17 / 228
第一章
溺愛②
しおりを挟む
「それより今日は本当に忙しくなりますから、しっかり食べて体力をつけてください」
────というユリウスの忠告は、実に正しかった。
だって、本当に目の回るような忙しさだから。
食後のティータイムが終わるなり、父の寝室の隣……新しい部屋へ連れて行かれた。
そこで可愛らしく飾り立てられた室内を案内され、唖然とする……暇もなく、即使用人の紹介へ。
昨日の今日で集めたとは思えないエリート揃いの人材に、私は一瞬目眩を覚えた。
『皇城のお勤め経験がある方まで居るの……?』と気後れするものの……こんなのまだ序の口。
「────バレンシュタイン公爵様、ご令嬢。本日はフィアンマ商会をご利用いただき、ありがとうございます。会長のジャーマ・フラム・フィアンマです」
荷馬車を引き連れて現れた茶髪の男性は、ニコニコと機嫌よく笑う。
と同時に、ホールへ運んできた商品を手で示した。
「ご令嬢のドレスや玩具をご所望とのことでしたので、我が商会にある女性向けアイテムを全て持ってきました。どうでしょう?」
「ドレスはあるだけくれ。ただ、既製品を着せるのは少し抵抗があるから、五十着ほど新しく仕立てるように」
「畏まりました!では、後日デザイナーをこちらに送りますね!」
「ああ。あと、玩具関係は全て寄越せ。宝石は────」
当事者たる私を置いて、父はフィアンマ会長とあれこれ話し合う。
惜しまずお金を使っているからか、会長の機嫌はかなり良かった。
凄く活き活きしているように見える。
「このままだと、持ってきた商品全部お買い上げになりそうだなぁ」
いつの間にか横に立っていたルカは、呆れたような……感心したような表情を浮かべた。
『すげぇ~』と呟く彼を前に、私はただひたすら遠い目をする。
愛情の裏返しかと思うと、嬉しいけど……でも、ちょっと心臓に悪いわね。
自分のためだけに、ここまでの大金が動くんだから。
しかも、記念日でもない普通の日に。
『前回やった婚約式でも、ここまで使わなかった』と辟易する中、私はふとある商品に目を引かれた。
「……お父様みたい」
箱の上に置かれた白いクマのぬいぐるみへ手を伸ばし、私は表情を和らげる。
すると、こちらの様子に気づいた父が歩み寄ってきた。
「気に入ったか?」
無表情ながらもどことなく穏やかな雰囲気を漂わせ、父は私の頭を撫でる。
嘘を言う必要もないので素直に『はい』と頷くと、彼は目元を和らげた。
「そうか。なら────このクマの独占権を貰うとしよう」
「えっ……?」
思わぬ発言に心底驚き、私はクマのぬいぐるみに触れたまま固まる。
『そんなこと出来るの?』と目を白黒させる中、父は後ろを振り返った。
「フィアンマ会長、このクマはまだどこにも売ってないか?」
「は、はい……なにせ、発売前の商品ですから。今日はご令嬢のために特別に持ってきたんです」
「そうか。なら、回収の必要はなさそうだな」
『手間が省けて良かった』とでも言うように頷き、父はおもむろに腕を組んだ。
「では、このクマの独占権をくれ」
「えっと……」
「無論、タダでとは言わない。快く応じてくれるなら、毎年十万ゴールド支払おう」
「そういうことでしたら、喜んで!」
ギュッと両手を握り締め、フィアンマ会長は即決した。
ホクホク顔で契約書を作成し、父と話を詰めていく。
当事者である筈の私は、完全に蚊帳の外だった。
でも、このクマさんを独り占め出来るのはちょっと嬉しい。
抱っこ出来そうなサイズのぬいぐるみを見つめ、私はスッと目を細めた。
────というユリウスの忠告は、実に正しかった。
だって、本当に目の回るような忙しさだから。
食後のティータイムが終わるなり、父の寝室の隣……新しい部屋へ連れて行かれた。
そこで可愛らしく飾り立てられた室内を案内され、唖然とする……暇もなく、即使用人の紹介へ。
昨日の今日で集めたとは思えないエリート揃いの人材に、私は一瞬目眩を覚えた。
『皇城のお勤め経験がある方まで居るの……?』と気後れするものの……こんなのまだ序の口。
「────バレンシュタイン公爵様、ご令嬢。本日はフィアンマ商会をご利用いただき、ありがとうございます。会長のジャーマ・フラム・フィアンマです」
荷馬車を引き連れて現れた茶髪の男性は、ニコニコと機嫌よく笑う。
と同時に、ホールへ運んできた商品を手で示した。
「ご令嬢のドレスや玩具をご所望とのことでしたので、我が商会にある女性向けアイテムを全て持ってきました。どうでしょう?」
「ドレスはあるだけくれ。ただ、既製品を着せるのは少し抵抗があるから、五十着ほど新しく仕立てるように」
「畏まりました!では、後日デザイナーをこちらに送りますね!」
「ああ。あと、玩具関係は全て寄越せ。宝石は────」
当事者たる私を置いて、父はフィアンマ会長とあれこれ話し合う。
惜しまずお金を使っているからか、会長の機嫌はかなり良かった。
凄く活き活きしているように見える。
「このままだと、持ってきた商品全部お買い上げになりそうだなぁ」
いつの間にか横に立っていたルカは、呆れたような……感心したような表情を浮かべた。
『すげぇ~』と呟く彼を前に、私はただひたすら遠い目をする。
愛情の裏返しかと思うと、嬉しいけど……でも、ちょっと心臓に悪いわね。
自分のためだけに、ここまでの大金が動くんだから。
しかも、記念日でもない普通の日に。
『前回やった婚約式でも、ここまで使わなかった』と辟易する中、私はふとある商品に目を引かれた。
「……お父様みたい」
箱の上に置かれた白いクマのぬいぐるみへ手を伸ばし、私は表情を和らげる。
すると、こちらの様子に気づいた父が歩み寄ってきた。
「気に入ったか?」
無表情ながらもどことなく穏やかな雰囲気を漂わせ、父は私の頭を撫でる。
嘘を言う必要もないので素直に『はい』と頷くと、彼は目元を和らげた。
「そうか。なら────このクマの独占権を貰うとしよう」
「えっ……?」
思わぬ発言に心底驚き、私はクマのぬいぐるみに触れたまま固まる。
『そんなこと出来るの?』と目を白黒させる中、父は後ろを振り返った。
「フィアンマ会長、このクマはまだどこにも売ってないか?」
「は、はい……なにせ、発売前の商品ですから。今日はご令嬢のために特別に持ってきたんです」
「そうか。なら、回収の必要はなさそうだな」
『手間が省けて良かった』とでも言うように頷き、父はおもむろに腕を組んだ。
「では、このクマの独占権をくれ」
「えっと……」
「無論、タダでとは言わない。快く応じてくれるなら、毎年十万ゴールド支払おう」
「そういうことでしたら、喜んで!」
ギュッと両手を握り締め、フィアンマ会長は即決した。
ホクホク顔で契約書を作成し、父と話を詰めていく。
当事者である筈の私は、完全に蚊帳の外だった。
でも、このクマさんを独り占め出来るのはちょっと嬉しい。
抱っこ出来そうなサイズのぬいぐるみを見つめ、私はスッと目を細めた。
256
お気に入りに追加
3,435
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~
柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。
大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。
これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。
※他のサイトにも投稿しています
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
【完結】これからはあなたに何も望みません
春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。
でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。
結婚して三年が過ぎ。
このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。
リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。
※完結まで作成済み。11/22完結。
※完結後におまけが数話あります。
※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる