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大公領
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◇◆◇◆
カーティスと共に少し長めのティータイムを取り、私は執務室を後にした。
廊下で待機していたマーサと合流し自室に戻ると、勉強を再開する。
そこで一気に人族、精霊族、獣人族の説明を受けた。
一番数の多い種族が人族で、滅多に妊娠しない代わりに一度にたくさん子供を産むのが精霊族。
そして、種類豊富な獣人族は全体的に身体能力が高く、優れた五感を持っているらしい。
ということは、クロウも強くて敏感なのかな?
いつも優雅で上品だから、戦っているイメージは特にないけど。
カラスの獣人であるクロウを脳裏に思い浮かべ、私は内心小首を傾げる。
『今度、本人に聞いてみようかな?』と考える私を他所に、マーサはチラリと掛け時計に目を向けた。
「種族特性の話は一旦、ここまでにしましょうか。ずっと同じ話題だと、飽きるでしょうし」
私の隣に座るマーサはそう言って、資料をペラペラと捲る。
そして目当てのページを見つけると、こちらに文面を見せた。
「ここから先は、大公領の話をしましょう」
種族特性とは別の分野を提示したマーサに、私は迷わず頷く。
だって、大公領の勉強はいつか必ず役に立つから。
ここで生きていくと決心した以上、歴史や文化は把握しておくべきだろう。
何より────カーティス達の治める土地が、どんなところなのか単純に知りたい。
好奇心に押されるままマーサの手元を覗き込む私は、資料に目を通す。
と言っても、ほとんど読めないので内容は全く分からないが……。
「早く読んで、マーサ」
「ふふふっ。分かりました」
待ちきれない様子の私を見て笑うマーサは、先程と同じように文章を指さした。
と同時に、口を開く。
「まず、前提として大公領に他国の法律や地位は適応されません。なので、どんなに偉い人でもここで問題を起こせば、大公領独自のルールに則って処罰されます」
「大公領独自ってことは、ノワール帝国の法律と違うの?」
「ええ、違います。表面上、我々は帝国に属していますが、実際は全く別の組織になります。関係性は同盟国に近いですね」
『守護しているだけで下についた訳じゃない』と説明するマーサに、私は更なる疑問を投げ掛ける。
「じゃあ、ノワール帝国の人達がここで問題を起こしたらどうなるの?大公領独自のルールで裁く?それとも、ノワール帝国の法律で?」
「恐らく、大公領独自のルールで裁かれるかと。相手が皇族となれば、多少便宜を図ることになるでしょうが……実例がないので、なんとも言えませんね」
『彼らは基本こちらに接触してこないので』と言い、マーサは小さく肩を竦めた。
────と、ここで私は講師の男性が言っていたことを思い出す。
そういえば、皇室は大公とあまり交流がないって言っていたな。
冠婚葬祭の挨拶や公式行事の招待は礼儀としてするけど、大公領を行き来することはほとんどないらしい。
それこそ、五十年に一度行われる生贄の譲渡くらいだって。
「大公領はノワール帝国から独立している上、かなり閉鎖的なんだね」
「そうですね。ここでは、自衛の術を持たない弱者や行き場のない難民を保護しているため、意図的に外部との接触を減らしているんです。人攫いなどのリスクを減らすために」
「人攫い……?攫って、どうするの?」
聞き慣れない単語を耳にした私は、思わず聞き返す。
すると、マーサは急に黙り込んだ。
悲しそうな……でも、少し怒っているような顔つきで資料をじっと見つめ、震える指先を握り締める。
『聞いちゃいけないことだっただろうか?』と思案する私を前に、マーサは一つ息を吐いた。
「────売るんですよ、権力者や金持ちに」
冷たい声でそう吐き捨てたマーサは、そっと目を伏せる。
「酷い話ですが、希少価値の高い精霊や力仕事に向いている獣人などはかなり高く売れます」
「……それでお金を稼いでいる人達が居るってこと?」
「はい」
間髪容れずに頷いたマーサは、何かを堪えるようにギュッと手を握り締める。
