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第二章
第69話『ベルゼビュートとベルフェゴール』
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私にとって、ベルフェゴールは何よりも大切な存在だった。獣人族とドラゴン族と言う、種族の違いはあれど私達の間には確かに絆があった。恋人に捧げる愛情や家族に向ける親愛とはまた違う感情。『好き』なんて言葉では表しきれない何かを私はベルフェゴールに抱いていた。
「相変わらず、民からの当たりが強いな。俺達は魔王様に認められて、魔王軍幹部になったって言うのに」
「そうだな。だが、まあ····仕方ないだろう。史上初の獣人族の幹部と忌まわしい黒炎竜の幹部なんだからな、私達は。民からの風当たりが強くなるのは当然だ」
私達が魔王軍幹部になったばかりの頃は元魔王軍幹部レヴィアタンの裏切りが発覚したばかりで、民も混乱していた。あんなにも優しくて聡明な人が人族と繋がっていたスパイだったのか、と····民は一種の疑心暗鬼に陥っていたのだ。そんなときに私達二人が新しい魔王軍幹部として迎え入れられた。レヴィアタンを慕っていた民達の行き場のない怒りは新米幹部の私達に向けられた。
史上初の獣人族の幹部ベルフェゴールは『本当にこいつが幹部で大丈夫なのか』と罵られ、大昔の神々の戦争でヘラが化けたとされる黒炎竜と全く同じ姿の私は『ヘラの生まれ変わり』『忌まわしい子』と疎まれた。
ベルフェゴールはさておき、ヘラが化けたとされる黒炎竜にそっくりな私は恐らくレヴィアタンの件がなくても、疎まれていたと思う。ついでに人化した姿もヘラとかなり似ていたから····。より、民の不快感を煽っていたことだろう。
「まあ、心配せずともベルフェゴールへの風当たりはそのうち弱まるさ。お前は魔法を使うのは下手くそだが、体内魔力を活性化させた身体強化は目を見張るものがある。戦に出れば大活躍だろう。うるさい民の口など、実力で黙らせれば良い。お前にはその力がある」
私への風当たりが弱まることはないだろうが、ベルフェゴールは実力さえ示せば風当たりが弱くなる。ベルフェゴールが民に罵られる理由は実力が分からないから。獣人族はパワー面で秀でた種族だが、幹部になれるほど強い奴はなかなか居ない。魔王軍には入っても、隊長になるのが精一杯だった。だから、民達はベルフェゴールの実力を推し量れずにいるのだ。
だが、逆に言えばそれ相応の実力さえ示せば民を黙らせることが出来る。『実力不足なのでは?』と言う不安要素が消え、民は安心してベルフェゴールを迎え入れることが出来るのだ。
だから、心配せずともベルフェゴールに向けられる不平不満はすぐに収まった。
まあ、私はそう簡単にいかないがな····。
私とベルフェゴールでは状況が違う。例え、私が圧倒的実力を見せつけても、『ヘラと同じ黒炎竜だから』という理由で軽蔑視されるのは目に見えていた。
「俺のことはどうでもいいんだよ。悪口を言われて良い気はしないが、別に気にすることでもないからな。でも──────────俺はベルゼを悪く言われるのは我慢ならない」
「フッ····どうした?急に」
「『どうした』もこうしたもねぇーよ。真面目で優しいベルゼが『ヘラと同じ黒炎竜だから』って理由で軽蔑視されるのが我慢できないんだ、俺は!」
「そう言われてもなぁ····。邪神と蔑まれるヘラと似たドラゴンなど、誰も認めんだろう。潜在能力が幾ら高くても、それは私を認める材料にならない。それに私は別に気にしていない。だから、お前も気にするな」
「·····ベルゼは優し過ぎるんだ」
「その台詞、そっくりそのままお前に返す」
「なっ····!?」
優しいのは私じゃない。お前だよ、ベルフェゴール。嫌われ者の私と仲良くしてくれる者はお前だけだ。魔王様や他の幹部達は普通に接してはくれるが、仲がいい訳ではないからな。『友』と呼べる奴はお前しか居ない。
魔王城の城内で、私の隣を堂々と歩く変わり者はベルフェゴールしか居なかった。
◆◇◆◇
それから数百年という長い年月が過ぎ、徐々に私を信頼してくれる部下や仲間が増え始めた頃、何度目か分からない人族との戦争に私は駆り出された。
この時も今と同じようにパンドラの箱を奪還する目的で始まった戦争だ。最強の死霊使い率いる人族一万人に対し、我々はたったの100人。数の差は歴然だった。
