無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜

あーもんど

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第二章

第73話『有利な立場』

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 ひと月前まで剣すら構えられなかった朝日が今、ウリエルの首筋に聖剣を宛がっている。何もかもが雪のように白く、美しい聖剣が今だけとても憎らしかった。
 ウリ、エル·····ウリエルっ!!
 口元を鉄の被り物で覆われ、ブレスを吐くことが出来ない幼い少女は紫結晶アメジストの瞳を涙で濡らしていた。見れば、ウリエルの体はところどころ傷だらけである。
 こ、いつ·····!!幼い女の子に何してんだよ!!血まで流させて····それでも勇者か!!
それとも、あれか?魔族には人権ないですってか?ふざけんなよ!!ぶち殺してやる!!
 カッとなり、頭に血が上る俺をマモンは必死に諌めた。

「落ち着いて、オトハ。今、下手に動いたらあの子の命が危ない」

「っ·····!!でもっ·····!!」

「大丈夫。必ず助けるから、今は落ち着いて。僕らを信じて」

 幼い容姿とは不釣り合いな真剣な瞳に俺は何も言えなくなる。マモンがここまで言うのだから、何か策があるのだろう。怒りで腸が煮えくり返りそうな俺だったが、マモンの指示に黙って従った。
 全てはウリエルを無事に助けるため····。そのためには俺が冷静で居なくては····。
 ギュッと拳を握り締め、俺は朝日を睨みつけた。
 1ヶ月前の情けない姿とは比べ物にもならないほど、変わった朝日。別人とも言える変化に俺は内心動揺している。
 人は良くも悪くも変わっていく生き物だが、朝日の場合変わり過ぎている。見た目は朝日のままだが、中身が別人のようだった。剣すら構えられなかった1ヶ月の朝日とは到底思えない。
 この1ヶ月で一体何があったと言うんだ····?
 朝日の変わりようにはマモンも驚いたように片眉を上げている。

「あのヘタレが1ヶ月放置するだけでこんな風になるなんて····呪詛でも掛けられたのかな?」

「呪詛って····怖いこと言うなよ」

「いや、有り得ない話ではないよ。人族は陰険だからね。自分達の目的を達成するためなら、勇者すら利用する種族だもん」

「······」

 俺より、ずっと長く····そして、深く人族と関わってきたマモンの言い分に否を唱えることは出来なかった。だって····この朝日の変わりようが人族の全てを物語っている。呪詛を使ったかどうかはさておき、人族側が朝日に何かしたのは間違いない。
 俺なんかと再会して、安心してしまうほど1ヶ月前の朝日は精神的に弱っていた。そんな朝日が自力で立ち直れる筈がない。少なくとも、1ヶ月という短期間では····。
人族は一体朝日に何をしたんだ····!?
 朝日の変わりように動揺が隠せない俺を置いて、状況は加速する。

「勇者のアサヒ・ショウヨウとお見受けする。一体どうやって、ここまで来た?ここへは馬車を使っても丸二日はかかる筈だぞ」

「あー?んなの決まってんだろ?転移だよ、転移。俺の仲間には空間魔法が得意な奴が居てな····連発は無理だが、転移魔法が使える。俺達は転移魔法と馬車を使って、ここに来たんだよ」

「なっ····!?転移魔法ですって·····!?」

「人族の中で転移魔法を使えるのは極小数の筈···。捨て駒である勇者パーティーのメンバーにそんな優秀な人材が居るとは思えん····」

 実はいつもアスモがホイホイ使っている転移魔法は凄く難しい魔法の一つなんだ。無理やり空間を歪め、場所と場所を繋ぐ転移は使える者が極端に少ない。魔法との相性もあるが、魔力量と知識量が一番の原因だ。転移は短い距離でもごっそり魔力を持っていかれるため、空間魔法と相性が良い者でも使うのを躊躇う。あと、転移魔法には座標計算と魔法陣の知識が無ければ使うことが出来ない。転移魔法は様々な魔法文字を使って、初めて発動する魔法。知識量の少ない者が使えるほど、優しい魔法ではなかった。
 人族側はもちろん魔族側も転移魔法を使える者は少ない。だから、ここに転移する時わざわざルシファーが転移魔法を使ったのだ。その膨大な魔力と『全属性適性あり』という天賦の才能をフル活用して···。
 一応アスモやマモンも使えるが、こいつらは戦に参加するメンバーだからな。少しでも魔力を温存しておいた方がいい。
ルシファーらしい、現実的な考えである。

