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第七章
第301話『希望』
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徳正さん達……死んじゃった。
魔王と自分しか居ない空間を前に、私はへたり込む。
頭の中が真っ白になっていく感覚を覚えながら、ポロポロと涙を零した。
絶望しかない現状から目を逸らすように俯き、クシャリと顔を歪める。
「道とか、希望とか……全部、嘘じゃない」
『どこに明るい未来があるのよ……』と言い、私は強く手を握り締めた。
今の私には、魔王に立ち向かう勇気も……ここから逃げ出す気力もなく、ひたすら泣くことしか出来ない。
『リーダーの命令、守れそうにないな……』とぼんやり考える中、魔王は玉座から立ち上がった。
「なんだ、貴様は戦わないのか?」
「……」
魔王の問いに、私は答えなかった。
非戦闘要員なりのささやかな抵抗として。
反撃にも満たない……まるで子供のような反抗に、魔王はフッと嘲笑を浮かべる。
「仲間達にあれだけ守られておきながら……することが無視とは。幼稚だな?」
「っ……」
情けないと言わんばかりに頭を振る魔王に、私は閉口した。
今度は無視という訳じゃなくて……単純に言い返す言葉が見つからなかったのだ。
唇を噛み締めて蹲る私に、魔王はハッと鼻を鳴らす。
「これでは、奴らも浮かばれまい。きっと、あの世で悲しんでおるぞ」
「他のっ……誰でもない貴方が、死者の代弁なんてしないで……!」
どうにも癇に障る魔王の一言に、私は思わず声を上げた。
『元はと言えば、貴方のせいじゃない!』と。
こんなの単なる八つ当たりで……魔王に何を言ったところで現実は変わらないのに。
それでも、言わずにはいられなかった。
「貴方は皆を殺した張本人なんだよ!?どういう神経しているの!?」
「その皆とやらに守ってもらった命を、今まさに無駄にしようとしている貴様はどうなんだ?他人に文句を言えるほど、偉いのか?」
「っ……!」
魔王の正論が胸に刺さり、私はグッと奥歯を噛み締めた。
ただひたすら、悔しくて……自分が情けなくて……己の無力さを呪う。
じゃあ……じゃあ、私はどうすればいいの!?
無謀だと分かっていながら、魔王に立ち向かえって!?
それとも逃げろ、と!?貴方の追跡を撒きながら!?
そんなの無理に決まっているじゃない!
だって、私にはリーダーのような強さも、徳正さんのようなスピードも、ヴィエラさんのような魔法も、ラルカさんのようなクマのぬいぐるみ軍団も、アラクネさんのような発明品も、シムナさんのような器用さもないんだから!
ただの回復師である私に出来ることなんて、それこそ────
「なら、皆を返してよ……!お願いだから……!」
────と、心の底から恨み事を……いや、願い事を吐くことくらいだった。
己の脆弱さを噛み締める中、不意に脳内でピロリンと音が鳴り、何かに視界を遮られる。
それはゲームプレートだった。
『────限界突破しました。おめでとうございます』
……こんな時に限界突破したって。
もう皆は居ないのに……また一つ治癒魔法を覚えても、無駄でしょう。
半ば自暴自棄になる私は、直ぐに画面を閉じようとする。
でも────説明文のところにある単語を発見し、ハッとした。
『もしかして、これは……!』と目を剥き、画面に釘付けとなる。
「────こんな時によそ見とは、余裕だな?」
そう言って、魔王は床を蹴り上げた。
半ば飛ぶようにして距離を詰めてくる彼に、私は危機感を覚える。
不味い……!今、ここで殺される訳には……!
慌てて立ち上がり、私は魔王の手から逃れようとする。
『無様でも、情けなくてもいいから時間を!』と思い立ち、背を向けた。
────が、回復師の身体能力ではどう頑張っても敵わず……髪を掴まれる。
『いたっ……!?』と反射的に声を漏らす私は、懐に忍ばせていた短剣で髪を切った。
そして、再び走り出そうとするものの、魔王の手は直ぐそこまで迫っていて……本能的に『間に合わない!』と悟る。
お願い……!今だけ……今だけ、時間をちょうだい!
まだ殺される訳にはいかないの……!