今回は少数精鋭で密かにパンドラの箱を奪還する作戦だったのだが、部下の一人がドジを踏み、派手な抗争に発展していた。
「ベルゼビュート様、ご報告申し上げます!一番隊はほぼ壊滅状態、二番隊と三番隊はまだ動けますがそう長くは持ちません!」
「報告ご苦労。疲れているところ悪いが、撤退準備をするようアスモに伝えてくれ。こうなった以上、任務遂行は不可能だ。これ以上被害が拡大する前に撤退する」
「はっ!」
死霊使いが操る死体が多すぎて、とてもじゃないが前に進めない。ここで粘ったところで、数に押されるのがオチだった。ならば、任務遂行を諦めて撤退した方がいい。
風に乗って消えた伝達係の部下を見送り、私は聖の闘気を纏った長剣で死体を一つ斬り捨てる。
「──────────ベルゼ!撤退か?」
馬鹿でかい斧を振り回し、敵を五人ほどミンチにしたベルフェゴールがこちらに駆け寄ってきた。ここ数百年で更に筋肉をつけたベルフェゴールは上半身裸の状態で斧を振るう。裸は防御力が格段に落ちるため、本当なら鎧を着て欲しいところだが、もう今更だ。
私は合流したベルフェゴールと背中を合わせ、私達を取り囲む死体の軍団を見渡した。
「ああ。今、アスモに撤退準備をするよう指示を出した。直に魔族領へ繋がる巨大な転移陣が出来上がることだろう。私達はそれまで持ち堪えるだけでいい」
「なるほどな。確かにこのまま戦っても、キリがない」
そう言って、近くの敵を軽く蹴散らしたベルフェゴールは少し息が上がっていた。
もうそろそろ、ベルフェゴールも限界か···。長時間の身体強化は体に負担が大きいからな。限界に達しても可笑しくはない。
「ベルフェゴール、私が周囲の死体を一掃するから、お前はアスモの元へ行け。もうすぐ魔力切れを引き起こすぞ」
体内魔力活性化による身体強化はさっきも言った通り、体への負担が大きい。おまけに魔力消費も大きかった。幹部クラスの魔力量の持ち主でなければ、一時間も持たない。
体内魔力活性化による身体強化は魔法での身体強化より無駄がないため、効率はいいが····なんせ魔力消費量が馬鹿にならないからな。人族との抗争が始まってから、三時間は経つ。身体強化だけなら、まだ持っただろうが、ベルフェゴールは何度か仲間の治療のために魔法を使っている。それもかなり大掛かりな魔法だ。一度休ませなければ危険だ。
ベルフェゴールも魔力切れの予兆をずっと前から感じていたのか、私の提案に否を唱えることはなかった。まあ、かなり不服そうではあるが····。
「では、範囲攻撃を仕掛ける。私の側から絶対に離れるな!」
「ああ」
私は剣身をザクッと地面に突き刺し、足元に巨大な魔法陣を描いた。赤く光るそれは円形に広がり、魔法文字を次々と書き込んでいく。
仲間の隊員たちはアスモの命令で戦場から離脱しているだろうし、少し派手にかましても問題はないだろう。
「死んでもなお動き続ける屍たちよ、喰らうがいい───────────終わりを告げる黒炎を!」
私は地面に突き刺した剣を引き抜き、それを高々と天に掲げた。刹那、足元に描かれた巨大な魔法陣が展開を始める。
────────────安らかに眠れ。
そう願った瞬間、ここら一帯を黒い炎が飲み込んだ。一度触れれば必ず灰と化す死の炎は死体たちを次々と灰に変えていく。原型すら留めぬ変わりように今一度己の力を呪った。
黒炎竜と化したヘラの炎も全てを灰と化す力を秘めていたらしい。
魔王様は『その力が悪い訳では無い。誰がどんな風に使うかが問題なんだ』と言ってくれたが、私はどうしてもこの力を好きになれない。呪いとしか思えないこの力を····私は一度たりとも嬉しく思ったことは無かった。
───────────全てが灰と化したこの地で、立っているのは私とベルフェゴールだけ。
「相変わらず、お前の力は凄いな」
「そうか?それより、早く離脱を·····なっ!?」
ふと後ろを振り返ってみると、私の脳天目掛けて放たれた矢が真っ直ぐにこちらへ向かっているところだった。
よ、避け····!!で、でも体が·····。
あれほどの広範囲攻撃を行えれば多少なりとも体に支障が出る。支障と言っても、体の動きが多少鈍くなる程度であまり害はない。放っておけば数分で収まるしな。
だが──────────今回はタイミングが悪過ぎた。
回避は不可能か····ならば、防ぐしかない。
でも、魔力を大量放出した状態で上手く結界を張れるかどうか····正直自信がなかった。
とりあえず、やるしかない!
