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密会
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◇◆◇◆
────その後、ヘクター様の薙髪は無事に終わったとルイス公子より一報を頂いた。
まあ、わざわざ知らせてくれなくても社交界に居れば嫌でも耳に入るが……。
でも、今最も世間を賑わせているのは────レイチェル嬢とヘクター様とルイス公子の三角関係という話題。
言うまでもなく、事実無根なのだが……ヘクター様とルイス公子が伯爵家へ来たことを誰かが嗅ぎつけたようで、噂になっていた。
伯爵家から出てきた時のヘクター様が拘束されていたこともあり、『痴情のもつれで暴力沙汰になったのでは?』と皆口を揃えて言っている。
真実は薙髪を嫌がったヘクター様が私に助けを求め、そこへルイス公子が駆けつけただけなのだけど。
三角関係なんて、絶対に有り得ないわ。
でも、世間ではヘクター様とルイス公子に取り合いされる私の構図が、すっかり定着してしまっている。
なんとも傍迷惑な話だけど、どれだけ訂正しても無駄なのよね。
まあ、前のように嫌がらせを受けてないだけマシだけど。
『きっと、ルイス公子が手を回してくれているんだろうなぁ』と思いつつ、私は新聞紙を閉じた。
と同時に、顔を上げる。
そして、真っ先に視界へ入ったのは────ローブ姿のアルティナ嬢。
周囲に自分の正体を悟られぬよう、しっかりフードまで被る彼女はじっとこちらを見つめていた。
「レイチェル様、単刀直入に伺います────その新聞に書かれている内容は、事実ですか?」
『謎の伯爵令嬢を巡る三角関係!』と大きく書かれた新聞を見つめ、彼女は真偽のほどを尋ねる。
嫉妬と不安が入り交じった表情を浮かべ、フードの端をキュッと握り締めた。
敵意の籠った視線を前に、私はやれやれと肩を竦める。
やっぱり、そのことを聞きたくて『レイチェル様に会いたい』と何度も手紙を送ってきたのね。
あまりにもしつこかった面会許可の申請を思い出し、私は一つ息を吐いた。
当初私は会う気などなかったが、突撃を匂わす手紙が来て仕方なく会うことにしたのだ。
このタイミングでアルティナ嬢が訪れれば、また変な誤解を生みかねないから。
さっさとこの事態を収束させるためにも、新たな燃料投下は避けたい。
こういったゴシップは、とにかく静かに……何事もなく過ごし、時間が経つのを待つしかない。
そうすれば、人々の関心は自然と離れていくから。
なので、今日の面会もお互い変装して誰にも行き先を告げず、カフェへ集まった。
謂わば、密会ね。
髪をお団子にして帽子の中に仕舞い、少年のような格好をしている私は眼鏡をそっと押し上げる。
無論、度は入っていない。
わりと本格的な変装をしてきたけど……私もローブだけで、良かったかも。
集合場所がカフェだから、地味な格好は逆に目立つかな?と思ったのよね。
でも、ここは貧民街の近くにあるカフェだからか怪しい格好の人達が多い。
むしろ、浮いているのは私の方かもしれない。
少し寂れた店内に居る怪しい客達を見回し、私は『失敗したなぁ……』と心の中で呟く。
────と、ここでアルティナ嬢が僅かに身を乗り出した。
「それで、どうなんですか?」
なかなか返答しない私に痺れを切らしたのか、アルティナ嬢は再度質問を投げ掛ける。
赤い薔薇を彷彿とさせる瞳は爛々としており、今だけ炎のように見えた。
「まずは、恋人であるヘクター様にお聞きになっては?」
「っ……!何度も聞きました!でも、『お前が気にすることじゃない』とはぐらかされてしまったんです!」
至極当然の意見を述べる私に対し、アルティナ嬢は噛みつかんばかりの勢いで言い返す。
