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真相《ノクス side》
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「……分かりました。投降します」
潔く敗北を認め、降伏すると────あれよあれよという間に、ガブリエラ帝国へ連行された。
そして、直ぐに姉と引き離され、地下牢に閉じ込められる。
人間が住めるとは到底思えないような環境に晒され、僕は早くも音を上げそうだった。
どこもかしこも汚い上、カビ臭い。ここに居るだけで病気になりそうだよ。
『衛生的に大丈夫なのか?これ』と不安になりながら、僕は隅っこで蹲る。
もう五日ほどここに居るが、食事の配膳以外で人と関わる機会がない。
なので、外部の情報はほとんど手に入らなかった。
それにここの侍女は徹底的に教育されていて、なかなか情報を聞き出せないんだよね……。
忙しいのか、食事を置いたら直ぐに立ち去ってしまうし……。
まあ、それでも姉と両親の状況だけは何とか聞き出せたけど。
「姉上の治療は無事成功。ただし、左腕は切断。両親は捕縛の末、別の地下牢に幽閉……」
『多分、姉上も今頃牢屋に入れられているのかな?』と思いつつ、僕は一つ息を吐く。
あまりにも惨めすぎる現状に、どう向き合えばいいのか分からなかった。
『つい数ヶ月前まで人々に崇められていたんだけどな』と呟き、記憶を遡る。
────が、過去の栄光に縋り付く自分を情けなく思い、直ぐに現実逃避をやめた。
まあ、現実に目を向けたところで何も出来ないけど……。
だって、敵の本拠地から逃亡なんて不可能だし、仮に可能だったとしても……僕は多分実行しない。
残された姉上達がどんな扱いを受けるのか、分からないから。
『見せしめの意味も込めて手酷く殺されるかもしれない』と思案し、僕はそっと目を閉じた。
『姉上達はどうしているだろうか』と思いつつ、自分の行く末を案じる。
────と、ここで人の足音が耳を掠めた。
反射的に目を開ける僕は、地上へ繋がる階段へ目を向ける。
すると、そこにはハザック皇子の姿があった。
一人で来たのか他に人影はなく、ゆっくりと階段を降りてくる。
特に警戒する様子もなく檻の前まで来ると、燭台の灯りをこちらに向けた。
「おや?思ったより、元気そうですね。貴方のお父上とお母上は早々に心を壊したというのに……実に意外です」
隅っこで蹲る僕を目視するなり、ハザック皇子は話し掛けてくる。
数日前と変わらぬ調子で。
「ご両親と同様、打たれ弱い方かと思っていました。どうやら、貴方を甘く見すぎていたようです」
『見直しました』と言い、感心するハザック皇子は愉快げに目を細めた。
かと思えば、『いじめ甲斐がありそうです』と零し、ペロリと唇を舐める。
どことなく加虐的な雰囲気を醸し出す彼は、姉によく似ていた。
鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な彼を前に、僕は身を強ばらせる。
でも、『情報を聞き出すなら今しかない』と己を奮い立たせた。
こんな風に外部の人間と話せる機会なんて、早々ない。
しかも、相手は王族だ。一介の侍女じゃ、知り得ない情報も持っている筈。
震える手をギュッと握り締め、僕は顔を上げる。
「ねぇ、ちょっと質問してもいい?」
「なんでしょう?」
「ガブリエラ帝国はどうして────僕達を処刑しないの?」
駆け引きするほどの余力も切り札もないため、僕は直球で質問を投げ掛けた。
ノワール帝国は貴族の裏切りや逃亡により、壊滅状態に近い筈……少なくとも、国としては機能していないだろう。
だから、掌握するのは簡単だったと思う。
とはいえ、民達の混乱はまだ大きい……。
円滑に統治を進めるためにも、僕達を早く処刑して『新たな支配者は自分達だ』と示すべきじゃないか?
