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第六章

第270話『合流』

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 第十階層を後にした私と徳正さんは復活したばかりの中層魔物モンスターを倒しながら、リーダー達の後を追った。
魔物モンスターの数はあまり多くないため、ほとんど苦労することなく進めているが……先行隊となかなか合流できない。
『異次元の攻略スピードだ』と半ば呆れる私は、第三十階層のボスフロアを見渡した。
既にボス戦は終わったようで、ただただ白い空間が広がっている。

「ノースダンジョンの最高到達階層は第二十九階層なので、ここから未到達階層になるのですが……リーダー達は構わず突き進んでいるようですね」

 『相変わらずの無双っぷりです』と苦笑いする私は肩を竦めた。

「このままだと、本当に俺っち達抜きでノースダンジョンを攻略しそうだね~。早く追いつかないと、出番が無くなっちゃうよ~」

 『俺っちの見せ場が~!』と嘆く徳正さんは、第三十一階層へ繋がる階段を降りる。
純白の杖片手に、彼の背中を追い掛ける私はゲーム内ディスプレイを起動させた。
数分前に更新された公式情報をチェックし、僅かに目を見開く。

「どうやら、もう35階層まで到達しているようですね。ノースダンジョンの情報が次々と公開されています」

「えっ?マジで~?早すぎな~い?」

 更新された公式情報から、先行隊の攻略状況を予測すると、徳正さんはギョッとしたように目を見開く。
そして、生き物の気配すらない第三十一階層の様子に、頭を抱えた。

「ちょっ……!マジで俺っちの出番がなくなるじゃん!」

 本格的に危機感を覚えた徳正さんは『ラーちゃんに格好いいところ、見せようと思ったのに!』と嘆く。

 正直な話、出番云々は心底どうでもいいけど、このままダンジョンボスに挑まれるのはちょっと困る……というか、心配。リーダー達は確かに強いけど、力押しの効かない相手には苦戦するだろうから。私が居たところで、大して状況は変わらないかもしれないけど、皆と一緒に戦いたい。だって、私は────『虐殺の紅月』の参謀なんだから。

 グッと手を握り締める私はしっかりと前を見据え、覚悟を決めた。

「リーダー達と早く合流するために、35階層まで一気に駆け抜けましょう。徳正さん、ご迷惑かもしれませんが、抱っこして貰えませんか?」

「もちろん、いいよ~!むしろ、抱っこさせて~!」

 間髪入れずに頷いた徳正さんは満面の笑みで、私に手を伸ばす。
膝裏と背中に手を回した彼は、軽々と私を抱き上げた。
一気に近づいた徳正さんとの距離に、私はちょっとだけ緊張してしまう。

 逞しい腕も、伝わってくる体温も、穏やかな息遣いも普段と変わらないのに……何故だか、落ち着かない。変に意識してしまう……本当の自分を見せた弊害かな?

 妙な羞恥心に駆られる私は口元に手を当て、少し俯いた。
どんどん熱くなっていく頬を他所に、私は何とか平常心を保つ。

「そ、それでは、35階層までお願いします」

「りょーかーい!超高速かつ安全に主君達の元まで連れて行くよ~」

 『任せといて』と胸を張る徳正さんは、ギュッと私の体を抱き締めた。
しっかりと地面を踏み締め、真っ直ぐに前を見据える。

「それじゃあ、ちゃんと掴まっててね~」

 その言葉を皮切りに、徳正さんは思い切り地面を蹴り上げた。
“影の疾走者”と呼ばれるに相応しいスピードを発揮し、どんどん奥へ進んでいく。
瞬きする度に景色は変わり、頬を殴る風も強くなった。
自分が今、何階層どこに居るのかも分からぬ中────突然ピタッと風が止む。

「────は~い、到着~!」

 間延びした声につられ、顔を上げると────リーダー達の後ろ姿が見えた。
こちらを振り返る彼らは、私と目が合うなり、大きく目を見開く。
ちょうど魔物モンスターの駆除が終わったところなのか、ここには私達の姿しかなかった。

「あ、えっと……お待たせしました。ノースダンジョンの攻略をほとんどお任せしてしまって、申し訳ありません」

「俺っちのワガママを聞いてくれて、ありがとね~!でも、もうちょっとゆっくり進んでくれても、良かったんだよ~?」

 まだ自分の出番を気にしているのか、徳正さんは『次の階層からは俺っちが頑張るから!』と付け加える。
気合い十分な徳正さんを他所に、私はヒョイッと彼の腕から降りた。

 あれ?皆、どうしたんだろう?いつもなら、ギャーギャー大騒ぎしているのに、妙に静かだな。それにちょっと雰囲気が暗いような……?

