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第七章
第305話『箱庭の後悔』
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「────最後の思い出作りがしたかったから」
そう言って、柔らかく微笑むリアムさんはふと仲間の方を見た。
「僕達全員、もう先が長くないらしいんだ」
「!?」
「だから、最後に何か……大きなことを成し遂げて、皆の記憶に残りたいねって話し合って……それで────一番たくさん遊んだ場所であるFROを攻略しよう、って話になったんだ」
当時の記憶を手繰り寄せているのか、リアムさんの声は少し弾んでいた。
きっと、彼らと過ごしてきた時間は凄く楽しかったんだろう。
「と言っても、僕達だけじゃ到底無理だし……それに────せっかくなら、色んな人達と一緒にやりたかったから」
こちらに向き直り、リアムさんはじっと私を見つめた。
すると、彼の言葉を引き継ぐかのようにユヅルさんが口を開く。
「でも、『一緒にやろう』って普通に誘ったところで、皆『仕事が~』『学校が~』って言って適当に断るだろ?」
「それじゃあ、つまらないし、人も集まらないからいっそ────『ゲームに閉じ込めちゃおう』って、私が提案したの」
「殺害システム……デスゲームの方は、俺が言い出したんだ。普通に閉じ込めても、必死にやってくれないと思って……ほんの悪戯心っつーか、ちょっとしたスパイスのつもりでさ。ハッキングとかは、しょっちゅうやってたし……まあ、まさかここまで上手くいくとは思ってなかったけど」
責任の所在を明らかにするように、シュナさんやナルミさんはわざと罪を明かした。
『リアムやユヅルは悪くない』とでも言うように。
その姿を見ていると、『嗚呼、本当に悪気はなかったんだな』と……『根はいい子達なんだな』と感じる。
「そうですか。では、皆さんにお聞きします。デスゲームを行ったことを────後悔していますか?」
意地の悪い質問だと理解しつつも、私は敢えて問いを投げた。
ちゃんと、彼らの口から聞きたくて……。
『本当は訊かなくても分かっているけど』と思案する中、リアムさん達は今にも泣きそうな表情を浮かべる。
「ああ……後悔している、凄くね」
「もっとちゃんと考えて、行動するべきだった」
「皆に迷惑が掛かるのは、何となく分かっていたのに……」
「最終的には許されるって、勘違いしていたんだ……」
『ちょっとお説教されて終わりだと思っていた』と語り、ナルミさんは目に涙を溜めた。
過去の自分を……死というものの認識の甘さを悔いるように。
「そのお言葉が聞けて、私は満足です。ところで、死への価値観が揺らいだのは……デスゲームを後悔し始めたのは、いつ頃ですか?」
「レオンさんが死んだと聞いた時、かな?」
自身の手のひらを見下ろし、リアムさんはどこか暗い表情を浮かべる。
『結構、最近だな』と驚く私を前に、彼はそっと顔を上げた。
「レオンさんがアヤさんの死を悔いて、勇者を殺したと知らされて……それで、ギルドマスターがすっかり落ち込んでしまって……『紅蓮の夜叉』の雰囲気も悪くなって……僕は初めて、『あれ?』と疑問に思ったんだ。でも────」
言い淀むようにして話を切り、リアムさんは自嘲気味に笑った。
「────間違いを認めるには、もう遅すぎる気がして……見ないフリをした。ノースダンジョン攻略で、君を見送る際に行ったセリフ覚えているかい?」
「はい」
「実はアレね、半分自分に言い聞かせるように言ったんだ。僕は間違ってないって、思いたくて……」
『愚かだよね』と吐き捨て、リアムさんは小さく肩を竦める。
出来るだけ明るく振る舞っているんだろうが、無理をしているのは丸分かりだった。