『私にはやるべきことが……!』と心の中で叫び、懸命に延命を望んだ。
その刹那────
「!?」
────魔王の手は何かに阻まれる。
守護符の残り香か、はたまた静電気か……魔王は警戒心を露わにして、飛び退いた。
『なんだ、今のは……!?』とこちらを睨みつける彼だが……残念ながら、私も分からない。
と、とにかく今のうちに……!
『これはチャンスだ!』と思い立ち、私は走り出す。
でも、決して玉座の間からは出なかった。
何故なら────限界突破で得たスキルを使うにあたり、『仲間の死んだ場所から離れてはいけない』という制約があるため。
出来ることなら安全なところまで逃げて慎重に事を進めたいところだけど、しょうがない。
何より、もう時間もないし。
『対象は死んでから十五分以内のプレイヤー』と書かれた文面を一瞥し、自身の残りHPを確認する。
というのも────このスキルを使用するにあたって、消費されるのはMPじゃなくてHPだから。
規模や対象のステータスによって、消費量は異なるが……今回は1,101,742ほど。
「良かった……私の────HP総量と全く同じ」
『足りなかったら、どうしようかと思った』と息を吐き、私は治癒魔法を展開する。
魔王に髪を引っ張られた時、削られた分を回復しようと思って。
よし、これで満タンね。
元通りになったHPバーを前に、私は頬を緩めた。
純白の杖をギュッと握り締め、早速限界突破で得たスキルの使用に取り掛かる。
これを使えば、私はHP0になって死ぬというのに不思議と恐怖心は湧かなかった。
ただただ皆を助けられることだけが嬉しくて、誇らしい気持ちになる。
自分はきっとこのために生きてきたんだ、と思えるくらいに。
「スキルのクールタイムからして、チャンスは一回きり……絶対に間違えないようにしないと」
『失敗は許されない』と自分に言い聞かせ、私は詠唱準備へ入った。
すると、魔王が焦ったようにこちらを見る。
「き、貴様……!何をするつもりだ!?」
見えない何かに進行を妨害されていることもあり、魔王は警戒心マックス。
とにかく私を止めようと、躍起になっていた。
「くそっ……!貴様ごとき、一発でも当てられれば……!」
こちらに手のひらを向け、魔王はスキルか魔法を発動しようとする。
だが、しかし……
「『黒翼』が出ない……!?それに『暴食』も……!」
見えない何かの影響か、魔王は攻撃手段を奪われていた。
『な、何故だ!?』と喚く彼を前に、私は目を細める。
単なるゲームのバグかもしれないけど、もし意図的に引き起こしているのだとしたらその人にお礼を言いたい。本当にありがとう。
これで邪魔されずに済む。
『詠唱途中でお陀仏』という心配がなくなり、私はそっと目を閉じた。
と同時に、大きく息を吸い込む。
「冥界の王よ、自然の理よ、魂を司りし神よ!今一度、我の願いを聞き届けたまえ!我が同胞の命を、時間を、心をこの世に引き戻すことを許可してほしい!もし、許されるのであれば我が命全て捧げる────スキル|《死者蘇生》発動!」
仲間の復活を心の底から願うことによって習得出来るソレを行使し、私は目を開けた。
『誰の復活を希望されますか?』と書かれたゲーム内ディスプレイを見つめ、迷わずこう答える。
「私自身を除く『虐殺の紅月』のパーティーメンバー全員と、『紅蓮の夜叉』の幹部候補生たるリアムさん!彼らの復活を望みます!」
『承知しました』
と、書かれたゲーム内ディスプレイが表示された瞬間────私はその場に膝をつく。
物凄い速さでHPを消費しているからか、それともそういう仕様なのか……体からどんどん力が抜けて行った。
堪らず横たわる私は、徳正さん達の亡くなった場所へ目を向ける。
と同時に、笑みを零した。
だって、そこには────黄金の光に包まれる皆の姿があったから。
まだ復活途中なのか意識はなさそうだが、HPもMPもちゃんと満タンだった。
恐らく、スキルの使用回数や奪われたアイテムなどもリセットされているだろう。
良かった……皆、ちゃんと生き返ってくれた。
