無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜

あーもんど

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第二章

第76話『灰と約束』

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 翌日の早朝。
徹夜で報告書を作成していた私は魔王城の執務室を訪れていた。魔王様専用の執務室では魔王 ルシファーがソファに腰かけている。いつもと変わらないローブ姿で書類整理をしている魔王様は私の報告書に目を通していた。

「····よし、下がっていいぞ。報告書は確かに受け取った」

パサッと書類をテーブルの上に置き、こちらに視線を寄越す魔王様は『もう休め』と言葉を付け足す。私が徹夜で作業していたことはバレバレだった。
 まあ、これだけ早く報告書が上がれば徹夜で作業していたことはバレバレか。
 徹夜で作業していたのは魔王様も同じだろうに。睡眠・休養をあまり必要としない魔王様の体はほぼ毎日休みなく働いている。まるで、戦えない自分を責めるように·····少しでも我々の負担を減らすため、仕事を率先して行っていた。
 本当昔から変わりませんね、魔王様は·····。
 私は魔王様の命令を拒むようにその場で膝をついた。

「報告書以外にもお渡ししたいものがあります」

「·····なんだ?」

「元魔王軍幹部 ベルフェゴールの死体····いえ、“灰”です」

 私はベルフェゴールの灰を詰めた小瓶を取り出し、それを魔王様に差し出した。白に近い灰色の粒子は薄ピンクの瓶の中で煌めいている。
 ベルフェゴール·····お前をやっと魔王様の元へ帰すことが出来た。本当に·····遅くなってすまない。
 魔王様はゆっくりとソファから立ち上がると、私の手にある小瓶を受け取った。悲しみを滲ませたレッドアンバーの瞳はただ静かに小瓶を見つめている。

「·····そうか。ベルフェゴール、帰って来れたんだな」

 小瓶の表面を撫で、泣きそうな顔で笑う魔王様はどこまでも苦しそうに声を絞り出す。悲しそうなのに···どこか嬉しそうに微笑む魔王様は美しく感じた。窓から差し込む朝日に魔王様が照らし出される。薄ピンクの小瓶は朝日を反射して、輝きを放っていた。
 あの小瓶は昔、ベルフェゴールが私にくれたものだ。ピンク、なんて····屈強な戦士たる私には似合わない色の小瓶を····あいつはプレゼントして来たんだ。本当可笑しいよな···?あんな可愛いもの、私に寄越してくるなんて·····。ああいう物はアスモやウリエルみたいな可愛い女性が似合うのに····なんで私なんかに渡したんだか····。
 魔王様は何度か小瓶を撫でると、瞳を閉じてそれを額に当てる。何かに懺悔するように少し頭を下げて···。

「─────────おかえり、ベルフェゴール。今はただ安らかに眠れ」

 魔王様はそう呟くと額から小瓶を離し、瞼を上げた。潤んだ瞳はどこか弱々しいのに凛としていて、格好いい。我々魔族を惹き付けてならない王はその綺麗な顔で優しく微笑んだ。

「この灰は全てが終わったあと、海にでも流してやろう。そのときは一緒に来てくれるな?ベルゼ」

「はい、勿論です。是非同行させてください」

「ああ、約束だぞ?」

「はい」

 穏やかに微笑む魔王様に頷けば、王は嬉しそうに笑った。
 守れるかどうか分からない約束を敬愛する主君と交わす私はきっと·····どこまでも愚かで卑怯だ。約束は嫌いなのに····この方のためなら仕方ないかと不確定な未来を約束してしまう。いつ、この命が朽ち果てるか分からないのに····。
 オトハという切り札を得た私達と人族との戦いは今後更に激化していくだろう。現状維持でしかなかった今までの戦いが『変化』を求める戦いになった時、より多くの血と犠牲が必要になる。その犠牲の対象に私が含まれている可能性は否定出来ない。
 この世界と子供達の未来を守るためなら、私はきっと貴方との約束を破るでしょう。そして、今にも死にそうな貴方の心に更なる傷を与える。
 この曖昧な約束が果たされたなら·····私はどんなに幸せだろうか。
 私は床に膝をついた状態から、ゆっくりと立ち上がり、今一度主君と向き合う。いつものように柔らかく笑う魔王様は柘榴の瞳を僅かに細めた。

「魔王様、私はこれで失礼します」

「ああ、今度こそゆっくり休め。それと────」

 魔王様はそこで言葉を区切ると、顔から笑みを打ち消し、至って真剣な表情で私を見つめる。妙な緊張感が私を襲った。
 す、ごいプレッシャー····。何もされないと分かっていても、体が強ばる····。
本能的に魔王様を怖がっているのは一目瞭然だった。

「─────────ウリエルのこと、よろしく頼むぞ。あれは放っておくと、自殺するタイプだ。責任感が強いのはお前にそっくりだが、責任の取り方が全く分かっていない。あの子の保護者を名乗るなら、きちんと正しい道を示せ。それが親としての義務だ」

「はい·····」

 親としての義務·····。
 魔王様の言っていることは少し大袈裟に聞こえるかもしれないが、間違ってはいない。ウリエルの落ち込みようを見る限り、放っておけば本当に自殺しかねない。
 でも、なんて言ってあげれば良いんだろうか····?『お前は悪くない。気にするな』と慰めれば良いのか?いや、それは違う·····。それはさっき試したが、全く効果がなかった。それどころか、更にウリエルを苦しめてしまったかもしれない。
 私は保護者として、あの子を正しい道へ導いてあげることが出来るんだろうか?

「では、私はこれで」

 ギュッと手を強く握り締めると、私は何の答えも出ないまま執務室を後にした。魔王様が何か言いたげな顔をしていたが、聞くのが怖くて何も言えなかった····。
 私がウリエルにしてあげられることを····探さなくてはならない。何があの子のためになって、何があの子のためにならないのか。
 ──────────この時の私は魔王様が言った言葉の半分も理解していなかった。
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