上 下
33 / 100
第一章

第33話『弱肉強食』

しおりを挟む
 ────────この世は弱肉強食。
強者が弱者を淘汰する世界。弱肉強食とは世界のことわりであり、揺るぎない自然の法則でもある。
 オークの親子より、俺の方が強かった。だから、あいつらは死んだ。
そうやって割り切れれば、どれだけ楽だっただろうか···?俺は弱い者の痛みを知ってる分、この罪悪感を上手く割り切ることが出来なかった。平和ボケした俺の精神が『弱肉強食だから、仕方ない』と割り切ることを拒絶する。
 あっちが先に襲ってきたとか、親子だと知らなかったとか····そんなのはただの言い訳に過ぎなくて····割り切れない罪悪感と弱い自分に無性に腹が立った。
 何で俺はっ····!!こんなにっ····弱いんだよ!!
傷付けられる事には慣れているが、傷つけることに全く慣れていない俺は親子のオークを思う度、胸が痛んだ。
 っ····!!

『····優しい音羽なら、そうなると思って黙ってたんですよ。まあ、今はそれよりも····目の前のことに集中してください』

 目の、前····?それって、どういう····?
俺は俯かせていた視線を前へ戻し、目の前に広がっている光景にハッと息を呑んだ。
こ、これって·····!?

「───────オトハ、鶏と人族ヒューマンが戦ってる」

 ウリエルの小さな指がさす方向には10歳かそこらの少年とコカトリスがバトルを繰り広げているところだった。どうやら、オークの親子についてあれこれ考えている間に戦闘現場に辿り着いてしまったらしい。
 ゾウほどの大きさを誇るコカトリス相手に幼い少年は小柄な体を活かして、必死に戦っていた。子供特有の体の柔らかさも活かし、上手に相手の攻撃を避けている。動き自体は悪くない。むしろ、俺よりずっと良い動きをしている。ただ少年の攻撃がコカトリスに全く通っていない。コカトリスの防御力が高いのか、少年の攻撃力が低いのか····コカトリスは掠り傷程度の怪我しか負っていなかった。
 これは明らかに少年の方が不利だ。どんなに動きが良くても、攻撃が通らなければ意味が無い。力でごり押す俺とは真逆の戦闘スタイルである。このままだと、少年が負けるのも時間の問題だな。

「ウリエル、これを持ってちょっと待っててくれ。すぐ戻る」

「分かった····。気を付けてね、オトハ」

「ああ」

 俺はマジックバッグから短剣を取り出すと、バッグをウリエルに持たせ、少年の援護に入るべくコカトリスの元へ駆け寄る。短剣は相変わらずの逆手持ちだ。
 見たところ、少年に目立った外傷はない。爪で引き裂かれたのか切り傷は数箇所見当たるが、どれも大した怪我ではなかった。きっと、小柄で柔らかい体を活かして、コカトリスからの攻撃を避けまくったのだろう。子供って、意外とすばしっこいからな。鬼ごっことか、捕まえるの大変なんだよ····。
 近所の悪ガキどもを脳内に思い浮かべながら、俺は真横からコカトリスに思い切り蹴りを入れる。

「グギャッ!?」

 変な悲鳴をあげて、コカトリスはバランスを崩した。オーク相手なら、今の蹴りで倒せたんだが····コカトリスを蹴りで倒すのは無理か。何より····今の蹴りは手加減してからな····。
脳内にチラつく親子のオークが邪魔をして、無意識に手加減してしまう。殺さずに追い払えないか、と甘い考えが脳を過った。
 本当弱いな、俺は····。
俺は己の心の弱さに自嘲にも似た笑みを浮かべて、コカトリスと向き合う。地に伏せた状態のコカトリスは俺の隙を窺うようにじっとこちらを見つめていた。
ほう?意外と賢いんだな、コカトリスって···。魔物は本能が赴くままに俺達を襲ってくる獣かと思ってたよ···。相手の隙を窺うなんて芸当出来ないかと思ってた。
 俺は短剣を空中に投げて、持ち方を変えると地面に寝そべるコカトリスに剣先を向ける。