手を前に突き出し、結界魔法を展開させようとした、そのとき───────────。
「──────────ベルゼ!危ない!!」
私の視界をその巨体で埋めてしまうほど、大柄な男が目の前に飛び出して来た。その光景がやけにスローモーションに見える。
私を庇うため、前に飛び出してきたベルフェゴールはその逞しい腕で私を抱き締めた。ベルフェゴールの腕の中に私はすっぽりと収まる。
結界魔法のことなど忘れ、目を見開いて固まる私の真横に鏃が現れる。それはシュッと私の頬を浅く切った。
な、にが····?
「ぐはっ····!!ベルゼ、無事か·····?あぁ、悪い。顔に傷が·····」
「へ····?あ、や····ベルフェ、ゴール····ベルフェゴール!」
一瞬何が起きたのか分からず固まっていた私だったが、すぐに状況を理解した。
私を庇ったベルフェゴールがその身に矢を受けたこと。矢がベルフェゴールの胸を貫き、その鏃が私の頬を切ったこと。そして──────────最悪のタイミングでベルフェゴールが魔力切れを引き起こしたこと。
体内魔力活性化による身体強化は防御力も上げるものだ。まず、普通の矢が刺さることは有り得ないし、刺さったとしてもそのダメージは防御力である程度軽減出来る。だが、今回ベルフェゴールは矢をその身に受ける直前で魔力切れを起こしてしまった。
つまり───────────矢のダメージをもろに食らった訳だ。
こいつの生命力は高いが、それにも限界はある。報告によると、ベルフェゴールは自分の怪我の手当てを後回しにしていたらしい。仲間の手当てを優先させたベルフェゴールは恐らく、生命力が半分以下になっていた。それでも普通に動けていたのは身体強化のおかげである。だが、その身体強化が無くなれば····。
私は大急ぎで結界を張ると、その場に蹲るベルフェゴールにそっと触れた。
「今、治癒魔法を·····!!」
「いや、無駄だ」
「それはやってみないと分からないだろう!?」
「いや、分かるさ。だって──────────俺の生命力は0を指している」
「!?」
通常生命力が0になった者はすぐに死に至るが、私やベルフェゴールのように生命力が高い者は死ぬまで少しラグがある。生命力を示すHPバーが0に到達するまで、少し時間がいるのだ。
い、いや!まだ可能性はある!!私はベルフェゴールを見捨てたりしな·····。
「ハイヒー····んぐっ!?」
「はぁはぁ····無、駄な魔力を使うな。お前の残っ、た力は仲間のために····使え!」
『ハイヒール』と唱えようとした私の口を手で塞ぎ、ベルフェゴールは苦しそうに呼吸を繰り返す。私の唇に触れた手の平は驚くほど冷たかった。
それらの情報がベルフェゴールの死を予感させる。
い、やだ····嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!ベルフェゴールを死なせたくない!!お前は·····お前はっ!!私と違って、魔族に必要な存在なんだ!!温厚で優しくて、仲間思いで····そんなお前が魔族には必要なんだ!!呪われた力を持つ私じゃなくて·····お前が必要なんだよ!!
