悪辣令嬢の独裁政治 〜私を敵に回したのが、運の尽き〜

あーもんど

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第二章

クソ皇帝

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「貴様────私の家に入ったのか?」

 天井をじっと見つめながら問い掛けると、クソ皇帝は

「ああ」

 と、軽く返事した。
『君のことは全部知りたいからね』と述べる彼に対し、私は言いようのない衝動を覚える。

「オリエンス・シルヴァ・エリジウム」

 クソ皇帝のことをフルネームで呼び、私は無表情になった。

「あの家は……と過ごしたあの場所だけは、ダメだ」

 『看過できない』と告げ、私は天井に手のひらを翳す。
そして、ギュッと握り締めた。

「かはっ……!?」

 突然苦しそうな声を上げるクソ皇帝は、『な、にが……!?』と当惑する。

「じ、げんを超えて攻撃してきただと……?君は……本当に規格外だな」

 ケホケホと咳き込みながらそう呟き、クソ皇帝は短い呼吸を繰り返した。

「っ……!心臓を握り潰されるなんて、初めてだよ……というか、これ……結構本当に不味いな……」

「……そう思うなら、さっさと接触を中断しろ。まあ、何もしなくても私の結界で断絶されると思うが」

 深呼吸して何とか平静を保ちつつ、私は『本当に殺すぞ』と警告する。
正直、いつまで殺意を抑えられるか自信がないため。

 ただ、こいつが消滅するだけなら別にいいんだが……元の世界に居る者達も道連れにされる危険性を孕んでいるからな。
を失った世界が迎える末路は、きっと悲惨だろう。

 『だから、下手に殺せない……』と眉を顰める中、クソ皇帝は笑い声を零す。

「出来ることなら、時間いっぱい話したいところだが……この世界の神にも気づかれそうだから、やめておこう。でも、これだけは覚えておいて────僕には、君の悲願を叶えられる力がある。神の名は伊達じゃないってことさ」

 『君が望むなら、いくらでも力を貸すよ』と宣言し、クソ皇帝はコホンッと咳払いした。

「それじゃあ、また近いうちに会おう。今度はちゃんと顔を合わせて」

 そう言うが早いか、クソ皇帝はこちらへの干渉をやめる。
と同時に、彼の力の気配は消え去り、少し歪んでいた次元も元に戻った。
結局無駄になってしまった結界を見上げ、私はスッと目を細める。

「『また』って、あいつな……本当に懲りないな」

 瀕死状態に追い込まれても諦めないクソ皇帝の意志の固さに、私はなんだか呆れてしまった。
でも、おかげで怒りを鎮めることに成功。
『まあ、元はと言えばあいつのせいなんだが』と思いつつ、垂れ流した魔力を引っ込めた。
その途端、あちこちから『はぁー……』と息を吐く音が聞こえてくる。

「恩師様の殺気、久々だと効きますねー」

「首を絞められた訳でもないのに、息が出来なくなるなんて……」

「し、死ぬかと思いました……」

「いやぁ、マッッッジで怖かったー」

「イザベラ皇帝陛下なら、殺気だけで人を殺せそうですな」

「それは冗談抜きで、有り得そう」

 リズベット、ジーク、アリシア、アラン、リカルド、セザールの六人は思い切り体から力を抜く。
恐怖と不安で固まった体をほぐすように。
でも、私のことを敬遠することはなかった。
大抵の者は『化け物だ!』と泣き叫んで、私から離れていくというのに。

 肝が据わっているのか、私を信用しているのか……全く警戒していないな。

 『ちょっと無防備すぎるんじゃないか?』と呆れる中、ジークがこちらに手を伸ばした。

「あの、イザベラ様」

 控えめに私の手を引いてじっとこちらを見つめる彼は、おずおずと口を開く。

「先程の声のこと……説明してくれませんか?もちろん、無理強いはしません。俺はただ────イザベラ様のことをもっとよく知りたいだけなので」

 『謂わば、ただの好奇心です』と語るジークに、私は目を剥いた。
知って、どうこうするつもりはないのか?と。
『その言いようだと、対応を変えるつもりもないように聞こえるが』と戸惑い、顎に手を当てる。

「いや、まあ……もう隠し通せる問題ではないから、説明するつもりだが……何故、そんなに平然としていられるんだ?」

 『普通はもっと取り乱すだろう』と困惑する私に、ジークはパチパチと瞬きを繰り返す。
が、直ぐに柔らかい笑みを零した。

「イザベラ様はイザベラ様ですから。たとえ、どんな過去や事情があろうとそれは変わりません」

 黄金の瞳をうんと細め、ジークは握った手に力を込める。
と同時に、コツンッと額同士を突き合わせた。

「俺はイザベラ・アルバートだからでも、凄い魔導師だからでもなく────単純に貴方・・・のことが好きなんです、心の底から」

 『立場や能力はそれほど重要じゃない』と言ってのけたジークは、実に真っ直ぐで……どこか無邪気だった。
一点の曇りもない眼を前に、私はなんだか毒気を抜かれてしまう。

「全く……可愛いことを言ってくれる」

 軽く手を握り返しながらジークの方に少し顔を傾け、私は小さく笑った。
すると、ジークは林檎のように赤くなる。
パクパクと口を動かし、仰け反る彼は数歩後ろへ下がった。
でも、手を繋いでいるためそれほど距離は取れていない。
『先程までの積極性はどこへやら……』と肩を竦めつつ、私はジークの手を引いてソワァに座り直した。

