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朝焼け

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「使えなかった?それは違うよ。ティターニアは使おうとしなかったんだ。だって、君達が────彼女から感情と思考を奪ったから」

 柔らかな口調にそぐわない冷たい声で、カーティスは皇室側の手落ちを指摘した。

「言霊は心の底から『こうなって欲しい』と願い、それを口にすることで発現する妖精の固有能力……何かを願う心と想いを言葉にする思考がなければ、成立しない力だ」

 淡々と言葉を紡ぐカーティスは、平静を装っているものの、なんだかとても悲しそうだった。
『やるせない』とでも言うように強く手を握り締め、真っ直ぐに前を見据える。

「人としての扱いを受けられないせいで感情が芽生えず、常識を学ぶ機会すら得られなかった彼女に、言霊なんて使える訳ないだろう」

「っ……!」

 正論を並べ立て現実を突きつけるカーティスに、皇帝は何も言えなかった。
悔しげに唇を噛み締め、ただただ立ち尽くすだけ。
もはや、一国の王としての矜持姿はどこにもなかった。
背中を丸めて項垂れる皇帝の前で、カーティスは小さく息を吐く。

「君達に少しでも人の心があったなら……せめて、養育環境だけでも整えてくれていたら、問題なく発動出来ただろうに」

 恨みがましく……でも、どこか哀れむような口調で追い討ちを掛けた。
『自業自得の結果だ』と言い聞かせられた皇帝は、俯くばかり……。
余程ショックが大きかったのか、それとも話を聞いてなかったのか……皇帝はピクリとも動かなかった。
茫然自失の状態に近い彼を置いて、カーティスはこちらに目を向けると、微かに笑う。
そして、私の手から簪を抜き取り、そっと元の位置に戻してくれた。

「さてと────ティターニア、君はこれからどうしたい?」

 優しく頭を撫でるカーティスは、『何でも言ってごらん』と促す。
甘さを含んだ黄金の瞳を前に、私はコテリと首を傾げた。

「どうって、何?」

 具体的にどんな選択を迫られているのか分からず質問で返すと、カーティスはスッと目を細める。

「君のやりたいことを聞いているんだ。今の僕はもう自由の身だから────帝国だって滅ぼせるよ」

「「「!!?」」」

 報復という選択肢を匂わせるカーティスに、周囲の人々は青ざめた。
今すぐ殺される可能性もあるのだと気づき、戦慄しているのだろう。
普通の人は死を恐れているらしいから。

 報復、か。そんなの考えたこともなかったな。
私の頭はいつも、カーティス達のことでいっぱいだから。

 帝国にそこまで興味のない私は、顎に手を当てて考え込む。
周囲から縋るような視線を向けられるものの、構わず自分のやりたいことを探した。
────と、ここで一つ思いつく。

「……ねぇ、カーティス。何でもいいの?」

「ああ、もちろん」

 間髪容れずに頷いたカーティスにホッとし、私は顔を上げた。

「じゃあ────」

 周囲の人々が固唾を飲んで見守る中、私は自分の願いを口にする。

「────お家に帰りたい、かな」

 報復なんかよりずっと平凡でささやかな願いに、カーティスは目を見開いた。
周囲の人々も同様に衝撃を受けている。

 そんなに驚くこと?私からすれば、普通の願いだと思うけど。
だって、帰れる家が……居場所・・・があるなら、早く帰りたいって思うじゃない。

 周囲の反応に疑問を覚えつつ、私は更に言葉を重ねる。

「マーサ達に『ただいま』って、言いたいの。それで夕食を食べながら、今日のことをたくさん話したい。ダメ?」

 黄金の瞳をじっと見つめたまま首を傾げると、カーティスはハッとしたように首を左右に振った。

「いや、ダメじゃないよ。それがティターニアの願いなら、叶えよう」

 『だから、安心して』とでも言うように私の頭を撫で、カーティスはニッコリと微笑む。
二つ返事で快諾してくれた彼を前に、私は喜び、周囲の人々もホッと胸を撫で下ろした。
────が、カーティスの発言により場は凍りつく。

「それに────今すぐ報復する必要なんて、ないからね」

 『後からでも充分対応出来る』と呟き、カーティスはそっと私を抱き上げた。
震撼する周囲の人々を他所に、彼はふわりと宙に浮く。
と同時に、彼の影が実体を成して────上へ伸びた。
紐のように細長いソレは天井に触れると、ゆっくり広がる。
まるでカーペットに広がるシミのように。

「ねぇ、カーティス。影を使って、何するつもり?」

「ん?あぁ、邪魔なものを取り除こうと思ってね」

「邪魔なもの?」

「そう。外へ出るのにまた長い廊下を歩かされるのは、嫌だろう?」

 『だから、ここに出口を作るんだ』と言い、カーティスは影で覆われた天井を見上げた。
かと思えば、パチンッと指を鳴らす。
────が、特に変化はない。
てっきり天井を破壊するのかと思っていた私は、『あれ?』と呟く。
その瞬間、カーティスの放った影はザプンと水飛沫を上げて、床に落ちた。
『うわっ!?』と飛び跳ねる貴族達を他所に、影は本来あるべき場所姿へ戻っていく。

 その光景を一瞥し、私はおもむろに顔を上げた。
と同時に、目を剥く。
何故なら────先程までそこにあった筈の天井が、消えていたから。
最初から天井なんてなかったんじゃないか?と思えるほど、綺麗さっぱり……跡形もなく。

「凄い。天井、食べちゃったの?」

「ふふっ。まあ、そうとも言うね」

 楽しげに笑うカーティスは、私を抱っこしたまま上昇していく。
そして元々天井のあった場所から外へ出ると、いつの間にか来ていた馬車に乗り込んだ。
────が、私を座席に置くなり、再び外へ出る。

「おっと、一つ忘れていた」

 わざとらしく声に出してそう言うカーティスは、小さく肩を竦めた。
かと思えば、真っ暗な空を見上げ、愉快げに目を細める。
つられて顔を上げると、カーティスは何かを振り払うかのように大きく手を振った。
刹那────空を覆い尽くしていた結界が、上から徐々に解けていく溶けていく
と同時に、朝日が差し込み、帝都を照らし出す。
────数百年続いたノワール帝国の長い長い夜は今、明けた。

「空、綺麗」

「そうだね。僕も朝焼けを見るのは久しぶりだよ」

 『いいものを見れたね』と言い、カーティスは馬車へ乗り込む。
そして、向かい側の席に腰掛けると、静かに扉を閉めた。

「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

「うん」

 空を見るため窓に張り付いていた私は、返事と共に姿勢を正す。
すると、カーティスが私の頭を撫で、馬車を発進させた。
空中を駆け抜ける私達の馬車は、徐々に加速していく。
流れ行く景色を眺めながら、私は呑気に『朝焼けのことも皆に話そう』などと考えていた。
────朝日という存在がどれほど、帝国に恐怖を与えていたか……なんて知らずに。
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