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第三章

第79話『ラボ』

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 それから、数日が経過したある日。
俺は今日一日分の訓練を中止し、マモンの研究室を訪れていた。
 ダボダボの白衣に身を包んだ青髪の少年がラボ内に入ってきた俺を振り返って、にっこり笑う。これから行う実験····と言うか、確認作業に胸を躍らせているようだった。
 今日ここに来た目的は転職ジョブチェンジで勇者になれるのかどうか確認するため。あとは聖剣が現れるかどうか、だ。
これを事前に確認しておかなければ、作戦のたてようがない。

「いらっしゃい、オトハー!僕のラボへ、ようこそー!」

「ああ」

「あははー!相変わらず、オトハは素っ気ないよねー!」

「マモンは明る過ぎなんだよ」

「それは否定しないー!」

 未知との遭遇に胸を躍らせるマモンはいつになく楽しそうだ。研究者にとって、未知の解明は名誉ある事だからな。
 楽しそうに笑うマモンから視線を逸らし、室内を見渡す。
 にしても·····すげぇな、ここ。
 研究室ラボと言うだけあって、怪しい液体や生物の標本が山のようにある。俺の身長ほどある筒状のガラスケースには生きた魔物が飾ってあった。如何にも怪しい研究室って感じである。
照明が弱く薄暗いこともあり、なかなか雰囲気があった。
 お化け屋敷には持ってこいの研究室だ。
夜中に殺された魔物の霊なんかが出そうだな。
 キョロキョロと辺りを見回し、怪しさ満点の室内に苦笑を浮かべた。

「ちょっと、待っててねー!まだ準備が整ってないんだよー!」

「ああ。別に準備は焦らなくて良い。今日はどうせオフだからな」

「ははっ!そう言って貰えると助かるー!」

 青髪の少年は室内にある水をたいらに伸ばし、いつもルシファーがやっているようにスクリーン状にする。左手には何やら難しそうな単語や言葉が並ぶ魔法陣が幾つかあった。
 マモンが今、準備しているのはルシファーがいつも使っている水魔法のあれだ。人や物をピンポイントに映し出す魔法。簡単に言うと、監視カメラみたいなものだな。
 今回映し出す映像は勇者──────朝日のリアルタイム映像だ。
 実はこの魔法、場所指定は簡単に出来るのに人物指定がかなり難しいらしい。難しい演算を幾つも行って、初めて人物指定が出来るんだとか····。だから、準備に少し時間がかかっているのだ。
 まあ、マモンの頭脳なら直ぐに準備が終わると思うがな。
 そして、次に──────────その目的だ。
何故朝日をリアルタイムで観察する必要があるのか。その理由は至って簡単。
───────────朝日の聖剣が俺の転職ジョブチェンジにどう影響するか、観察するためである。
 まあ、朝日を観察するってよりかは朝日の持つ聖剣の動きを観察するって感じだな。
これをやらないと、聖剣に関する仮説が立てられないんだ。
 聖剣は複数あるのか、一本しかないなら何を基準に使い手を選んでいるのか、もしも俺の手に渡ったとして転職ジョブチェンジを解いたあと聖剣は朝日の元に戻るのか····。
調べたいこと・調べなきゃいけないことは山ほどある。
 あとは勇者が二人現れた場合、世界に何か影響があるのか、とかな。

「えーと····これをこうして、あれを二にして····ここの記号はこれに置き換えて·····よしっ!完成!」

「おっ?出来たか?」

「うんっ!ほら、見てー!あの忌々しい勇者が映ってるでしょー?」

 忌々しいって····いや、まあその通りなんだが····言い方をもう少し考えて欲しい。
 ニコニコといつもと変わらない笑顔で『忌々しい』とか言うもんだから、脳がこんがらがってしまう。見せてる表情と言ってる事が真逆なんだよなぁ····。
おまけにマモンは容姿が幼いから、更に混乱してしまうんだ。
 こいつと居ると、どうも調子が狂う·····。
 俺は笑顔で朝日を罵るマモンを一瞥し、朝日を映し出したスクリーン水面に目を移した。
 そこには修道服の女と抱き合う金髪の姿が····。
 朝日って、ユノと出来てたのか。
狂信者と愚者なんて、良いコンビじゃねぇーか。
 呆れ顔で美男美女のイチャイチャ姿を眺める俺に横から余計な一言が····。

「音声いるー?」

「絶対にいらん」

「ははっ!即答だねー」

 こんなバカップルの映像を音声付きで見るなんて····耐えられる気がしない。いや、確実に耐えられねぇ···。
 勝手に二人のイチャイチャ姿を見ているのは俺達だが、どうもムカつく。『なら、見るな』って話だが今の俺達にその選択肢はなかった。
 聖剣を観察するにはどうしても朝日のリアルタイム映像を見なければならない。それがどれだけ苦痛だろうと····。

