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怒り

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◇◆◇◆

 シルバーの考える家族の形について感銘を受けた私は、彼の姉がどんな人物なのか興味を抱く。
きっと素晴らしい人なんだろうな、と思いながら。

「じゃあ、今度シルバーの姉貴を紹介して。私の友達も紹介するから」

「いや、紹介するのは別に構わねぇーけど……お前の友達はちょっとな」

 持ちつ持たれつの関係を心掛ける私に対し、シルバーは難色を示す。
バツの悪そうな顔で言い淀む彼に、私はパチパチと瞬きを繰り返した。

「私の友達は皆、優しいよ」

「う~ん……そうかもしれねぇーけど……お前の友達って、どうせ“大地の母”だろ?俺、多分嫌われていると思うんだけど」

 『目の前でお前を攫っちまったから』と言い、シルバーはなんとも言えない表情を浮かべた。
『まあ、自業自得なんだけど……』と素直に非を認める彼の前で、私はふとある疑問をぶつける。

「そういえば、“大地の母”って一体何なの?マーサのあだ名か、何か?」

 『さっきはそれどころじゃなくて聞けなかったけど』と付け足しつつ、私は頭を捻る。
今更すぎる質問を繰り出す私に対し、シルバーは思わずといった様子で苦笑を漏らした。

「いや、あいつの称号を知らずに今まで接してきたのかよ……世間知らずのお嬢様にも程があるだろ」

 『嘘だろ』と言わんばかりの態度で溜め息を零すシルバーは、やれやれと頭を振った。

「お前がマーサって呼んでいる、あの女は────土の大精霊だ。土属性の中では恐らく、最古参だろう。精霊は歳を重ねるごとに強くなるから、多分最強の部類に入ると思う。だから皆、畏敬の念を込めて“大地の母”と呼んでんだ」

 シルバーの口から明かされた事実に、私は数秒ほど固まる。
だって、マーサは普通の人間だと思っていたから。
土の大精霊と言われても、いまいち実感が湧かなかった。

 でも、よくよく思い返してみると、普通の人間では有り得ない言動が結構あったかも。
数百年前にあった出来事を実際に体験したかのような口振りで話したり、精霊のことにやたら詳しかったり。

 違和感のあった事例を脳内に並べ立て、私は一人納得する。
と同時に、『マーサのことを知れて良かった』と思った。

「そうなんだ。教えてくれて、ありがとう。シルバーは色々知ってて凄いね」

「だろ?もっと褒めてくれてもいいんだぜ?」

「教養があって、物知り。広い見識と視野を持っている」

 求められるまま称賛の言葉を口にする私に対し、シルバーはすっかり気分を良くする。
『そうだろう、そうだろう』と言わんばかりに頷きながら、頬を緩めた。

「よしよし……俺様の偉大さをよく分かってんな!他にも気になることがあれば、答えてやるぜ!なんてったって俺様は教養があって、物知りで、広い見識と視野を持っているからな!」

 グッと親指で自身を指すシルバーは、得意げな表情を浮かべる。
『俺は何でも知ってるんだぜ!』と豪語し、胸を張った。

 何でも、か。ちょっと悩むな。
どうせなら、普段教えて貰えないことを聞いた方がいいよね。

 私は数ある選択肢の中から、授業内容に関する質問を排除する。
『他国の情勢について尋ねようか』と思案する中、ふとある疑問が脳裏を過った。
と同時に、質問するならこれしかないと確信する。

