付近には私の他にもう一人女が居た。
栗色の長髪に私と同じエメラルドの瞳を持つ綺麗な女性。服装は黒のワンピースにとんがり帽と、魔女っぽい格好をしていた。
小さな丸眼鏡をかけた女は棒切れのような杖を手にしている。
 魔王軍幹部である私を見ても、物怖じする姿は一切見せない。堂々と私の前に立ち、機嫌良くニッコリ微笑む女。

「うふふっ。そんな怖い顔をしないでくださいよ。ねぇ?───────────お師匠様・・・・

「貴方に師匠なんて呼ばれる筋合いないわ!!“マージョリーカ”」

 スターリ国随一の魔法使い───────────マージョリーカ。
職業能力のおかげで全属性の魔法が使えるマージョリーカは時間停止魔法で己の老化現象を止め、長く生き長らえていた。世界の理すら揺るがす巨大な魔法を扱う彼女は幹部クラスと同等の力を所持している。
 正直一番戦いたくない相手だ。
実力的な意味でも、気持ち的な意味でも·····この子とは戦いたくなかったわ····。
 だって、この子は───────────私の元弟子だから。
数百年前、魔族側に転がり込んだ唯一の人族。それがマージョリーカ。
職業が魔法使いだった事もあり、私が弟子として育てていた。
まあ────────────直ぐに裏切られてしまったけれど····。

「裏切り者の貴方は私の弟子でも何でもないわ」

「うふふっ。そんな悲しいこと言わないでくださいよ、お師匠様」

「悲しい?それは貴方が選んだ結果でしょう!?数百年前、私達を裏切り人族側に寝返った貴方に優しい言葉なんて掛ける訳ないわ!」

 可愛さ余って憎さ百倍という言葉があるが、マージョリーカの裏切りはまさにそれだった。
 大切だったから···心の底から愛していたから···貴方のことを酷く憎んだ。いつもニコニコ笑って、何考えてるのか分かんなかったけど····愛していたの。心の底から。貴方のことを妹のように思っていたの!!
なのにっ·····!!貴方は私から魔法を教わり、それらを身につけるなり、あっさり私達を裏切った!!私達を笑顔で裏切って·····私の部下を数百人単位で殺した!!人族である貴方を優しく迎え入れた私の部下達を·····貴方は殺したのよ!!
それがどうしても許せなかった。

「本音を言うなら、貴方とは戦いたくなかったけれど····でも、仕方ないわ。相手してあげる」

「うふふっ。ありがとうございます。実は私、お師匠様と一度本気で手合わせしてみたかったんです」

 口元を手で隠し、上品に笑うマージョリーカは数百年前と姿は変わらない。時間停止魔法で得た若さを振り撒き、それはそれは美しい笑みを浮かべる。栗色の長髪がサラサラと風に揺れた。
 マージョリーカと戦いたくなくて、戦闘配置を王城から外してもらったのに····意味がなかったみたいね。まさか、この子自ら出向いて来るなんて予想外だわ。

「それでは行きますよ?」

「どこからでも掛かって来なさい」

 私は亜空間から愛用の鞭を取り出すと、ベチンッとそれで地面を叩いた。土が柔らかいのか私の力が力んでいたのか、地面にヒビが入る。
 駄目ね····マージョリーカが相手だと、どうも緊張が···。
 キュッと口元を引き締める私に対し、マージョリーカは相変わらずの笑顔だった。クスクスと気持ち悪い笑い声を上げて、こちらを小馬鹿にするように笑う魔女。
 笑い方がいちいちムカつくところは昔から変わらないわね。

「では、遠慮なく────────────《アクアアロー》《ファイアボール》《サンダーショット》」

 魔法同時発動····数百年前までは二つが限界だったのに····成長したのね。
でも───────────甘いわ!!こんな下級魔法で私を倒せるとでも?数が多くても威力が無きゃ私を倒すことは出来ないわ!

「《シールド》」

 水の矢・火球・イナズマを全て防御魔法で防ぎ切る。攻撃が直撃する寸前に展開させた結界は問題なく機能していた。
 砂埃が舞う中、背後からこっそり近づいてくる人影が一つ。

「甘いわね。魔力を完全に体内に押し込み、魔力探知を封印するところまでは良かったけど、奇襲を仕掛けるなら自分自身の気配も押し殺さないとダ、メ···よ?って、これ──────────土人形!?」

 自信たっぷりに後ろを振り返ればそこに居たのはマージョリーカ本人ではなく、本人そっくりの土人形だった。
 この土人形、細かいところまで完璧に再現されてる。非常に完成度がが高····じゃなくて!本人は!?本物のマージョリーカはどこよ!?土人形なんて今はどうでもいいの!!
 よく出来た土人形を鞭で粉々に壊した私は慌てて辺りを見回す──────────が、マージョリーカの姿はどこにもなかった。
 マージョリーカは一体どこに!?

