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第六章

第278話『神龍との戦い』

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「分かりました。では────戦闘を開始してください」

 仲間達の意思を尊重し、私は早めに戦闘許可を下ろした。
すると────男性陣は待ってましたと言わんばかりに、スクッと立ち上がる。
何食わぬ顔で武器を構える彼らは、重力などお構い無しに神龍シェンロンへ斬りかかった。
予想外の反撃にギョッとする神龍シェンロンは、『思わず……』といった様子で上空へ退避する。
重力操作の餌食となった彼らが普通に立ち上がり、攻撃してくるとは思わなかったらしい。

 まあ、驚くよね。私もちょっとビックリしているし……まさか、あそこまで身軽に動けるとは思わなかったよ。ぶっちゃけ、重力操作の餌食になっているようには見えない。

 『徳正さん達だけ、重力操作の対象外になったでは?』と疑ってしまうほど、私の目に見える彼らは“普通”だった。
驚異的な身体能力を持つ彼らだからこそ可能な荒業に、私は思わず苦笑する。
ただのパワープレイと言っても過言ではない状況に呆れていれば────ふと体が軽くなった。

「結界を張ったから、もう大丈夫よ。これで、外部の影響は一切受けないわ」

 何食わぬ顔で、『重力操作の影響を跳ね返した』と言い切ったのは、他の誰でもないヴィエラさんだった。
簡単そうに難しいことをやってのける彼女に、私は唖然とする。
範囲魔法の一種と思われる重力操作を無効化するのは、並大抵の魔法使いでは不可能だった。

 さすがは“アザミの魔女”と言うべきか……こちらの予想を遥かに上回る実力だ。これなら、重力に押し潰される心配はなさそう。その代わり、動きはかなり制限されるけど……でも、重力操作のせいで身動き一つ取れないよりかはマシだろう。

「ありがとうございます、ヴィエラさん。これで、リーダー達の足を引っ張らずに済みます」

 礼を言って、立ち上がる私は『あやうく、足手まといになるところでした』と肩を竦める。
自由に動かせる自身の体を見下ろし、ホッと息を吐いた。
安堵する私を他所に、同じくヴィエラさんに救われたアラクネさんは慌てて立ち上がる。

「あ、あああああ、あの!!ありがとうございます!!す、凄く助かりました!!」

 辿々しい喋り方で必死に感謝を伝えるアラクネさんは、ペコペコと何度も頭を下げた。
だが、残念ながら感謝すべきは私じゃない……。
焦るあまり、間違ってしまったのだろうが、頭を下げる相手は私じゃなくて、隣に居るヴィエラさんだ。

「あ、あの……ヴィエラさんなら、そちらです」

 見慣れた旋毛を見下ろし、私は小声で間違いを指摘する。
ピタリと身動きを止めたアラクネさんは、恐る恐る……本当に恐る恐る顔を上げた。
そして、自分の正面に立つ人物と隣に立つ人物を見比べると、サァーッと青ざめる。
カタカタと小刻みに震える彼女は、涙目になりながら勢いよく土下座した。

「す、すすすすすす、すみません……!!わ、私!テンパってしまって……!!その……!!本当にごめんなさい!!」

 切腹せんばかりの勢いで謝罪するアラクネさんは、今にも卒倒しそうだった。
『何もそこまで思い詰めなくても……』と苦笑しつつ、私は彼女の肩に手を掛ける。

「謝るほどのことじゃありませんよ。どうか、気に病まないでください。私は全く気にしていないので」

「ラミエルちゃんの言う通りよ。この程度のミスで土下座していたら、キリがないわ。それより、キング達の戦いを見守りましょう?ねっ?」

 幼子に言い聞かせるように優しく語り掛けるヴィエラさんは、アラクネさんの背中をそっと撫でる。
目尻に涙を浮かべるアラクネさんは、感極まった様子でコクコクと何度も頷いた。
今にも泣き出しそうな彼女に手を差し伸べ、何とか立たせる。

 アラクネさんはちょっと神経質というか、色んなことに気を使いすぎだよ。マイペースの化身とも言える三馬鹿みたいになれとまでは言わないけど、もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないかな?見てるこっちが疲れちゃうよ。

 頑張り屋さんなアラクネさんに苦笑しつつ、私はシスコンの……じゃなくて、田中さんの存在を思い出す。
最初こそ『過保護すぎる……』と呆れたものの、彼女の自信なさげな態度を見ていると、過保護になるのも仕方ない気がした。
独り立ちさせるには、あまりにも不安定なアラクネさんを見つめ、田中さんの気持ちに共感を示す。
『田中さんの元へ返すまでは、ちゃんと面倒を見よう』と決意する中、神龍シェンロンの討伐に向かった男性陣は元気よく暴れ回っていた。

「よくも、ラミエルを!!死んで償えー!!」

 いや、あの……その言い方だと、私が死んだみたいに聞こえるんだけど……。

「ラーちゃんの仇!!」

 親の仇みたいに言わないでもらえる?色んな意味で、大袈裟すぎるから。

『今こそ、雪辱を果たすときだ!』

 いや、『雪辱』と言うほどのはずかしめを受けた覚えはないんだけど……。

「とにかく、死ね。目障りだ」

 素直でよろしい!でも、物騒!

 シムナさん、徳正さん、ラルカさん、リーダーの四人に次々とツッコミを入れる私は『セリフのチョイスが……』と頭を抱える。
軽く目眩を覚える私の前で、復讐に燃える彼らはそれぞれ地面を蹴り上げた。
宙を舞う神龍シェンロンに急接近する彼らは物々しい雰囲気を放ちながら、武器を構える。
でも、重力操作の影響で上手く動けないのか、奴に一太刀浴びせる前に落ちてしまった。

 地上であれば、足腰の強さを活かして自由に動き回ることができるけど、空中ではそうもいかないもんね。いつもより、助走をつけないと、空中戦は難しそう。

『ふふふっ。人間の脚力など、たかが知れていますね』

 クスクスと楽しげに笑みを漏らす神龍シェンロンは、ここぞとばかりにうちのメンバーを煽る。
『自殺願望でもあるのか?』と言いたくなるほど、奴は自分の死期を早めて行った。

 自分で自分の首を絞めるとは、まさにこの事だね。とりあえず、『ご愁傷さま』とだけ言っておこう。

 怒りに震える男性陣を尻目に、私は神龍シェンロンに向かって合掌する。
『せめて、楽に逝けるといいね』と他人事のように考える中────リーダーはこちらを振り返った。

「ヴィエラ、今すぐ足場を作れ。ラミエルとアラクネは、俺達をサポートしろ」

 普段より、少し低い声で指示を出すリーダーはいつになく、殺気立っている。
狂戦士バーサーカー化を一切使わずに、これほどのプレッシャーが放てるのかと思うと、本当に恐ろしかった。
『リーダーの実力は計り知れない』と苦笑しつつ、私は冷や汗を拭う。そして、ヴィエラさんやアラクネさんと共に嫣然と顔を上げた。

「「「了解!」」」

 リーダーに逆らうつもりなど、毛頭ない私達は一瞬の躊躇いもなく、頷く。
与えられた役目をそれぞれ確認しながら、リーダーの命令に従った。

 手始めに、足場作りを任されたヴィエラさんが魔法を展開する。
ヒューッと冷たい風が舞い込む中、彼女は一瞬にして氷の山を作り上げた。
青みがかったソレは複数あり、長さや高さはそれぞれ違う。でも、重力魔法に耐えられるほどの強度を持っていることは、みんな同じだった。

「よし────では、これよりミミズの駆除・・を始める」
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