「なんかさー····このクソ勇者が幸せそうに笑ってると、ぶち壊したくなるよねー。その女を殺して、絶望に歪む顔が見たいって言うかー」

「相変わらず、ぶっ飛んだ思考回路してんな。それより、早速始めるぞ。時間は沢山あるが、無駄に出来るほど多い訳じゃない」

「それもそうだねー!早速始めよっかー!映像も安定してるしー!」

「ああ」

 人物指定の映像は場所指定のものより、揺れが大きく不安定だ。途中で映像が途切れることもしばしば。映像が安定している内に終わらせた方が良い。
 期待の眼差しを向けてくるルビーの瞳を一瞥し、俺は大きく息を吸い込んだ。
 ビアンカの話だと、数ある職業の中で勇者が一番HP消費が激しい職業らしい。神から与えられた職業なのだから、当然と言えば当然だが····。今の俺のレベルは100を優に超えている。この状態で何分持つか···。
ビアンカに見解によれば勇者での最大活動時間は15分が限界らしい。
しかも、それはあくまで無傷状態であればの話。それに限界時間である15分まで能力を酷使すれば俺は死ぬ。
 まあ、今回は実験と観察だけなので問題は無いが···。
 ビアンカ、転職ジョブチェンジだ。選択職業は勇者。今回は消費HPが2万を切ったら、俺の許可がなくても転職ジョブチェンジを解いてくれ。


『了解しました。

職業“無職”の特殊能力発動──────職業を“勇者”に変更しました。身体能力及び攻撃力が1000アップ。全てを切り裂く聖剣を獲得。バトルモードON!戦闘態勢に入ってください』

 脳内でソプラノボイスがそう唱えた途端、俺の体が淡い光に包まれる。もう何度も見てきた、この光は俺の体を優しく包み込んでくれた。
 刹那────────────俺を包み込んだ光は一箇所に集まり、突然消える。
コトンッと床に何か硬いものが落ちた。
 こ、れって····まさか、あの聖剣か!?
朝日が自慢げに掲げていた純白に光る聖剣が今、俺の目の前にある。
 すげぇ····本当に俺、勇者になれたんだ。
 言い表せない高揚感が胸に広がった。俺は緩む頬を必死に引き締めながら、床に落ちた聖剣を拾い上げる。
 これが聖剣····勇者のみが扱うことが出来る全てを切り裂く剣!これが·····朝日みたいな主人公キャラが持つ武器か····。なんか、すげぇ····!!
 子供みたいに瞳をキラキラと輝かせる俺の横でマモンはメモを取っていた。

「なるほど····聖剣はやっぱり一本しか無いみたいだね。あのクズ勇者のところから剣が消えてる。多分オトハが勇者になったから、こっちに来たんだよ。ほら、見て?あのクズ勇者とクズ女が慌ててるから」

 マモンは手にした羽根ペンでスクリーンを指した。そこには確かに慌てふためく二人の姿が·····。
 朝日もユノも突然消えた聖剣にビックリしているようだった。
 まさか今、魔族領に居る俺の手に聖剣があるとは思うまい。『してやったり』とほくそ笑む俺の隣でマモンは聖剣の刃に羽根ペンを宛がっている。羽根ペンは何の抵抗もなく、ただスルスルと聖剣に斬られていった。

「わあ!すごーい!本当に何でも斬れるんだー?この羽根ペン、結構硬い筈なんだけどなぁー!」

「勝手に試すな。驚くだろうが····」

「ごめんごめんー!」

 全く気持ちの入っていない謝罪が返ってきたところで、俺は聖剣の刃に手で触れる。
 やっぱ、斬れないか。
 持ち主の手や体は斬れないよう設定されているみたいで、俺自身が触っても掠り傷一つ付かない。
 これは予想通りだな。持ち主の体も斬れる剣だったら、色々難ありだし。何より、あの朝日が無警戒にブンブン振り回せる筈がない。
 仮説が立証された俺の隣でまたしてもマモンが余計なことを仕出かす。

「おー!斬れる斬れるー!」

「······お前なぁ····」

「あははっ!ごめんってー!」

 絶対『ごめん』なんて思ってないだろ····。
 どういう訳か、マモンは聖剣で自分の指を斬り落とした。痛みを感じないのか、感心した様子で血塗られた聖剣を眺めている。斬り落とされた指は直ぐに修復が始まった。まるで、時間を戻すように一瞬にして指が元に戻った。
 こいつ、不死身だからってそれはないだろ····。見てるこっちがヒヤヒヤするわ。
 『はぁ·····』と深い溜め息をつく俺の横で次にマモンは聖剣で足を斬り落とす。
 こいつ·····絶対懲りてないだろ。
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