「捨て駒とは酷い言い様だな。俺は勇者だぞ?捨て駒なわけないだろうが!」

「そうですわ。勇者様を捨て駒扱いするなんて····失礼極まりない行為です」

 そう言って、朝日の隣に並んだのは見知らぬ女性だった。1ヶ月前の城内戦闘には居なかった女だ。紺に近い暗い青の修道服を身に纏う女性は朝日と同じ金髪を靡かせ、嫣然と微笑む。シスターのような格好をした金髪の女は空色の瞳を僅かに細めた。
 なるほど····こいつが朝日を唆した犯人か。
 確かに偉い美人だもんな、この女。
パッチリ二重の青眼に、傷みを知らないサラサラの金髪。唇はプルプルで、見事な桜色をしていた。見た目の良さだけなら、アスモやベルゼをも凌ぐ美人。その美しさはまさに女神そのものだった。

「ユノ、お前の言う通り魔族は野蛮な種族だ。敵とは言え、一人残らず抹殺するとは····酷い奴らだ」

「ええ、本当·····酷い方々です。心ある生物とは思えません」

 なるほど、この女の名はユノと言うのか。随分とまあ····穢れた女だ。ついでに猫被りが上手い。
 俺は確かに見た。こいつの口元がいびつに歪んだ様を····。
 鼻の下を伸ばす朝日に寄り掛かり、『およよよよ』と涙を流すユノはまさに名女優だった。

「いけ好かない女」

「だな」

 マモンもユノから歪んだ何かを感じたのか、不機嫌そうに眉を顰めた。アクアマリンの瞳には不快感が露わになっている。
 マモンがここまで誰かを毛嫌いするなんて、珍しいな。
基本他人に興味が無いマモンは誰かを好くことも嫌うこともあまりない。まあ、要するに他人に無関心なのだ、こいつは。
 そんなマモンが初対面の女性に対して、嫌悪感を露わにする事はあまりない。というか、初めてだ。

「お前達が私達をどう思うと構わんが、とりあえず····その娘を返しては貰えないか?」

「だったら、パンドラの箱を渡せ!」

「それは出来ない」

「なら、この娘を殺す!」

 ウリエルの首筋にあてがった聖剣に朝日は力を込める。スルリと空気を斬るようにすんなりウリエルの皮膚に刃が入った。
 っ·····!!血がっ·····!!
 ビクビクと震えるウリエルの首筋から血が流れ、聖剣を赤く染め上げる。
 正直もう我慢の限界だった。

「ベルゼ!もうパンドラの箱なんかっ····!」

「しっ!オトハ!静かに!ベルゼが絶対何とかするから、オトハは黙ってて!」

 『パンドラの箱なんか、くれてやれよ!』と叫ぼうとした俺の口をマモンは力ずくで塞いだ。俺の口をその小さな手で塞ぎ、暴れる俺を無理やり抑え込む。幼い容姿からは想像もつかないほど、マモンの腕力は凄まじかった。
 腕を····払い除けられねぇ····!!
 ジタバタ暴れる俺を一瞥したベルゼは茶色がかった瞳に朝日を映し出す。

「殺しても構わない。だが──────────その時点でお前達の身を守る盾は無くなるぞ?」

「なっ·····!?」

「勘違いするなよ、勇者。この交渉において、有利に立っているのはお前達じゃない。我々魔族だ。六人しか居ないお前達に対し、我々は二十人近く人が居る。それも実力者揃いのな。

さて、問題だ─────────────今、お前達の身を守っているものは何だ?」

 朝日達の身を守っているもの、それはウリエル。即ち人質だ。人質が居るから、手を出していないだけ。そうじゃなければ、とっくのとうに朝日達は死んでいる。
 ベルゼが遠回しに脅しを掛ければ、朝日は見るからに動揺した。自分達を取り囲む魔族を見回し、顔を歪める。やっと、自分の立場が分かってきたらしい。
 人質の人物がウリエルだったため、酷く動揺してしまったが、よく考えてみれば有利に立っているのは俺達なんだ。実力が上なのもパンドラの箱を持っているのも俺達。朝日たち勇者パーティーの切り札は人質のウリエルだけ。それだけでこの状況を打破出来る訳がなかった。
 警備兵の惨状を見た時点で、さっさと撤収すれば良かったものを····。欲をかいて、パンドラの箱を取り返しに来たのが運の尽きだったな!朝日!
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