感情が昂ったせいか、目端から涙が溢れ出す。
嫌だ····死なせたくない····死ぬなら、私が死ぬ····。
駄々を捏ねる子供のようにイヤイヤと首を振る私にベルフェゴールは銀の瞳を細めた。
「はぁはぁ····ベルゼ───────────俺の分まで生きろ」
そう言うと、ベルフェゴールは糸の切れたマリオネットのように───────────ピクリとも動かなくなった。
「相変わらず、民からの当たりが強いな。俺達は魔王様に認められて、魔王軍幹部になったって言うのに」
「そうだな。だが、まあ····仕方ないだろう。史上初の獣人族の幹部と忌まわしい黒炎竜の幹部なんだからな、私達は。民からの風当たりが強くなるのは当然だ」
私達が魔王軍幹部になったばかりの頃は元魔王軍幹部レヴィアタンの裏切りが発覚したばかりで、民も混乱していた。あんなにも優しくて聡明な人が人族と繋がっていたスパイだったのか、と····民は一種の疑心暗鬼に陥っていたのだ。そんなときに私達二人が新しい魔王軍幹部として迎え入れられた。レヴィアタンを慕っていた民達の行き場のない怒りは新米幹部の私達に向けられた。
史上初の獣人族の幹部ベルフェゴールは『本当にこいつが幹部で大丈夫なのか』と罵られ、大昔の神々の戦争でヘラが化けたとされる黒炎竜と全く同じ姿の私は『ヘラの生まれ変わり』『忌まわしい子』と疎まれた。
ベルフェゴールはさておき、ヘラが化けたとされる黒炎竜にそっくりな私は恐らくレヴィアタンの件がなくても、疎まれていたと思う。ついでに人化した姿もヘラとかなり似ていたから····。より、民の不快感を煽っていたことだろう。
「まあ、心配せずともベルフェゴールへの風当たりはそのうち弱まるさ。お前は魔法を使うのは下手くそだが、体内魔力を活性化させた身体強化は目を見張るものがある。戦に出れば大活躍だろう。うるさい民の口など、実力で黙らせれば良い。お前にはその力がある」
私への風当たりが弱まることはないだろうが、ベルフェゴールは実力さえ示せば風当たりが弱くなる。ベルフェゴールが民に罵られる理由は実力が分からないから。獣人族はパワー面で秀でた種族だが、幹部になれるほど強い奴はなかなか居ない。魔王軍には入っても、隊長になるのが精一杯だった。だから、民達はベルフェゴールの実力を推し量れずにいるのだ。
だが、逆に言えばそれ相応の実力さえ示せば民を黙らせることが出来る。『実力不足なのでは?』と言う不安要素が消え、民は安心してベルフェゴールを迎え入れることが出来るのだ。
だから、心配せずともベルフェゴールに向けられる不平不満はすぐに収まった。
まあ、私はそう簡単にいかないがな····。
私とベルフェゴールでは状況が違う。例え、私が圧倒的実力を見せつけても、『ヘラと同じ黒炎竜だから』という理由で軽蔑視されるのは目に見えていた。
「俺のことはどうでもいいんだよ。悪口を言われて良い気はしないが、別に気にすることでもないからな。でも──────────俺はベルゼを悪く言われるのは我慢ならない」
「フッ····どうした?急に」
「『どうした』もこうしたもねぇーよ。真面目で優しいベルゼが『ヘラと同じ黒炎竜だから』って理由で軽蔑視されるのが我慢できないんだ、俺は!」
「そう言われてもなぁ····。邪神と蔑まれるヘラと似たドラゴンなど、誰も認めんだろう。潜在能力が幾ら高くても、それは私を認める材料にならない。それに私は別に気にしていない。だから、お前も気にするな」
「·····ベルゼは優し過ぎるんだ」
「その台詞、そっくりそのままお前に返す」
「なっ····!?」
優しいのは私じゃない。お前だよ、ベルフェゴール。嫌われ者の私と仲良くしてくれる者はお前だけだ。魔王様や他の幹部達は普通に接してはくれるが、仲がいい訳ではないからな。『友』と呼べる奴はお前しか居ない。
魔王城の城内で、私の隣を堂々と歩く変わり者はベルフェゴールしか居なかった。
◆◇◆◇
それから数百年という長い年月が過ぎ、徐々に私を信頼してくれる部下や仲間が増え始めた頃、何度目か分からない人族との戦争に私は駆り出された。
この時も今と同じようにパンドラの箱を奪還する目的で始まった戦争だ。最強の死霊使い率いる人族一万人に対し、我々はたったの100人。数の差は歴然だった。
今回は少数精鋭で密かにパンドラの箱を奪還する作戦だったのだが、部下の一人がドジを踏み、派手な抗争に発展していた。