きっと、そういう仕事が存在していることに憤りを感じているのだろう。
人を商品として扱い、売買するなんて……考えたこともなかった。
『酷い』と嘆くよりも先に衝撃を受ける私は、パチパチと瞬きを繰り返す。
あまりにも理解し難い文化だからか、感情が追いつかなかった。
「えっと……じゃあ、裏庭に居る精霊達が大公領で生活しているのも、人攫いから身を守るため?」
いつも一緒に遊んでいる精霊達の姿を思い浮かべ、私はそう尋ねる。
戸惑いながらも何とか理解しようとする私を前に、マーサは少しだけ表情を和らげた。
「敵は人攫いだけじゃありませんが、身を守るために保護して貰っているのは事実ですね。旦那様の結界の中に居れば、安心ですから。ここより、安全な場所なんてありません」
「そうなんだ」
「はい。しかも、大公領の結界はノワール帝国に張られた結界と違って、隙間なく張られていますので。人の行き来は完全に不可能です」
『小さな虫だって通しません』と力説するマーサは、スッと目を細める。
どうやら、人攫いの話題から離れたことで平静を取り戻したようだ。
いつも通りのマーサの姿に、私は内心安堵しつつ口を開く。
「じゃあ、私が嫁いできた時はどうしたの?特に問題なく、ここまで来れたよ?」
「あの時は一時的に結界を緩めて、通れるようにしていたんですよ。ノワール帝国の結界と同じように、緩めたのは正門のところだけですけど」
「ふ~ん?結界って、わりと自由自在に操れるんだね」
「旦那様だからこそ、出来る芸当ですけどね」
『誰にでも出来ることじゃない』と説明するマーサに、私は相槌を打つ。
と同時に、カーティスの力量に感心した。
マーサがここまで言うってことは、相当凄いことなんだろうな。
なのに、当の本人は全く気にしていない。
力をひけらかす訳でも独占する訳でもなく、当たり前のように他人のために使っている。
『やっぱり、カーティスは優しいな』と再認識し、私は僅かに目を細めた。
『いつか、彼が自分のために力を使えるようになればいいな』と思いながら。
「では、続いて大公領の地形や住民の生活区域について紹介していきますね」
カーティスと共に少し長めのティータイムを取り、私は執務室を後にした。
廊下で待機していたマーサと合流し自室に戻ると、勉強を再開する。
そこで一気に人族、精霊族、獣人族の説明を受けた。
一番数の多い種族が人族で、滅多に妊娠しない代わりに一度にたくさん子供を産むのが精霊族。
そして、種類豊富な獣人族は全体的に身体能力が高く、優れた五感を持っているらしい。
ということは、クロウも強くて敏感なのかな?
いつも優雅で上品だから、戦っているイメージは特にないけど。
カラスの獣人であるクロウを脳裏に思い浮かべ、私は内心小首を傾げる。
『今度、本人に聞いてみようかな?』と考える私を他所に、マーサはチラリと掛け時計に目を向けた。
「種族特性の話は一旦、ここまでにしましょうか。ずっと同じ話題だと、飽きるでしょうし」
私の隣に座るマーサはそう言って、資料をペラペラと捲る。
そして目当てのページを見つけると、こちらに文面を見せた。
「ここから先は、大公領の話をしましょう」
種族特性とは別の分野を提示したマーサに、私は迷わず頷く。
だって、大公領の勉強はいつか必ず役に立つから。
ここで生きていくと決心した以上、歴史や文化は把握しておくべきだろう。
何より────カーティス達の治める土地が、どんなところなのか単純に知りたい。
好奇心に押されるままマーサの手元を覗き込む私は、資料に目を通す。
と言っても、ほとんど読めないので内容は全く分からないが……。
「早く読んで、マーサ」
「ふふふっ。分かりました」
待ちきれない様子の私を見て笑うマーサは、先程と同じように文章を指さした。
と同時に、口を開く。
「まず、前提として大公領に他国の法律や地位は適応されません。なので、どんなに偉い人でもここで問題を起こせば、大公領独自のルールに則って処罰されます」
「大公領独自ってことは、ノワール帝国の法律と違うの?」
「ええ、違います。表面上、我々は帝国に属していますが、実際は全く別の組織になります。関係性は同盟国に近いですね」