処刑日時すら決まってない現状を訝しみ、僕は僅かに眉を顰める。
『わざと生かしているとしか思えない』と疑問を呈する中、ハザック皇子はゆるりと口角を上げた。
「あなた方を殺さないのは────カーティス殿に生かすよう、命じられているからです」
「!!?」
予想外の人物の名を挙げるハザック皇子に、僕は言葉を失う。
だって、あの大公が……政治や外交に無関心な吸血鬼が、他国と関わりを持っているなんて思わなかったから。
でも、そう考えると腑に落ちる点は多々あった。
「じゃあ、ノワール帝国の情報を漏らしたのはまさか……」
「────カーティス殿です。必要な情報を渡す代わりに、あなた方の管理をしてほしいと言われました」
特に口止めなどされていなかったのか、ハザック皇子は淡々とした様子で言葉を紡いだ。
驚くほど落ち着いている彼の前で、僕は目を白黒させる。
「管理……?」
「はい。『大した苦痛も受けず、処刑など許さない。少なくとも、ティターニアと同じくらい苦しんでからじゃないと』と仰っていました」
スルリと顎を撫でるハザック皇子は、『凄く恨まれてますね、あなた方』と零す。
感心とも同情とも言える眼差しをこちらに向け、小さく肩を竦めた。
『きっと、楽には死ねませんよ』と忠告する彼を他所に、僕はただただ固まる。
だって、よくやくティターニアと同じ環境に置かれていることに気づいたから。
妙に既視感を覚える光景ばかりだな、と思ったら……こういう事か。
じゃあ、ハザック皇子は姉上役ってこと?
『姉上とよく似た性質を持っているもんね』と納得しながら、僕は頭を抱えた。
だって、この状況自体が復讐で……過去の報いを受けさせられているなんて、思いもしなかったから。
『大公の恨みを買った』という事実を改めて実感する中、ハザック皇子は何かを思い出したように口を開く。
「あぁ、そういえばこんなことも言っていました────『もし、ティターニアの気が変わって復讐を望んだら、すぐ対応出来るようにしておきたい』と」
『いざって時に復讐相手が居なかったら困りますもんね』と言い、ハザック皇子は共感を示す。
まあ、当事者の僕からすれば到底納得出来ない内容だが……。
道具にでもなったような心境に陥る僕は、人権を無視される行為がどれほど屈辱的で理不尽なのか理解した。
辛うじて残っていたプライドも粉々に砕かれ、ギシッと奥歯を噛み締める。
「……つまり、僕達を生かしているのは慈悲でも何でもなく、ティターニアのためだと?」
「そうなりますね。カーティス殿はティターニア様のことをとても大切にされていますから」
『あれはまさに溺愛ですよ』と述べ、ハザック皇子はニッコリと笑う。
きっと、他人事だから適当に言っているのだろう。
『こっちの気も知らないで……』と恨めしく思う僕は、グニャリと顔を歪めた。
ティターニアを虐げた罪で死ぬのは、まだ耐えられた……でも、ティターニアのために生かされる状況は耐えられない。
だって、それは終わりの見えない迷路と同じだから。
ここでずっと苦しみを味わうくらいなら、いっそ……。
「あっ、先に言っておきますけど────自決したら、その分他のご家族に罰を受けてもらいますからね。もちろん、死なせないようこちらも最善を尽くしますけど」
僕の思考を見透かしたかのように、ハザック皇子は釘を刺してきた。
『ご両親やご姉弟が大事なら耐えてください』と言い、怪しげな笑みを浮かべる。
「明日から、本格的に過去の再現を行いますので覚悟していてください。それでは、いい一日を」
『この五日間の仕打ちはあくまでお遊びだった』と明かし、踵を返す。
残酷なまでに現実を突きつけてくるハザック皇子は、不穏な空気を残して去っていった。
シーンと静まり返った暗闇の中で、僕は────涙を流す。