どうやら、『恋人には聞きづらくて、レイチェル嬢のところへ来た』という訳ではないらしい。
ヘクター様ったら、浮気を疑われている状況でも真実を話さなかったのね。
まあ、彼らしいと言えばらしいけど。
さすがに『薙髪が嫌で元婚約者の家に逃げ込みました』なんて、格好悪くて言えなかったんでしょうね。
だからと言って、『元婚約者へ未練があるんじゃないか』と不安がる恋人を放置するのはどうかと思うわ。
『もう少しフォローなり、何なりしてよ』と、とばっちりを受けた私は嘆息する。
「ヘクター様が事実関係の説明を避けているのであれば、あまり詳しいことは言えません。ただ、一つ……これだけは弁解しておきます。新聞に書かれていたことは、全て嘘です。二人の男性に取り合いなど……されていません」
キッパリと新聞の内容を否定する私に、アルティナ嬢はほんの少しだけ表情を和らげた。
────が、まだ不安は残っているようでゆらゆらと瞳を揺らす。
「ほ、本当ですか……?」
「はい」
「ヘクター様に復縁を申し込まれたりとかは……」
「ありません」
出来るだけハキハキとした口調で答え、私はじっとアルティナ嬢の目を見つめる。
『嘘など言っていない』と示すために。
言葉や態度で身の潔白を訴える私に対し、アルティナ嬢はなんとも言えない表情を浮かべた。
どこまで私の言葉を信用していいのか、迷っているようだ。
困ったように眉尻を下げる彼女は、私の視線から逃れるように下を向く。
「本当に……本当にヘクター様とは何もないんですか?」
「はい」
「……」
「逆にお聞きしますが、どうしてそんなに私とヘクター様の仲を疑うんですか?」
『婚約破棄までして貴方を選んだのに』と疑問に思い、問い質す。
すると、彼女は控えめに視線を上げた。
「だって……ヘクター様ったら、貴方に関わる時だけ自制が効かなくなるんですよ。普段はあそこまで、感情的にならないのに……」
探るような目をこちらに向けるアルティナ嬢に、私は一瞬ポカンとする。
────が、事情を理解するなり脱力した。
それは単純に私のことを心底見下しているだけだと思うけど……足元のアリを踏むのに、抵抗がないのと同じ。
踏み躙って当然の相手だと思っているの。
そこに愛だの恋だのといった感情は、一切ない。
あるのは、子供のように無邪気な悪意だけ。
とはいえ、その態度や行動をレイチェルに気を許しているからと勘違いするのも、まあ……分かるわ。
『不安になるのも仕方ない』と理解を示し、私は少し悩む。
私個人としては真実を話しても全く問題ないが、ヘクター様はそうもいかないだろう。
アルティナ嬢に全て知られたとなれば、怒り狂うに違いない。
それでまた割を食うのは、きっと私……だから────
「────先程も言った通り、本人の許可なく全てをお話しすることは出来ません。ただ、そこまで追い詰められているのなら、ヒントだけ差し上げます」
『このままだと、誤解が残りそうなので』と言い、私は言葉を続ける。
「ヘクター様が我が家へ来たのは、薙髪関係のことです。決して、復縁などではありません」
『心配せずとも、貴方一筋ですよ』と告げる私に、アルティナ嬢は少し悩むような仕草を見せた。
『やはり、元婚約者からの励ましは逆効果だったか』と思案する中、彼女は胸元を強く握り締める。
そして、何かを決意したように顔を上げると、キツく結んだ唇を解いた。
「分かりました。情報提供、感謝します」
ヒントを与えたことでようやく納得したのか、アルティナ嬢は素直に引き下がる。
恐らく、ここが引き際だと感じたのだろう。
実際、これ以上粘られても『薙髪関係』以外の情報を与えるつもりはなかったから。
『少し危ういところはあるけど、賢い子だ』と称賛していると、アルティナ嬢が席を立つ。
「お礼としては不十分でしょうが、ここの代金は私が持ちます。本日はご足労頂き、ありがとうございました」
