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第三章
第81話『俺の宝物』
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聖剣の実験が行われてから一週間が経った頃、俺はルシファーの書斎に呼ばれていた。
なんでも、個人的に話しておきたいことがあるんだとか····。
改まって、話がしたいなんて····一体どうしたんだろう?
四方を本棚で囲まれた空間に入室した俺は金ピカの椅子に腰かけるルシファーを真っ直ぐに見据えた。
銀髪の美丈夫は本に落としていた視線をゆっくりと上にあげ、その深紅の瞳に俺を映し出す。何の感情も窺えない柘榴の瞳は何故だか少し悲しそうだった。
「やあ、オトハくん。よく来てくれたね」
「よっ!ルシファー」
手を挙げて軽く挨拶する俺にルシファーは何も言わずに笑っている。友達のように接する俺をルシファーが咎めることはなかった。
俺は特に何も考えずに近くのソファに腰かけると、紅茶を準備するルシファーを振り返る。
ふわりと紅茶特有の甘い香りが漂った。
そういやぁ、紅茶なんて久々だな。最近はずっと水ばっかりだったから····たまに料理長から果物系のジュースを貰うくらいで紅茶は飲んでいなかった。
水魔法と炎魔法の合わせ技で熱湯を作り出したルシファーは予め用意しておいたカップにそれを注ぐ。そうすると、カップ内に入っていた茶葉の香りがより一層広がった。
ルシファーは二つのカップのうち、一つを浮遊魔法で浮かせると俺の前にあるテーブルに置く。
「ありがとう」
「ははっ!お礼なんて、良いさ。それより、早速本題に入っても良いかい?」
ルシファーは自分用のティーカップを手に、向かい側のソファに腰を下ろす。黒に近い紺のローブを身に纏うルシファーは僅かに目元を和らげた。
「ああ、構わない」
俺はルシファーの申し出に二つ返事で頷き、話の先を促した。
ルシファーは忙しいだろうし、さっさと本題に入った方が良いだろう。
ルシファーはいつ見ても忙しそうに仕事をこなしているからな。不眠不休で働いているんじゃないか?ってくらい。
しかも、それだけの仕事をこなしながら俺の体術の練習にまで力を入れている。本当いつ休んでいるのか謎で仕方ない。
まさか本当にルシファーが不眠不休で働いていると知らない俺は飄々としている。知らぬが仏とは、まさにこの事。
「では、早速に本題に入る。単刀直入に聞くが、オトハくんは人族と魔族との戦争で死んだら····私達を恨むかい?この世界を──────────憎むかい?」
銀髪赤眼の美丈夫は悲しそうに····そして、どこか自信なさげに俺にそう問い掛けた。レッドアンバーの瞳はどこまでも悲しそうに····寂しそうにしている。
恐らく、この質問は魔族の誰もが胸に秘めてきたものだ。
誰もが口にするのを躊躇う、そんな残酷で悲しい質問。
ルシファーは一体どういうつもりで、俺にその質問を投げ掛けたんだろうか?仮に俺が『お前達を恨み、この世界を憎む』と答えたとして、こいつはどんな表情をするんだろうか?何故こいつは何の利益もない質問を····わざわざ俺を呼び出してまで投げかけて来たんだろうか?
質問の意図が分からない。
───────────いや、この質問に意味などない。
ただ知りたいから問い掛ける。それだけ。
それを知ったところで何の利益もないが、ルシファーは『知りたい』と願った。だから、今こいつは俺の前に居る。
ありったけの勇気と確固たる覚悟を持って、俺にその質問を投げ掛けたなら、俺はそれに答えなくてはなるまい。例え、それが──────────こいつの求めた答えじゃなくても。
「────────────恨まねぇーよ」
「っ·····!?何故····!?」
「何故って、お前なぁ·····俺は最初に言った筈だ。ウリエルを守るためにこの世界を救う、と···。それは俺の意思であり、お前達に命令されたからじゃない。俺は俺の意思でこの戦争に臨んでいる。だから、この戦争で死んでも俺は誰も恨まねぇ····。まあ、俺を殺した相手は恨むかもしれねぇーがな」
さすがに自分を殺した相手も恨まずに過ごすのは無理だ。だって、普通に憎いし、タンスに足の小指ぶつけろ!って思うし···。
『随分と小さいですね。タンスに足の小指をぶつけろって····もっと他になかったんですか?』
うるせぇーなぁ!!今、パッと思いついたのがそれしか無かったんだよ!つーか、お前は今出てんくな!良いとこなんだから!