「ふふっ!お師匠様、私はここです····よ!っと」

「っ····!?」

 どこからかマージョリーカの声がしたかと思えば、頭上から数百もの光の矢がいきなり降ってきた。咄嗟に魔力によるバリアを張り、矢を防いだが後一歩気づくのが遅ければ確実に手傷を負っていた。
 さんさんと太陽が光り輝く青空を見上げれば、ふわふわと宙に浮くマージョリーカの姿が目に入る。

「お見事です、お師匠様。さすがですね。あの光の矢を魔法ですらない具現化した魔力の壁で防ぎ切るとは····感服致しました」

「貴方こそ、随分と魔法の腕を上げたみたいじゃない」

「うふふっ。お褒めの言葉ありがとうございます。私の最大の目標であるアスモデウス様に褒めて頂いて、嬉しい限りです」

 昔と変わらない掴みどころのない笑顔で私の褒め言葉を受け止める。嬉しそうに笑っている筈なのに、その笑みからは何の感情も感じ取れなかった。
 この子は昔から、そう····。中身のない人形みたいで、掴みどころがない。『心がない』とまでは言わないけど、この子から感情の揺れを感じ取れたことはあまり無かった。
 だからこそ、分からない。
何故この子が私達を裏切ったのか····。
 感情を読み取れないマージョリーカから、憶測を立てることは出来なかった。

「《グラビティ オペレーション》」

「おっと····これは一本取られましたね」

 重力操作で宙に浮いたマージョリーカを地に落とした。ズドンッ!と大きな音を立てて落下したマージョリーカは咄嗟に魔力バリアで自身を包み込んだものの、ダメージは防ぎ切れなかったようだ。バリアの厚さが薄かったのだろう。
それでも致命傷は何とか防いだマージョリーカは重力に押しつぶされながらも何とか生きている。
 この子の強さは幹部クラスに匹敵するが、私やマモンには敵わない····。ベルゼが相手だったら、もう少し良い勝負になっていたかもしれないけれど·····。そう考えると、私の方に来てくれて良かったのかもしれないわ。
 私は重力に従って、地に縫い付けられている嘗ての愛弟子を上から見下ろし、クッと眉間に皺を寄せた。
 この子は今、全ての力を防御に当てている。重力に押し潰されないよう、身体強化に全力を注いでいるのだ。つまり────────────今のマージョリーカに攻撃魔法を使える余力はない。私がここで重力魔法の力を強めるか、攻撃魔法をもう一つ展開させれば、この子は死ぬ····。
 魔王様の命令だから殺しはしないわ····。貴方は数少ない人族の実力者で、魔法使い。魔素の消費量を思うなら、殺すのは賢い選択とは言えなかった。
 それでも、どうしても心が叫ぶの·····マージョリーカを殺せ!と····。
この子を愛した過去を思えば思うほど、憎しみは深くなり、殺意は強くなる。それはまるで·····呪いのようだった。

「ねぇ、マージョリーカ····教えてちょうだい。どうして、私達を裏切ったの····?貴方は私の可愛い弟子じゃなかったの····?もしかして、最初から···裏切るつもりで私に近づいたの····?」

「······」

「ねぇ、教えて·····教えなさいよっ!!」

「ぐぁっ·····!!」

 感情の昂りが体内魔力を不安定にさせ、使用中の魔法にも影響を及ぼす。私の憎しみがそのまま質量となって、彼女の体に乗っかった。
身体強化だけではダメージを防ぎ切れず、愛する元弟子は見事に吐血した。
 ただ一言言ってくれれば良かった。裏切ってごめんなさい、と····。その一言さえ聞ければ私は満足なのに····この子は一度も謝罪の言葉を口にしてくれない。
許せるなんて思ってないし、許そうとも思わないけど····その一言が聞ければ私はまた貴方を愛してあげられるのに····!!なのに、どうして言ってくれないの!?

