怠惰なご令嬢は元婚約者に関わりたくない!〜お願いだから、放っておいて!〜

あーもんど

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相談

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「ルイス公子。不躾なお願いかとは思いますが、大公家と領地戦を行うことは出来ませんか?」

 恥を忍んでお願いする私に対し、ルイス公子はフルフルと首を横に振る。

「申し訳ありませんが、我が家の領地戦は分家と行う決まりでして……跡取りでもない私が、長年の伝統を変えることは出来ません」

「そうですよね……こちらこそ、無理を言ってすみませんでした」

 何も出来ないことを悔やむように肩を落とすルイス公子に、私は心底落胆する────訳もなく、『やっぱりな』という感想を抱いた。
実を言うと、大公家との領地戦なんて端から無理だと分かっていた。
『なら、最初から聞くな』という話だが、いきなり本命の相談を持ち掛けるのは失礼だと判断した。
だって────婚約者の実家を差し置いて、最初に他家・・の話をするのは明らかに無礼でしょう?

「では、別のことをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい。私に出来ることであれば」

 自身の胸元に手を添え頷くルイス公子に、私はスッと目を細める。

「────我々に領地戦を行える家門を紹介してください」

 本命となる要求を口にし、私はじっと目を見つめ返した。
婚約して間もない間柄で、相手の人脈を当てにするなんて恥ずべきことだ。
でも、なりふり構っていられる状況じゃない。
悪いが、利用出来るものは何でも利用させてもらう。

「ターナー伯爵家とオセアン大公家に敵対する家門じゃなければ、どこでも構いません。勝敗についても、便宜を図ります。ですから、どうかお願いします」

 深々と頭を下げ懇願する私に、ルイス公子は目を剥いた。
いつも淡白で感情を表に出さない私が、ここまでするとは思わなかったらしい。
衝撃のあまり呆然とする彼は数秒ほど固まった後、ハッとしたように身を乗り出した。

「あ、頭を上げてください。その事については、私も先程から考えていて……でも、今のところ紹介出来そうな家門がないと言いますか……」

 言いづらそうに何度も言葉を区切りながら、ルイス公子は要求への返答を口にする。

「大公家の分家筋はどこもペアというか、領地戦を行う相手が決まっていて……交友関係のある他家も、ほとんど禁止期間中。最後の領地戦から三十年経った家も一応ありますが、辺境周辺なので国防との兼ね合いが……」

 『今すぐ領地戦を行える家はない』と説明し、ルイス公子は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
『探せば見つかるかもしれませんが、時間が……』と零しつつ、身を縮める。
力になれないことを悔しく思っているのだろう。
項垂れるようにして再度ソファへ腰を下ろす彼の前で、私はソロソロと顔を上げた。

 ルイス公子の人脈を以てしても、この事態は打破出来ないか……。
いよいよ、後がなくなってきたわね。
もう他家と領地戦するのは諦めて、腹を括った方がいいかもしれない。

 なくなりつつある三つ目の選択肢を前に、私は悩む。
領地の安全と貴族としての名誉……どちらを取るか。
まあ、最初から結論は出ているのだが────

「ご相談に乗っていただき、ありがとうございました。メイラー男爵家からの領地戦の申し出は────断ることにします」

「!!」

 弾かれたように顔を上げるルイス公子に、私は出来るだけ淡々と言葉を紡ぐ。
────彼が責任を感じないように。

「アルティナ嬢との確執は周囲の人々も分かっているので、そこまで酷い扱いは受けないかと。それに────誰かを危険に晒すくらいなら、自ら泥を被った方がマシです。きっと、両親も理解してくれます」

 最前線で戦うことになるであろう騎士や領民を思い浮かべながら、私は“逃げ”を選択した。
貴族らしからぬ決断だが……見栄やプライドより、私は人々の生活と安寧を守りたい。
だって、争いなんて起こしたら────ゆっくりお昼寝も出来ないでしょう?
『だから、これでいいのよ』と自分に言い聞かせていると、ルイス公子が怖い顔でこちらを見つめる。
『婿入りする家が弱腰で腹を立てているのか?』と思案する中、彼は突然ソファから立ち上がった。