と─────────まあ、クソ天使のことはさておき、話の続きをしよう。
「確かに最初····異世界に召喚されたばかりの頃は色んなものを恨んだりした。ルシファーは知らないかもしれないが、俺は朝日····勇者の異世界召喚に巻き込まれる形でこっちに来たんだよ。それで即行お払い箱だぜ?恨まずにはいられねぇーだろ」
俺は緊張した空気を和ませるように少しおどける。肩を竦める俺にルシファーはクスリと笑みを漏らした。
どうやら、根暗陰キャの俺でもルシファーを笑わせることは出来るらしい。
こいつ、男のくせに妙に顔が整ってるから笑うと綺麗なんだよなぁ····。
「ふふふふっ!異世界召喚に巻き込まれたのは知っていたが、まさか無理やりだったとは····ふふふっ。不慮の事故かと思っていたよ」
「違ぇーよ。朝日が足元に現れた魔法陣に俺も引きずり込んだんだ。あいつ、運動得意で力も強いから逃げられなくてさ····異世界召喚に見事巻き込まれたよ」
「はははっ!それは災難だったなぁ····!」
「まーな。しかも、職業が『無職』で即行お払い箱だし····マジであの時は自分の不幸体質を呪ったよ」
今となっては良い笑い話だが、当時は結構必死だったからなぁ····。生きていくために必要な力を得るためにとにかく必死だった。あの頃は野宿ばっかりだったし····まあ、野宿は嫌いじゃないがな。慣れれば意外と良いもんだ。
普段穏やかな笑みしか見せないルシファーが豪快に笑う様は珍しい。俺の苦労話を楽しそうに聞くルシファーは今だけ普通の男の子に見えた。魔王という肩書きすら忘れてしまうほど、今のルシファーは良くも悪くも普通だ。
俺はツボに嵌ったルシファーの笑いが落ち着くのを見届けてから、再び口を開く。
「と、まあ····そんな感じで俺は最初この世界も朝日も神様も恨んでた。何で俺がこんな目にって····何度思ったか分からない。でも──────────そこにウリエルが現れた」
当時はあの幼い少女が俺にとって、かけがえのない存在なるなど思ってもみなかった。予想すらしていなかったんだ····。今、思えばウリエルと出逢えたのは人生最大の好機だったのかもしれない。
「最初は『人攫いから助けたのにお礼も言わずに去るなんて、非常識な奴』って思ってた。俺の世界では何かしてもらったら『ありがとう』、悪いことをしたら『ごめんなさい』が当たり前の世界だったからさ、お礼を言わずに去ったウリエルを当時はあまりよく思っていなかった。まあ、ウリエルが何も言わずに去った理由が直ぐに分かったから、それからはあんまり怒ってなかったけど····。で、まあ····色々あってウリエルをベルゼのところに届けるため、旅をして行くうちに──────────俺は“幸せ”をウリエルから貰ったんだ」
「幸せを貰った·····?その言い方は少し誇張が過ぎないか····?」
俺が元いた世界でどんな仕打ちをされて来たのか知らないルシファーは首を傾げる。サラリと銀色の短髪が揺れた。
多分、俺の気持ちをルシファーは理解出来ないと思う。不幸しか手に入らなかった俺と同じ人生を歩んだ人じゃなきゃ、多分俺の気持ちは分からない。
俺はティーカップを手に取ると、湯気立つそれを少し口に含んだ。適温を維持するそれは暖かく····香りもいい。
「俺、前の世界では学校····学び舎で虐められてたんだ」
「虐め·····?」
「ああ。小さい頃は名前が女っぽいからって虐められて····病気の関係で左目を失明したときは『片目しか見えないなんて変』って虐められた。俺の元いた世界は平和だったけど、そういう小さな戦争はどこにでもあった」
「小さな戦争····」
「ああ。世界規模で見れば驚くほど小さな····でも、本人からすればとても大きな戦争が俺の世界にはあった。そして、俺はその戦争で····身も心もボロボロだった。毎日『何で俺ばっかり、こんな目に遭うのか』って自分に問い掛けて····どうすれば、この苦しみから逃れられるのかと自問する。今、思えばあの頃の俺は狂う寸前まで行ってたと思う」
あの頃は本当に苦しかった。何もかもが嫌でしょうがなかった。俺を見る全ての人間が俺を馬鹿にしていそうで嫌だった。
何も聞きたくなかったし、何も言いたくなかった。何も見たくなかったし、誰にも見られたくなかった。何も感じたくなかったし、誰かに自分の存在を感知されるのも嫌だった。
本当に何もかも嫌だったんだ····。
今思い返してみると、よく狂わずにここまで来れたなってつくづく思う。本当に····あの頃の俺はいつ狂っても可笑しくなかった。狂わなかったのが奇跡なくらいだ。