だって、もう逃げられないと……死ねないと悟ったから。
心を病んでしまった両親はさておき、姉上は見捨てられない……。
自分の弱点をよく理解している僕は、結局生き地獄に身を投じるしかなかった。
潔く敗北を認め、降伏すると────あれよあれよという間に、ガブリエラ帝国へ連行された。
そして、直ぐに姉と引き離され、地下牢に閉じ込められる。
人間が住めるとは到底思えないような環境に晒され、僕は早くも音を上げそうだった。
どこもかしこも汚い上、カビ臭い。ここに居るだけで病気になりそうだよ。
『衛生的に大丈夫なのか?これ』と不安になりながら、僕は隅っこで蹲る。
もう五日ほどここに居るが、食事の配膳以外で人と関わる機会がない。
なので、外部の情報はほとんど手に入らなかった。
それにここの侍女は徹底的に教育されていて、なかなか情報を聞き出せないんだよね……。
忙しいのか、食事を置いたら直ぐに立ち去ってしまうし……。
まあ、それでも姉と両親の状況だけは何とか聞き出せたけど。
「姉上の治療は無事成功。ただし、左腕は切断。両親は捕縛の末、別の地下牢に幽閉……」
『多分、姉上も今頃牢屋に入れられているのかな?』と思いつつ、僕は一つ息を吐く。
あまりにも惨めすぎる現状に、どう向き合えばいいのか分からなかった。
『つい数ヶ月前まで人々に崇められていたんだけどな』と呟き、記憶を遡る。
────が、過去の栄光に縋り付く自分を情けなく思い、直ぐに現実逃避をやめた。
まあ、現実に目を向けたところで何も出来ないけど……。
だって、敵の本拠地から逃亡なんて不可能だし、仮に可能だったとしても……僕は多分実行しない。
残された姉上達がどんな扱いを受けるのか、分からないから。
『見せしめの意味も込めて手酷く殺されるかもしれない』と思案し、僕はそっと目を閉じた。
『姉上達はどうしているだろうか』と思いつつ、自分の行く末を案じる。
────と、ここで人の足音が耳を掠めた。
反射的に目を開ける僕は、地上へ繋がる階段へ目を向ける。
すると、そこにはハザック皇子の姿があった。
一人で来たのか他に人影はなく、ゆっくりと階段を降りてくる。
特に警戒する様子もなく檻の前まで来ると、燭台の灯りをこちらに向けた。
「おや?思ったより、元気そうですね。貴方のお父上とお母上は早々に心を壊したというのに……実に意外です」
隅っこで蹲る僕を目視するなり、ハザック皇子は話し掛けてくる。
数日前と変わらぬ調子で。
「ご両親と同様、打たれ弱い方かと思っていました。どうやら、貴方を甘く見すぎていたようです」
『見直しました』と言い、感心するハザック皇子は愉快げに目を細めた。
かと思えば、『いじめ甲斐がありそうです』と零し、ペロリと唇を舐める。
どことなく加虐的な雰囲気を醸し出す彼は、姉によく似ていた。
鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な彼を前に、僕は身を強ばらせる。
でも、『情報を聞き出すなら今しかない』と己を奮い立たせた。
こんな風に外部の人間と話せる機会なんて、早々ない。
しかも、相手は王族だ。一介の侍女じゃ、知り得ない情報も持っている筈。
震える手をギュッと握り締め、僕は顔を上げる。
「ねぇ、ちょっと質問してもいい?」
「なんでしょう?」
「ガブリエラ帝国はどうして────僕達を処刑しないの?」
駆け引きするほどの余力も切り札もないため、僕は直球で質問を投げ掛けた。
ノワール帝国は貴族の裏切りや逃亡により、壊滅状態に近い筈……少なくとも、国としては機能していないだろう。
だから、掌握するのは簡単だったと思う。
とはいえ、民達の混乱はまだ大きい……。
円滑に統治を進めるためにも、僕達を早く処刑して『新たな支配者は自分達だ』と示すべきじゃないか?
