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破棄

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「僕達が今日、ここへ来たのは────血の盟約を破棄する・・・・・・・・・ためだ」

 真剣味を帯びた声色で目的を明かすカーティスに対し、第一皇女は思い切り眉を顰めた。

「はぁ?血の盟約の破棄?嫌ですけど?そんなの応じる訳ないじゃない」

 呆れたように肩を竦める第一皇女は、心底馬鹿にしたような態度で言葉を続ける。

「もしかして、血の盟約の条件を忘れちゃったの?なら、教えてあげる。血の盟約の破棄はアンタと、その代最も妖精の血を濃く引いた皇族の同意がなきゃ出来ないのよ」

「それは僕も分かっているよ」

「なら、不可能ってことも理解しなさいよ!現在の利権者はノクスなんだから、同意なんて得られる訳ないでしょう!」

 平然とした様子で答えるカーティスに、第一皇女は目を吊り上げた。
『何でそんなに余裕綽々なのよ!?』とでも言うように。
すっかり冷静さを失っている彼女の前で、カーティスはゆるりと口角を上げる。

「さあ、それはどうだろうね?」

「どういう意味よ!」

「いや、現在の利権者は本当に第一皇子なのかと思ってね」

「はぁ?そんなの髪や目の色を見れば、一目瞭然でしょう!」

 怪訝そうに眉を顰める第一皇女は、『議論するまでもないわ!』と言い放った。
すると、カーティスは右手で口元を押さえ、少し俯く。

「……ふふふっ」

「何笑っているのよ!?」

「いや、すまない。君達は人の外見しか見てないのかと思ったら、おかしくてね……大事なのは中身だと、知らないのが実に哀れだよ」

 手で口元を押さえたまま顔を上げるカーティスは、愉快げに目を細めた。
小馬鹿にしたような表情を浮かべる彼に対し、第一皇女は顔を真っ赤にして憤慨する。
せっかく可愛く着飾ってもらったというのに、険しい表情のせいで台無しだった。

「中身とか、哀れとか意味が分からないわ!一体、何が言いたいの!?」

 『ハッキリ言いなさいよ!』と叫び、第一皇女は玉座の後ろから姿を現す。
『ダメだよ!』と止める第一皇子の手を振り払い、皇帝の隣に並んだ。
と同時に、カーティスが口を開く。

「じゃあ、単刀直入に言わせてもらおう。僕の目に狂いがなければ────現在の利権者はティターニアだよ」

「「「!!?」」」

 カーティスによって明かされた新事実に、この場に居る全員が衝撃を受けた。
特に皇族の動揺は凄まじく、信じられないものを見るような目でこちらを見つめている。

「う、嘘よ!だって、そのゴミは白髪赤眼で……!」

「皇族の特徴である黒髪碧眼とは、程遠い外見じゃないか!」

「そうよ!皇族の血筋というのが、疑わしいくらいなんだから!」

「それなのに、利権者だなんて……絶対に有り得ないよ!」

 第一皇女、皇帝、皇妃、第一皇子の順番でそれぞれ反論を口にした。
予想通りの反応を見せる彼らの前で、カーティスはクスリと笑みを零す。

「そこまで言うなら、実際に確かめてみようか。まあ────僕の言う通りだった場合、帝国は取り返しのつかない事態に発展するけど」

 『まるでギャンブルみたいだね』と冗談めかしに言い、カーティスはこちらに向き直った。
エスコートの際組んだ腕を優しく解き、その場に跪く。
こちらを見る金のまなこは実に穏やかで、温かかった。
反対に、私は緊張しているが……。
だって、血の盟約の破棄はあの日カーティスにお願いされたことだから。
『本当に自分は利権者なのか?』という不安があった。

「カーティス、私……」

「大丈夫だよ。ノクスという少年より、ティターニアの方がずっと濃く妖精の血を引いているから。吸血鬼ヴァンパイアである僕の嗅覚と勘を信じて」

 直前になって怖気付く私に対し、カーティスは柔らかな口調で言い聞かせる。
確信の滲んだ声色に背中を押され、私はコクリと頷いた。
正直なところまだ半信半疑だし、利権者である自覚はないが────カーティスを信頼しているから、安心出来た。
彼と向かい合い、黄金の瞳を真っ直ぐに見つめ返す私は表情を引き締める。
すると、カーティスが緊張を解すように柔らかく微笑んだ。

「じゃあ、始めるね」

 そう前置きしてから、カーティスは右手の革手袋を外す。
そして、手の平に牙を突き立てると、少量の血を流した。
ポタポタと床に落ちるソレを一瞥し、カーティスはこちらに目を向ける。

「四番目の吸血鬼ヴァンパイアカーティス・ノア・シュヴァルツの名において、ノワール一族と交わした血の盟約の破棄を要求する。ノワール一族の代表者利権者よ、我の願いを聞き届けたまえ」

 カーティスは血の盟約を破棄するにあたり、必要な文言を口にした。
その瞬間────手の平から溢れる血が宙に浮き、紙のような形を成す。
そこには血の盟約に関する記述が載っており、最後に『血の盟約の破棄に同意する』と書かれていた。
打ち合わせ通りの展開に、私はゴクリと喉を鳴らす。

 既にカーティスの署名は済んでいるから、あとは私の名前を書き込むだけ。
そうすれば、血の盟約の破棄が成立する。

 じっと契約書を見つめる私は、横髪に刺したルビーの髪飾りを手に取った。
簪と呼ばれる東洋のアクセサリーを右手の人差し指に近づけ、尖った先端で穴を開ける。
プクッと浮き出るように滲んだ自身の血を一瞥し、私は契約書と向き合った。
そして打ち合わせ通り自分の血で署名しようと、指先を近づける。
────が、しかし……

「ま、待ってくれ……!ティターニア、一度話し合おうじゃないか!」

 万が一の事態を考えて怖くなったのか、皇帝が口を挟んできた。
懇願にも似た表情でこちらを見つめる彼は、青の瞳に焦りを滲ませる。
『こっちにおいで』と手を差し伸べ、契約書から距離を取らせようと必死だった。
────が、私は見向きもしない。
だって、皇帝の嘆願よりカーティスの解放の方が大事だから。

 優先順位がハッキリしている私は、契約書に人差し指を押し当てる。
そして、一切躊躇うことなく署名した。
その途端────契約書はパァンと音を立てて、弾ける。
まるで、頑丈な鎖が引きちぎられるかのように。
ただの血液と化した契約書の破片を目で追い、私は本能的に『血の盟約が破棄された』と悟った。
それはカーティスや皇帝も同じようで、それぞれ反応を見せる。

「嗚呼……!ありがとう、ティターニア!これで僕は自由の身だ!」

「なんてことをしてくれたんだ!?この愚か者!帝国を滅ぼしたいのか!?」

 歓喜の声を上げるカーティスに反して、皇帝は怒号を上げた。
『この世の終わり』とも言える表情を浮かべ、絶望に打ちひしがれている。
『生贄として捧げた娘が利権者だった』という事実より、血の盟約を破棄された現実の方が衝撃のようだ。

「嗚呼、最悪だ……!大した武力も持ち合わせていない我が国が大公を失えば、あっという間に侵略されてしまう!」
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