「だから────────────不幸続きの俺に幸せをくれたウリエルは俺の宝物なんだ。俺を初めて肯定してくれた子なんだ、ウリエルは····。俺という存在を認めてくれた、たった一人の女の子。俺はウリエルを守るためなら、死んだって構わない。ウリエルを救うためだったら、俺の命も世界の命運も全部投げ打つ覚悟がある」
俺は俺の目的のためにこの戦争に参加し、剣を振るうだけだ。その結果、死に絶えたとしても後悔はない。誰かを恨むなんて以ての外だ。
なあ、ルシファー····お前は俺に恨んで欲しかったんだろうが、そうは行かないぜ?俺はお前を恨むことはない。もちろん、他の奴らもだ。
俺が誰かを恨むことがあるとすれば、
それは───────────ウリエルが殺された時だけだ。
「フッ····相変わらず、君は無茶苦茶だな」
「そりゃ、どーも」
「ははっ!まあ、オトハくんの気持ちは分かった。私の質問に答えてくれて、ありがとう」
「ああ」
俺の無茶苦茶な言い分にどこか呆れたような表情を浮かべるルシファーだったが、さっきまでの悲しそうな表情はどこにもない。何かが吹っ切れたような清々しい表情をしていた。
俺はティーカップに残った紅茶を一気に飲み干すと、おもむろに立ち上がる。
長居は無用。ルシファーのためにも直ぐに撤収しよう。
「んじゃ、俺は部屋に戻るよ。また何かあったら、呼んでくれ」
「ああ、ありがとう」
一人でいることが多いこの魔王様は本音やストレスを溜め込みやすい。今回のこの質問も溜め込んだ何かが爆発して、こんな風に発散するしかなかったのだろう。
ま、話し相手ならいつでもなってやるよ。なんてったって、ルシファーは俺らの総大将だからな。
俺はヒラヒラとルシファーに手を振り、彼の書斎を後にするのだった。
なんでも、個人的に話しておきたいことがあるんだとか····。
改まって、話がしたいなんて····一体どうしたんだろう?
四方を本棚で囲まれた空間に入室した俺は金ピカの椅子に腰かけるルシファーを真っ直ぐに見据えた。
銀髪の美丈夫は本に落としていた視線をゆっくりと上にあげ、その深紅の瞳に俺を映し出す。何の感情も窺えない柘榴の瞳は何故だか少し悲しそうだった。
「やあ、オトハくん。よく来てくれたね」
「よっ!ルシファー」
手を挙げて軽く挨拶する俺にルシファーは何も言わずに笑っている。友達のように接する俺をルシファーが咎めることはなかった。
俺は特に何も考えずに近くのソファに腰かけると、紅茶を準備するルシファーを振り返る。
ふわりと紅茶特有の甘い香りが漂った。
そういやぁ、紅茶なんて久々だな。最近はずっと水ばっかりだったから····たまに料理長から果物系のジュースを貰うくらいで紅茶は飲んでいなかった。
水魔法と炎魔法の合わせ技で熱湯を作り出したルシファーは予め用意しておいたカップにそれを注ぐ。そうすると、カップ内に入っていた茶葉の香りがより一層広がった。
ルシファーは二つのカップのうち、一つを浮遊魔法で浮かせると俺の前にあるテーブルに置く。
「ありがとう」
「ははっ!お礼なんて、良いさ。それより、早速本題に入っても良いかい?」
ルシファーは自分用のティーカップを手に、向かい側のソファに腰を下ろす。黒に近い紺のローブを身に纏うルシファーは僅かに目元を和らげた。
「ああ、構わない」
俺はルシファーの申し出に二つ返事で頷き、話の先を促した。
ルシファーは忙しいだろうし、さっさと本題に入った方が良いだろう。
ルシファーはいつ見ても忙しそうに仕事をこなしているからな。不眠不休で働いているんじゃないか?ってくらい。
しかも、それだけの仕事をこなしながら俺の体術の練習にまで力を入れている。本当いつ休んでいるのか謎で仕方ない。
まさか本当にルシファーが不眠不休で働いていると知らない俺は飄々としている。知らぬが仏とは、まさにこの事。
「では、早速に本題に入る。単刀直入に聞くが、オトハくんは人族と魔族との戦争で死んだら····私達を恨むかい?この世界を──────────憎むかい?」
銀髪赤眼の美丈夫は悲しそうに····そして、どこか自信なさげに俺にそう問い掛けた。レッドアンバーの瞳はどこまでも悲しそうに····寂しそうにしている。
恐らく、この質問は魔族の誰もが胸に秘めてきたものだ。
誰もが口にするのを躊躇う、そんな残酷で悲しい質問。
ルシファーは一体どういうつもりで、俺にその質問を投げ掛けたんだろうか?仮に俺が『お前達を恨み、この世界を憎む』と答えたとして、こいつはどんな表情をするんだろうか?何故こいつは何の利益もない質問を····わざわざ俺を呼び出してまで投げかけて来たんだろうか?