「貴方はいつもいつも····!!笑って誤魔化して····!!言いなさいよ!!間違ってたって!!裏切ってごめんなさいって!!なんで言わないのよ····!!何で····何でっ!?」

 マージョリーカの昔と変わらない顔を見ると、どうしても思い出してしまう。胸の内に封じていた思いが溢れだしてしまう。水をせき止めるダムが壊れたように感情という名の水が溢れてしまうの·····。
 昂る感情を体現するように目から涙が溢れ出す。せっかく施したメイクもこれでぐちゃぐちゃになってしまった。
 貴方が一言謝ってくれれば、私は貴方に手を差し伸べるのに····!!
 マージョリーカは私の泣き顔に少し驚いたようにエメラルドの瞳を大きく見開いた。

「お師匠様····わ、たしは····ただ貴方の隣に居たくて····職業能力を失えば私は弱くなるから····だから···」

「っ·····!!馬鹿っ!!」

 何言ってるのよ!?私の隣!?そんなの幾らでもくれてやるわよ!!
大体ねぇ·····!?貴方が弱くなろうが強くなろうが、私にとって貴方は大切な愛弟子なの!!家族なの····!!私の隣に居る権利なんて、それだけで十分じゃない!!何難しいこと考えて、勝手に突っ走ってるのよ····!?
 私は予想すらしなかったくだらない裏切り理由にイライラしながら、ズンズンと彼女に歩み寄る。パチンッと指を鳴らして、重力魔法を解いた。

「あ、あの···!お師匠さ····」

「─────────ふざけんじゃないわよ!!」

「えっ····?」

 私は地面に倒れるマージョリーカの体を両足で跨ぎ、彼女の胸ぐらを思い切り掴み寄せた。涙でぐちゃぐちゃな顔で呆ける弟子の顔を覗き込み、自分と同じ翠玉の瞳を強く見つめ返す。
 この不器用な愛弟子は一度私がガツンと言ってやんらないと分からないみたいだ。

「こっちはたくさん悩んで····泣いて····考えて····それでも、貴方の気持ちが分からなくて····!!なのに何?私の隣に居たかった、なんて言うふざけた理由は!?」

「ふ、ふざけてなんかっ····!!私はどんな形でもいいから貴方の隣に居たかったんです!だから····!!」

「それがふざけてるって言ってるのよ!!私は強いとか弱いとか関係なく、貴方を隣に置くって言ってるの!!貴方は私の愛弟子で、家族!!隣に居る理由も権利もそれだけで十分だわ!!」

「!?」

 マージョリーカは私の言い分に目ん玉が零れ落ちそうなほど、大きく目を見開いた。『それだけでいいの!?』とでも言いたげな表情だ。
 貴方がこんなに感情を表に出すなんて珍しいわね、マージョリーカ····。
 弟子のアホ面を見て、幾分か落ち着きを取り戻した私は『はぁはぁ····』と肩で息をしながら、胸ぐらを掴む手を離した。その場でしゃがみ込み、彼女と目線を合わせる。
 ゆらゆらと不安げに揺れるエメラルドの瞳は迷子の子供のようだ。

「ねぇ、マージョリーカ。貴方がここで全ての罪を受け止め、私に謝罪するなら貴方をもう一度弟子と呼んであげる。貴方を──────────私の隣に居させてあげるわ。選びなさい。最後まで意地を貫き通すか、全てを受け止めて私の隣を選ぶか····」

 私はマージョリーカに手を差し伸べた。
これが最初で最後のチャンス。あの頃に戻りたいなら、私がその手伝いをしてあげる。貴方をこんな風にした原因や責任は師匠である私にもあるもの。
 マージョリーカは呆然とした表情で暫く私の手を見つめたあと────────────泣き崩れるようにその手に縋ってきた。

「うあぁぁぁあぁぁああ!!ごめんなさぃ!!私、私っ·····!!罪は一生をかけて償いますから、私を捨てないでください!!側に···貴方の隣に居させてください!!それ以上は何も望みません!!魔法も力も強さも···全部いりませんからぁ!!」

 私の差し出した手に縋るように抱きついてきたマージョリーカ。翠玉の瞳から大粒の涙を流し、私の手を離すまいと強く握り締めている。子供のようにわんわん泣くマージョリーカはいつもより幼く見えた。
 マージョリーカ───────────私の愛する愛弟子よ、一生消えない罪と共に生きて行きなさい。
そして───────────もう二度と私の隣から居なくならないで。
 私はマージョリーカの体を抱き締めながら、そう強く願った。
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