『守護しているだけで下についた訳じゃない』と説明するマーサに、私は更なる疑問を投げ掛ける。
「じゃあ、ノワール帝国の人達がここで問題を起こしたらどうなるの?大公領独自のルールで裁く?それとも、ノワール帝国の法律で?」
「恐らく、大公領独自のルールで裁かれるかと。相手が皇族となれば、多少便宜を図ることになるでしょうが……実例がないので、なんとも言えませんね」
『彼らは基本こちらに接触してこないので』と言い、マーサは小さく肩を竦めた。
────と、ここで私は講師の男性が言っていたことを思い出す。
そういえば、皇室は大公とあまり交流がないって言っていたな。
冠婚葬祭の挨拶や公式行事の招待は礼儀としてするけど、大公領を行き来することはほとんどないらしい。
それこそ、五十年に一度行われる生贄の譲渡くらいだって。
「大公領はノワール帝国から独立している上、かなり閉鎖的なんだね」
「そうですね。ここでは、自衛の術を持たない弱者や行き場のない難民を保護しているため、意図的に外部との接触を減らしているんです。人攫いなどのリスクを減らすために」
「人攫い……?攫って、どうするの?」
聞き慣れない単語を耳にした私は、思わず聞き返す。
すると、マーサは急に黙り込んだ。
悲しそうな……でも、少し怒っているような顔つきで資料をじっと見つめ、震える指先を握り締める。
『聞いちゃいけないことだっただろうか?』と思案する私を前に、マーサは一つ息を吐いた。
「────売るんですよ、権力者や金持ちに」
冷たい声でそう吐き捨てたマーサは、そっと目を伏せる。
「酷い話ですが、希少価値の高い精霊や力仕事に向いている獣人などはかなり高く売れます」
「……それでお金を稼いでいる人達が居るってこと?」
「はい」
間髪容れずに頷いたマーサは、何かを堪えるようにギュッと手を握り締める。
きっと、そういう仕事が存在していることに憤りを感じているのだろう。
人を商品として扱い、売買するなんて……考えたこともなかった。
『酷い』と嘆くよりも先に衝撃を受ける私は、パチパチと瞬きを繰り返す。
あまりにも理解し難い文化だからか、感情が追いつかなかった。
「えっと……じゃあ、裏庭に居る精霊達が大公領で生活しているのも、人攫いから身を守るため?」
いつも一緒に遊んでいる精霊達の姿を思い浮かべ、私はそう尋ねる。
戸惑いながらも何とか理解しようとする私を前に、マーサは少しだけ表情を和らげた。
「敵は人攫いだけじゃありませんが、身を守るために保護して貰っているのは事実ですね。旦那様の結界の中に居れば、安心ですから。ここより、安全な場所なんてありません」
「そうなんだ」
「はい。しかも、大公領の結界はノワール帝国に張られた結界と違って、隙間なく張られていますので。人の行き来は完全に不可能です」
『小さな虫だって通しません』と力説するマーサは、スッと目を細める。
どうやら、人攫いの話題から離れたことで平静を取り戻したようだ。
いつも通りのマーサの姿に、私は内心安堵しつつ口を開く。
「じゃあ、私が嫁いできた時はどうしたの?特に問題なく、ここまで来れたよ?」
「あの時は一時的に結界を緩めて、通れるようにしていたんですよ。ノワール帝国の結界と同じように、緩めたのは正門のところだけですけど」
「ふ~ん?結界って、わりと自由自在に操れるんだね」
「旦那様だからこそ、出来る芸当ですけどね」
『誰にでも出来ることじゃない』と説明するマーサに、私は相槌を打つ。
と同時に、カーティスの力量に感心した。
マーサがここまで言うってことは、相当凄いことなんだろうな。
なのに、当の本人は全く気にしていない。
力をひけらかす訳でも独占する訳でもなく、当たり前のように他人のために使っている。
『やっぱり、カーティスは優しいな』と再認識し、私は僅かに目を細めた。
『いつか、彼が自分のために力を使えるようになればいいな』と思いながら。
「では、続いて大公領の地形や住民の生活区域について紹介していきますね」
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