質問の意図が分からない。
───────────いや、この質問に意味などない。
ただ知りたいから問い掛ける。それだけ。
それを知ったところで何の利益もないが、ルシファーは『知りたい』と願った。だから、今こいつは俺の前に居る。
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「────────────恨まねぇーよ」
「っ·····!?何故····!?」
「何故って、お前なぁ·····俺は最初に言った筈だ。ウリエルを守るためにこの世界を救う、と···。それは俺の意思であり、お前達に命令されたからじゃない。俺は俺の意思でこの戦争に臨んでいる。だから、この戦争で死んでも俺は誰も恨まねぇ····。まあ、俺を殺した相手は恨むかもしれねぇーがな」
さすがに自分を殺した相手も恨まずに過ごすのは無理だ。だって、普通に憎いし、タンスに足の小指ぶつけろ!って思うし···。
『随分と小さいですね。タンスに足の小指をぶつけろって····もっと他になかったんですか?』
うるせぇーなぁ!!今、パッと思いついたのがそれしか無かったんだよ!つーか、お前は今出てんくな!良いとこなんだから!
と─────────まあ、クソ天使のことはさておき、話の続きをしよう。
「確かに最初····異世界に召喚されたばかりの頃は色んなものを恨んだりした。ルシファーは知らないかもしれないが、俺は朝日····勇者の異世界召喚に巻き込まれる形でこっちに来たんだよ。それで即行お払い箱だぜ?恨まずにはいられねぇーだろ」
俺は緊張した空気を和ませるように少しおどける。肩を竦める俺にルシファーはクスリと笑みを漏らした。
どうやら、根暗陰キャの俺でもルシファーを笑わせることは出来るらしい。
こいつ、男のくせに妙に顔が整ってるから笑うと綺麗なんだよなぁ····。
「ふふふふっ!異世界召喚に巻き込まれたのは知っていたが、まさか無理やりだったとは····ふふふっ。不慮の事故かと思っていたよ」
「違ぇーよ。朝日が足元に現れた魔法陣に俺も引きずり込んだんだ。あいつ、運動得意で力も強いから逃げられなくてさ····異世界召喚に見事巻き込まれたよ」
「はははっ!それは災難だったなぁ····!」
「まーな。しかも、職業が『無職』で即行お払い箱だし····マジであの時は自分の不幸体質を呪ったよ」
今となっては良い笑い話だが、当時は結構必死だったからなぁ····。生きていくために必要な力を得るためにとにかく必死だった。あの頃は野宿ばっかりだったし····まあ、野宿は嫌いじゃないがな。慣れれば意外と良いもんだ。
普段穏やかな笑みしか見せないルシファーが豪快に笑う様は珍しい。俺の苦労話を楽しそうに聞くルシファーは今だけ普通の男の子に見えた。魔王という肩書きすら忘れてしまうほど、今のルシファーは良くも悪くも普通だ。
俺はツボに嵌ったルシファーの笑いが落ち着くのを見届けてから、再び口を開く。
「と、まあ····そんな感じで俺は最初この世界も朝日も神様も恨んでた。何で俺がこんな目にって····何度思ったか分からない。でも──────────そこにウリエルが現れた」
当時はあの幼い少女が俺にとって、かけがえのない存在なるなど思ってもみなかった。予想すらしていなかったんだ····。今、思えばウリエルと出逢えたのは人生最大の好機だったのかもしれない。
「最初は『人攫いから助けたのにお礼も言わずに去るなんて、非常識な奴』って思ってた。俺の世界では何かしてもらったら『ありがとう』、悪いことをしたら『ごめんなさい』が当たり前の世界だったからさ、お礼を言わずに去ったウリエルを当時はあまりよく思っていなかった。まあ、ウリエルが何も言わずに去った理由が直ぐに分かったから、それからはあんまり怒ってなかったけど····。で、まあ····色々あってウリエルをベルゼのところに届けるため、旅をして行くうちに──────────俺は“幸せ”をウリエルから貰ったんだ」