 乱れた前髪を整える私は、パーティーメンバーの様子がおかしいことに気がつく。
『何かあったのか?』と心配する私を前に、アラクネさんは一歩前へ出た。

「あ、あの……!ら、ららららららら、ラミエルさん!!」

「あ、はい!何でしょう?」

 突然大声で名前を呼ばれた私は、ビクッと肩を揺らしつつ、返事をする。
緊張した面持ちでこちらを見つめるアラクネさんは、慣れないことをしたせいか、顔色が悪かった。
『大丈夫かな?』と気にかけていると、彼女は意を決したように口を開く。

「ま、まずは謝らせてください!勝手にボスフロアへ入り、ラミエルさんを危険に晒してしまい、本当に……本当に申し訳ありませんでした!」

 ヴィエラさんあたりから、ボスフロアの仕様について聞いたのか、アラクネさんは深々と頭を下げた。

「わ、私……!一回、中に入ったらボスを倒すまで出られないなんて、知らなくて……!ほ、本当にごめんなさい!ら、ラミエルさんが望むなら、切腹もしま……」

「いや、しなくて大丈夫です!ボスフロアの件については、事前に説明しなかった私にも非がありますので!」

 胸の前で手を振る私は『早まらないで!』と、アラクネさんを制する。
命の危機に晒されたのは事実だが、結果的に助かったので、気にする必要など全くなかった。
何より、アラクネさんを助けようと奔走した私の努力が無駄になるので、切腹はやめて頂きたい。

「ボスフロアの件に関しては、お互い様ということで手を打ちましょう!あまり思い詰めないでください!」

 アラクネさんの手を優しく握り、私はニッコリ笑いかける。
目尻に涙を浮かべる彼女は感極まった様子で、私の手を握り返した。

「ラミエルさんはやっぱり、優しい人ですね!ありがとうございます!」

 キラキラした目でこちらを見つめるアラクネさんは、子供のように無邪気だった。
彼女との距離が縮まったような気がして、私も少し嬉しくなる。
この場にホンワカした空気が流れる中、アラクネさんは何かを思い出したように『あっ!』と大声を上げた。

「あ、あの……!と、とととととと、徳正さんとの話し合いはどうなりましたか……?その……肉壁とかのアレなんですけど……えっと……」

 上手く言葉が出て来ないのか、アラクネさんはしどろもどろになりながら、必死に質問を投げ掛ける。
彼女の後ろには、心配そうにこちらを見つめるリーダー達の姿があった。

 なるほど……リーダー達の様子がおかしかったのは、肉壁の話をアラクネさんから聞いたからか。道理で、妙に大人しかった訳だ。

 ようやく状況を理解出来た私は『心配を掛けてしまった』と反省する。
不安げな彼らを前に、私はチラリと後ろを振り返り、徳正さんにアイコンタクトを送った。
どちらからともなく頷き合うと、私は改めて前を見据える。

 もう大丈夫────徳正さんから有り余るほどの勇気を貰ったから。

「話し合いは無事に終わりました。ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ありません。これからはもっと自分を大切にします」

 胸元に手を添える私は、遠回しに『徳正さんの熱意愛情に負けた』と告げた。
僅かに目を見開く彼らは、ホッとしたように表情を和らげる。

「そ、それなら良かったです……!答えづらいことを聞いてしまい、申し訳ありません!」

「いえ、こちらこそご心配をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」

 ペコリと小さく頭を下げる私は、柔らかい表情を浮かべた。
安心して気が抜けたのか、アラクネさんはヘナヘナとその場に座り込む。
安堵する彼らを前に、私はクスリと笑みを漏らした。

 心配を掛けてしまったことに関しては、本当に申し訳ないと思っているけど、ちょっとだけ嬉しい。私のことをこんなに想ってくれる仲間が居るんだと思うと、自分にも存在価値があるように思えるから。
改めて────『虐殺の紅月』の一員になれて、良かった。

 最高の仲間だと褒めちぎる私は、アラクネさんの頭を優しく撫でる。
そして、安堵のあまり涙ぐむシムナさんを見つけると、慌てて駆け寄った。

「大丈夫ですか……?目にゴミでも……って、血まみれじゃないですか!どうしたんですか!?これ!!まさか、怪我でもしたんですか!?」

 上から下まで真っ赤に染まったシムナさんの姿に、私はギョッとする。
ポロポロと涙を流す彼は首を左右に振り、『怪我じゃない』と示した。

 まあ、そうだよね……あのシムナさんが中層魔物モンスター相手に負傷する訳ないよね。ということは、もしかして……これ、全部返り血!?

「ちょっ……!何で拭かないんですか!?放っておくと、固まっちゃいますよ!?」

 アイテムボックスの中から、慌ててタオルを取り出した私はそれを彼に被せた。
血濡れになった髪や腕を拭きつつ、『パーフェクトクリーンじゃないと、落とせないかな?』と思案する。
アイテムボックスを確認する私の前で、シムナさんはパチパチと瞬きを繰り返すと────嬉しそうに目を細めた。
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