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第七章

第310話『忘年会』

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◇◆◇◆

 ────FRO事件収束から、約一年後。
同盟メンバーであるヘスティアさんやニールさんの発案で、忘年会が計画された。
と言っても、本当にこじんまりとしたもので参加者もあまり多くない。
現実世界リアルの集まりだからというものあるが、やはり皆あの凄惨な事件を思い出したくないのだろう。
でも、こういった催しはきっと最初で最後だろうから、私は結月さんと共に参加を決めた。

 遅れていた分の勉強は、無事取り戻せたし。
ちょっとくらい息抜きしたって、いいだろう。

 ここ一年大学と結月さんのことで大忙しだった私は、白のワンピースを着て会場へ向かう。
無論、結月さんも一緒に。

「地図を見る限り、場所はここみたいだけど……思ったより、大きいね~」

「ですね」

 ちょっとレトロな雰囲気の建物を見上げ、私達は苦笑いする。
だって、『ヘスティアさんの親戚がやっている居酒屋を貸し切りにしてくれた』としか聞いてなかったから。
正直、もっと小さな……常連さんで賑わってそうなフラットなお店を想像していた。

「あっ、ここテレビでも取り上げられているような有名店だって」

 店名を検索してみたのか、結月さんは星五ばかりのレビュー欄やネット記事をこちらに見せる。
『そんなに凄いお店を貸し切りにしていいのか』という疑問が浮かび上がったものの、もう後の祭り。
私達は互いの顔を見合わせ、どちらからともなく首を横に振った。

「気にしたら、負けですね」

「だね~。ま、ヘスティアお姉様の方で話はついているみたいだし、俺達は普通に楽しも」

「はい」

 コクリと首を縦に振る私に、結月さんは頷き返し、引き戸の扉を開く。
そして、元気よく

「おっじゃましまーす!」

 と、挨拶した。
私も少し遅れて『本日はお招きいただき、ありがとうございます』と頭を下げ、中へ足を踏み入れる。
すると、店内はもう人で賑わっていた。

「おっ!来たな!?徳正、ラミエル!」

 『お前達で最後だぞ!』と述べるヘスティアさんは、Tシャツにハーフパンツという格好。
『年頃の女の子』という自覚はないのか、平気で生足を晒していた。
『へ、ヘスティアさん……』と呆れるものの、周囲の微妙な空気を感じ取って納得。

 多分、言っても聞かなかったんですね……。

 『ヘスティアさんって、そういうところ鈍そうだし』と思いつつ、私と結月さんは歩を進める。

「飲み物は何がいい?」

「あー……俺、車だから烏龍茶で」

「では、私も同じものを」

「分かった!」

 ニッと笑って厨房に引っ込むヘスティアさんは、数秒ほどして烏龍茶の入ったグラスを二つ持ってくる。
それらを私達に手渡し、素早く自分の席へ戻るとオレンジジュースの入ったジョッキを手に持った。

「じゃあ、全員揃ったことだし、乾杯と行こう!」

 まだ開始時刻前だというのに待ちきれないのか、ヘスティアさんは早速乾杯の準備を始める。
『きっと、一分一秒も無駄にしたくないんだろうな』と目を細める中、彼女はカウンター席へ駆け寄った。
かと思えば、備え付けの丸椅子に乗り、我々を見下ろす。

「仕事や勉強で忙しいところ、今日は集まってくれてありがとう!思ったより参加者が多くて、正直とても嬉しい!恐らく、この面子でバカ騒ぎするのは今日で最後だから楽しんでくれ!」

 若干目を潤ませながらもそう叫び、ヘスティアさんは太陽のような明るい笑顔を見せた。
『泣くのは後でいい』とでも言うように。

「あと、今日のお代は全部無名が持ってくれるそうだから、学生諸君も気にせず食べて飲んで騒いでくれ!では、今日という日が最高の思い出になることを願って────乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 勢いよくジョッキを持ち上げるヘスティアさんに促され、私達もそれぞれグラスを上げる。
それを合図に、ゲーム攻略同盟の忘年会は開始され、みんな飲み物を一気飲みした。
悲しみや寂しさを誤魔化すように。
『ぷはぁ……!』とあちこちから親父のような声が聞こえる中、私はキョロキョロを辺りを見回す。

 ヘスティアさん、さっき『無名』って言っていたよね。
なら、リーダーも来ている筈……あっ!