その言葉を最後に、私達の密会は終わりを告げた。
────その後、ヘクター様の薙髪は無事に終わったとルイス公子より一報を頂いた。
まあ、わざわざ知らせてくれなくても社交界に居れば嫌でも耳に入るが……。
でも、今最も世間を賑わせているのは────レイチェル嬢とヘクター様とルイス公子の三角関係という話題。
言うまでもなく、事実無根なのだが……ヘクター様とルイス公子が伯爵家へ来たことを誰かが嗅ぎつけたようで、噂になっていた。
伯爵家から出てきた時のヘクター様が拘束されていたこともあり、『痴情のもつれで暴力沙汰になったのでは?』と皆口を揃えて言っている。
真実は薙髪を嫌がったヘクター様が私に助けを求め、そこへルイス公子が駆けつけただけなのだけど。
三角関係なんて、絶対に有り得ないわ。
でも、世間ではヘクター様とルイス公子に取り合いされる私の構図が、すっかり定着してしまっている。
なんとも傍迷惑な話だけど、どれだけ訂正しても無駄なのよね。
まあ、前のように嫌がらせを受けてないだけマシだけど。
『きっと、ルイス公子が手を回してくれているんだろうなぁ』と思いつつ、私は新聞紙を閉じた。
と同時に、顔を上げる。
そして、真っ先に視界へ入ったのは────ローブ姿のアルティナ嬢。
周囲に自分の正体を悟られぬよう、しっかりフードまで被る彼女はじっとこちらを見つめていた。
「レイチェル様、単刀直入に伺います────その新聞に書かれている内容は、事実ですか?」
『謎の伯爵令嬢を巡る三角関係!』と大きく書かれた新聞を見つめ、彼女は真偽のほどを尋ねる。
嫉妬と不安が入り交じった表情を浮かべ、フードの端をキュッと握り締めた。
敵意の籠った視線を前に、私はやれやれと肩を竦める。
やっぱり、そのことを聞きたくて『レイチェル様に会いたい』と何度も手紙を送ってきたのね。
あまりにもしつこかった面会許可の申請を思い出し、私は一つ息を吐いた。
当初私は会う気などなかったが、突撃を匂わす手紙が来て仕方なく会うことにしたのだ。
このタイミングでアルティナ嬢が訪れれば、また変な誤解を生みかねないから。
さっさとこの事態を収束させるためにも、新たな燃料投下は避けたい。
こういったゴシップは、とにかく静かに……何事もなく過ごし、時間が経つのを待つしかない。
そうすれば、人々の関心は自然と離れていくから。
なので、今日の面会もお互い変装して誰にも行き先を告げず、カフェへ集まった。
謂わば、密会ね。
髪をお団子にして帽子の中に仕舞い、少年のような格好をしている私は眼鏡をそっと押し上げる。
無論、度は入っていない。
わりと本格的な変装をしてきたけど……私もローブだけで、良かったかも。
集合場所がカフェだから、地味な格好は逆に目立つかな?と思ったのよね。
でも、ここは貧民街の近くにあるカフェだからか怪しい格好の人達が多い。
むしろ、浮いているのは私の方かもしれない。
少し寂れた店内に居る怪しい客達を見回し、私は『失敗したなぁ……』と心の中で呟く。
────と、ここでアルティナ嬢が僅かに身を乗り出した。
「それで、どうなんですか?」
なかなか返答しない私に痺れを切らしたのか、アルティナ嬢は再度質問を投げ掛ける。
赤い薔薇を彷彿とさせる瞳は爛々としており、今だけ炎のように見えた。
「まずは、恋人であるヘクター様にお聞きになっては?」
「っ……!何度も聞きました!でも、『お前が気にすることじゃない』とはぐらかされてしまったんです!」
至極当然の意見を述べる私に対し、アルティナ嬢は噛みつかんばかりの勢いで言い返す。
どうやら、『恋人には聞きづらくて、レイチェル嬢のところへ来た』という訳ではないらしい。
ヘクター様ったら、浮気を疑われている状況でも真実を話さなかったのね。
