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第一章

溺愛②

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「それより今日は本当に忙しくなりますから、しっかり食べて体力をつけてください」

 ────というユリウスの忠告は、実に正しかった。
だって、本当に目の回るような忙しさだから。
食後のティータイムが終わるなり、父の寝室の隣……新しい部屋へ連れて行かれた。
そこで可愛らしく飾り立てられた室内を案内され、唖然とする……暇もなく、即使用人の紹介へ。
昨日の今日で集めたとは思えないエリート揃いの人材に、私は一瞬目眩を覚えた。
『皇城のお勤め経験がある方まで居るの……?』と気後れするものの……こんなのまだ序の口。

「────バレンシュタイン公爵様、ご令嬢。本日はフィアンマ商会をご利用いただき、ありがとうございます。会長のジャーマ・フラム・フィアンマです」

 荷馬車を引き連れて現れた茶髪の男性は、ニコニコと機嫌よく笑う。
と同時に、ホールへ運んできた商品を手で示した。

「ご令嬢のドレスや玩具をご所望とのことでしたので、我が商会にある女性向けアイテムを全て持ってきました。どうでしょう?」

「ドレスはあるだけくれ。ただ、既製品を着せるのは少し抵抗があるから、五十着ほど新しく仕立てるように」

「畏まりました!では、後日デザイナーをこちらに送りますね!」

「ああ。あと、玩具関係は全て寄越せ。宝石は────」

 当事者たる私を置いて、父はフィアンマ会長とあれこれ話し合う。
惜しまずお金を使っているからか、会長の機嫌はかなり良かった。
凄く活き活きしているように見える。

「このままだと、持ってきた商品全部お買い上げになりそうだなぁ」

 いつの間にか横に立っていたルカは、呆れたような……感心したような表情を浮かべた。
『すげぇ~』と呟く彼を前に、私はただひたすら遠い目をする。

 愛情の裏返しかと思うと、嬉しいけど……でも、ちょっと心臓に悪いわね。
自分のためだけに、ここまでの大金が動くんだから。
しかも、記念日でもない普通の日に。

 『前回やった婚約式でも、ここまで使わなかった』と辟易する中、私はふとある商品に目を引かれた。

「……お父様みたい」

 箱の上に置かれた白いクマのぬいぐるみへ手を伸ばし、私は表情を和らげる。
すると、こちらの様子に気づいた父が歩み寄ってきた。

「気に入ったか?」

 無表情ながらもどことなく穏やかな雰囲気を漂わせ、父は私の頭を撫でる。
嘘を言う必要もないので素直に『はい』と頷くと、彼は目元を和らげた。

「そうか。なら────このクマの独占権を貰うとしよう」

「えっ……?」

 思わぬ発言に心底驚き、私はクマのぬいぐるみに触れたまま固まる。
『そんなこと出来るの?』と目を白黒させる中、父は後ろを振り返った。

「フィアンマ会長、このクマはまだどこにも売ってないか?」

「は、はい……なにせ、発売前の商品ですから。今日はご令嬢のために特別に持ってきたんです」

「そうか。なら、回収の必要はなさそうだな」

 『手間が省けて良かった』とでも言うように頷き、父はおもむろに腕を組んだ。

「では、このクマの独占権をくれ」

「えっと……」

「無論、タダでとは言わない。快く応じてくれるなら、毎年十万ゴールド支払おう」

「そういうことでしたら、喜んで!」

 ギュッと両手を握り締め、フィアンマ会長は即決した。
ホクホク顔で契約書を作成し、父と話を詰めていく。
当事者である筈の私は、完全に蚊帳の外だった。

 でも、このクマさんを独り占め出来るのはちょっと嬉しい。

 抱っこ出来そうなサイズのぬいぐるみを見つめ、私はスッと目を細めた。
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