無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜

あーもんど

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第一章

第24話『約束』

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 ドゥンケルの森を出た俺達は昨夜、お世話になった街道近くの土手に今日も来ていた。月明かりに照らし出され、その柔らかな光に僅かに目を細める。隣から、もちゃもちゃと言う擬音が聞こえてくるが俺はそれを華麗にスルーした。気にしたら、負け····と言うか、横を見たら負けである。
 現在、俺の隣では紫檀色の長髪幼女がオーク肉を“生で”食べている。そのため、擬音が『もぐもぐ』などの可愛いものではなく『もちゃもちゃ』と言う生々しいものなのだ。肉の繊維を引きちぎる音がやけに耳に残った····。
 ふぅ····平常心、平常心···。

「オトハは食べないの?」

 そう言って、生肉の塊を俺に差し出してくるウリエル。その小さな手はオーク肉の血と脂でベトベトだった。ついでに獣臭も身に纏っている。ローブを脱いだ状態のため、服が汚れたり臭いがつく心配はないが····これは····。平和な国で生まれ育った俺のメンタルにかなり来る····。まず、生肉をそのまま食べるっていう文化自体、俺の国にはなかったからな····。肉は基本焼いて食べるのが主流だった。だからか、幼女が生肉を手で鷲掴みにして食べる光景が脳で処理し切れない····。俺の平和ボケした脳みそが生肉とそれを食らう少女を必死に拒絶している感じだ。おかげでさっきから頭痛が····!

「····いや、俺は大丈夫だ。ウリエルが全部食べてくれ」

「!····良いの!?」

「ああ、勿論だ」

 余程お腹が空いていたんだろう。『全部食べていい』と許可を出せばウリエルは嬉しそうに紫結晶アメジストの瞳を輝かせた。そして、再び生肉の塊にかぶりつく。もちゃもちゃと美味しそうにオーク肉を食べる少女はご機嫌だ。
ウリエルの機嫌が良いことに越したことはないが、生肉を食らう幼女の姿はインパクトが強すぎる····。
 目頭を押さえて俯く俺の脳内に聞きなれたソプラノボイスが響いた。

『ドラゴン族の娘であるウリエルが生肉を食らうのは普通のことです。こればっかりは音羽の方が慣れなければなりません』

 うっ····まあ、そうなんだが····。
ウリエルに『生肉を食べるな』と食事を制限する訳にはいかないし、俺の方が慣れるしかない。それは分かっているんだが····いざ、現実を目の前にするとな····受け入れられないと言うか、受け入れたくないと言うか····。

『はぁ····音羽はチキンですね。これでは先が思いやられます····。あっ、そういえば····ブレスのこと確認しなくていいんですか?発動条件や攻撃力、回数制限···色々と確認しなければならない事があると思いますが?まあ、何より確認しないといけないのは····何故今までずっとブレスを使わなかったか、ですかね?』

 ビアンカの指摘に俺は思わず、クッと眉間に皺が寄る。
····確かにビアンカの言う通り、何よりも先に確認しないといけないのは何故今までずっとブレスを使用しなかったのか、だ。ウリエルは人族に二回も襲われている。その時、何故ブレスで人族を攻撃しなかったのか····それが最大の謎である。ブレスの発動条件に何かしらの制限があり使えなかったのか····もしくは“あえて”使わなかったのか····。
ブレスと言う有効な攻撃手段を持っていながら、それを使用しなかったウリエルはかなり怪しい····。幼女に疑いをかけるなんてしたくないが、まあ····とりあえず、ウリエルの話を聞いてみよう。もしかしたら、何か深い理由わけがあるのかもしれない。

「なあ、ウリエル····」

「ん?なぁに?オトハ」

 口回りをオーク肉の血で濡らしたウリエルは何の気なしに俺の方を見上げる。純粋過ぎて逆に怖い紫結晶アメジストの瞳が俺の黒目を真っ直ぐに見つめた。
こんな幼い子を疑うなんて真似したくないが···それでもっ!俺は····この子に聞かなければならない。今までブレスを使わなかった理由わけを····。
 緊張のあまり震える手を握り締め、ゴクリと喉を鳴らす。冷や汗が頬を伝う感触がやけに鋭敏に感じられた。

