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責任《カーティス side》
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◇◆◇◆
生まれた直後の話から血の盟約を交わすに至る経緯まで話し終えると、僕はそっと目を伏せた。
ティターニアに合わせる顔がなくて……ただひたすら申し訳なくて、目を合わせられない。
もし、彼女に軽蔑されたら……と思うと、恐ろしくて堪らないから。
加害者たる僕に逃げる権利はないと分かっていても、真正面から向き合う度胸はなかった。
我ながら、本当に情けない……過去を話す決心はついたのに、ティターニアの罵倒を受け止める覚悟はないなんて。
小心者の自分に嫌気が差し、ギュッと手を握り締める。
────と、ここでティターニアにそっと手を重ねられた。
「カーティスは優しいね。世界の意志でやったことでも、胸を痛めたり責任を取ったりしているんだから」
軽蔑とは真逆の賛辞を口にし、ティターニアは僕の手をそっと持ち上げた。
かと思えば、自身の膝の上に乗せ、両手でそっと包み込む。
まるで、宝物みたいに……。
「それに、こうなった原因は凄惨な戦争を繰り広げた昔の人達にあるんでしょう?なら、カーティスは全然悪くないよ」
クロウや同族に幾度となく告げられた言葉を、ティターニアは率直な感想として述べた。
慰めや励ましじゃない子供の本音だからか、不思議と心を動かされる。
そして、おもむろに顔を上げると────澄んだ瞳と目が合った。
「もし、カーティスを悪く言う人が現れたら私が言い返してあげる。カーティスは優しくて、強くて、格好いい吸血鬼なんだよって。だから、もう自分を責めないで。辛そうなカーティスを見ると、悲しくなる」
『私が守ってあげるから』と申し出るティターニアに、僕は目を見開く。
この子はいつの間にこんなに強くなったのだろう?と。
ここへ来た当初は、意志のない人形みたいだったのに。
「ありがとう、ティターニア。そう言って貰えて、嬉しいよ。でも────やっぱり、僕は責められるべき人間だと思う」
『ティターニアの優しさを無駄にして申し訳ない』と思いつつも、僕はきちんと反論した。
「世界の意志で動いていたからといって大量虐殺した事実は変わらないし、罪滅ぼしに血の盟約を……独りよがりな行動を取った過去も消えない。だから、一人の大人としてやった事の責任を取らないといけないんだ」
『知らんふりなんて出来ない』と言い、僕はそっと手を抜き取る。
『ティターニアの優しさに甘えてはいけない』と自制する中────彼女はキョトンと首を傾げた。
かと思えば、パチパチと瞬きを繰り返す。
「難しいことはよく分からないけど、責任を取りたい気持ちは分かった。でも、あまり思い詰めないで欲しい。だって、私は────カーティスのおかげで救われたから」
「えっ……?」
ティターニアの口から発せられた聞き慣れない単語に、僕は目を剥いた。
今まで『この疫病神』と罵られることはあっても、『救われた』と感謝されたことはなかったから。
初めての体験に困惑する僕を前に、ティターニアはゆっくりと言葉を続ける。
「私の未来を真剣に考えてくれて、私の幸せを願ってくれるカーティスが居たから、私は前を向けたんだよ。もし、血の盟約を交わしてなければ……カーティス達と出会ってなければ、私はこんな風に生きられなかった」
自身の胸元に両手を添えるティターニアは、そっと目を閉じた。
これまでの出来事を振り返っているのか、表情はどこか柔らかい。
「あのね、カーティス。私はたとえ、普通の人間として生きていく道があったとしても、今の人生を選ぶよ。カーティス達と出会うためなら、暴力も暴言も怖くない」
『どんな理不尽にも耐えられる』と宣言したティターニアに、迷いはなかった。
どこか凛とした雰囲気を放ちながら、彼女は目を開ける。
こちらを見つめる赤い瞳は真っ直ぐで、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
「だから、過去の行いが全て間違いだったとは思わないで。ここに救われた人間も居るって、知ってほしい」
『悪い結果ばかりに囚われないで』とでも言うように、ティターニアは力強く断言する。
どことなくマーサの面影を感じる振る舞いに、僕は眉尻を下げた。
一番厄介な女性に似てしまったな、と思いながら。
罪悪感という苦痛から解放されたい一心で交わした血の盟約を、一番の被害者であるこの子が認めるのか。
『なんだか、変な気分だな』と思いつつ、僕はスッと目を細める。
と同時に、ティターニアのふっくらとした頬を手で包み込んだ。
「ありがとう、ティターニア。おかげで、少し気持ちが軽くなった。まだ自分を許すことは出来ないけど、君を救えた事実は胸に刻み込んでおこうと思う」
『それがきっと心の支えになるから』と述べ、僕はふわりと柔らかい笑みを零す。
この小さくて、か弱い生き物が愛おしくて堪らず、罪悪感や同情とは違う感情を駆り立てられた。
