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第一章

第25話『問題』

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 俺は不器用過ぎるお師匠様と素直過ぎるウリエルに呆れ、『はぁ····』と深い溜め息を零した。
誰か知らんが、お師匠様よ····お前は少し言葉が足りなさ過ぎる。自衛の術を奪うような約束····いや、言葉を発しちゃダメだ。危うく、お前の可愛い弟子が死ぬところだったぞ。 お前の教えや志は立派だが、少し不器用過ぎるな····。
 顔も見たことないウリエルの保護者改めお師匠様に文句を垂れ、俺は紫結晶アメジストの瞳と今一度向き直った。二重瞼の大きな瞳は純粋そのもので、穢れを知らない····。
 ───────嘘をついているようには見えないな。

「とりあえず、分かった。俺はウリエルの言葉を信じる。だが、一つ言わせてくれ」

「?····何?」

「──────誰かを守るためだけでなく、自分の身を守るためにもブレスを使ってくれ」

「!?」

 ウリエルはくりくりの大きな目を更に大きく見開いた。目ん玉が瞼から零れ落ちそうなほど大きく見開いている。ぷるっとした桃色の唇を薄く開き、ポカーンとしていた。
アホ面を晒すウリエルを一瞥し、俺は空を見上げる。俺達を柔らかな光で照らし出すお月様は元いた世界と変わらない。いつだって、お月様は俺達を柔らかな光で包み込み、見守ってくれていた。ただそこに居るだけの存在なのに身近に感じるのは何でだろうな····。

「ウリエル、お前のことは俺が守る····守りたいと思っている。でも、俺だって万能じゃない。絶対に守れるとは言い切れないんだ····。悔しいが、俺だって人間だ。“絶対に”ウリエルを守り切れる自信はないし、そんな無謀な約束をするつもりもない。だから、ウリエル····約束してくれ。自分の身を守るためにもブレスを使う、と···」

「っ·····!でも、師匠はっ·····!!」

 この程度の説得ではウリエルを納得させることは出来ない、か···。
チラリと横目で彼女を捉えれば、胸元あたりを両手でギュッと握り締める幼女の姿が目に入る。その小さな手は震えており、それだけで彼女の中で葛藤が生まれているのだと安易に想像がついた。
俺からの説得と師匠との約束で板挟み状態にされ、どうすれば良いのか分からないのだろう。俺が提示したブレスの使用に関する理由や理屈は分かる····ただやっぱり師匠との約束が気に掛かると言ったところか····。師匠との約束を破りたくないウリエルは俺の説得に納得····いや、頷けずにいた。納得はしている。ただ認めようとしないだけ。師匠との約束にとらわれ、頷こうとしないだけだ。
まあ、最近知り合ったばかりの俺の説得よりも長年時間を共にしてきた師匠との約束を取るのは当然のことだな。俺だって、逆の立場ならそうしてる。
仲良くなるのに時間は関係ないが、信用を勝ち取るにはどうしても時間が必要だ。信用=共に過ごした時間と言ってもいい。
その時間信用を上回るにはどうすべきか····。コミニケーション能力が著しく低い俺が幼女の説得、ねぇ····。なかなか難しい問題だ。
 でも───────不可能ではない。

「じゃあ、ウリエル····お師匠様は何でそんな約束を取り付けたと思う?理由は聞いているか?」

「理由····?」

「そうだ。その約束を取り付けた理由を考えてみろ」

「約束の理由····」

 顎に手を当てて考え込むウリエルは相変わらず、顔がクシャッとしている。眉間に皺を寄せ、桃色の可愛らしい唇を八の字に曲げていた。仏頂面とはまさにこのこと。この癖は嫌いじゃないが、将来のことを考えるなら今のうちに直しておいた方が良いかもな。お師匠様とやらにウリエルを届けた際、癖を直すよう進言しておくか。
なんて呑気に考えながら、まん丸のお月様を見上げる俺は実にマイペースだ。お月様を見上げ、流れる雲を眺めるこの時間はゆったりとしていて嫌いじゃない。元々天体観測なんかが好きだった俺はこの何気ない退屈な時間が実はとても好きだった。
趣味が読書と天体観測なんて、本当俺って暗いよなぁ···。自分で言うのもなんだが····俺って、根暗陰キャを極限にまで極めたレアキャラだよな。ここまで暗い奴、そうそう居ないだろ。友達居なくて、ぼっちだし····。
やべぇ···自分で言ってて悲しくなってきた···。

