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悪足掻き

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「嗚呼、最悪だ……!大した武力も持ち合わせていない我が国が大公を失えば、あっという間に侵略されてしまう!」

 両手で頭を抱え込み、ブツブツと独り言を呟く皇帝は小刻みに震えている。
明るいとは言い難い帝国の未来を見据えて、戦慄しているらしい。
目に見えて憔悴していく彼を筆頭に、他の皇族達も混乱に陥った。

「何で生贄が利権者になっているの……!?皇族の特徴を引き継げないほど、妖精族の血が薄いって話だったわよね!?」

「それは僕にも分かりません……!それより、今は帝国の守護を続けてもらうよう大公に交渉した方がよろしいかと!」

「そんなの無理に決まっているじゃない!だって、あっちは帝国を見捨てるために血の盟約を破棄したんでしょう!?」

 皇妃、第一皇子、第一皇女の三人はああでもないこうでもないと話し合う。
でも、なかなか良い案が思いつかないのか結論を出し兼ねている様子だった。
これでもかというほど取り乱す彼らを他所に、貴族達は不安に駆られる。

「ねぇ、私達これからどうなるの?」

「……分からない。でも、逃げる準備をしておいた方がいいだろう」

吸血鬼ヴァンパイアという最強の後ろ盾守護者を失った帝国に、未来はないからな」

「そんな……外部との接触を断っていたから、他国にコネなんてないわよ?どうやって、生きていくの?」

 保身に走る貴族達は、『こんなことになるなら、他国と交流を深めておくべきだった』と後悔する。
────と、ここでカーティスが私の手を優しく掴んだ。

「本当にありがとう、ティターニア。血の盟約を破棄するためとはいえ、指を切るのは怖かっただろう?」

 吸血鬼ヴァンパイアの能力で人差し指に出来た傷を塞ぐカーティスは、そっと眉尻を下げる。
ゆらゆらと不安げに揺れる瞳を前に、私は首を横に振った。

「これくらい、平気。それより、上手くいって良かった」

 そう言って、僅かに目元を和らげる私はそっと顔を近づける。
カーティスが跪いたままなのをいいことに額と額をくっつけ、微かに笑った。

「カーティスの役に立てて、嬉しい」

 『これでやっと恩返し出来た』と喜ぶ私に対し、カーティスは頬を赤くする。
そして、何か言おうとするものの────皇帝の大声に遮られる。

「た、大公!このように血の盟約を破棄されたこと、誠に遺憾だ!だが、しかし……!そちらにも、何か思うところがあったのだろう!だから、もう一度条件を見直し、血の盟約を交わしては頂けないだろうか!」

 『頼む!』と言って頭を下げる皇帝は、なりふり構わず……といった印象を受けた。
恐らく、人目を気にする余裕がないのだろう。
もはや、帝国が滅びるかどうかの話にまで発展しているから。

「悪いけど、血の盟約をもう一度交わすつもりはないよ。どれだけ、いい条件を提示されようとね」

 『あと、もう大公じゃないから』と突き放し、カーティスは私の頭を撫でて立ち上がる。
全く興味も関心もなさそうな彼の態度に、皇帝は焦りを見せた。

「そ、そこを何とか……!」

「無理だよ。あのね、僕は別に帝国を守るのが嫌な訳じゃない。ただ────ティターニアを傷つけた君達が憎いだけだ」

「っ……!」

 いつもより低い声で唸るように不満を述べるカーティスに、皇帝は一瞬怯む。
────が、『今を逃せば交渉の余地はない』と理解しているから己を奮い立たせた。

「てぃ、ティターニアの件に関しては申し訳ないと思っている!躾のためとはいえ、少し行き過ぎていた!」

 先程と違い、すんなり非を認める皇帝は何を思ったのか……私に向き直る。

「すまなかった、ティターニア!不甲斐ない父をどうか許して欲しい!」

 若干表情を強ばらせながらも謝罪する父は、縋るような……媚びるような視線をこちらに向けた。
かと思えば、フラフラとした足取りで歩み寄ってくる。
まるで、救いを求めるかのように。

「や、優しいお前なら分かってくれるよな……!?家族を見捨てるような真似はしないだろう!?ほら、『お父様を許します』と言ってくれ!そしたら、きっと大公も……」

「────嫌。これ以上、私とカーティスに近寄らないで」

 聞くに絶えない皇帝の言葉を遮り、私は制止するよう呼び掛けた。
すると、皇帝の体は石のように固まり、動けなくなる。

 あれ?本当に止まってくれた?数ヶ月前の皇帝なら、迷わず歩を進めていたのに。

 『心境の変化でもあったんだろうか』と思案しつつ、私は首を傾げる。
────が、この事態を疑問視したのは私だけじゃなかった。

「ま、前に進めない……一体、どういうことだ?」

 そう言って、目を白黒させたのは────皇帝である。
どうやら、彼本人の意思で立ち止まった訳ではないらしい。

 となると、カーティスの仕業かな?

 『魔法でも使ったのか?』と思い、私はカーティスに目を向けた。
『何かやった?』と視線だけで問い掛ける私に対し、彼は小さく肩を竦める。

「これをやったのは、僕じゃないよ────ティターニア自身だ」

「私?」

「そう────ティターニアは言霊って、知っているかな?」

 革手袋を装着し直した手で私の唇を撫で、カーティスは笑った。
と同時に、皇帝が口を挟んでくる。

「なっ!?言霊だと!?どうして、ティターニアがそれを使えるんだ!?────純血の妖精族しか使えない能力なのに……!」

 唾を飛ばさんばかりの勢いで捲し立てる皇帝は、困惑を露わにした。

「まさか、純血に匹敵するほど妖精族の血を濃く引いたということか!?この出来損ないが、始祖返りしたとでも!?」

 怒鳴るように憶測を並べ立て、皇帝はギシッと奥歯を噛み締める。
『有り得ない』と思いたいが、言霊とやらを実際に体験しているため真っ向から否定も出来ない……といったところだろうか。

「でも、もしそうなら────どうして今まで使えなかったんだ!?」

 『おかしいだろう!』と喚き、皇帝はこちらを睨みつけた。
余程、己の非を……いや、無能を認めたくないらしい。
『私に言われても困るな』と悩んでいると、カーティスがおもむろに口を開く。

「使えなかった?それは違うよ。ティターニアは使おうとしなかったんだ。だって、君達が────彼女から、感情と思考を奪ったから」
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