「リーダー!」

 奥の座敷で寛いでいる銀髪の男性を見つけ、私は手を振る。
と同時に、結月さんを伴ってそちらへ近づいた。

「お久しぶりです────って、皆さん勢揃いですね!?」

 まさかの『虐殺の紅月』のパーティーメンバー大集結に、私は目を剥く。
だって、交流に意味を見出せないシムナさんや人見知りのアラクネさんは欠席すると思っていたから。
『まさか、また会えるとは』と驚きつつ、リーダーに促されるままお座敷へお邪魔した。
もちろん、結月さんも一緒に。

「ここなら、また皆に会えると思って来たのよ」

「そ、そそそそそ、それに頭首様も参加すると聞いたので!」

「ちなみに俺は妹の付き添い」

 ヴィエラさん・アラクネさんに続き、ボサボサ頭の男性が返答を口にした。
恐らく、口ぶりからしてアラクネさんの兄の田中さんだろう。
『なんか、知らない人が混じっていると思ったら……』と苦笑する中、結月さんにおしぼりを手渡される。

「あっ!ありがとうございます、結月さ……じゃなくて、徳正さん!」

 ネットの友人ネッ友しか居ない場で本名を言いそうになり、私は慌てて訂正した。
が、時すでに遅し……周囲から生暖かい視線を送られる。

「あら~!そっちはもう大分進んでいる感じかしら?」

「忘年会の会場にも二人仲良く来たしな」

 ヴィエラさんの発言に続く形で、ラルカさんは『ついにカップル誕生か』と冷やかす。
ちょっと遠くに居たヘスティアさんも興味津々といった様子で、身を乗り出してきた。
いくら男勝りな性格と言えど、色恋沙汰には関心を持っているらしい。

「ぁ……いえ……えっと……」

 これまでの日々や自分の気持ちを振り返ってみると、とてもじゃないが否定は出来ない。
だからと言って、肯定するのは違う気がして……私は顔を真っ赤にして俯いた。
────と、ここでずっと押し黙っていたシムナさんが腰を上げる。
以前より遥かに身長が伸び、随分と男らしくなった彼はこちらへ向かってきた。
『おっ?修羅場か?』という周囲の視線を無視して私の隣に座り、ギロリと結月さんを睨みつける。

「いーい!?皆!この際だから宣言しておくけど、ラミエルの未来の夫は僕!今は一時的に徳正に預けているだけ!」

 いきなり宣戦布告を始めるシムナさんは、子供っぽい口調に反して以前より声が低くなっていた。
『嗚呼、本当に大人になっているんだな』と痛感する中、彼は私の肩をガシッと掴む。

「見てて、ラミエル!僕、直ぐに成長していい男になるから!今は徳正に気持ちが傾いているかもだけど、そのうち僕を意識するようになるよ!」

 確信にも近い声色でそう言い、シムナさんは真っ直ぐにこちらを見据えた。
かと思えば、少しだけ雰囲気を和らげる。
冷静になろうと深呼吸し、気持ちを落ち着かせると、明るく笑った。

「あのね!僕、ボスのおかげで病院から出れたんだ!で、今猛勉強中!いい家庭教師をつけてくれたおかげで、もう高校の範囲に追いついている!だから、徳正と肩を並べる日も近いよ!」

 『人付き合いも頑張っているし!』と述べ、シムナさんは少しだけ胸を張った。
己の努力を誇るように。
以前までのシムナさんだったら考えられない行動の数々に、私はもちろん……周囲も唖然。
ただ一人、彼をサポートしてきたリーダーだけが『なっ?凄いだろ?』という顔をしていた。

 確かに凄い……シムナさんの過去を知っている分、余計にそう感じる。
だって、精神病院に隔離され、社会と切り離された八年間を取り戻すのはきっと並大抵の努力じゃ無理だから。
それでも、一念発起して一つ一つの課題に向き合ってきたシムナさんは偉大な人だと思う。

 『私は数ヶ月の遅れを取り戻すだけで一苦労だったのに……』と思案する中、彼は無邪気に微笑んだ。

「僕ね、ラミエルと出会うまでは『自分の人生なんて、もうどうでもいい』って思っていた!だから、FROに閉じ込められた時も『ここで死ぬのも、アリかなー』って軽く考えていたんだ!でも、ラミエルを好きになって『このままじゃいけない』って思えた!変わらないと、ラミエルの隣に立つことはおろか……会うことだって出来ないから!」

 真っ直ぐに想いを伝えてくるシムナさんは、もう子供じゃなくて……一人の立派な人間。
生きることを強く望み、自分の足で立とうとする普通の高校生だ。

「ただ毎日を浪費することしか出来なかった僕に、生きる意味を与えてくれたのはラミエルだよ!だから、僕の人生全部あげる!」

 『一生をかけて愛し抜く!』と断言し、シムナさんは不敵に笑う。
『絶対、徳正から奪い取る!』という強い意志を滲ませて。

「あっ、返事はしなくていいからー!どうせ、今の状況じゃ断られるだろうしー!だから、僕を好きになった時だけ返事してよー!ずーーーっと待っているから!」

 失恋という選択肢を最初から排除し、シムナさんはYESか放置以外認めない旨を宣言した。
結月さんに負けずとも劣らない愛情を示し、瞳に覚悟を宿す。
────と、ここでヴィエラさんが後ろを振り返った。

「で、ラルカはどうなの?」
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