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第二章
皇帝の罪《エルピス side》①
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◇◆◇◆
愛するルーナに恋人の存在を明かされ、結婚の話を白紙に戻すよう要請された翌日。
余は仕事もほとんど手につかないような状態で、放心していた。
侯爵の口ぶりでは、余との結婚を喜んでいるようだったが……実際は違ったのだな。
しかも、恋人まで居たなんて……いや、あれほど愛らしい女性なら居てもおかしくないが。
それでも、やはりショックだ。
執務室で一人黄昏れる余は、ぼんやり天井を眺める。
と同時に、そっと眉尻を下げた。
視察の際訪れた街でたまたまルーナを見かけてからというもの、ずっとずっと彼女のことだけ想ってきた。
どうしても、あの笑顔が……希望に満ち溢れた目が、忘れられなくて。
彼女を余のものに出来たら、と願ってきた。
「そのために皇后を説得して、ルーナの身元も調べて、色々準備してきたんだが……所詮、余の独りよがりだったか」
『皇帝からの求婚なら、喜んで応じてくれる筈』という驕りが、全くなかったとは言えない。
だが、ここまで拒絶されるのは完全に予想外だった。
今すぐ仲良し夫婦になるのは無理でも、少しずつ距離を縮めていけたらと思っていた。
でも、現状それは難しい。
結婚を白紙に戻すよう、要請されたくらいだからな……まあ、嘘をついて断ってしまったが。
実際問題、余から離婚や婚約破棄を申し出れば白紙に戻すことは可能だった。
というのも、今回の結婚に政治的意図はあまり含まれていなかったから。
まあ、侯爵は皇妃の実家という立場を利用して、色々得を得るつもりだろうが。
でも、どちらかと言うとこの結婚は余のワガママで決まったもの。
実行するも、中止するも余の気分次第だった。
「はぁ……そのことを知られたら、余はより一層ルーナに嫌われるだろうな」
『頭が痛い……』とボヤきつつ、余は額に手を当てる。
最低なことをしている自覚はあった。
でも、他の男に渡すくらいなら嫌われてもいいから傍に居たかった。
謂わば、これは余の意地だ。悪足掻きとも言う。
「全く……我ながら、情けない男だ」
────と、己を嘲笑った翌月。
余は自害を考えているほど追い詰められているルーナを解放し、皇妃失踪の隠蔽工作に走った。
なので、彼女の実情は皇后やハメット侯爵など極々少数の者しか知らない。
とはいえ、どこから情報が漏れるか分からない以上、彼女のことは戸籍上だけでも殺すべきだった。
でも、そうしなかったのは────いつか、ルーナが戻ってきてくれることを信じていたから。
「子供を使うなど、決して褒められた行いではないが……親としての責任を足枷にすれば、もう死のうなどと思わない筈」
ルーナと共に空けたワインボトルを眺め、余はスッと目を細める。
と同時に、包帯の巻かれた自身の手首を一瞥した。
ルーナに飲ませたのは、皇室に代々伝わる秘薬 ────妊娠薬を混ぜたワイン。
その名の通り子供を孕む魔法薬で、主に皇帝側が不妊の際処方される。
というのも、男性の血液と掛け合わせて使うと、その遺伝子を持つ男児を妊娠出来るから。
血筋を重んじる皇族ならではのものである。
愛するルーナに恋人の存在を明かされ、結婚の話を白紙に戻すよう要請された翌日。
余は仕事もほとんど手につかないような状態で、放心していた。
侯爵の口ぶりでは、余との結婚を喜んでいるようだったが……実際は違ったのだな。
しかも、恋人まで居たなんて……いや、あれほど愛らしい女性なら居てもおかしくないが。
それでも、やはりショックだ。
執務室で一人黄昏れる余は、ぼんやり天井を眺める。
と同時に、そっと眉尻を下げた。
視察の際訪れた街でたまたまルーナを見かけてからというもの、ずっとずっと彼女のことだけ想ってきた。
どうしても、あの笑顔が……希望に満ち溢れた目が、忘れられなくて。
彼女を余のものに出来たら、と願ってきた。
「そのために皇后を説得して、ルーナの身元も調べて、色々準備してきたんだが……所詮、余の独りよがりだったか」
『皇帝からの求婚なら、喜んで応じてくれる筈』という驕りが、全くなかったとは言えない。
だが、ここまで拒絶されるのは完全に予想外だった。
今すぐ仲良し夫婦になるのは無理でも、少しずつ距離を縮めていけたらと思っていた。
でも、現状それは難しい。
結婚を白紙に戻すよう、要請されたくらいだからな……まあ、嘘をついて断ってしまったが。
実際問題、余から離婚や婚約破棄を申し出れば白紙に戻すことは可能だった。
というのも、今回の結婚に政治的意図はあまり含まれていなかったから。
まあ、侯爵は皇妃の実家という立場を利用して、色々得を得るつもりだろうが。
でも、どちらかと言うとこの結婚は余のワガママで決まったもの。
実行するも、中止するも余の気分次第だった。
「はぁ……そのことを知られたら、余はより一層ルーナに嫌われるだろうな」
『頭が痛い……』とボヤきつつ、余は額に手を当てる。
最低なことをしている自覚はあった。
でも、他の男に渡すくらいなら嫌われてもいいから傍に居たかった。
謂わば、これは余の意地だ。悪足掻きとも言う。
「全く……我ながら、情けない男だ」
────と、己を嘲笑った翌月。
余は自害を考えているほど追い詰められているルーナを解放し、皇妃失踪の隠蔽工作に走った。
なので、彼女の実情は皇后やハメット侯爵など極々少数の者しか知らない。
とはいえ、どこから情報が漏れるか分からない以上、彼女のことは戸籍上だけでも殺すべきだった。
でも、そうしなかったのは────いつか、ルーナが戻ってきてくれることを信じていたから。
「子供を使うなど、決して褒められた行いではないが……親としての責任を足枷にすれば、もう死のうなどと思わない筈」
ルーナと共に空けたワインボトルを眺め、余はスッと目を細める。
と同時に、包帯の巻かれた自身の手首を一瞥した。
ルーナに飲ませたのは、皇室に代々伝わる秘薬 ────妊娠薬を混ぜたワイン。
その名の通り子供を孕む魔法薬で、主に皇帝側が不妊の際処方される。
というのも、男性の血液と掛け合わせて使うと、その遺伝子を持つ男児を妊娠出来るから。
血筋を重んじる皇族ならではのものである。
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