「ベルゼビュート様、ご報告申し上げます!一番隊はほぼ壊滅状態、二番隊と三番隊はまだ動けますがそう長くは持ちません!」
「報告ご苦労。疲れているところ悪いが、撤退準備をするようアスモに伝えてくれ。こうなった以上、任務遂行は不可能だ。これ以上被害が拡大する前に撤退する」
「はっ!」
死霊使いが操る死体が多すぎて、とてもじゃないが前に進めない。ここで粘ったところで、数に押されるのがオチだった。ならば、任務遂行を諦めて撤退した方がいい。
風に乗って消えた伝達係の部下を見送り、私は聖の闘気を纏った長剣で死体を一つ斬り捨てる。
「──────────ベルゼ!撤退か?」
馬鹿でかい斧を振り回し、敵を五人ほどミンチにしたベルフェゴールがこちらに駆け寄ってきた。ここ数百年で更に筋肉をつけたベルフェゴールは上半身裸の状態で斧を振るう。裸は防御力が格段に落ちるため、本当なら鎧を着て欲しいところだが、もう今更だ。
私は合流したベルフェゴールと背中を合わせ、私達を取り囲む死体の軍団を見渡した。
「ああ。今、アスモに撤退準備をするよう指示を出した。直に魔族領へ繋がる巨大な転移陣が出来上がることだろう。私達はそれまで持ち堪えるだけでいい」
「なるほどな。確かにこのまま戦っても、キリがない」
そう言って、近くの敵を軽く蹴散らしたベルフェゴールは少し息が上がっていた。
もうそろそろ、ベルフェゴールも限界か···。長時間の身体強化は体に負担が大きいからな。限界に達しても可笑しくはない。
「ベルフェゴール、私が周囲の死体を一掃するから、お前はアスモの元へ行け。もうすぐ魔力切れを引き起こすぞ」
体内魔力活性化による身体強化はさっきも言った通り、体への負担が大きい。おまけに魔力消費も大きかった。幹部クラスの魔力量の持ち主でなければ、一時間も持たない。
体内魔力活性化による身体強化は魔法での身体強化より無駄がないため、効率はいいが····なんせ魔力消費量が馬鹿にならないからな。人族との抗争が始まってから、三時間は経つ。身体強化だけなら、まだ持っただろうが、ベルフェゴールは何度か仲間の治療のために魔法を使っている。それもかなり大掛かりな魔法だ。一度休ませなければ危険だ。
ベルフェゴールも魔力切れの予兆をずっと前から感じていたのか、私の提案に否を唱えることはなかった。まあ、かなり不服そうではあるが····。
「では、範囲攻撃を仕掛ける。私の側から絶対に離れるな!」
「ああ」
私は剣身をザクッと地面に突き刺し、足元に巨大な魔法陣を描いた。赤く光るそれは円形に広がり、魔法文字を次々と書き込んでいく。
仲間の隊員たちはアスモの命令で戦場から離脱しているだろうし、少し派手にかましても問題はないだろう。
「死んでもなお動き続ける屍たちよ、喰らうがいい───────────終わりを告げる黒炎を!」
私は地面に突き刺した剣を引き抜き、それを高々と天に掲げた。刹那、足元に描かれた巨大な魔法陣が展開を始める。
────────────安らかに眠れ。
そう願った瞬間、ここら一帯を黒い炎が飲み込んだ。一度触れれば必ず灰と化す死の炎は死体たちを次々と灰に変えていく。原型すら留めぬ変わりように今一度己の力を呪った。
黒炎竜と化したヘラの炎も全てを灰と化す力を秘めていたらしい。
魔王様は『その力が悪い訳では無い。誰がどんな風に使うかが問題なんだ』と言ってくれたが、私はどうしてもこの力を好きになれない。呪いとしか思えないこの力を····私は一度たりとも嬉しく思ったことは無かった。
───────────全てが灰と化したこの地で、立っているのは私とベルフェゴールだけ。
「相変わらず、お前の力は凄いな」
「そうか?それより、早く離脱を·····なっ!?」
ふと後ろを振り返ってみると、私の脳天目掛けて放たれた矢が真っ直ぐにこちらへ向かっているところだった。
よ、避け····!!で、でも体が·····。
あれほどの広範囲攻撃を行えれば多少なりとも体に支障が出る。支障と言っても、体の動きが多少鈍くなる程度であまり害はない。放っておけば数分で収まるしな。
だが──────────今回はタイミングが悪過ぎた。
回避は不可能か····ならば、防ぐしかない。
でも、魔力を大量放出した状態で上手く結界を張れるかどうか····正直自信がなかった。
とりあえず、やるしかない!
