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第一章

第13話『異世界料理』

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 運ばれてきた料理は手羽先と水、それから何故か酒瓶が付いてきた。
ん····?俺は酒なんて頼んでないぞ?
小首を傾げる俺の側でさっきのウェイトレスのお姉さんが桃色のプルッとした唇を開く。

「あ、あの···このお酒は先程のお詫びです。良ければ飲んでみて下さい」

 もじもじしながら、酒を勧めてくるウェイトレスのお姉さんは頬を可愛らしい桜色に染めている。
おい、これ完璧アウトだろ。絶対俺に惚れてるよな?俺の自惚れでも、自意識過剰でもないよな?
 ついさっき俺を怒鳴りつけた強気なウェイトレスとは思えないほど、もじもじと恋する乙女のような態度を取っている。
酒屋の看板娘をヒロインとして扱う異世界ファンタジーも確かあったな···。まあ、俺は恋愛なんてノーセンキューだがな。

「悪いが、酒は飲めないんだ。これは下げてくれ」

 テーブルの中央に堂々と立つ酒瓶を人差し指で軽くつついた。
どんなに可愛らしい女の子に酒を勧められようと、俺はまだ酒は飲まん。若い内から、酒や煙草を始めると依存しやすいって聞くからな。酒や煙草に溺れる人生は真っ平御免だ。

「え、あっ····す、すみません···。出過ぎた真似をしました」

 ウェイトレスのお姉さんは今にも泣き出しそうな表情で恐る恐る酒瓶に手を伸ばすと、それをギュッと胸で抱きしめる。胸の谷間に挟まる酒瓶から、そろ~っと目を逸らした。
おい、これわざとか!?わざとなのか!?童貞の俺を煽るための罠か!?

「わ、私はこれで失礼します···。ごゆっくり、どうぞ···!」

 半ば逃げ出すように厨房へと駆けて行ったお姉さんからは『わざとっぽさ』は微塵も感じられなかった。
無意識に酒瓶を胸の谷間に挟むとか····無防備過ぎるだろ。何をどうしたら、そうなるんだよ···。
あのお姉さんの将来が心配だ····。

『そんなに心配なら、音羽が嫁に貰えばいいじゃないですか』

 だから、俺は恋愛しないって言ってるだろ。するとしても、生活が安定してからだ。足元が不安定なまま恋愛したところで良いことないだろ。

『まあ、その意見には一理ありますが····良いんですか?あんな可愛らしい女の子を逃してしまって』

 良いんだよ。どうせ、一週間後には俺の事なんて忘れてるだろうしな。その内、良い男を見つけるだろうさ。
 しつこく、あのお姉さんとの恋愛を遠回しに勧めてくるビアンカを軽く窘め、俺は早速料理にありつく。
約一日ぶりの飯だな。
皿の上に綺麗に盛り付けられた手羽先は元いた世界の手羽先よりもやや大きめで、五つでも十分腹が満たされそうだ。
湯気が立ち上る出来立てホヤホヤの手羽先に手を伸ばし、豪快に素手で掴む。一応フォークとナイフは用意されているが、手羽先はやはり素手で食べるのが一番だろう。

「あちちっ····!」

 さすがに出来立てホヤホヤの手羽先は熱いな。
想像以上の熱さで手羽先を落としかけたが、なんとか堪えた。
指を火傷する前に、と急いで手羽先を口にする。

「んっ····!?」

 これは····!?
──────────微妙だな。
大事なことなので、もう一度言おう。微妙だ。
食べれなくはないが、日本料理で舌が肥えている分、あまり美味しくは感じない。肉はパサパサだし、味付けが塩だけってのがどこか味気ない。
元いた世界でも手羽先の塩焼きとやらがあったが、あれとはまた違う感じだ。本当に切って、焼いて、塩かけただけの味である。多分蒸し焼きとか、そういう料理工程を踏まなかったから、こういう味になってしまったんだろう。あとは圧倒的調味料不足だ。塩だけでは限界がある。
まあ、食べられないほど不味い訳では無いので有り難く頂くが····。