ねぇ、ティターニア。君は僕に救われたと言ったけど、本当は逆なんだよ。僕が君に救われたんだ。
生まれた直後の話から血の盟約を交わすに至る経緯まで話し終えると、僕はそっと目を伏せた。
ティターニアに合わせる顔がなくて……ただひたすら申し訳なくて、目を合わせられない。
もし、彼女に軽蔑されたら……と思うと、恐ろしくて堪らないから。
加害者たる僕に逃げる権利はないと分かっていても、真正面から向き合う度胸はなかった。
我ながら、本当に情けない……過去を話す決心はついたのに、ティターニアの罵倒を受け止める覚悟はないなんて。
小心者の自分に嫌気が差し、ギュッと手を握り締める。
────と、ここでティターニアにそっと手を重ねられた。
「カーティスは優しいね。世界の意志でやったことでも、胸を痛めたり責任を取ったりしているんだから」
軽蔑とは真逆の賛辞を口にし、ティターニアは僕の手をそっと持ち上げた。
かと思えば、自身の膝の上に乗せ、両手でそっと包み込む。
まるで、宝物みたいに……。
「それに、こうなった原因は凄惨な戦争を繰り広げた昔の人達にあるんでしょう?なら、カーティスは全然悪くないよ」
クロウや同族に幾度となく告げられた言葉を、ティターニアは率直な感想として述べた。
慰めや励ましじゃない子供の本音だからか、不思議と心を動かされる。
そして、おもむろに顔を上げると────澄んだ瞳と目が合った。
「もし、カーティスを悪く言う人が現れたら私が言い返してあげる。カーティスは優しくて、強くて、格好いい吸血鬼なんだよって。だから、もう自分を責めないで。辛そうなカーティスを見ると、悲しくなる」
『私が守ってあげるから』と申し出るティターニアに、僕は目を見開く。
この子はいつの間にこんなに強くなったのだろう?と。
ここへ来た当初は、意志のない人形みたいだったのに。
「ありがとう、ティターニア。そう言って貰えて、嬉しいよ。でも────やっぱり、僕は責められるべき人間だと思う」
『ティターニアの優しさを無駄にして申し訳ない』と思いつつも、僕はきちんと反論した。
「世界の意志で動いていたからといって大量虐殺した事実は変わらないし、罪滅ぼしに血の盟約を……独りよがりな行動を取った過去も消えない。だから、一人の大人としてやった事の責任を取らないといけないんだ」
『知らんふりなんて出来ない』と言い、僕はそっと手を抜き取る。
『ティターニアの優しさに甘えてはいけない』と自制する中────彼女はキョトンと首を傾げた。
かと思えば、パチパチと瞬きを繰り返す。
「難しいことはよく分からないけど、責任を取りたい気持ちは分かった。でも、あまり思い詰めないで欲しい。だって、私は────カーティスのおかげで救われたから」
「えっ……?」
ティターニアの口から発せられた聞き慣れない単語に、僕は目を剥いた。
今まで『この疫病神』と罵られることはあっても、『救われた』と感謝されたことはなかったから。
初めての体験に困惑する僕を前に、ティターニアはゆっくりと言葉を続ける。
「私の未来を真剣に考えてくれて、私の幸せを願ってくれるカーティスが居たから、私は前を向けたんだよ。もし、血の盟約を交わしてなければ……カーティス達と出会ってなければ、私はこんな風に生きられなかった」
自身の胸元に両手を添えるティターニアは、そっと目を閉じた。
これまでの出来事を振り返っているのか、表情はどこか柔らかい。
「あのね、カーティス。私はたとえ、普通の人間として生きていく道があったとしても、今の人生を選ぶよ。カーティス達と出会うためなら、暴力も暴言も怖くない」
『どんな理不尽にも耐えられる』と宣言したティターニアに、迷いはなかった。
どこか凛とした雰囲気を放ちながら、彼女は目を開ける。
こちらを見つめる赤い瞳は真っ直ぐで、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
「だから、過去の行いが全て間違いだったとは思わないで。ここに救われた人間も居るって、知ってほしい」
『悪い結果ばかりに囚われないで』とでも言うように、ティターニアは力強く断言する。
どことなくマーサの面影を感じる振る舞いに、僕は眉尻を下げた。
一番厄介な女性に似てしまったな、と思いながら。
罪悪感という苦痛から解放されたい一心で交わした血の盟約を、一番の被害者であるこの子が認めるのか。
『なんだか、変な気分だな』と思いつつ、僕はスッと目を細める。
と同時に、ティターニアのふっくらとした頬を手で包み込んだ。
「ありがとう、ティターニア。おかげで、少し気持ちが軽くなった。まだ自分を許すことは出来ないけど、君を救えた事実は胸に刻み込んでおこうと思う」
『それがきっと心の支えになるから』と述べ、僕はふわりと柔らかい笑みを零す。
この小さくて、か弱い生き物が愛おしくて堪らず、罪悪感や同情とは違う感情を駆り立てられた。
ねぇ、ティターニア。君は僕に救われたと言ったけど、本当は逆なんだよ。僕が君に救われたんだ。
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