『自分の価値観や常識が覆されるのは、やっぱり辛い筈』と眉尻を下げる中、彼は少し視線を落とす。
「それからはずっと自分の本心を誤魔化して、生きてきた。でも────君達が魔王城へ入っていった時、無性に胸騒ぎがしたんだ。このままじゃいけない、と……レオンさんのような悲劇を繰り返しちゃいけない、と。そして、何より」
そこで一度言葉を切ると、リアムさんは真っ直ぐこちらを見据えた。
「君達を死なせたくないと思ったんだ、心の底から」
『土壇場になって本心が出てきたんだ』と言い、リアムさんは穏やかな表情を浮かべる。
傍に居るユヅルさん達も、同様に。
「俺達もリアムと同じ気持ちでさ……って言っても、こうして話したのは今が初めてだけど」
「私達はずっとリアムの目とシステムを通して、貴方達を見てきたの」
「だから、自然と『お前達を守りたい』って思えた」
僅かに頬を赤くしながら、彼らもまた胸の内を曝け出した。
『盗み見みたいになっちゃって、申し訳ないけど……』と零す彼らの前で、リアムさんは
「そこから先のことは、さっき説明した通りだ」
と、話を切り上げる。
そして自身の胸元に手を添えると、軽く姿勢を正した。
「さて、他に聞きたいことはあるかい?」
「いいえ、ありません」
フルフルと首を横に振って否定する私に、リアムさんはどこか寂しそうな表情を浮かべる。
が、それは一瞬のことで……直ぐにいつもの笑顔へ戻った。
「そうか。じゃあ、そろそろ現実世界へ返してあげないとね。でも、その前に一つ頼まれてくれるかい?」
「何でしょう?」
「僕達のせいで死んでしまった者達に、一輪でもいいから花を供えてほしい。きっと、僕達の体では出来ないだろうから」
『代わりにやってくれないだろうか』と頼んでくるリアムさんに、私は目を剥く。
もう罪を償う覚悟が出来ているのか、と。
いや、別にリアムさん達の後悔や反省を甘く見ている訳じゃない。
ただ、これほどの責任を背負っていく覚悟を固めるまで相当時間が掛かるだろうと思っていたのだ。
だって、並大抵の人ではきっと耐えられないだろうから……成人前の子供ともなれば、尚のこと。
リアムさん達の精神状態は、大丈夫だろうか……いや、気にするのはやめておこう。
被害者である私の善意は、きっと彼らをもっと苦しめてしまう。
中途半端な優しさほど、残酷なものはない。
「分かりました。必ずお花を供える、とお約束します」
「ありがとう」
『恩に着るよ』とお礼を言い、リアムさんはどこかホッとしたような表情を浮かべる。
と同時に、こちらへ手を伸ばした。
「それじゃあ、これで本当にお別れだね」
そう言って、リアムさんは私の額をトンッと軽く押す。
その反動で、私の体は後ろへ倒れていき、視界を何か……瞼に遮られる。
あ、れ……?なんか、凄く眠い……さっきまで、普通だったのに。
意識が曖昧になる感覚を覚えながら、私は船を漕ぐ────が、
「ねぇ、ラミエル。最後に教えてほしい。君は────『FROの攻略を手伝ってほしい』と言ったら、引き受けてくれたかい?」
懇願するような声色で質問を投げ掛けてくるリアムさんに触発され、私は頑張って目を開けた。
夢うつつの状態から何とか抜け出し、リアムさん達の方を見る。
「は、い……さす、がに二十四時間ずっとは無理です、けど……」
思ったように口を動かせず途切れ途切れになるものの、私は本心を語った。
すると、リアムさんは泣き笑いに近い表情を浮かべ、うんと目を細める。
「そう、か……そうか。うん、やっぱり────普通にゲームして、普通に君達と出会って、普通に遊んで……普通に死ねばよかった」
後悔の念と共に一筋の涙を零したリアムさんは、ようやく素顔を見せてくれた。
子供のように無邪気で……でも、どこか複雑な感情が入り乱れるソレを前に、私は口を開く。
でも、声が出なかった。
