悪辣令嬢の独裁政治 〜私を敵に回したのが、運の尽き〜

あーもんど

文字の大きさ
上 下
14 / 103
第一章

選択

しおりを挟む
 『きっと、ギャレット一家のようにはいかないだろうな』と思案しつつ、両腕を組んだ。

「これは後で領民にも言うつもりだが、私より帝国を取ったからと言って何かペナルティを与えるつもりはない。帝国に取り入るため、こちらの情報を流したって構わん。ただし────」

 背もたれに預けた体を起こすと、私は両膝に肘をついて前のめりになった。

「────再度こちらに戻ってきても、今までと同じ扱いを受けられるとは思うな。少なくとも、我が家の使用人として働くことは無理だと思え」

 『出ていった者達の席は他で埋める』と告げ、両手を組み、私はそこに顔を載せた。

「あと、当然一度あちら側についたやつより私を信じて残ったやつを優遇する。無論、理不尽に虐げたり、『私を信じてくれたから』と犯罪行為を許したりすることはないが、うまい話は残ってくれたやつから順番に回していく。だから、もしアルバート家を去るならそれなりの覚悟はしておけ」

 帝国側について敗れたら、他国に行った方がいい。

 ────と匂わせ、あとの判断は一人一人に委ねた。
『開戦期日が決まったら、また知らせる』と言い、私は席を立つ。
領民にも早く話しておこう、と思って。

「「あ、あの……!」」

 聞き覚えのある男女の声が耳を掠め、私はピタリと身動きを止める。
そして、ゆっくり視線を下ろすと────先日、夜更かしに付き合わせた料理長とメイドの姿が目に入った。

 名は確か……ハーマンとカミラだったか?

 執事に聞いた二人の名前を思い浮かべる中、彼らは緊張した面持ちでこちらを見つめる。
でも、どこか凛とした印象を受けた。

「わ、私────ここに残ります!いえ、残らせてください!」

「俺も……!これまでの償いのためにも、イザベラ様をお世話したいんです!」

 『お願いします!』と言って、カミラとハーマンは頭を下げる。
すると、

「わ、私もイザベラ様の方につきます!一度過ちを犯した私達を見捨てず、面倒を見てくれたイザベラ様に恩返しがしたいんです!」

「同じく……!僕達に出来ることなら、何でも言ってください!」

「イザベラ様のためなら、肉壁になる覚悟です!どうぞ、存分にこき使ってください!」

 と、触発されたように他の使用人達が手を挙げる。
一瞬、『場の雰囲気に呑まれているだけか?』と疑ったが……彼らの目は真っ直ぐだった。
あれほど、私を怖がっていたというのに……決して視線を逸らさない。

 これは……どう反応すればいいんだ?『恩返し』と言われても、困るんだが……。
私はただ再雇用する手間を惜しんで、こいつらを雇っているだけだから。
『裏切られた者達をもう一度信じて……』などと言う感動のストーリーは、一切ない。

 『何をどう勘違いしたんだ?』と困惑しつつ、私は小首を傾げた。

「別に大したことはしていない筈だが……」

 半ば独り言のようにそう呟くと、使用人達は口々にこう言う。

「いいえ!イザベラ様は大変慈悲深いお方です!私が手荒れに悩んでいたら、クリームを下さいました!」

「それは余っていたから……」

「普通はそんなことしませんよ!それに荷物が重たくて困っていたら、運搬を手伝ってくれましたし!」

「いや、目の前であんなにフラついていたら普通手を貸すだろ」

「貴族の方々は基本無視ですよ、無視!下手したら、後ろから蹴り飛ばしてきますし!あと、イザベラ様はあの日つけた傷をなんだかんだ言いながら直ぐに治してくださいました!」