◇◆◇◆

 口の中の水分を持っていかれながら、手羽先を食べ終えた俺は会計のため再びあのウェイトレスのお姉さんと向き合っていた。
会計と言っても王家宛ての領収書にサインするだけなので金銀は一銭たりとも払っていない。俺からすれば、タダ飯同然だ。
 金銭面はしばらく王家に頼るとして、ある程度レベル上げが終わったら自分で金を稼げるようにならないとな。いつまでも王家に頼りっぱなしなのはニートと同じだ。

「手羽先五つと天然水一杯で、料金は10万イエンになります。こちらの領収書にサインをどうぞ」

 ウェイトレスのお姉さんは何故か気まずそうに俺から視線を逸らすと、領収書の紙とボールペンをテーブルの上に置く。
10万イエンって····日本円で言うと、どれくらいなんだ?

『こちらの世界の1イエンと音羽が元いた世界の1円の価値は同じです。物価もあまり変わりません。まあ、要するにぼったくりですね。手羽先の正確な値段は分かりませんが、鶏の丸焼きも豚の丸焼きもメニューには5000イエンと書いてありましたし。それが手羽先になった途端、10万イエンなんて有り得ませんよ』

 あー····なるほど。
相手が王族関係者だからって規定の金額よりも高めに吹っ掛けた訳か。それにしたって、10万はやり過ぎだろ。1万なら、まだ分かるが10万って····欲張り過ぎじゃないのか?
 領収書に訝しむような視線を向ける俺に対し、ウェイトレスのお姉さんは申し訳なさそうに眉尻を下げる。恐らく、このお姉さんも手羽先五つ程度で10万イエンも吹っ掛けることに抵抗を感じているんだ。
このお姉さん、男を見る目はないが良い子そうだもんな。上からの指示で仕方なくやっているんだろう。
なあ、ビアンカ。仮にこのふざけた領収書にサインしたとして、俺に被害はあるか?王家に『金使い過ぎだ!』とか言われないか?

『その心配はありませんよ。王家宛ての領収書は大体どれもそんな感じですから。まあ、5000イエンかそこらの料理を10万イエンで吹っ掛ける飲食店はそうそうありませんが····』

 あっ、やっぱり10万イエンも吹っ掛けてくる店はないんだな。逆にそんな店ばっかりだったら、王家の者も不審に思うだろうし。
それに王家の金が減少すれば民へ課す税金が重くなるだけだ。巡り巡って自分達の首を絞める結果になることを他の店はよく理解しているんだろう。まあ、ここの店の主人は何も理解していないようだがな。
 領収書をじっと見つめたまま指先一つ動かさない俺に対し、ウェイトレスのお姉さんは半泣きである。文句を言われるかもしれないと不安になっているのだろう。
まあ、俺だって自分の金で支払うってなったら文句を言うだろうが····金出すのは王家だしな。
ここで料金にクレームをつけて、騒いだって俺にメリットはないし。
 俺はボールペンを手に取ると、領収書の著名欄と思われる空白に『若林音羽』と名前を書き記した。

「これで良いのか?」

「は、はい!ありがとうございます····!」

 サインした領収書とボールペンを手渡すと、ウェイトレスのお姉さんがほっとした表情でそれを受け取る。目尻に浮かんでいた涙は既に乾いていた。
大事そうに領収書の端っこをちょんと摘むお姉さんは俺のサインをそっと覗き込む。

「不思議な文字ですね····見たことありません」

「えっ?」

「あっ、すみません!何でもありません!それでは、私はこれで!またのご来店をお待ちしております!」

 お姉さんはそう言い残して、直ぐ様俺に背を向ける。宝物のようにその領収書を胸に抱き、厨房の方へと消えていった。
あのお姉さんは何でもかんでも胸に押し当てないと、気が済まないのか····?
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