「────────ウリエル、何で今までブレスを使わなかったんだ?」

 俺のストレート過ぎる質問にウリエルはハッと息を呑み····生肉の塊を──────片手で握り潰した。ブシャッと新鮮な生肉から血飛沫が飛び出る。宙に舞ったあかは弧を描いて、地面に落ちた。じわりとあかが地面に滲む····。
 す、ごい力だ····。
幾ら生肉が柔らかいとは言え、子供が片手で握りつぶせるほど柔じゃない筈だ。プリンやゼリーを握り潰すみたいに簡単そうに生肉を握り潰したウリエル。俺の事を真っ直ぐに見上げる紫結晶アメジストの瞳からは感情が抜け落ちていた。さっきまでニコニコと嬉しそうに笑っていた無邪気な子供の面影はない。
ただそこにあるのは──────────“無”だ。
表情を消し去った幼女の顔はどこか大人びていて····迫力があった。

「····オトハは私のこと信じてくれる···?怖がらない?」

「信じる···かどうかは話を聞いてみないと分からないが、怖がるってどういうことだ?」

 無表情のまま俺を見上げる今のウリエルは少し怖いが、彼女が言う『怖がる』とは違う気がする····。ウリエルは一体俺が何を怖がると思っているのだろうか?
 本当になんの事か分からない俺は首を傾げるばかりで答えが見つからない。そんな俺をウリエルは心底不思議そうな表情で見つめていた。『何故分からないのか』と、不思議に思っているらしい。

「····ブレス、怖くないの?例外は居るけど、大抵の人族ヒューマンは私達ドラゴン族のブレスを受けたら即死するんだよ?」

 コテンと首を傾げ、心底不思議そうな表情でそう問うてくるウリエルは肉塊をボトッとその場に落とした。血が抜けた生肉に興味はないらしい。
俺は地面に落ちた生肉から目を逸らし、再びウリエルと視線を交える。先程と変わらない無表情だが、体の芯まで凍えてしまいそうな冷たさは感じられない。宝石のように美しい藤の瞳には少しだけ感情が戻っていた。
 ドラゴン族のブレスはその身に受けたら、即死する類いのものなのか····。普通の人間からすればドラゴンもドラゴンが吐くブレスも恐怖対象だろうな。出来れば関わり合いたくない種族だろう。
人族ヒューマンが即死する攻撃手段を持った幼女、か····。

「····信じて貰えないかもしれないけど、私が今までブレスを使わなかったのは師匠····保護者?との約束だったから····」

「約束····?」

「うん、約束。誰かを助けるためにしかブレスは使わないって約束。自分のために使っちゃダメって」

 誰かを助けるため····?そうか!だから、ウリエルは···!俺をオークから救うためにブレスを放った!
そして、今までブレスを使わなかったのは守りたい“誰か”が居なかったから。“自分のために使っちゃいけない”と言う保護者師匠との約束をウリエルは律儀に守り続けていたんだ!自分の身が危険に晒されようと、ウリエルはその約束を守り続けた····!
にわかには信じがたい出来事だが、子供の純粋さと素直さを加味すれば有り得ない話ではない。素直で良い子なウリエルなら、本気でその約束を守り続けるだろう。例え、その約束のせいで自分が死ぬことになろうとも····。
子供の純粋さと素直さが編み出した結果が“これ”だった訳か····。
 お師匠様は恐らく『無闇矢鱈にブレスを放つな』という意味でその約束を取り付けたんだろうが····子供のウリエルはその言葉を丸っとそのまま解釈してしまった。子供らしい間違いと言うか···勘違いだな。確実に悪いのはお師匠様だが、ウリエルももう少し言葉の意味や真意を読み解く力を身につけた方がいい。じゃなきゃ、そのうち自分の身を滅ぼすことになる。
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