『はぁ····落ち込むのは勝手ですが、ウリエルが答えを見つけたみたいですよ。聞かなくて良いんですか?』

 うおっ!?もうか!?随分と早いな。
お月様から視線を逸らし、隣に座るウリエルを見下ろす。上目遣いでこちらを見上げる紫結晶アメジストの瞳は相変わらず綺麗だった。

「答え···見つかったか?」

「うん····正解かは分かんないけど···」

 自信なさげに答えるウリエルの声は小さくて、側に居ないと上手く聞き取れなかった。自分が導き出した答えによっぽど自信が無いんだろう。不安そうに当たりをキョロキョロ見回していた。その表情や仕草が迷子の子供のようで、少し笑ってしまう。笑う場面じゃないのは分かっているが、ウリエルもちゃんと子供なのだと認識出来て安心してしまったんだ。だって、俺より実年齢は上だし、雰囲気は凄く落ち着いているし····幼い外見くらいしか子供らしく見えなかったからさ···。だから、ちょっと安心しちまったんだ。嗚呼、ウリエルも子供なんだなって···。

「正解かどうかはどうでもいいんだよ。ウリエルが“一生懸命考えて導き出した答え”ってのが一番大事なんだ」

 俺はウリエルの肩を抱き寄せ、ポンポンッと元気づけるように肩を叩いてやる。
そうだ、大事なのは『一生懸命考えた』って言う過程なんだ。子供のうちは結果よりも過程を求められる傾向にある。例え、その答えが正解だろうと不正解だろうと、子供が一生懸命考えて捻り出した答えならそれで良い。
 そう──────子供はそれで良いんだ。
いつか、結果が全ての世の中に放り出されるとしても····。過程が評価される子供のうちにのびのびと元気に育ってくれ。
 ウリエルに俺の想いが伝わったのか、彼女はただゆっくり頷いた。そして、その桃色の唇をおもむろに開く。プルプルの唇がふるりと震えた。

「師匠は多分····ブレスは簡単に人を殺せる武器だから、たくさん人を殺しちゃダメって意味であの約束をしてきたんだと思う···」

 慎重に言葉を選んで、そう答えたウリエルの表情は真剣そのものだった。おふざけなんて一ミリたりとも入っていない。
ブレスは簡単に人を殺せる武器だから、たくさん人を殺しちゃダメか····。まあ、大体そんな感じだが、少し違う。『ブレスは簡単に人を殺せる武器だから』までは良かった。ただ『たくさん人を殺しちゃダメ』は少し違う。捉え方によっては『少人数なら殺しても良い』って事になっちまうからな。言葉遊びに近いが、ここはきちんと認識を正しておいた方が良いだろう。抜け道や隙を見せると、子供はそこにつけ込む可能性がある。子供側は悪気0だから、余計タチが悪いんだ。

「良いか?ウリエル····。『たくさん人を殺しちゃダメ』ってウリエルは言ったが、それは違う。お師匠様は恐らく殺す人数のことを考えて、その約束を取り付けたんじゃない。その考えで行くと、1人や2人などの少人数であれば殺していいことになる。分かるか?」

 自分の考えに間違いがあると判明し、ウリエルは少し悔しそうに口先を突き出すが、黙って俺の話に耳を傾ける。話の内容を脳内で噛み砕き、理解したウリエルは1テンポ遅れてコクンと頷いた。
きちんと理解してから話の先を促すあたり、この子はやっぱり頭が良い。それに言葉の理解も早い。通常のドラゴンがどれくらいの早さで成長するのか分からないが、俺の目にはウリエルがとても優秀な人材に見えた。これは将来が楽しみだな。

「お師匠様は恐らく、殺す人数を考えてその約束を取り付けた訳じゃない。ここからは俺の憶測になるが····お師匠様は多分、私利私欲のためにウリエルがブレスを使わないよう、その約束を取り付けたんだと思う」

「しりしよく····?」

 『私利私欲』と言う言葉を知らないウリエルは可愛らしくコテンと首を傾げた。
そうか····『私利私欲』って言葉を知らないのか。もしくはこの世界にその言葉が存在していないか····。
前者なら良いが後者だった場合、俺はウリエルに余計な知識を教えることになる。ここは言葉の意味を教えるのではなく、例を出して丁寧に教えてあげた方が良いだろう。

「ウリエル、今から俺が三つ例を出すからお師匠様との約束の理由に関係ありそうなものを一つ選んでくれ。良いか?」

「うん」

 素直に頷くウリエルは真っ直ぐにこちらを見つめたまま動かない。『相手の目を見て話す』という教育を受けたからだろうか?ドラゴン族の教育は意外ときちんとしてるんだな。ラノベ想像と実物は違うのだと、今改めて思い知らされた気がする。

「じゃあ、例その1。俺を助けるためにブレスを放つ。例その2。自分の身を守るため、やむ無くブレスを放つ。例その3。相手が持つ宝石を奪うため、ブレスを放つ。この三つの例の中に約束の理由と関係のあるものがある。それはどれだ?」

 子供向けの分かりやすい問題だが、ウリエルは眉間に皺を寄せ、真剣に考え込んでいた。その表情は相変わらず険しい····。まあ、もう慣れたけど····。二度も三度も見ていれば嫌でも慣れる。今では少し愛らしく見え····。

『ロリコンですね!!』

 お前は一回黙ってろ!!デーモンエンジェル!!
嬉々として、俺をロリコン扱いする自称天使に喝を入れ、俺はウリエルが答えを導き出すのを待った。
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