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第二章

第68話『聖戦』

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「ロイド・サイラス───────────我が同胞の体、返させてもらうぞ」

 そう言うが早いか、ベルゼはロイドと一気に間合いを詰めた。
なっ···!?は、はやっ····!?訓練の時の比じゃない!!
 訓練の時は辛うじて目で追えたが、今のベルゼは全く目で追えなかった。ただ二つの塊が衝突したり、離れたりしているだけ。俺の目ではそれしか分からない。どちらの塊がベルゼなのか分からないため、助太刀することも出来なかった。
 なんつーハイレベルな戦い····。
 感じるのは凄まじい風圧と風を切る音だけ。

「すげぇ戦いだな」

「感心してるとこ、悪いけど風避けになってくれる~?風のせいで目が乾いて結界陣の解析が全然出来なーい!」

「分かった」

 風避け程度のことなら、幾らでもやるさ。それで結界陣の解析が進むなら、尚のこと。
 俺は少し体の位置をズラし、マモンの顔が俺の背に隠れるよう調節する。元々俺の体はもやしみたいに細かったため、マモンの体全体を風から守ることは出来ないが、顔だけなら何とかなる。
 それにしても、凄い戦いだな。ベルゼの姿もロイドの姿も見えないため、どっちが優勢かなんて分からないがハイレベルな戦闘をしているのは確かだ。

「アスモデウス様、我々も戦闘に参加を···」

「それは許可出来ないわ」

「で、ですが····!!ベルゼビュート様だけに戦いを任せる訳にはいきません!我々も魔王軍の一員として····!!」

「駄目よ。貴方達じゃ足手まといになるだけだわ。それに──────────あれはベルゼの聖戦なの。私達なんかが邪魔しちゃ駄目だわ」

 ───────────ベルゼの聖戦。
 戦闘参加を申し出る魔王軍の隊員にアスモは憂いを滲ませた表情でキッパリ申し出を拒否した。戦場に私情を挟むのは本来であればご法度だが、アスモの言葉に否を唱える者は居ない。この場に居る誰もがベルゼの気持ちを理解出来るからだ。状況は違えど、苦しみを味わったのは同じ。だからこそ、アスモの判断に反論出来なかったのだ。
 ベルゼにとって、この戦いはケジメなんだ。だから、邪魔なんかしちゃいけない。最後の最後までベルゼに戦わせるのが今の俺達に出来ることだ。

「ベルゼビュート、こうしていると昔を思い出すようだな」

「ふんっ!昔話など、あの世でやれ!!」

「ははっ!つれないのも相変わらずだ。お前は本当昔から変わらないな」

「それはお前もっ·····同じだろ!!」

 呑気に会話を交わし始めた彼らだが、スピードはそのままだった。戦闘を始めてから、かれこれ10分は経つがスピードが全く落ちていない。それどころか、じわじわ上がって来ているように思える。
 互いにあれだけのスピードを出していながら、全くスピードが落ちていないなんて····ベルゼもロイドも化け物だな。そのスピードを維持する体力や身体能力も凄いが、それだけのスピードに耐える体が凄い。普通なら、空気抵抗やら風圧やらで体がぐちゃぐちゃになっていそうなのに····。結界でも張っているんだろうか?
 ──────────いや、それはないな。
魔族であるベルゼはさておき、ロイドは結界魔法など使えない。死霊使いネクロマンサーである彼は死霊術に関する魔法しか使えない筈だ。だから、結界魔法を扱える筈がない。何故なら、それがヘラの狙いであり、呪いだから····。
 てことはただ単にそのの防御力が高いってことだよな?死体とは言え、魔王軍幹部の体だし、風圧程度で傷を負うとは思えない。

「俺はいつだって変わっているさ。昔と変わらないところなんて何一つない」

「ハッ!どの口が言う!?その利己的な考え方も他人の意見を取り入れない頑固さも昔と何一つ変わっていないではないか!」

「ふはははっ!確かにそうだな。中身は何一つ変わっていないかもしれない。だが────────」

 ロイドがそこで言葉を切った瞬間、突然風がやんだ。
ベルフェゴールの肩に剣を突きつけるベルゼとその剣を片手で受け止めるロイドの姿が俺の目に移る。

「俺の強さは常に変化し続ける。昔と何一つ変わらないお前とは違う!!」

「────────────ぐはっ!!」

 口から大量の血を吐き出したベルゼの腹には····ロイドの片手が刺さっていた。ある意味これが本当の手刀なのかもしれない。
 指の付け根あたりまでベルゼの腹を深く突き刺したロイドの手刀。刺し傷から溢れ出す朱を帯びた液体はロイドの手を伝って、ポタポタと床に流れ落ちる。床には既に血溜まりが出来ていた。

