上 下
19 / 37

獣人

しおりを挟む
「では、続いて大公領の地形や住民の生活区域について紹介していきますね」

 そう言って、地図の書かれたページを見せるマーサは一つ一つ丁寧に説明していく。
実体験なんかも交えながら話してくれたため、非常に分かりやすかった。

「大公領の住民は、全体的に精霊と獣人が多いんだね」

 生活区域の説明を聞き終えた私は、第一声にそう言う。
すると、マーサは小さく肩を竦めた。

「人間やドワーフは、自分の国を作っていますからね。大公領で保護する必要がないんですよ」

「ふ~ん?なら、精霊と獣人も国を作ればいいのに。どうして、作らないの?」

「えっと、それは……」

 思わずといった様子で言葉を詰まらせるマーサは、困ったように笑う。
────が、先程のように黙り込むことはなかった。

「精霊は基本的に自由奔放で協調性がないため、国を作るのに向いてないんです。なので、責任も義務もなく、のんびり過ごせる大公領を好んでいるんですよ」

「そうなんだ。じゃあ、獣人は?」

 特に深く考えることなく問い掛ける私に対し、マーサは返答を渋る。
どうやら、先程言葉を詰まらせた原因は獣人関連のことのようだ。

 精霊の事情について結構すんなり教えてくれたから、そこまで深刻なことじゃないのかと思ったけど……そうじゃなかったみたい。

 『また人攫いみたいな話題だろうか』と悩み、マーサの顔色を窺う。
もし、彼女が無理しているなら話題を変えようと思ったから。
『マーサの気分を害してまで聞く必要はないよね』と思案していると、彼女が重々しく口を開く。

「獣人は精霊と違い、群れを成して生活しているため────一応、国はあります。ただ、獣人同士の差別が酷くて、国を追われる者や国を捨てる者が後を絶ちません」

「差別?多様性の象徴である獣人が?」

 マーサの口から飛び出した予想外の言葉に、私は目を剥く。
だって、獣人は多様性を重んじる種族だと思っていたから。
差別なんてしない、と勝手に決めつけていた。
『どうして、仲良く出来ないんだろう?』と困惑していると、マーサが一つ息を吐く。

「多様性の象徴と呼ばれるほど種類の多い種族だからこそ、差別問題に陥りやすいんですよ。彼らは外見、筋力、知性などに差がありすぎて仲間意識を持ちづらい。獣人という、大きな括りで周りを見れないんです。種族柄、弱肉強食の意識が根付いていることもあり、どうしても優劣をつけてしまうんです」

 『共存や団結といった意識が希薄なんですよ』と語り、マーサはやらやれと頭を振った。
同族にも拘わらず、仲良く出来ない彼らの現状を嘆いているのだろう。
『せっかく同じ種族に生まれたのにこんなの悲しいよね』と共感する中、マーサはそっと地図を撫でる。

「大公領で生活している獣人の多くは、差別に苦しんできた者達です。醜いから、弱いから、馬鹿だからと蔑まれ、心身を傷つけられてきました。そんな彼らを哀れに思い、保護したのが旦那様です。おかげでクロウを始めとする獣人達は、安心して暮らせるようになりました」

 獣人の住むエリアをトントンッと指で叩き、マーサは僅かに目を細めた。
彼らの暮らしぶりを思い出しているのか、表情はどこか柔らかい。
────が、私はそれどころじゃなかった。

「えっ?クロウも差別されてきたの?」

 身近な人物も差別に遭っていたと聞き、私は思わず聞き返す。
『聞き捨てならない』と言わんばかりに身を乗り出す私に対し、マーサは苦笑を漏らした。

「いえ、厳密に言うと、クロウは差別被害に遭っていません。カラスの獣人はとても賢いため、あちらでも重宝されていますから。ただ────獣人同士の差別を何とかしようと動いたため、周りに煙たがられ、追放されてしまったんです」

 『間接的に被害を受けた』と主張するマーサは、呆れたような……でも、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべる。
自ら茨の道へ進んだクロウを愚かだと思う反面、誇らしく思っているのだろう。

「そうだったんだ……クロウって、凄いね。差別意識周りに流されず、自分の信念を貫くなんて、誰にでも出来ることじゃないよ。尊敬する」

 率直な感想を述べる私は、クロウに対する認識を改めた。
────と、ここで部屋の扉をノックされる。
『誰だろう?』と思いながら入室の許可を出すと、扉の向こうからクロウが姿を現した。
まさかの本人登場に驚く中、彼は照れ臭そうに笑う。

「すみません。盗み聞きするつもりはなかったのですが、部屋の前を通り掛かった時にたまたま声が聞こえてしまって……」

 『ほら、獣人って耳がいいので』と言い訳を並べるクロウは、申し訳なさそうに肩を落とした。
────が、頬は緩んだままである。
さすがの私でも、演技なのは理解出来た。

 まあ、別に怒ってないからいいんだけど。聞かれて困るような話じゃなかったし。

 などと考えていると、クロウがこちらまで来て膝をついた。

「ティターニア様」

 改まった様子で話しかけて来るクロウは、エメラルドの瞳に私を映し出す。
表情は笑顔のままだが、真剣なのは伝わってきた。

「私の行いを褒めて下さり、ありがとうございます。その言葉だけで、なんだか救われた気持ちになります」

「大袈裟だよ」

「いいえ、そんなことはありません。私にとっては、とても重要なことです」

 力強い口調で断言するクロウは、戸惑う私を見てニッコリと微笑む。
まるで、幼い子供を慈しむかのように。

「ティターニア様にも、いつか分かる時が来ますよ。過去の行いを誰かに肯定してもらうことが、どれだけ嬉しくて誇らしいか」

 そう言って、クロウは私の頭を優しく撫でてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。

クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」 パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。 夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる…… 誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

愛する婚約者に殺された公爵令嬢、死に戻りして光の公爵様(お父様)の溺愛に気づく 〜今度こそ、生きて幸せになります〜

あーもんど
恋愛
「愛だの恋だのくだらない」 そう吐き捨てる婚約者に、命を奪われた公爵令嬢ベアトリス。 何もかもに絶望し、死を受け入れるものの……目を覚ますと、過去に戻っていて!? しかも、謎の青年が現れ、逆行の理由は公爵にあると宣う。 よくよく話を聞いてみると、ベアトリスの父────『光の公爵様』は娘の死を受けて、狂ってしまったらしい。 その結果、世界は滅亡の危機へと追いやられ……青年は仲間と共に、慌てて逆行してきたとのこと。 ────ベアトリスを死なせないために。 「いいか?よく聞け!光の公爵様を闇堕ちさせない、たった一つの方法……それは────愛娘であるお前が生きて、幸せになることだ!」 ずっと父親に恨まれていると思っていたベアトリスは、青年の言葉をなかなか信じられなかった。 でも、長年自分を虐げてきた家庭教師が父の手によって居なくなり……少しずつ日常は変化していく。 「私……お父様にちゃんと愛されていたんだ」 不器用で……でも、とてつもなく大きな愛情を向けられていると気づき、ベアトリスはようやく生きる決意を固めた。 ────今度こそ、本当の幸せを手に入れてみせる。 もう偽りの愛情には、縋らない。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆ *溺愛パパをメインとして書くのは初めてなので、暖かく見守っていただけますと幸いですm(_ _)m*

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...