「今度こそ、魔王を倒して現実世界に戻ってくださいね。死んじゃ、ダメですよ」
掠れる声でそう言い残し、私はそっと意識を手放した。
魔王と自分しか居ない空間を前に、私はへたり込む。
頭の中が真っ白になっていく感覚を覚えながら、ポロポロと涙を零した。
絶望しかない現状から目を逸らすように俯き、クシャリと顔を歪める。
「道とか、希望とか……全部、嘘じゃない」
『どこに明るい未来があるのよ……』と言い、私は強く手を握り締めた。
今の私には、魔王に立ち向かう勇気も……ここから逃げ出す気力もなく、ひたすら泣くことしか出来ない。
『リーダーの命令、守れそうにないな……』とぼんやり考える中、魔王は玉座から立ち上がった。
「なんだ、貴様は戦わないのか?」
「……」
魔王の問いに、私は答えなかった。
非戦闘要員なりのささやかな抵抗として。
反撃にも満たない……まるで子供のような反抗に、魔王はフッと嘲笑を浮かべる。
「仲間達にあれだけ守られておきながら……することが無視とは。幼稚だな?」
「っ……」
情けないと言わんばかりに頭を振る魔王に、私は閉口した。
今度は無視という訳じゃなくて……単純に言い返す言葉が見つからなかったのだ。
唇を噛み締めて蹲る私に、魔王はハッと鼻を鳴らす。
「これでは、奴らも浮かばれまい。きっと、あの世で悲しんでおるぞ」
「他のっ……誰でもない貴方が、死者の代弁なんてしないで……!」
どうにも癇に障る魔王の一言に、私は思わず声を上げた。
『元はと言えば、貴方のせいじゃない!』と。
こんなの単なる八つ当たりで……魔王に何を言ったところで現実は変わらないのに。
それでも、言わずにはいられなかった。
「貴方は皆を殺した張本人なんだよ!?どういう神経しているの!?」
「その皆とやらに守ってもらった命を、今まさに無駄にしようとしている貴様はどうなんだ?他人に文句を言えるほど、偉いのか?」
「っ……!」
魔王の正論が胸に刺さり、私はグッと奥歯を噛み締めた。
ただひたすら、悔しくて……自分が情けなくて……己の無力さを呪う。
じゃあ……じゃあ、私はどうすればいいの!?
無謀だと分かっていながら、魔王に立ち向かえって!?
それとも逃げろ、と!?貴方の追跡を撒きながら!?
そんなの無理に決まっているじゃない!
だって、私にはリーダーのような強さも、徳正さんのようなスピードも、ヴィエラさんのような魔法も、ラルカさんのようなクマのぬいぐるみ軍団も、アラクネさんのような発明品も、シムナさんのような器用さもないんだから!
ただの回復師である私に出来ることなんて、それこそ────
「なら、皆を返してよ……!お願いだから……!」
────と、心の底から恨み事を……いや、願い事を吐くことくらいだった。
己の脆弱さを噛み締める中、不意に脳内でピロリンと音が鳴り、何かに視界を遮られる。
それはゲームプレートだった。
『────限界突破しました。おめでとうございます』
……こんな時に限界突破したって。
もう皆は居ないのに……また一つ治癒魔法を覚えても、無駄でしょう。
半ば自暴自棄になる私は、直ぐに画面を閉じようとする。
でも────説明文のところにある単語を発見し、ハッとした。
『もしかして、これは……!』と目を剥き、画面に釘付けとなる。
「────こんな時によそ見とは、余裕だな?」
そう言って、魔王は床を蹴り上げた。
半ば飛ぶようにして距離を詰めてくる彼に、私は危機感を覚える。
不味い……!今、ここで殺される訳には……!
慌てて立ち上がり、私は魔王の手から逃れようとする。
『無様でも、情けなくてもいいから時間を!』と思い立ち、背を向けた。
────が、回復師の身体能力ではどう頑張っても敵わず……髪を掴まれる。
『いたっ……!?』と反射的に声を漏らす私は、懐に忍ばせていた短剣で髪を切った。
そして、再び走り出そうとするものの、魔王の手は直ぐそこまで迫っていて……本能的に『間に合わない!』と悟る。
お願い……!今だけ……今だけ、時間をちょうだい!
まだ殺される訳にはいかないの……!