「────じゃあ、妖精族のことについて教えてほしい」

 今更聞くのもどうかと思いタイミングを逃して、聞けなかった自分の先祖について尋ねた。
すると、シルバーは不思議そうに首を傾げる。

「あ?お前、自分の血筋についても知らねぇーのかよ。ったく、しょうがねぇーな。博識な俺様が手取り足取り、教えてやるよ」

 頼られたことが嬉しいのか、シルバーはニッと口端を吊り上げた。
かと思えば、人差し指をピンッと立てる。

「妖精族ってのは一言で言うと────世界を支配する一族のことだ」

 世界を支配する一族……そういえば、カーティスもそんなようなことを言っていた気がする。

 『初代皇帝と対面した時だったかな?』と思い返す中、シルバーは言葉を続けた。

「妖精族は世界に愛されていて、願えば何でも叶うと言われている。まさにチートだよな。でも────純血の妖精族は既に滅んでいる。それこそ、俺の生まれる前にな」

 『だから、直接会ったことはない』と語るシルバーに対し、私は目を剥く。
だって、世界に愛されている一族がもう滅んでいるなんて……考えもしなかったから。

 でも、これで合点がいった。種族特性の授業で妖精族の名前が出なかったのも、妖精個人の噂話を全く聞かないのも既に滅んでいるからか。
皆、妖精族の血ばかりに固執するから変だなとは思っていたけど。

 パズルのピースが当てはまるように違和感を消化する私は、スッと目を細めた。
まだ動揺は残っているものの、妖精族が滅んだという事実をきちんと受け止められている。
────が、疑問を抱かずにはいられなかった。

「ねぇ、どうして純血の妖精族は滅んじゃったの?世界に愛されている一族で、願えば何でも叶うなら、いくらでもやりようはあった筈でしょう?」

 『吸血鬼ヴァンパイアのように不老不死になるとか』と零す私に、シルバーは真剣な面持ちで相槌を打つ。

「それは俺も疑問だった。だから、姉貴に聞いてみたんだが……ちょっと理解出来ねぇ話でな」

 ガシガシと頭を搔くシルバーは、そう前置きしてから話し出した。

「純血の妖精族は皆────延命を望まなかったらしい。しかも個体数が少なくて、純血を保とうとする意識が希薄だったって話だ。現に他種族との子供しか作っていない。純血同士で男女の関係になることはなかったみたいだ。姉貴曰く、互いを兄弟として認識していたから恋愛対象外になったんじゃないか……ってことらしい」

 『血縁だと欲情しない、みたいな』と説明を付け加えつつ、シルバーは近くの大木に寄り掛かる。
カサリと音を立てて落ちていく枯葉を目で追い、一つ息を吐いた。

「俺からすれば、いまいち理解出来ねぇ感覚だけどな」

 独り言のようにボソッと呟き、シルバーは地面に落ちた枯葉をじっと見つめる。
複雑な感情を秘める紫色の双眼は、とても静かだった。
『シルバーは今、何を考えているんだろう?』と疑問に思う中、彼はおもむろに顔を上げる。
真っ黒に塗り潰された空を前に、そっと眉尻を下げ、嘆息した。
その瞬間────視界が、周囲が、世界が黒に包み込まれる。

 な、にが……?

「────遅くなってすまない、ティターニア。もう大丈夫だからね」

 聞き覚えのある声が耳を掠め、私はハッとした。
と同時に、黒い膜……いや液体が流れ落ち、視界をクリアにする。
まあ、結界の関係で元々暗いから近くのものしか見えないけど……。
でも、一寸先の光景すら見えない暗闇よりずっとマシだった。

 それより、さっきの声は……。

「シルバー・アメル・ブラッド、ティターニアは返してもらうよ」

 先程と同じ声が鼓膜を揺らし、私は弾かれたように後ろを振り返る。
すると、そこには────案の定とでも言うべきか、カーティスの姿があった。
結界を張った時みたいに黒い影を操る彼は、鋭い目付きで奥の方を見つめている。
いつになく険しい表情を浮かべる彼に、私は目を見開いた。

 あれ?カーティス、怒っている?

 人の感情に疎い私でも分かるほど、剥き出しにされた敵意にただただ驚く。
手首を切った時に見せた怒りとはまた違うソレに、どう反応すればいいのか分からなかった。
困惑気味に視線をさまよわせる私は、ふとシルバーに目をやる。
と同時に、絶句した。
何故なら────カーティスの影に首から下を覆われ、拘束されていたから。
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