「ガキ、お前は下がってろ」

 名前も知らない少年にそう告げると、俺はコカトリスの方へと一歩踏み出す。
地に伏せた状態のコカトリスを殺すのは簡単だ。すぐに決着がつくだろう。だが····俺の中で『殺さずに追い払う』と言う考えが捨て切れない····。言葉が通じない相手をどうやって追い払うって言うんだ····。相手は本能が赴くまま人を襲う魔物だぞ?素直に俺の言うことを聞くとは思えない。殺すしか方法はないだろう。
 そう頭では理解しているのに····俺は体はピクリとも動かなかった。『殺せ!』と叫ぶ理性と、『殺したくない』と弱音を吐く心····。理性と心がちぐはぐで···俺は迷うように剣先を下に下ろす。それでも短剣を鞘に収めることは無い。
 結局俺はコカトリスをどうしたいんだろうか····?生かしたいのか?殺したいのか?それとも····殺した事による罪悪感を背負いたくないだけか····?

「にーちゃん、トドメ刺さないの?」

 なかなかコカトリスにトドメを刺さない俺に痺れを切らした少年が後ろから声を掛けてくる。声の響き方から、一応指示通り後ろに下がったらしい。
コカトリスに隙を見せる訳にはいかないため後ろは振り向けないが、声色から察するになかなかコカトリスにトドメを刺さない俺を少年は不思議に思ってるみたいだ。弱肉強食の概念が強く働くこの世界で、相手になかなかトドメを刺さない俺は変な人間に見えることだろう。
 トドメを刺すのに躊躇いを感じているなんて言ったら、このガキはどんな反応を示すんだろうな···。

『──────音羽、何かを守るために振るう剣に迷いを感じていては何も守れませんよ』

 今まで沈黙を貫いてきたビアンカが俺の背中をそっと押すように厳しい言葉を投げ掛けてくる。その声は固く····言うまでもなく真剣だった。
何かを守るために振るう剣に迷いを感じていては何も守れない、か····。反論はしない。その考えは間違っていないからな。
もしも相手がコカトリスではなく、もっと強い敵だったら···。剣先に迷いを浮かべた俺では誰も守れなかっただろう。そう、誰も····誰も?
──────────ウリエルも、か···?
 俺は後ろを振り返り、木陰に身を潜める紫檀色の長髪幼女を目に移した。少女は俺と目が合うなり、コテンと首を傾げる。くせ毛がちな紫檀色の髪がさらりと揺れた。
 俺は────────ウリエルも守れないのか?
俺自身の意思で“守る”と決めた、たった一人の女の子を····未来ある子供を····俺は守れないのか?
俺の迷いのせいでウリエルを守れないなら

───────迷いなんていらない。

ウリエルのためなら罪悪感なんて幾らでも背負う。この子を守るためなら幾らでも剣を振るう。
 ウリエルを帰るべき場所へ送り届けるためなら────────何度だって心を殺そう。

『!?─────音羽!コカトリスがっ···!』

 脳内に響く甲高い声には焦りが滲み出ており、落ち着きがない。
───────この時の俺はやけに冷静だった。

「グギャァァァアア!!」

 俺は視線だけコカトリスに戻すと、何も言わずに短剣を投げつけた。ダーツのように真っ直ぐ飛んでいく短剣はコカトリスの脳天にグサッと勢いよく刺さる。その直後─────────俺の目の前でコカトリスの無駄にデカい足が振り上げられた。片目だけで元々視野が狭い俺の視界には自分の顔と同じくらいの足裏しか見えない。

「───────オトハっ!」

「にーちゃん!!避けて!!」

 ウリエルと少年の焦ったような声に俺は無意識に口元を緩めた。
心配しなくても、コカトリスの足裏が俺に直撃することはない。何故なら─────────もう決着はついているからだ。
 俺目掛けて振り下ろされたコカトリスの足は俺に直撃する前に淡い光と化す。触れると途端に消えてしまう儚い光は俺の頭上に降り掛かった。雪にも似たそれは触れては溶けて、触れては溶けてを繰り返す。何度見ても飽きない美しい光景に俺は僅かに目を細めた。
 この世は弱肉強食。
ならば、俺はウリエルを守るために弱者を食い散らかす。今、そう決めた。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

処理中です...