「いえ、あなた方がわざわざ泥を被る必要はありません────領地戦の申し出、受け入れましょう」

 凛とした面持ちでこちらを見据え、ルイス公子は立ち向かうことを選択した。
覚悟の程が窺える真っ直ぐな瞳を前に、私は僅かに目を剥く。
ルイス公子のことだから、何の考えもなしに領地戦の申し出を受け入れるよう提案したとは思えない。
だが、領地戦の規約を考えると婚約者に出来ることは少なかった。
『一体、何を考えているのか』と思いつつ、私は口を開く。

「お言葉ですが、我が領に戦える者はほとんど居ません。正直、悲惨な末路を辿る未来予感しか……」

 『死傷者を出したくない』という思いを言葉の端々に滲ませ、私は拒絶反応を示す。

 まあ、戦力に関してはメイラー男爵家もいい勝負だと思うけど、誰一人傷つかずに勝利……は無理な状況。
なら、私達一家が泥を被った方がマシよ。

 などと考える中、ルイス公子はふわりと柔らかい笑みを浮かべる。
まるで、こちらの不安を和らげるかのように。

「ご安心ください。ターナー伯爵家の戦力を突入するつもりは、毛頭ありません」

「えっ?それでは、どうやって領地戦を……?」

 『戦いとして成り立たなくなる』と指摘すると、ルイス公子はゆるりと口角を上げた。
かと思えば、立ったまま腰を曲げ、こちらに身を乗り出す。

「────私が密かに運営している傭兵団アカツキを戦力として、提供します」

 自身の胸元に手を添えるルイス公子は、とんでもないことを言い出した。
『傭兵団……?』と呟く私を前に、彼はツラツラと言葉を並べる。

「あぁ、傭兵団と言っても盗賊紛いの荒くれ集団ではありませんよ。きちんと礼儀を叩き込んでおりますので、ご安心を。腕も確かです」

 『戦力は彼らだけで充分ですので、領民を戦わせる必要はありません』と、言い切った。
そこから更に傭兵団アカツキの実績などを語るルイス公子の前で、私はスッと右手を挙げる。

「お気持ちは有り難いですが、それは規約違反になるのでは?領地戦への介入は婚約者と言えど、禁止されていますよね?」

 『婿入りした後ならまだしも……』と零す私に、ルイス公子はスッと目を細めた。

「ええ、確かにそうですね。でも────騎士や傭兵を雇うことは、正式に認められている権利です。たとえ、それが婚約者の運営する傭兵団であったとしても。表面上、お金を支払って雇ったことにすれば問題ありません」

 不敵な笑みを浮かべて、ルイス公子は大丈夫だと太鼓判を押した。
規約ルールの穴をついた妙策だが……判定は限りなく黒に近い灰色。
ただでさえ目立っている状態で、不正ギリギリの手を使うのはリスクが高い。

「確かにそれなら規約に引っ掛かりませんが、周りにどう思われるか分かりません。ルイス公子だって、悪く言われるかもしれませんわ」

 『大公家の評判まで落とすような真似はしたくない』と述べる私に、ルイス公子は目元を和らげた。
眩しいものでも見るかのように目を窄め、ゆっくりと体を起こす。
と同時に、人差し指を立てた。

「その心配は要りませんよ。だって────この手法を編み出したのは、レウス皇帝陛下ですから」

「えっ?」

「私も人伝に聞いた話ですが、昔────皇帝陛下に横恋慕していた者が、皇后陛下の実家へ領地戦を仕掛けたらしいです。当時、皇后陛下の実家は困窮していたため、充分な戦力を集められず四苦八苦していたのですが……それを聞き付けた皇帝陛下が皇国騎士団のエリート騎士を一旦解雇し、傭兵団を作り上げたそうです。それで、彼らを雇うよう皇后陛下の実家に指示されたとか」

 『おかげで無事勝利したみたいです』と言って、ルイス公子は小さく肩を竦める。
皇国騎士を戦力として投入するより、元々あった傭兵団を雇う方がまだマシでしょう、とでも言うように。
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