『嗚呼……こんな時に限って……』と悔しく思う中、ついに意識はプツリと切れる。
そして、気がつくと────私は現実世界に戻っていた。
そう言って、柔らかく微笑むリアムさんはふと仲間の方を見た。
「僕達全員、もう先が長くないらしいんだ」
「!?」
「だから、最後に何か……大きなことを成し遂げて、皆の記憶に残りたいねって話し合って……それで────一番たくさん遊んだ場所であるFROを攻略しよう、って話になったんだ」
当時の記憶を手繰り寄せているのか、リアムさんの声は少し弾んでいた。
きっと、彼らと過ごしてきた時間は凄く楽しかったんだろう。
「と言っても、僕達だけじゃ到底無理だし……それに────せっかくなら、色んな人達と一緒にやりたかったから」
こちらに向き直り、リアムさんはじっと私を見つめた。
すると、彼の言葉を引き継ぐかのようにユヅルさんが口を開く。
「でも、『一緒にやろう』って普通に誘ったところで、皆『仕事が~』『学校が~』って言って適当に断るだろ?」
「それじゃあ、つまらないし、人も集まらないからいっそ────『ゲームに閉じ込めちゃおう』って、私が提案したの」
「殺害システム……デスゲームの方は、俺が言い出したんだ。普通に閉じ込めても、必死にやってくれないと思って……ほんの悪戯心っつーか、ちょっとしたスパイスのつもりでさ。ハッキングとかは、しょっちゅうやってたし……まあ、まさかここまで上手くいくとは思ってなかったけど」
責任の所在を明らかにするように、シュナさんやナルミさんはわざと罪を明かした。
『リアムやユヅルは悪くない』とでも言うように。
その姿を見ていると、『嗚呼、本当に悪気はなかったんだな』と……『根はいい子達なんだな』と感じる。
「そうですか。では、皆さんにお聞きします。デスゲームを行ったことを────後悔していますか?」
意地の悪い質問だと理解しつつも、私は敢えて問いを投げた。
ちゃんと、彼らの口から聞きたくて……。
『本当は訊かなくても分かっているけど』と思案する中、リアムさん達は今にも泣きそうな表情を浮かべる。
「ああ……後悔している、凄くね」
「もっとちゃんと考えて、行動するべきだった」
「皆に迷惑が掛かるのは、何となく分かっていたのに……」
「最終的には許されるって、勘違いしていたんだ……」
『ちょっとお説教されて終わりだと思っていた』と語り、ナルミさんは目に涙を溜めた。
過去の自分を……死というものの認識の甘さを悔いるように。
「そのお言葉が聞けて、私は満足です。ところで、死への価値観が揺らいだのは……デスゲームを後悔し始めたのは、いつ頃ですか?」
「レオンさんが死んだと聞いた時、かな?」
自身の手のひらを見下ろし、リアムさんはどこか暗い表情を浮かべる。
『結構、最近だな』と驚く私を前に、彼はそっと顔を上げた。
「レオンさんがアヤさんの死を悔いて、勇者を殺したと知らされて……それで、ギルドマスターがすっかり落ち込んでしまって……『紅蓮の夜叉』の雰囲気も悪くなって……僕は初めて、『あれ?』と疑問に思ったんだ。でも────」
言い淀むようにして話を切り、リアムさんは自嘲気味に笑った。
「────間違いを認めるには、もう遅すぎる気がして……見ないフリをした。ノースダンジョン攻略で、君を見送る際に行ったセリフ覚えているかい?」
「はい」
「実はアレね、半分自分に言い聞かせるように言ったんだ。僕は間違ってないって、思いたくて……」
『愚かだよね』と吐き捨て、リアムさんは小さく肩を竦める。
出来るだけ明るく振る舞っているんだろうが、無理をしているのは丸分かりだった。
『自分の価値観や常識が覆されるのは、やっぱり辛い筈』と眉尻を下げる中、彼は少し視線を落とす。
「それからはずっと自分の本心を誤魔化して、生きてきた。でも────君達が魔王城へ入っていった時、無性に胸騒ぎがしたんだ。このままじゃいけない、と……レオンさんのような悲劇を繰り返しちゃいけない、と。そして、何より」