「幸せを貰った·····?その言い方は少し誇張が過ぎないか····?」
俺が元いた世界でどんな仕打ちをされて来たのか知らないルシファーは首を傾げる。サラリと銀色の短髪が揺れた。
多分、俺の気持ちをルシファーは理解出来ないと思う。不幸しか手に入らなかった俺と同じ人生を歩んだ人じゃなきゃ、多分俺の気持ちは分からない。
俺はティーカップを手に取ると、湯気立つそれを少し口に含んだ。適温を維持するそれは暖かく····香りもいい。
「俺、前の世界では学校····学び舎で虐められてたんだ」
「虐め·····?」
「ああ。小さい頃は名前が女っぽいからって虐められて····病気の関係で左目を失明したときは『片目しか見えないなんて変』って虐められた。俺の元いた世界は平和だったけど、そういう小さな戦争はどこにでもあった」
「小さな戦争····」
「ああ。世界規模で見れば驚くほど小さな····でも、本人からすればとても大きな戦争が俺の世界にはあった。そして、俺はその戦争で····身も心もボロボロだった。毎日『何で俺ばっかり、こんな目に遭うのか』って自分に問い掛けて····どうすれば、この苦しみから逃れられるのかと自問する。今、思えばあの頃の俺は狂う寸前まで行ってたと思う」
あの頃は本当に苦しかった。何もかもが嫌でしょうがなかった。俺を見る全ての人間が俺を馬鹿にしていそうで嫌だった。
何も聞きたくなかったし、何も言いたくなかった。何も見たくなかったし、誰にも見られたくなかった。何も感じたくなかったし、誰かに自分の存在を感知されるのも嫌だった。
本当に何もかも嫌だったんだ····。
今思い返してみると、よく狂わずにここまで来れたなってつくづく思う。本当に····あの頃の俺はいつ狂っても可笑しくなかった。狂わなかったのが奇跡なくらいだ。
「だから────────────不幸続きの俺に幸せをくれたウリエルは俺の宝物なんだ。俺を初めて肯定してくれた子なんだ、ウリエルは····。俺という存在を認めてくれた、たった一人の女の子。俺はウリエルを守るためなら、死んだって構わない。ウリエルを救うためだったら、俺の命も世界の命運も全部投げ打つ覚悟がある」
俺は俺の目的のためにこの戦争に参加し、剣を振るうだけだ。その結果、死に絶えたとしても後悔はない。誰かを恨むなんて以ての外だ。
なあ、ルシファー····お前は俺に恨んで欲しかったんだろうが、そうは行かないぜ?俺はお前を恨むことはない。もちろん、他の奴らもだ。
俺が誰かを恨むことがあるとすれば、
それは───────────ウリエルが殺された時だけだ。
「フッ····相変わらず、君は無茶苦茶だな」
「そりゃ、どーも」
「ははっ!まあ、オトハくんの気持ちは分かった。私の質問に答えてくれて、ありがとう」
「ああ」
俺の無茶苦茶な言い分にどこか呆れたような表情を浮かべるルシファーだったが、さっきまでの悲しそうな表情はどこにもない。何かが吹っ切れたような清々しい表情をしていた。
俺はティーカップに残った紅茶を一気に飲み干すと、おもむろに立ち上がる。
長居は無用。ルシファーのためにも直ぐに撤収しよう。
「んじゃ、俺は部屋に戻るよ。また何かあったら、呼んでくれ」
「ああ、ありがとう」
一人でいることが多いこの魔王様は本音やストレスを溜め込みやすい。今回のこの質問も溜め込んだ何かが爆発して、こんな風に発散するしかなかったのだろう。
ま、話し相手ならいつでもなってやるよ。なんてったって、ルシファーは俺らの総大将だからな。
俺はヒラヒラとルシファーに手を振り、彼の書斎を後にするのだった。
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