『私にはやるべきことが……!』と心の中で叫び、懸命に延命を望んだ。
その刹那────
「!?」
────魔王の手は何かに阻まれる。
守護符の残り香か、はたまた静電気か……魔王は警戒心を露わにして、飛び退いた。
『なんだ、今のは……!?』とこちらを睨みつける彼だが……残念ながら、私も分からない。
と、とにかく今のうちに……!
『これはチャンスだ!』と思い立ち、私は走り出す。
でも、決して玉座の間からは出なかった。
何故なら────限界突破で得たスキルを使うにあたり、『仲間の死んだ場所から離れてはいけない』という制約があるため。
出来ることなら安全なところまで逃げて慎重に事を進めたいところだけど、しょうがない。
何より、もう時間もないし。
『対象は死んでから十五分以内のプレイヤー』と書かれた文面を一瞥し、自身の残りHPを確認する。
というのも────このスキルを使用するにあたって、消費されるのはMPじゃなくてHPだから。
規模や対象のステータスによって、消費量は異なるが……今回は1,101,742ほど。
「良かった……私の────HP総量と全く同じ」
『足りなかったら、どうしようかと思った』と息を吐き、私は治癒魔法を展開する。
魔王に髪を引っ張られた時、削られた分を回復しようと思って。
よし、これで満タンね。
元通りになったHPバーを前に、私は頬を緩めた。
純白の杖をギュッと握り締め、早速限界突破で得たスキルの使用に取り掛かる。
これを使えば、私はHP0になって死ぬというのに不思議と恐怖心は湧かなかった。
ただただ皆を助けられることだけが嬉しくて、誇らしい気持ちになる。
自分はきっとこのために生きてきたんだ、と思えるくらいに。
「スキルのクールタイムからして、チャンスは一回きり……絶対に間違えないようにしないと」
『失敗は許されない』と自分に言い聞かせ、私は詠唱準備へ入った。
すると、魔王が焦ったようにこちらを見る。
「き、貴様……!何をするつもりだ!?」
見えない何かに進行を妨害されていることもあり、魔王は警戒心マックス。
とにかく私を止めようと、躍起になっていた。
「くそっ……!貴様ごとき、一発でも当てられれば……!」
こちらに手のひらを向け、魔王はスキルか魔法を発動しようとする。
だが、しかし……
「『黒翼』が出ない……!?それに『暴食』も……!」
見えない何かの影響か、魔王は攻撃手段を奪われていた。
『な、何故だ!?』と喚く彼を前に、私は目を細める。
単なるゲームのバグかもしれないけど、もし意図的に引き起こしているのだとしたらその人にお礼を言いたい。本当にありがとう。
これで邪魔されずに済む。
『詠唱途中でお陀仏』という心配がなくなり、私はそっと目を閉じた。
と同時に、大きく息を吸い込む。
「冥界の王よ、自然の理よ、魂を司りし神よ!今一度、我の願いを聞き届けたまえ!我が同胞の命を、時間を、心をこの世に引き戻すことを許可してほしい!もし、許されるのであれば我が命全て捧げる────スキル|《死者蘇生》発動!」
仲間の復活を心の底から願うことによって習得出来るソレを行使し、私は目を開けた。
『誰の復活を希望されますか?』と書かれたゲーム内ディスプレイを見つめ、迷わずこう答える。
「私自身を除く『虐殺の紅月』のパーティーメンバー全員と、『紅蓮の夜叉』の幹部候補生たるリアムさん!彼らの復活を望みます!」
『承知しました』
と、書かれたゲーム内ディスプレイが表示された瞬間────私はその場に膝をつく。
物凄い速さでHPを消費しているからか、それともそういう仕様なのか……体からどんどん力が抜けて行った。
堪らず横たわる私は、徳正さん達の亡くなった場所へ目を向ける。
と同時に、笑みを零した。
だって、そこには────黄金の光に包まれる皆の姿があったから。
まだ復活途中なのか意識はなさそうだが、HPもMPもちゃんと満タンだった。
恐らく、スキルの使用回数や奪われたアイテムなどもリセットされているだろう。
良かった……皆、ちゃんと生き返ってくれた。
「今度こそ、魔王を倒して現実世界に戻ってくださいね。死んじゃ、ダメですよ」
掠れる声でそう言い残し、私はそっと意識を手放した。
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