手を前に突き出し、結界魔法を展開させようとした、そのとき───────────。
「──────────ベルゼ!危ない!!」
私の視界をその巨体で埋めてしまうほど、大柄な男が目の前に飛び出して来た。その光景がやけにスローモーションに見える。
私を庇うため、前に飛び出してきたベルフェゴールはその逞しい腕で私を抱き締めた。ベルフェゴールの腕の中に私はすっぽりと収まる。
結界魔法のことなど忘れ、目を見開いて固まる私の真横に鏃が現れる。それはシュッと私の頬を浅く切った。
な、にが····?
「ぐはっ····!!ベルゼ、無事か·····?あぁ、悪い。顔に傷が·····」
「へ····?あ、や····ベルフェ、ゴール····ベルフェゴール!」
一瞬何が起きたのか分からず固まっていた私だったが、すぐに状況を理解した。
私を庇ったベルフェゴールがその身に矢を受けたこと。矢がベルフェゴールの胸を貫き、その鏃が私の頬を切ったこと。そして──────────最悪のタイミングでベルフェゴールが魔力切れを引き起こしたこと。
体内魔力活性化による身体強化は防御力も上げるものだ。まず、普通の矢が刺さることは有り得ないし、刺さったとしてもそのダメージは防御力である程度軽減出来る。だが、今回ベルフェゴールは矢をその身に受ける直前で魔力切れを起こしてしまった。
つまり───────────矢のダメージをもろに食らった訳だ。
こいつの生命力は高いが、それにも限界はある。報告によると、ベルフェゴールは自分の怪我の手当てを後回しにしていたらしい。仲間の手当てを優先させたベルフェゴールは恐らく、生命力が半分以下になっていた。それでも普通に動けていたのは身体強化のおかげである。だが、その身体強化が無くなれば····。
私は大急ぎで結界を張ると、その場に蹲るベルフェゴールにそっと触れた。
「今、治癒魔法を·····!!」
「いや、無駄だ」
「それはやってみないと分からないだろう!?」
「いや、分かるさ。だって──────────俺の生命力は0を指している」
「!?」
通常生命力が0になった者はすぐに死に至るが、私やベルフェゴールのように生命力が高い者は死ぬまで少しラグがある。生命力を示すHPバーが0に到達するまで、少し時間がいるのだ。
い、いや!まだ可能性はある!!私はベルフェゴールを見捨てたりしな·····。
「ハイヒー····んぐっ!?」
「はぁはぁ····無、駄な魔力を使うな。お前の残っ、た力は仲間のために····使え!」
『ハイヒール』と唱えようとした私の口を手で塞ぎ、ベルフェゴールは苦しそうに呼吸を繰り返す。私の唇に触れた手の平は驚くほど冷たかった。
それらの情報がベルフェゴールの死を予感させる。
い、やだ····嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!ベルフェゴールを死なせたくない!!お前は·····お前はっ!!私と違って、魔族に必要な存在なんだ!!温厚で優しくて、仲間思いで····そんなお前が魔族には必要なんだ!!呪われた力を持つ私じゃなくて·····お前が必要なんだよ!!
感情が昂ったせいか、目端から涙が溢れ出す。
嫌だ····死なせたくない····死ぬなら、私が死ぬ····。
駄々を捏ねる子供のようにイヤイヤと首を振る私にベルフェゴールは銀の瞳を細めた。
「はぁはぁ····ベルゼ───────────俺の分まで生きろ」
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