そこで一度言葉を切ると、リアムさんは真っ直ぐこちらを見据えた。
「君達を死なせたくないと思ったんだ、心の底から」
『土壇場になって本心が出てきたんだ』と言い、リアムさんは穏やかな表情を浮かべる。
傍に居るユヅルさん達も、同様に。
「俺達もリアムと同じ気持ちでさ……って言っても、こうして話したのは今が初めてだけど」
「私達はずっとリアムの目とシステムを通して、貴方達を見てきたの」
「だから、自然と『お前達を守りたい』って思えた」
僅かに頬を赤くしながら、彼らもまた胸の内を曝け出した。
『盗み見みたいになっちゃって、申し訳ないけど……』と零す彼らの前で、リアムさんは
「そこから先のことは、さっき説明した通りだ」
と、話を切り上げる。
そして自身の胸元に手を添えると、軽く姿勢を正した。
「さて、他に聞きたいことはあるかい?」
「いいえ、ありません」
フルフルと首を横に振って否定する私に、リアムさんはどこか寂しそうな表情を浮かべる。
が、それは一瞬のことで……直ぐにいつもの笑顔へ戻った。
「そうか。じゃあ、そろそろ現実世界へ返してあげないとね。でも、その前に一つ頼まれてくれるかい?」
「何でしょう?」
「僕達のせいで死んでしまった者達に、一輪でもいいから花を供えてほしい。きっと、僕達の体では出来ないだろうから」
『代わりにやってくれないだろうか』と頼んでくるリアムさんに、私は目を剥く。
もう罪を償う覚悟が出来ているのか、と。
いや、別にリアムさん達の後悔や反省を甘く見ている訳じゃない。
ただ、これほどの責任を背負っていく覚悟を固めるまで相当時間が掛かるだろうと思っていたのだ。
だって、並大抵の人ではきっと耐えられないだろうから……成人前の子供ともなれば、尚のこと。
リアムさん達の精神状態は、大丈夫だろうか……いや、気にするのはやめておこう。
被害者である私の善意は、きっと彼らをもっと苦しめてしまう。
中途半端な優しさほど、残酷なものはない。
「分かりました。必ずお花を供える、とお約束します」
「ありがとう」
『恩に着るよ』とお礼を言い、リアムさんはどこかホッとしたような表情を浮かべる。
と同時に、こちらへ手を伸ばした。
「それじゃあ、これで本当にお別れだね」
そう言って、リアムさんは私の額をトンッと軽く押す。
その反動で、私の体は後ろへ倒れていき、視界を何か……瞼に遮られる。
あ、れ……?なんか、凄く眠い……さっきまで、普通だったのに。
意識が曖昧になる感覚を覚えながら、私は船を漕ぐ────が、
「ねぇ、ラミエル。最後に教えてほしい。君は────『FROの攻略を手伝ってほしい』と言ったら、引き受けてくれたかい?」
懇願するような声色で質問を投げ掛けてくるリアムさんに触発され、私は頑張って目を開けた。
夢うつつの状態から何とか抜け出し、リアムさん達の方を見る。
「は、い……さす、がに二十四時間ずっとは無理です、けど……」
思ったように口を動かせず途切れ途切れになるものの、私は本心を語った。
すると、リアムさんは泣き笑いに近い表情を浮かべ、うんと目を細める。
「そう、か……そうか。うん、やっぱり────普通にゲームして、普通に君達と出会って、普通に遊んで……普通に死ねばよかった」
後悔の念と共に一筋の涙を零したリアムさんは、ようやく素顔を見せてくれた。
子供のように無邪気で……でも、どこか複雑な感情が入り乱れるソレを前に、私は口を開く。
でも、声が出なかった。
『嗚呼……こんな時に限って……』と悔しく思う中、ついに意識はプツリと切れる。
そして、気がつくと────私は現実世界に戻っていた。
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