まあ、彼らしいと言えばらしいけど。
さすがに『薙髪が嫌で元婚約者の家に逃げ込みました』なんて、格好悪くて言えなかったんでしょうね。
だからと言って、『元婚約者へ未練があるんじゃないか』と不安がる恋人を放置するのはどうかと思うわ。
『もう少しフォローなり、何なりしてよ』と、とばっちりを受けた私は嘆息する。
「ヘクター様が事実関係の説明を避けているのであれば、あまり詳しいことは言えません。ただ、一つ……これだけは弁解しておきます。新聞に書かれていたことは、全て嘘です。二人の男性に取り合いなど……されていません」
キッパリと新聞の内容を否定する私に、アルティナ嬢はほんの少しだけ表情を和らげた。
────が、まだ不安は残っているようでゆらゆらと瞳を揺らす。
「ほ、本当ですか……?」
「はい」
「ヘクター様に復縁を申し込まれたりとかは……」
「ありません」
出来るだけハキハキとした口調で答え、私はじっとアルティナ嬢の目を見つめる。
『嘘など言っていない』と示すために。
言葉や態度で身の潔白を訴える私に対し、アルティナ嬢はなんとも言えない表情を浮かべた。
どこまで私の言葉を信用していいのか、迷っているようだ。
困ったように眉尻を下げる彼女は、私の視線から逃れるように下を向く。
「本当に……本当にヘクター様とは何もないんですか?」
「はい」
「……」
「逆にお聞きしますが、どうしてそんなに私とヘクター様の仲を疑うんですか?」
『婚約破棄までして貴方を選んだのに』と疑問に思い、問い質す。
すると、彼女は控えめに視線を上げた。
「だって……ヘクター様ったら、貴方に関わる時だけ自制が効かなくなるんですよ。普段はあそこまで、感情的にならないのに……」
探るような目をこちらに向けるアルティナ嬢に、私は一瞬ポカンとする。
────が、事情を理解するなり脱力した。
それは単純に私のことを心底見下しているだけだと思うけど……足元のアリを踏むのに、抵抗がないのと同じ。
踏み躙って当然の相手だと思っているの。
そこに愛だの恋だのといった感情は、一切ない。
あるのは、子供のように無邪気な悪意だけ。
とはいえ、その態度や行動をレイチェルに気を許しているからと勘違いするのも、まあ……分かるわ。
『不安になるのも仕方ない』と理解を示し、私は少し悩む。
私個人としては真実を話しても全く問題ないが、ヘクター様はそうもいかないだろう。
アルティナ嬢に全て知られたとなれば、怒り狂うに違いない。
それでまた割を食うのは、きっと私……だから────
「────先程も言った通り、本人の許可なく全てをお話しすることは出来ません。ただ、そこまで追い詰められているのなら、ヒントだけ差し上げます」
『このままだと、誤解が残りそうなので』と言い、私は言葉を続ける。
「ヘクター様が我が家へ来たのは、薙髪関係のことです。決して、復縁などではありません」
『心配せずとも、貴方一筋ですよ』と告げる私に、アルティナ嬢は少し悩むような仕草を見せた。
『やはり、元婚約者からの励ましは逆効果だったか』と思案する中、彼女は胸元を強く握り締める。
そして、何かを決意したように顔を上げると、キツく結んだ唇を解いた。
「分かりました。情報提供、感謝します」
ヒントを与えたことでようやく納得したのか、アルティナ嬢は素直に引き下がる。
恐らく、ここが引き際だと感じたのだろう。
実際、これ以上粘られても『薙髪関係』以外の情報を与えるつもりはなかったから。
『少し危ういところはあるけど、賢い子だ』と称賛していると、アルティナ嬢が席を立つ。
「お礼としては不十分でしょうが、ここの代金は私が持ちます。本日はご足労頂き、ありがとうございました」
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