悪辣令嬢の独裁政治 〜私を敵に回したのが、運の尽き〜

あーもんど

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第一章

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 『きっと、ギャレット一家のようにはいかないだろうな』と思案しつつ、両腕を組んだ。

「これは後で領民にも言うつもりだが、私より帝国を取ったからと言って何かペナルティを与えるつもりはない。帝国に取り入るため、こちらの情報を流したって構わん。ただし────」

 背もたれに預けた体を起こすと、私は両膝に肘をついて前のめりになった。

「────再度こちらに戻ってきても、今までと同じ扱いを受けられるとは思うな。少なくとも、我が家の使用人として働くことは無理だと思え」

 『出ていった者達の席は他で埋める』と告げ、両手を組み、私はそこに顔を載せた。

「あと、当然一度あちら側についたやつより私を信じて残ったやつを優遇する。無論、理不尽に虐げたり、『私を信じてくれたから』と犯罪行為を許したりすることはないが、うまい話は残ってくれたやつから順番に回していく。だから、もしアルバート家を去るならそれなりの覚悟はしておけ」

 帝国側について敗れたら、他国に行った方がいい。

 ────と匂わせ、あとの判断は一人一人に委ねた。
『開戦期日が決まったら、また知らせる』と言い、私は席を立つ。
領民にも早く話しておこう、と思って。

「「あ、あの……!」」

 聞き覚えのある男女の声が耳を掠め、私はピタリと身動きを止める。
そして、ゆっくり視線を下ろすと────先日、夜更かしに付き合わせた料理長とメイドの姿が目に入った。

 名は確か……ハーマンとカミラだったか?

 執事に聞いた二人の名前を思い浮かべる中、彼らは緊張した面持ちでこちらを見つめる。
でも、どこか凛とした印象を受けた。

「わ、私────ここに残ります!いえ、残らせてください!」

「俺も……!これまでの償いのためにも、イザベラ様をお世話したいんです!」

 『お願いします!』と言って、カミラとハーマンは頭を下げる。
すると、

「わ、私もイザベラ様の方につきます!一度過ちを犯した私達を見捨てず、面倒を見てくれたイザベラ様に恩返しがしたいんです!」

「同じく……!僕達に出来ることなら、何でも言ってください!」

「イザベラ様のためなら、肉壁になる覚悟です!どうぞ、存分にこき使ってください!」

 と、触発されたように他の使用人達が手を挙げる。
一瞬、『場の雰囲気に呑まれているだけか?』と疑ったが……彼らの目は真っ直ぐだった。
あれほど、私を怖がっていたというのに……決して視線を逸らさない。

 これは……どう反応すればいいんだ?『恩返し』と言われても、困るんだが……。
私はただ再雇用する手間を惜しんで、こいつらを雇っているだけだから。
『裏切られた者達をもう一度信じて……』などと言う感動のストーリーは、一切ない。

 『何をどう勘違いしたんだ?』と困惑しつつ、私は小首を傾げた。

「別に大したことはしていない筈だが……」

 半ば独り言のようにそう呟くと、使用人達は口々にこう言う。

「いいえ!イザベラ様は大変慈悲深いお方です!私が手荒れに悩んでいたら、クリームを下さいました!」

「それは余っていたから……」

「普通はそんなことしませんよ!それに荷物が重たくて困っていたら、運搬を手伝ってくれましたし!」

「いや、目の前であんなにフラついていたら普通手を貸すだろ」

「貴族の方々は基本無視ですよ、無視!下手したら、後ろから蹴り飛ばしてきますし!あと、イザベラ様はあの日つけた傷をなんだかんだ言いながら直ぐに治してくださいました!」

「……」

 ……普通に忘れていた。もう歳かもしれないな。

 躾の際に負わせた怪我を思い返し、『何食わぬ顔で治していたな、私……』と内心項垂れる。
『歳は取りたくないものだ』と考えつつ、私は天井を見上げた。

 『お利口にしていれば、治してやる』と宣言しておきながら、速攻で治していたのか。

 『この間抜けが』と己を叱咤し、嘆息する。
────と、ここで執事が使用人を代表して跪いた。

「使用人一同、イザベラ様についていく所存です。不要になったら、いつ切り捨てて頂いても構いません。ですから、どうか私達を傍に置いてください」

 いつになく畏まった様子でこうべを垂れ、執事は嘆願した。
すると、それに続くように使用人達が膝を折る。

「絶対君主たるイザベラ・アルバート様に忠誠を誓います」

「「「誓います」」」

 執事の言葉尻を真似て宣言し、使用人達は深々と頭を下げた。
『打ち合わせでもしていたのか?』と疑いたくなるほど息の合った動きに、私は少しばかり目を剥く。
────が、どうでも良くなり思考を放棄した。

「……勝手にしろ」

「「「!!」」」

 ヒラヒラと手を振って答える私に、使用人達は表情を明るくする。
そして、互いに顔を見合わせると

「「「ありがとうございます!」」」

 と、一斉に感謝の言葉を述べた。
大袈裟なくらい喜んでいる使用人達を前に、私は『なんだか、調子が狂うな』と溜め息を零す。

 まあ、いい。とりあえず、やるべき事をやってしまおう。

 ────と思い立ち、私は広場に向かうと領民にも同じことを説明した。
『好きに決断しろ』と言い残し、早々に帰還。

 これで、あとは待つだけだな。

 『ちょっと退屈だ』と嘆きながら、私は自室で寛いだ。
暇を持て余すようにクルクルとペンを回していると、不意に掃除をしていたカミラが何かを落とす。

「おい、そこ────護身用なら別に構わないが、武器は持ち歩かなくてもいいぞ。どうせ、ここまでは攻めて来れないからな」

 折り畳み式のナイフをペン先で指し示し、私は『取り越し苦労に終わるぞ』と指摘した。
すると、カミラが『えっ……!?』と声を漏らす。
動揺のあまり目を剥く彼女に、私は更に言葉を続けた。

「領地に結界を張った。外からの出入りを制限するものだ。人や物はもちろん、魔法も通さない。だから、そこまで警戒しなくていい」

 『お守り代わりとして持ちたいなら、別に構わないが』と補足しつつ、私はペンを置いた。
執務机に肘を掛ける私の前で、カミラがハッとしたように口を開く。

「で、では内側から一方的に攻撃を?もし、そうなら飛び道具を練習した方がいいですね」

 『弓とか、投石とか』と述べる彼女に、私は怪訝な表情を浮かべた。

「いや、貴様らを戦力として投入する気はない。無論、領民もな。帝国の軍勢は私一人で退ける」

「えぇ!?そんな……!危険ですよ!」

「問題ない。ドラゴンの群れに襲われた時と比べれば、楽だ」

 ヒラヒラと手を振って、私は『全然余裕だ』と示した。
────が、失言に気づき、ハッとする。

 あっ……不味い。つい、前世のことを……。
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