「べ、ルゼ·····?ベルゼっ!!!」

 衝撃的な光景に一瞬意識が飛びかけたが、なんとか立て直した。
とりあけず、ベルゼを助けねぇーと!!あいつはこんなところで死んでいい奴じゃない!!
 ベルゼの元へ駆け寄ろうとする俺の足を誰かががっしり掴んだ。

「待って!オトハ!」

 俺に『待った』をかけたのは俺の足を掴んだマモンだった。赤にも似たマゼンダの瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。有無を言わせぬオーラを放つマモンだったが、それに屈する俺じゃない。

「こんな状況で待てるかよ!!早く離····」

「─────────これはベルゼの戦いだ!!僕達が手を出していいものじゃない!!」

「だ、だが!!死んでは元も子も····」

「じゃあ、オトハはベルゼにこれからも生き地獄を味合わせるつもりなの!?僕達に助けられたベルゼはきっとこれから先も過去に囚われる!ここで僕らがベルゼの代わりにロイドを倒し、ベルフェゴールの体を回収しても意味が無いんだ!ベルゼ自身の手でどうにかしなきゃ····駄目なんだよ。その結果死ぬことになってもベルゼに後悔はないと思う」

 これはベルゼの聖戦。ベルゼの戦い。外野が手出しして良いものじゃない。
それは分かる····分かるけどっ·····!!俺はベルゼをこんなところで死なせたくない!!
 友人をここで死なせるくらいなら、俺は·····俺はっ!!

「─────────オ、トハ····手出し無用だ。私は必ず生きてこの戦いを制する。だか、ら····心配するな」

「ベルゼ·····」

 苦しそうに肩で息を繰り返しながら、ベルゼは確かにそう告げた。『必ず生きてこの戦いを制する』と俺に約束してくれた。
 そうだよな。あのメスゴリラが負ける訳がねぇ!!
それにベルゼにはウリエルが居るんだ。可愛い弟子を残して死んで行くほど、ベルゼは薄情な奴じゃない筈だ!
 俺は前に傾く体を元に戻し、ただここからベルゼの戦いを見守る。
腹に突き刺さったロイドの手を掴み、ベルゼはそれを無理やり引き抜いた。すると、栓を無くした腹の刺し傷からドバドバと血が流れ出る。正直動けるのが不思議なほど、ベルゼの出血量は凄まじかった。
 死ぬなよ、ベルゼ····。約束きちんと守ってもらうぞ。

「はぁはぁ····」

「フッ。これだけの血を流しながら、まだ動けるとはな。やはりお前達魔族は化け物だ」

「はぁはぁ····化け物?世界を壊さんとするお前達人族の方がよっぽど化け物じみているが?」

「戯れ言を····。我々人族のみが貰い受けた職業の加護に嫉妬しているだけだろう?」

「ハッ!相変わらず、話の分からん奴だな」

 ベルゼは掴んだロイドの手に思い切り力を込め、手首をへし折った。そこに『仲間の体だから』と言った遠慮はない。どうやら、ベルフェゴールの体を傷付ける覚悟が出来ているらしい。
 手首の骨を折られても微動だにしないロイドは痛覚を失ったゾンビのようだった。

「こんな風に世界滅亡の話をするのも200年振りだな。実に懐かしい。まあ、それはさておき─────────仕切り直しと行こうか」

 ロイドは掴んでいたベルゼの剣から手を離し、数歩後ろに下がった。ベルゼはその隙に怪我を治癒魔法で治療する。ロイドは治癒魔法の気配に気づいていながらもそれに何か言うことはなかった。
 どうやら、ロイドは本当に『仕切り直し』をするつもりらしい。

「いつか決着をつけたい思っていたぞ、ベルゼビュート」

「それに関しては私も同意見だ」

「初めて気が合ったみたいだな」

「ああ。それより、早く始めよう。こちらはあまり時間が無い」

 朝日率いる勇者パーティーがこちらに到着するのは明日の早朝。つまり、今夜中にパンドラの箱を持って逃げなければならない。夜は長い。が、そうゆっくりもしていられないだろう。
 ベルゼの催促にロイドはニヤリと唇の片端を吊り上げた。いびつに歪んだ笑みはゾッとするほど美しい。

「では───────────決闘開始と行こうか」
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