「……」

 ……普通に忘れていた。もう歳かもしれないな。

 躾の際に負わせた怪我を思い返し、『何食わぬ顔で治していたな、私……』と内心項垂れる。
『歳は取りたくないものだ』と考えつつ、私は天井を見上げた。

 『お利口にしていれば、治してやる』と宣言しておきながら、速攻で治していたのか。

 『この間抜けが』と己を叱咤し、嘆息する。
────と、ここで執事が使用人を代表して跪いた。

「使用人一同、イザベラ様についていく所存です。不要になったら、いつ切り捨てて頂いても構いません。ですから、どうか私達を傍に置いてください」

 いつになく畏まった様子でこうべを垂れ、執事は嘆願した。
すると、それに続くように使用人達が膝を折る。

「絶対君主たるイザベラ・アルバート様に忠誠を誓います」

「「「誓います」」」

 執事の言葉尻を真似て宣言し、使用人達は深々と頭を下げた。
『打ち合わせでもしていたのか?』と疑いたくなるほど息の合った動きに、私は少しばかり目を剥く。
────が、どうでも良くなり思考を放棄した。

「……勝手にしろ」

「「「!!」」」

 ヒラヒラと手を振って答える私に、使用人達は表情を明るくする。
そして、互いに顔を見合わせると

「「「ありがとうございます!」」」

 と、一斉に感謝の言葉を述べた。
大袈裟なくらい喜んでいる使用人達を前に、私は『なんだか、調子が狂うな』と溜め息を零す。

 まあ、いい。とりあえず、やるべき事をやってしまおう。

 ────と思い立ち、私は広場に向かうと領民にも同じことを説明した。
『好きに決断しろ』と言い残し、早々に帰還。

 これで、あとは待つだけだな。

 『ちょっと退屈だ』と嘆きながら、私は自室で寛いだ。
暇を持て余すようにクルクルとペンを回していると、不意に掃除をしていたカミラが何かを落とす。

「おい、そこ────護身用なら別に構わないが、武器は持ち歩かなくてもいいぞ。どうせ、ここまでは攻めて来れないからな」

 折り畳み式のナイフをペン先で指し示し、私は『取り越し苦労に終わるぞ』と指摘した。
すると、カミラが『えっ……!?』と声を漏らす。
動揺のあまり目を剥く彼女に、私は更に言葉を続けた。

「領地に結界を張った。外からの出入りを制限するものだ。人や物はもちろん、魔法も通さない。だから、そこまで警戒しなくていい」

 『お守り代わりとして持ちたいなら、別に構わないが』と補足しつつ、私はペンを置いた。
執務机に肘を掛ける私の前で、カミラがハッとしたように口を開く。

「で、では内側から一方的に攻撃を?もし、そうなら飛び道具を練習した方がいいですね」

 『弓とか、投石とか』と述べる彼女に、私は怪訝な表情を浮かべた。

「いや、貴様らを戦力として投入する気はない。無論、領民もな。帝国の軍勢は私一人で退ける」

「えぇ!?そんな……!危険ですよ!」

「問題ない。ドラゴンの群れに襲われた時と比べれば、楽だ」

 ヒラヒラと手を振って、私は『全然余裕だ』と示した。
────が、失言に気づき、ハッとする。

 あっ……不味い。つい、前世のことを……。
しおりを挟む
感想 134

あなたにおすすめの小説

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。 ……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。 「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」 「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」 ※※※ 冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

今更ですか?結構です。

みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。 エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。 え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。 相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ

との
恋愛
2月のコンテストで沢山の応援をいただき、感謝です。 「王家の念願は今度こそ叶うのか!?」とまで言われるビルワーツ侯爵家令嬢との婚約ですが、毎回婚約破棄してきたのは王家から。  政より自分達の欲を優先して国を傾けて、その度に王命で『婚約』を申しつけてくる。その挙句、大勢の前で『婚約破棄だ!』と叫ぶ愚か者達にはもううんざり。  ビルワーツ侯爵家の資産を手に入れたい者達に翻弄されるのは、もうおしまいにいたしましょう。  地獄のような人生から巻き戻ったと気付き、新たなスタートを切ったエレーナは⋯⋯幸せを掴むために全ての力を振り絞ります。  全てを捨てるのか、それとも叩き壊すのか⋯⋯。  祖父、母、エレーナ⋯⋯三世代続いた王家とビルワーツ侯爵家の争いは、今回で終止符を打ってみせます。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済。 R15は念の為・・

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

処理中です...