処刑日時すら決まってない現状を訝しみ、僕は僅かに眉を顰める。
『わざと生かしているとしか思えない』と疑問を呈する中、ハザック皇子はゆるりと口角を上げた。
「あなた方を殺さないのは────カーティス殿に生かすよう、命じられているからです」
「!!?」
予想外の人物の名を挙げるハザック皇子に、僕は言葉を失う。
だって、あの大公が……政治や外交に無関心な吸血鬼が、他国と関わりを持っているなんて思わなかったから。
でも、そう考えると腑に落ちる点は多々あった。
「じゃあ、ノワール帝国の情報を漏らしたのはまさか……」
「────カーティス殿です。必要な情報を渡す代わりに、あなた方の管理をしてほしいと言われました」
特に口止めなどされていなかったのか、ハザック皇子は淡々とした様子で言葉を紡いだ。
驚くほど落ち着いている彼の前で、僕は目を白黒させる。
「管理……?」
「はい。『大した苦痛も受けず、処刑など許さない。少なくとも、ティターニアと同じくらい苦しんでからじゃないと』と仰っていました」
スルリと顎を撫でるハザック皇子は、『凄く恨まれてますね、あなた方』と零す。
感心とも同情とも言える眼差しをこちらに向け、小さく肩を竦めた。
『きっと、楽には死ねませんよ』と忠告する彼を他所に、僕はただただ固まる。
だって、よくやくティターニアと同じ環境に置かれていることに気づいたから。
妙に既視感を覚える光景ばかりだな、と思ったら……こういう事か。
じゃあ、ハザック皇子は姉上役ってこと?
『姉上とよく似た性質を持っているもんね』と納得しながら、僕は頭を抱えた。
だって、この状況自体が復讐で……過去の報いを受けさせられているなんて、思いもしなかったから。
『大公の恨みを買った』という事実を改めて実感する中、ハザック皇子は何かを思い出したように口を開く。
「あぁ、そういえばこんなことも言っていました────『もし、ティターニアの気が変わって復讐を望んだら、すぐ対応出来るようにしておきたい』と」
『いざって時に復讐相手が居なかったら困りますもんね』と言い、ハザック皇子は共感を示す。
まあ、当事者の僕からすれば到底納得出来ない内容だが……。
道具にでもなったような心境に陥る僕は、人権を無視される行為がどれほど屈辱的で理不尽なのか理解した。
辛うじて残っていたプライドも粉々に砕かれ、ギシッと奥歯を噛み締める。
「……つまり、僕達を生かしているのは慈悲でも何でもなく、ティターニアのためだと?」
「そうなりますね。カーティス殿はティターニア様のことをとても大切にされていますから」
『あれはまさに溺愛ですよ』と述べ、ハザック皇子はニッコリと笑う。
きっと、他人事だから適当に言っているのだろう。
『こっちの気も知らないで……』と恨めしく思う僕は、グニャリと顔を歪めた。
ティターニアを虐げた罪で死ぬのは、まだ耐えられた……でも、ティターニアのために生かされる状況は耐えられない。
だって、それは終わりの見えない迷路と同じだから。
ここでずっと苦しみを味わうくらいなら、いっそ……。
「あっ、先に言っておきますけど────自決したら、その分他のご家族に罰を受けてもらいますからね。もちろん、死なせないようこちらも最善を尽くしますけど」
僕の思考を見透かしたかのように、ハザック皇子は釘を刺してきた。
『ご両親やご姉弟が大事なら耐えてください』と言い、怪しげな笑みを浮かべる。
「明日から、本格的に過去の再現を行いますので覚悟していてください。それでは、いい一日を」
『この五日間の仕打ちはあくまでお遊びだった』と明かし、踵を返す。
残酷なまでに現実を突きつけてくるハザック皇子は、不穏な空気を残して去っていった。
シーンと静まり返った暗闇の中で、僕は────涙を流す。
だって、もう逃げられないと……死ねないと悟ったから。
心を病んでしまった両親はさておき、姉上は見捨てられない……。
自分の弱点をよく理解している僕は、結局生き地獄に身を投じるしかなかった。
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