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本編

僕の女神《ニコラス side》

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 ソフィア・フローレンス侯爵令嬢が公爵家を訪れたその日の夜。
ジュリアを不安にさせないよう、こっそり寝室を抜け出した僕は執務室で溜まった仕事を片付けていた。
シーンと静まり返った室内に、紙とペンの擦れる音が響き渡る。
 ────ふと、薄ピンク色の置き物が目に入った。
天使の形をしたそれはソフィア・フローレンス侯爵令嬢の化身のようで……嫌でも彼女のことを思い出させる。

 あの女はいずれ、排除しないといけないと思っていたが、まさかこのタイミングで僕の前に現れるとはね……。
実に不愉快な女だ。でも、それ以上に不愉快なのは────ジュリアの浮気をでっち上げたこと。
今までは僕にしか、ちょっかいを掛けて来なかったから見逃してきたけど、今回はそうもいかない。
僕の唯一無二であり、かけがえのない存在であるジュリアにまでちょっかいを掛けるなら────地獄に落ちてもらう。

「僕とジュリアの仲を引き裂こうとする者は何人たりとも許しはしない」

 僕は一旦ペンを机の上に置くと、机の端っこに飾られていた天使の置き物を軽く指で弾いた。
すると、その反動で置き物がバランスを崩し、後ろに倒れる。
ガラスで作られたその置き物は床に落ちた衝撃で、パリンッと音を立てて割れた。

 ジュリアは僕の外見でも能力でもなく、中身を見てくれた。ただのニコラスとして、接してくれた。僕を孤独から救ってくれた。
そんなジュリアは僕にとって、女神みたいな存在。
僕の大切な女神に手を出すなら、義妹であろうと、容赦はしない。

 割れた天使の置き物を冷めた目で見下ろす僕は壁際に控えていた執事を呼び寄せた。
僕が生まれた時から、ロバーツ公爵家に仕える彼はただ静かに前へ一歩出る。

「“影の部隊”にソフィア・フローレンス侯爵令嬢の周囲を探るよう、指示して」

「畏まりました」

 『影の部隊』と聞き、執事はピクッと反応を示すものの、余計なことは言わずに頷く。
公爵家に飼い慣らされた犬はお利口に頭を下げた。

 僕の言う、影の部隊とは公爵家の暗部に関わる組織のことだ。
暗殺と諜報を担当する特殊部隊で、存在自体が秘匿とされている。公爵家の中でも影の部隊を知っているのは僕と執事くらいだろう。
 本来であれば、公爵夫人のジュリアにもその存在を伝えるべきなんだが……あまり彼女を公爵家の闇に関わらせたくない。
だから、敢えてジュリアには教えなかった。

 ジュリアはただ僕のそばに居て、笑っていればいい。
汚いものは全部、僕が引き受けるから……だから、何も知らない純粋なままで居て。

 自分勝手な欲望に身を委ねる僕は、寝室で眠るジュリアの姿を思い浮かべ、うっそりと目を細めた。
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