「では、ジークの可愛いお強請りに応えて諸々の事情を教えてやろう。まず、始めに────私はこの世界の人間じゃない」

 『ついでにリズベットもな』と語り、私は順を追って話していく。
────母のことは除いて。

 弟子のリズベットにすら、私の家族や生い立ちについては明かしていない。
とても特殊だから話しにくいというのもあるが、単純に嫌だった。
誰かに知られ、評価され、感想をつけられるのが。
なんだか、私の過去を穢されているように感じるため。

 『とにかく不快なんだよな』と思いつつ、私は説明を終えた。
すると、ジーク達は神妙な面持ちでこちらを見据える。

「なるほど。だから、イザベラ様はとても大人びているのですね」

「魔法の熟練度が人並み外れているのも、単純に経験の多さ……」

「只者じゃないのは分かっていたけど、まさか異世界で偉人として名を残しているとは……」

「さすが、我らが主!感服致しました!」

「他の誰かがこんな話をしても信じませんけど、イザベラ様だとなんか妙に納得です」

 ジーク、アリシア、アラン、リカルド、セザールの五人は『はぁ……』と感嘆にも似た溜め息を零す。
と同時に、リズベットが満足そうな表情を浮かべた。
所謂、ドヤ顔である。

「そうなんです!私の恩師様は超ウルトラスーパー凄いのです!」

「何故、貴様が威張る……」

「弟子だからです!」

 グッと親指を立てウィンクするリズベットは、『好きな人を褒められたら嬉しいじゃないですか』と主張した。
相変わらずうるさい彼女を前に、私はやれやれと肩を竦める。
────と、ここでアリシアが手を挙げた。

「あの、イザベラ様は元の世界の神様に狙われているとのことでしたが、こちらから何か対策というか……やれることはありませんか?」

 『微力ながら、お力添えしたいんです』と申し出て、アリシアはエメラルドの瞳に強い意志を宿した。
二度に渡る戦争の後処理を通して自信がついてきたのか、前よりもっといい顔つきになっている。
背筋もしゃんと伸びており、目線だって真っ直ぐだった。
『どこかのタイミングで自分の野心本質を理解したのか?』と考えながら、私は手で髪を払う。

「特にない。強いて言うなら、この世界の核である神に会ってクソ皇帝の思惑を伝えるくらいか?」

「でしたら、ソラリス神殿に一度話を聞いてみた方が良さそうですね」

「勝手にしろ。ただ、ソラリス神殿の崇める神がこの世界の核とは限らんぞ」

 別の世界の核である神が、信仰心を集めるために出張してきている可能性は大いにあるため、あまり期待しないよう言い聞かせた。
すると、アリシアは『分かっています』と相槌を打つ。

「どちらかと言うと、別の神殿とのパイプを作るのが狙いなので問題ありません。そもそも、彼らが世界の核のことを知っているかどうかも分かりませんし」

 『ハッキリ言って、情報は二の次です』と述べ、アリシアは両手を組んだ。

「一先ず、各神殿の祈祷室で神様にクソ皇帝……さん?のことをお伝えしようと思います。私のお祈り……というか、メッセージが神様に届くかは分かりませんけど」

 『まあ、やらないよりはいいでしょう』と笑い、アリシアはギュッと手を握る。
決意を固める彼女の前で、アラン達も協力を名乗り出た。
『超多忙の宰相様に丸投げは出来ませんよ』とか、何とか言って。

「自ら仕事を増やすとは……貴様らは損な役回りが好きだな」

 溜め息交じりにそう言うと、彼らは顔を見合わせる。
そして、呆れたように肩を竦めた。

「俺らだって、誰彼構わずこんな対応をしている訳じゃありませんよ」

「イザベラ皇帝陛下だから、力になりたいと思うのです」

「恩人が困っている時に、仕事の量なんていちいち気にしていられません」

「多少無理のあるスケジュールでも、奴隷時代のことを考えれば全然マシですし」

「ですから、どうか────ずっとここに居てください、イザベラ様」

 そう言って、ジークは繋いだままの手を強く握り締めた。
アラン、リカルド、セザール、アリシアの思いを……その根底にある願いを伝えるように。

「分かっている。心配するな」

 『どこにも行かない』と確約し、私はスッと目を細めた。
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